探索者アルトには秘密がある
「今日はこのぐらいでいいか」
握り拳より一回りは小さい魔石を拾いながら呟いた言葉が、薄暗く広大な空間に溶けていった。
「しかし、相変わらず凄いな。ここも」
手を伸ばしても、どころか跳んでも跳ねても到底届きそうにない天井を見上げ、誰に向けるでもなく独り言を続ける。
今俺がいるダンジョン──ヴェルーガ城は、ほとんどのダンジョンと同じく、外見上の広さと実際の中の広さがまるで異なる。つまりは空間が魔法によって形成されている。
階層は地上に5階、地下に2階。これは中規模ダンジョンに該当する。中規模に分類されるものの、天井はご覧の通りに高いし、1階層あたりもダラダラ探索していると半日は潰れる程度に広い。
石材で覆われたくすんだ灰色の床と壁は牢獄のように殺風景で、どこの風景も代わり映えがない。人や魔物を迷い込ませるにはピッタリで、さすがはダンジョンといった雰囲気だ。
「っと、もたもたしてると時間がもったいないな」
拾い上げた魔石を魔法鞄に仕舞い、ほんの一瞬だけ魔力を解放して探知魔法を使う。
生物の気配を探るにはこれが最も効率的ではあるが、魔力を解放するということは、相手側からもこちらが探知可能になることを意味する。故に、探知は瞬時に行う必要がある。探索者と冒険者にとっては常識である。
1つ、2つ、3つ。遠くない位置に反応があった。が、魔物ではない。人だ。考えるまでもなく同業の探索者だろう。
ダンジョン内で同業者と顔を合わせることに、メリットはほぼ無い。
「さて、じゃあ帰る──」
「か」と言いかけたところで、彼らのいる位置のすぐ近くに“あの部屋”があったことを思い出す。
「……行かないと」
呟いて、即座に駆け出した。身体強化の魔法を発動したことで灰色の景色がグンと加速する。
このダンジョンに来たのは1度や2度ではない。大体の構造は熟知している。だから、足を止めることなくその部屋に直行できる。
すぐに目的の場所が見えてきた。込み入った通路の先にある小部屋だ。
扉の前には金属鎧を纏い、ハルバードを持った戦士風の男が見張りとして立っている。部屋の中にはそこそこの魔力量を持っている奴が1人いる。そいつが魔法使いで、残った1人が盗賊か何かだろう。
なるほど、比較的バランスの整ったパーティーだ。探索に慣れ始めた中級の探索者パーティーといったところか。であれば、余計にお節介を焼く必要がある。
足音に気付いた男がこちらを見やる。まだ少し距離がある。
「おい!待ってくれ!」
彼らの動きをすぐにでも止めるために、ひとまず声を上げた。
すると、見張り役であろう戦士風の男が露骨に顔を顰める。
「なんだお前は」
短く、警戒心の籠った低い声。
見張り番としては正常な反応である。
十分に近付いたところで足を止めて、男からの視線を正面から受け止める。
「中に宝箱があるだろう? 絶対に開けないでほしい」
「なんだと?」
男の眉がピクリと上がり、空気がピリついたものに変質する。
しまった。あまりにも端的過ぎたか。これだから意思疎通は難しい。
「いや、勘違いしないでほしい。それは──」
「モロー!バルナ!出て来い、敵だ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
声も虚しく、男は持っていたハルバードを構える。反射的に2歩後退し間合いを測る。その動きを見て、男の表情は警戒の色を濃くした。
あぁ、本当に面倒くさい。
「どうしたヴォルト!」
「魔物!?」
中から革鎧を着た男と、真っ黒なローブをはためかせた女が飛び出してきた。
やはり、盗賊と魔法使いだったか。
2人とも最初から警戒心は最高潮な筈だ。さて、どうしたものか……。
と、思案を巡らせた矢先だった。
こちらを睨む盗賊の男が、俺の顔を見てふと眉間の皺を消した。
「もしや、“パパ”さんですか?」
丁寧だが何とも間抜けな響きに、空気が弛緩する。
「……そうだ」
モローと呼ばれた男の問いに、俺は頷いた。
間違ってはいない。認めたくはないが。
「まさか、<聖人>か?」
「あの<ダンジョンのパパ>!?」
肯定を受けて、2人が瞠目する。
「……まぁ、その通りだ。一応」
パパに、<ダンジョンのパパ>に、<聖人>。どれも俺の探索者としてのあだ名と二つ名だ。あまりに恥ずかしいので、言うまでもなく自ら名乗ったことはない。
とはいえ、俺のことを知っているなら話は早い。
「中に宝箱があっただろう? 絶対に開けないでほしい」
同じ言葉を繰り返す。が。
「えっと、パパさんがそう言うってことは」
「もしかして、アレは?」
先ほどとはまったく異なる反応。不本意だが、二つ名のおかげだろう。
「そう、アレはミミックだ」
端的に断言する。
ところが、
「やっぱり……いやでも」
バルナと呼ばれた魔法使いが、どこか納得のいっていなさそうな顔をする。
なるほど。
「2段階チェックをしたのか」
「えぇ、勿論。結果は、本物だったわ」
──2段階チェック。ミミックか否かを判別できる【真偽判定】の魔法による魔法面の確認と、弓矢による物理面の確認による2段階のテスト。中級以上の探索者において、宝箱を発見したときの鉄則である。この方法であれば、今までのミミックであれば、100パーセント偽物か本物かを判別することが可能だった。
そう、今までのミミックであれば。
「それじゃ、足りない場合があるんだ」
「マジか……」
モローと呼ばれた盗賊の男が唸る。
経験を積んだ探索者であればあるほど、自分が信じてきた常識が覆るのは受け入れ難い。
「なら、実際に確認してみようか」
そう言って、俺たち4人は小部屋に足を踏み入れた。
光源の無い薄暗い部屋。その奥に、何の変哲もない宝箱が1つ、ポツンと置かれている。
「アレだな?」
俺の問いに、3人が黙って首肯する。
「じゃあまずは、【真偽判定】」
魔法を唱えると、宝箱がうすぼんやりと青色に光り出した──本物であるときの反応だ。
「お次は」
と言いながら魔法鞄からショートボウを取り出し、素早く射る。
カツンと音が鳴って、矢は弾かれて床に落ちた。
なるほど、確かに2段階チェックの結果は、コレが本物の宝箱であることを示唆している。
だが、これで安心ができないのが昨今のミミックなのだ。
「目を離さずに見ていてくれ。多分、一瞬だからな」
そう言って、ずんずんと宝箱の前に歩み寄り、しゃがみ、左手を宝箱に伸ばす。
固唾を飲む3人に見守られる中、人差し指と中指が宝箱に触れた瞬間──
バツンッ!!
ひと際大きな音が鳴り響く。3人の肩がビクリと跳ねたのが気配でわかった。
振り返り、手首から先の無くなった左腕をぷらぷらと振って、へらへらと笑う。
「な? 言っただろ?」
「パ、パパさん、そんなことより、手が……!」
モローが口をパクパクとさせて目を見開く。ヴォルトとバルナも、血の気の引いた顔をしている。
なんだ、そこまでは知らなかったのか。それは申し訳ないことをした。
「安心してくれ、俺の左手は【創造:手】という魔法で造られた義手だ。ほら」
喋りつつ【創造:手】を発動すると、ニョキニョキと手首から先が生えてくる。
俺が発明したオリジナルの土魔法。質感はもろに岩って感じだけど、普段は革のグローブをしているから、見た目には何も違和感は無いと思う。
込めた魔力量に応じて硬度が変化するので攻守共に優れているし、何より、今みたいに罠を敢えて作動させるときに便利だ。そんな場面は滅多にないけれど。
「すげー」
「というか、本当にミミックだったんだ……」
「あ、あぁ」
「本当にここ最近なんだ。2段階チェックをくぐり抜けるミミックが現れ始めたのは。だから、知らないのも無理はない」
「ミミックの別種、ってこと?」
「そうだな、進化、と言った方がいいかもしれない」
「魔物が、進化するというのか」
「魔族こそが最も進化の早い種族じゃないか……っと、あまりお喋りをしていても他の魔物が寄ってくるだけだ。用も済んだし、俺はここいらで帰るとするよ」
立ち上がり、部屋から出て行こうとしたところで、
「あ、待ってください!」
モローが俺を呼び止めた。
「なんだ?」
「パパさんがいなかったら、今頃オレの手が無くなっていました。どころか、出血で命が無くなっていたかもしれない。だから、そのお礼がしたいんです」
「いやいいよ、大したことじゃ──」
「それに! <ダンジョンのパパ>の生の話を聞けるなんて滅多にない機会です。金はオレらが出すんで、是非一緒に飲みましょう」
凄い熱量だ。これを断るのはさすがに忍びない。それに、たまには人と話すのも悪くないだろう。
「……まぁ、驕りというなら、ご馳走になろうかな」
「よっしゃ! お前らも良いよな?」
「アタシは構わないわ」
「実は私も、一度<聖人>の話を聞いてみたかったのだ」
「ってことで、今から一緒に帰りませんか? 道中の露払いはオレらに任せてくださいよ!」
キラキラとした視線を向けてくるモロー。
「あー、えっと、すまない。実は他にちょっと寄りたい所があったんだ。先に帰っていてくれないか? 大丈夫、ちゃんと合流するから」
やんわりと断ると、モローは眉根を下げた。
ほんの少し、申し訳ない気持ちになる。
「わかりました、では、ミレイダの酒場に来てください! 待ってますんで!」
「了解、ミレイダの酒場だな」
「絶対ですよ!」
そう言って、3人は部屋を出て行った。徐々に足音が遠ざかっていくのを部屋のドアを見つめながら待つこと数十秒。
「ふぅ」
短く息を吐いて、くるりと振り返る。
「…………」
だんまりを決め込むミミックと、俺だけの空間。
ゆっくりと歩み寄り、しゃがみ込んで、魔法鞄から紙とペンを取り出す。
そしてじっとミミックを見つめ──
「いやぁ、お前は相変わらず凄いな」
微かに口角を上げて、ミミックを褒め称えた。
撫でまわしたい気持ちをグッとこらえ、魔力探知を行い、周囲に探索者と魔物がいないことを再度確認して、メモを取りながら褒め続ける。
「さっきの噛みつきの速度、今までに出会ったミミックの中でも最速だった。それに、宝箱自体の意匠も進化している。一世代前のミミックはダンジョンが生成する宝箱と比較して箱の装飾が僅かに華美で、上級の探索者ともなれば【真偽判定】をするまでもなく偽物だと看破できていた。だがお前は違う。一体どうやって辿り着いたのかは皆目見当もつかないが、近頃のダンジョンが生成する宝箱の意匠と酷似している。というか、外見だけで看破するのは最早不可能と言っていい。これは本当に凄いことだ。やはりというべきか、魔物の進化の速度には目を見張るものがある」
メモる。メモる。メモる。
褒める、褒める、褒める。
「このヴェルーガ城にしてもそうだ。前回来た時よりも構造がやや把握し難くなっている。骨格とも呼べる大まかな構造に変化は無いものの──」
そこからしばらく、俺はひとりで彼らの変化をまとめつつ褒め称えまくった。一頻り褒めちぎってから、ようやく、ヴェルーガ城を後にした。
────
「おっ、パパさん! 待ってましたよ! こっちです!」
既に顔がほんのり赤くなっているモローが手をひらひらと振る。バルナがパシンと頭を軽くはたき、ヴォルトが浅く会釈をする。
その呼び方は誤解を招くし、恥ずかしいのでやめてほしい、と先ほど伝えそびれたことを若干後悔しつつ、3人が座る円卓に着いた。
「酒は飲みますよね? すみませーん!」
俺の返事を聞く前に、モローは店員に酒を頼み始めた。
すぐに届いた一杯を、まぁいいか、と素直に受け取る。
「それじゃあ、乾杯!」
「乾杯」
カキンと小気味良い音が鳴る。ジョッキに口を付けると、シュワシュワとした泡と冷たい液体が流れ込んできた。この店には氷魔法が使える店員がいるらしい。
「食べ物も適当に頼んであるんで、じゃんじゃん食べちゃってください!」
「ありがとう、いただくよ」
そうして、暫くはつまみを食べつつ酒を飲み、3人について色々と話を聞かせてもらった。
モローたちは4級の探索者なのだそうだ。俺の見立て通り、中級の探索者に相当する。
探索者には1級から7級まで階級があり、7級から5級が下級探索者、4級と3級が中級探索者、2級と1級が上級探索者と呼ばれている。更に上には特級探索者なんていう人外たちもいるにはいるが、そんな化物はこの国に数える程しかいない。
モローとバルナが同じ村の出身で、ヴォルトだけが探索者ギルドで出会ったメンバーらしい。
それから、探索者になってたったの3年で4級にまで昇級したと聞いた。探索者人生を3級で終える連中もざらにいることを考えると、かなり優秀な部類だと思う。素直にそう伝えると、3人は照れていた。可愛い奴らだ。
良い具合に酒が回ってきたタイミングで、
「それであのー、パパさんって」
モローが気恥ずかしそうに話を切り出した。けれど。
「待った。そのパパさんって呼び方、恥ずかしいからやめてくれないか?」
「え? そうですか? えぇと、じゃあ何と呼べば?」
「普通に名前で呼んでくれ。俺にはアルトって名前があるんだ」
言いながら、そういえば今の今まで名を名乗っていなかったことに気付く。これではパパさん呼びも致し方ないというものだ。
「へぇ、アルトさんって言うんですね」
「アタシ、初めて聞いたかも」
「私もだ」
俺の二つ名は一体どれだけひとり歩きしているのだろう。軽く頭が痛い。
「じゃあ、アルトさん」
気を取り直して、と言わんばかりにモローが続ける。
「どうしてそんな活動をしているのか、教えてもらってもいいですか?」
「そんな活動、というと?」
「そりゃあ決まってますよ。下級から中級の探索者たちが危険な目に遭ってると無償で助けてるじゃないですか。その理由をお聞きしたかったんです」
「そうそう、ダンジョンで新米探索者たちの世話を焼く。それで<ダンジョンのパパ>だもんね」
「その不断の善行から<聖人>とも呼ばれているな」
「やめてくれよ、こそばいな。大した理由なんかないさ」
「いやいや、大した理由もないのに二つ名がつくまで人助けする人なんていませんよ!」
「……んーと」
後頭部をポリポリと掻きながら、何と言うべきか思案する。
「たまたま魔力探知が得意で、ピンチに陥ってる探索者を見つけやすかった。そして俺には助けられる知識と力がある。だから助ける。そんな感じだよ」
「……ふーん」
「まさに<聖人>の名に相応しい理由だ」
「大袈裟だよ」
「あ、じゃあ、アタシからも聞いていい?」
「質問はこれで最後にしてくれるならな」
「了解!」
「なっ」
あっさりと承諾するバルナを、ヴォルトがポカンと口を開けて見つめている。こいつも何か聞きたいことがあったに違いない。だが、敢えて気付かないフリをしておこう。詮索されるのはあまり好きじゃない。
「それで、何が聞きたいんだ?」
「アルトは冒険者ギルドには登録していないって聞いたけど、それは何で?」
……なるほど、そうきたか。
探索者ギルドと冒険者ギルドの両方に登録するのが一般的だ。身分証が多くて困ることは無いし、どちらにも籍を置いているとまず仕事に食いっぱぐれることがない。
しかし、俺は冒険者ギルドには登録していない。これはかなり珍しい部類に入る。疑問に思うのも無理はない。
「これも単純な理由だ。探索者と冒険者の違いを考えればすぐにわかる」
「探索者と」
「冒険者の違い?」
「ふーむ」
3人が一斉に腕を組む。最初に口を開いたのは、ヴォルトだった。
「一番わかりやすい違いと言えば、死亡率だろうな」
おぉ、一発目から正解を引き当ててきたか。
「その通り。冒険者と探索者では、後者の方が明らかに死亡率が低いという報告がある。じゃあ、どうして死亡率が低いと思う?」
「そりゃあ簡単ですよ」
モローが言う。
「探索者は基本的にダンジョンでお宝を探すだけなのに対して、冒険者は魔物の討伐や護衛なんかも仕事の内に入ります。どっちの死亡率が高いかなんて、考えるまでもない」
「そう、だけど、もうひとつ違いがあるんだ」
「え? そうなの?」
「あぁ。ダンジョンに潜る探索者と、外を巡る冒険者には、地味だけど、決定的な違いがある」
「その違い、とは?」
「魔物の質だよ」
俺がそう言うと、「質?」と3人の声が揃った。仲が良いな。
「ダンジョンの外と中では、魔物の質が違うんだ」
「具体的にはどう違うんですか?」
「そもそも3人は、ダンジョンも魔物の1種だってことは知ってる?」
「そうなの?」
「お前……」
「知ってはいるが、詳しい理由までは知らんな」
バルナの反応に、モローが呆れたように首を振る。ヴォルトも一応は知っている、くらいのようだ。
「身体が魔素か魔素の宿った物質で構成されており、その核として魔石を体内に宿し、魔力を摂取することで成長する存在。ってのが魔物の定義なんだけど、実はダンジョンもその定義に当てはまるんだ」
「じゃあ、あのヴェルーガ城も?」
「勿論。ヴェルーガ城は廃城に大量の魔素が宿ったことで魔物化したんだ。だから外見以上に中が広いなんていう魔法現象が平然と起きてるし、構造だって時々刻々と変化してる」
「なるほどな……」
「大事なのは、ここからだ」
3人がついてきているのを確認してから、話を続ける。
「魔物である以上、ダンジョンも成長するために魔力を摂取する必要がある。そうなると、魔族と人族の両方を誘い込まないといけない。両者の生存競争が起こることで初めて、どちらかの死体から魔力を摂取できるからだ。そこで、土中から貴金属を回収して、生成した宝箱にそれらを詰め込むことで探索者をおびき寄せる。そうすることで、探索者を目当てにする魔物達をダンジョン内に誘い入れた」
「ほぇー」
「それは知らなかったです」
「で、そのことがダンジョン内外の魔物の違いにどう繋がるのだ?」
「シンプルな話だ。仮に、ダンジョン内にあまりにも強い魔物を引き入れてしまったとしよう。するとどうなる?」
「んー、あ! 探索者が寄り付かなくなる?」
「正解。そうなると、ダンジョン内は単なる魔物の巣窟となり、魔物と人の生存競争は起こらなくなる。するとそのおこぼれを得ていたダンジョンは栄養を得る手段がなくなってしまうわけだ」
「ってことは、ダンジョン内の魔物は強過ぎちゃいけないわけですね」
「そう。だから、幾つかの例外を除いて、ダンジョン内の魔物は外の魔物と比較して弱く、それ故に、探索者の死亡率は冒険者よりも低くなっている」
「えっと、じゃあ話を本筋に戻すと」
と、バルナが続ける。
「アルトさんは死ににくいから、って理由で、冒険者じゃなくて探索者をやってるの?」
「……まぁ、そうなるな。等級が上がると強力な魔物の緊急討伐要請が入ることがある。それは可能なら避けたいってわけだ。まぁ、命は大事だから」
「なるほど……あ、でも」
「おいおい、これで質問は最後って言ったろ? 今度は俺が話を聞く番だ」
「ちぇー」
話を強引に切り上げて、そこからはまた3人のこれまでの活躍や、これからの目標なんかをたっぷりと聞いた。
長い間探索者をやっている俺としては、まだ初心を忘れていない3人の話は新鮮で面白かったし、自分も久しく忘れていた初心を思い出せた。
最後に、3人が2段階チェックを突破するようになったミミックに引っ掛からないように、俺の考えた3段階チェックを教えたら、もの凄く感謝された。弟子がいたらこんな感じなのだろうか、と一瞬興味が湧いた。
こうして、あっという間に3人との時間は終わりを迎えた。
「じゃあ、今日はありがとう」
「オレも楽しかったです!」
「また会うことがあれば一緒に飲みましょー」
「今度は、私の質問にも答えてもらうぞ」
「ああ、また次の機会にな」
店を出て3人に別れを告げてから、俺はひとり宿へと足を進める。
「…………」
肌を撫でる夜風が気持ち良い。
けれど心の中には、僅かばかりの、罪悪感が芽生えていた。
理由は単純にして明快。
「また、言えなかった」
本当の理由が。
別に嘘を吐いたわけではない。
助けられるから助けているし、金を得るためだけに死にたくなんてないから安全な探索者をやっている。これは嘘ではない。でも、表層でしかない。
心の深いところにある“本当”は、決して言えない。
──魔物が、好きだなんて。
俺は葛藤が、成長が、進化が好きだ。
自分の描く理想と現実の間で葛藤し、二つの間に横たわる溝を埋めるために成長し、遂には溝を飛び越えて進化する。
この過程を見るのが好きなのだ。そこにはいつだってとんでもない量の熱が渦巻いていて、そこに近付くと、俺の中にまでその熱が移ってくる気がする。それが、生きる気力になる。
魔族は本能に従って、常に進化を求め続ける。そして実際に、他種族と比較して圧倒的な速度で進化してきている。
そのわかりやすい例が、ダンジョンとミミックだ。
小規模で単純な構造ばかりだった数多のダンジョンは、栄養源である人族と魔族をより多く誘き寄せるために、たった100年で今の巨大で複雑な構造を獲得した。
【真偽判定】で正体が看破されるようになったミミックは、たった50年で魔法による判別をかいくぐるようになり、そこから更に30年で弓矢による判別もかいくぐるようになった。
しかも、ただ進化しているわけじゃない。ダンジョンとミミックの進化には、創意工夫がある。
なぜなら、ただ凶悪に進化するだけでは、俺たちはダンジョンに寄り付かなくなってしまうし、ミミックにだって手を出さなくなってしまうからだ。
それでは彼らは生きていけない。生きるために進化し続ける必要があるが、同時に、進化の方向を考え続けなければならないのだ。
この“枷”が彼らに素晴らしい進化をもたらす。そんな進化に置いて行かれぬように、他の種族も負けじと奮起する。
要するに、魔族に突き放されないように、人間も、エルフも、ドワーフも、他の多くの種族も、進化し続けている。魔族という存在が、すべての種族を引っ張っているのだ。そんなの、好きにならざるを得ない。
とはいえ、すべての魔物が好きなわけではない。
特に、外を徘徊する魔物は嫌いだ。奴らは弱肉強食という唯一の原理に支配され、己よりも弱い者を蹂躙し、己より強い者に蹂躙されないためだけに力を求めている。だから、その進化も自ずと暴力的で理不尽なものになっていく。
そんな野蛮な熱にはあてられたくない。俺が冒険者ではなく探索者を選ぶ真の理由は、そこにある。
ただ、それを他の人に言えたことはない。
当然だ。「魔物が好き」だなんて、異端にもほどがある。言えるわけがない。
もしかすると、全部を話せば理解してくれる人がいるかもしれない。だけど、それは本当に賭けだし、
そうでなくとも、魔物に家族や友人を殺された人なんてのはそこかしこにいる。どんな理由があろうと、彼らに対して「魔物が好き」だなんて口が裂けても言える筈がない。
だから、俺はひとりを選んだ。その方が気楽だから。
だから、同業者を助けるようになった。そうすれば許されるような気がしたから。
多分、これから先もずっとそうなんだろうと思うし、それでいいと思う。
俺はただ、明日も明後日も、ダンジョンに潜り、そこにある“進化”から熱をもらい、また明日を生きる原動力にする。
誰に理解されなくても良い。
これはきっと、墓まで隠し通す秘密だ。
「さて、明日はどのダンジョンに行こうかな」
呟きは、夜の生ぬるい空気に溶けていった。
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