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マーダーゲーム・トライアル  作者: 野村勇輔
Real World1 バスターミナル

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第2回

「それ、どういうこと?」


 藤原さんの言っている意味が解らないわけではなかった。


 零士さんも、篠原さんも、あの慣れた手つきで銃を撃つ姿は頼もしくもあり、しかしそれ以上に恐ろしくてならなかった。


 僕らが『マーダーゲーム・トライアル』に参加している限り、いずれはあのふたりが殺人者となって、容赦なく僕らを撃ち殺す可能性だって間違いなくあるのだ。


 下手に信頼して近づきすぎると、そうなったとき、僕らはいの一番にあのふたりの標的にされてしまうことだろう。


「あのふたり、あたしは怖くてしかたがないの。色々教えてくれるんだけど、だけど、本当のことを言っているなんて、どうしても思えなくて」


「本当のこと? 例えば?」


「ゲームのルール」


「ルール?」


 首を傾げる僕に、藤原さんは「そう」と頷く。


「このゲームのルールのこと、悠真くんはあたし以外からどんなふうに聞いてる?」


 藤原さん以外からだなんて、それこそ僕をあのゲームに誘いやがった高瀬玲と、零士さん、篠原さんくらいしかいない。


 いや、僕を殺そうとした緒方も、まるで自分語りのようにゲームのルールを教えてくれたっけ。


 それを藤原さんに答えると、藤原さんはスマホを取り出し、おもむろにマーダーゲームのアプリを開く。


「――ちょ、藤原さん!」


 慌てて手を伸ばし止めようとすれば、藤原さんはそんな僕の手を優しく掴んで、


「大丈夫、開くだけなら問題ないから」


 眉をひそめながら藤原さんのスマホの画面を覗き込めば、そこには赤黒い背景にこちらに背を向けるフードをかぶった人の姿が表示される。


 次いで浮かび上がってくる『マーダーゲーム・トライアル』の文字。


 その画面を藤原さんは軽くタップ。


 すると次に表示されたのは、藤原さんの顔写真と名前、そして『0』という数字のみだった。


「……これがあたしの戦績。一度も殺人者を殺さないで逃げ続けてるから、0のまんま」


 やってみて、と促されて、僕も自分のスマホを取り出すと、恐る恐るアプリを起動。


 するとそこには、僕の顔写真と名前、藤原さんと同じく『0』という数字が表示される。


「ね? アプリを自分から起動しても、表示されるのは自分自身の戦績と――」

 藤原さんはもう一度画面をタップして、

「あとはポイントのランキングだけなんだ」


 そこには人の名前と思しき羅列と順位、それから、彼らがこれまでに手に入れたのであろうポイントがそれぞれずらりと並んでいた。


 このポイントは、だからつまり、この人たちが殺してきた殺人者と、そして或いは彼らが殺人者となったときに、皆殺しにした他の参加者のポイントの総合計になっている、ということなのだろう。


 ただの数字のはずなのに、それがあまりにも悍ましく僕には見えた。


「なんか、なんて言ったらいいか、わからないな」


 僕が眉を寄せながら答えると、藤原さんは、


「それに、何か気付いたことはない?」


「何か?」


 そう言われたって、ここにはただ僕の写真と名前とポイントと、あとはランキングリストが――


 僕は改めて画面をタップし、自分の顔写真をじっと見つめる。


「……なんで、僕の顔写真が」


 僕はこんな顔写真をアプリに登録した記憶なんて全くない。アプリを起動した途端にあの廃墟の街に飛ばされたから、名前を入力した覚えすら確実になかった。


 でも、この顔写真は、確か――


 僕はバックパックを開き、財布を取り出す。雑に差し入れていた学生証を引っ張り出して比べてみれば、アプリの写真は僕の学生証と同じものが使用されていたのだった。


「……こんなん、ウソだろ?」


 思わず口にすれば、


「見て、あたしもそうなの。学生証と同じ写真が、勝手にアプリに登録されてた」


 藤原さんが見せてくれたのは、うちの大学から少し離れた場所に建つ女子大のものだった。


 その学生証に写る藤原さんと、アプリの顔写真は確かに同じものだ。


「どういう仕掛けなのかわからないけど、アプリを初めて起動したとき、勝手にそういうことが起こるみたいなの。学生でない人は免許証とか、個人カードとか、とにかく直近で撮られた何かの写真が勝手に登録されちゃう、そう友達は言ってた」


 なんだよ、それ。どんだけの超テクノロジーなんだよ。


 僕は驚愕しながら、それと同時に、このアプリを起動したときと、こちらに戻ってきたときに現れたあの四角い透明なブロックのことを思い浮かべた。


 あまりに現実離れした、SF映画か何かを彷彿とさせるそれらの技術に、このアプリをつくったのは未来人か宇宙人なんじゃないかと勘ぐってしまう。


「それだけじゃない」


「……と、言うと?」


「さっきもちょっと言ったけど、ゲームのルール」


「あ、あぁっ!」


 僕はようやく、それに気づいた。


 アプリのどこにも、このゲームに関するルールブックのようなものが存在しないのだ。


 本当に、ただ個人の情報とランキングが表示されるのみだった。


「これ、どういうこと? 零士さんも篠原さんも、それにあの緒方だって、いったいどこからゲームのルールを知ったんだ?」


 あれだけルールについて教えてくれたのに、肝心のアプリそのものにルールは一切載っていない。


 どこかに隠れたページがあるようにも見えなかった。


「……みんな、初めてゲームに参加したときに、他の参加者からルールを聞かされただけなんだって、前の前のゲームのとき、谷川さんっておじいちゃんが教えてくれた」


「それって、つまり――」


「たぶん、誰もちゃんとしたルールなんて知らないんだと思う。零士さんも、篠原さんも、それに緒方さんも……」


 僕は、開いた口が塞がらなかった。


 あれだけみんなが教えてくれたゲームのルールが、本当じゃないかも知れないというのだ。


 彼らはさもそれが真実であるかのように語っていたが、誰も正確なルールを把握していないってことじゃないか。


「だから、零士さんのことも、篠原さんのことも、心から信頼しちゃ、ダメ。正確なルールが解らないってことは、誰かにそれを伝えるとき、自分が有利になるように嘘を吐くことができるってことだから。それを言っちゃうと、あたし自身の言葉も信じちゃダメってことになっちゃうんだけど……」


「あぁ、いや、大丈夫、わかる。言いたいことは――うん」


 ……なんてこった。


 僕は大きくため息を吐いて、頭を抱えた。


 これじゃぁ、もはや何を信じて良いのか解らない。誰を信用していいのか判らない。


 いや、そもそもあれは本物の殺人ゲームだったのだ。


 参加者七人に対して、殺人者も含めて死んだのは三人。


 ゆうに半数近くが先ほどのゲームで命を落としたということだ。


 自分以外は誰も信用してはならないのかも知れない。


 僕はそこに絶望した。


「――ね、悠真くん」


 藤原さんに肩を叩かれ、僕は顔を向ける。


 すると藤原さんはスマホを片手に、

「悠真くんのLINE、教えてくれる?」


「……え?」


「もちろん、あたしのことも信用できないかも知れない。それはわかってる。だけど、それでもお互い協力し合えないと、この先どうしたらいいかわかんないし、ひとりで悩んじゃうと、だんだん気持ちもふさぎ込んで、頭がおかしくなっちゃうかもしれないから……」


 それは、確かにそうだった。


 今の自分が、まさにその状況にいるわけで。


 僕はアプリを閉じるとLINEを開き、藤原さんと互いに友達追加する。


 思えば、初めて個人的に女の子とLINEの交換をしたんじゃないだろうか。


 藤原さんは「ありがと」と微笑むと、ゆっくりと立ち上がって、

「それじゃ、またね。なにかあったら、すぐに連絡して」


「あ、あぁ、うん、僕も、できる限り力になるよ」


 そう答える僕に、藤原さんは小さく手を振り、待合室から出ていった。


 そんな彼女がバスに乗り込むのを遠目に見ながら、僕はただ、途方に暮れてしまうのだった。

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