第一話 パンに捧げる魔獣討伐
魔獣がこちらにやってくる。
牛のような形をしたそれは赤い目を光らせ、体中を分厚い毛で覆い、何本もの鋭い角を生やしたなんとも恐ろしい見た目をしていた。上位魔獣に部類する程の魔獣だと考えてもおかしくない。
男は、娘を連れて他国へ旅に行き、今はその帰り道の最中だった。リーフテイル王国の途中まで魔獣避けの煙を焚きながら歩いていたが、中間地点あたりに来たところで火が消えてしまいその先は魔獣避けなしで帰ることになった。
しかし、魔獣除けがないとなれば魔獣達は捉えやすい好都合の獲物として人間を狩りに行く。
男はその時に死の淵を見たと感じた。牛のようなその生き物は自分達にこの世のものとは思えないような牙を向けて走ってくる。
逃げられない。
そう思った男はせめて娘だけは守ろうと娘に覆い被さった。娘の手を力強く握った手は少しばかり震えている。
殺される!
そう思ったその時だった。
地面を揺らすほどの大きな音、そして白色に光る稲光が地面に落ちたのを男は見た。
その後焼けこげた草の匂いと血の匂いを感じ取った男は周りを見渡す。
そして前方に何かが倒れているのが見えた。そこにあったのは血を流して倒れる焦げた状態の魔獣。いつの間にか倒されている魔獣を見て呆気に取られていると男はもう一つ何かを見つけたように目を見開いた。
「あれは...。」
死体から数メートルか離れた場所に誰かがいる。男は目を細めながらそれを見た。
その姿をしっかり捉えた時男は驚愕した。
そこにいたのは娘と背格好も変わらない1人の少女だった。全身が黒いローブに覆われていて顔はあまりよく見えないが、その間から細長くとんがった耳がわずかに見えた。
エルフだ。
手に持った杖からは魔法を使った後なのだろう、白い煙が微かに上がっていた。
エルフの少女は男の元へ来てマッチだけを置くと、何事もなかったようにそこから立ち去ろうとした。
男は慌てて少女を引き止めると、少女はローブの中からニコリと笑った口を見せてこう言った。
「リーフテイル王国は魔獣の国、なんですからそんなところで魔獣避けなしで歩くのは死に等しい行為です。以後気を付けてくださいね。あと、そのマッチで火を起こして魔獣避けにしてください!」
少女はそう優しくまっすぐとした口調で言い残すとその場を立ち去った。
「何これ!パンの匂いがする!」
そして何故かそこ一帯には焼きたてのパンの匂いが充満していた。
しかし男はその討伐速度の速さにパンの臭いどころではなく、ぽかんとして数分動けなかったという。
後日、お礼をしようと町中の魔法使いを探したがその少女のような魔法使いは見つからなかったらしい。
※ ※ ※
「流石は我が国の最高位護衛魔法使い、エリアナ・シルバーリーフだな。我々が気づかないところで人助けとは素晴らしい。」
国王はエリアナを称賛する。
「仕事ですから、当然のことです!」
「でも、戦いの後にパンの匂いを漂わせるのはちょっと、、、。あの匂い、国までいちゃってパン屋のおじさん、賑わいすぎて大変だったらしいぞ。閉店時間になっても客がいなくならないって。」
「じゃあパン屋に貢献も出来てウィンウィンですよね!」
「はあ…。」
エルリック・マーシャル王は呆れつつもエリアナに報酬の金貨500枚を渡した後、その場を離れた。
エリアナは王の部屋から離れ自分の部屋に戻り、ベッドに横たわる。すると「ぐへっぇっ、!」と声が聞こえるのと同時にエリアナは何かを潰していることに気づく。見てみるとそこにあったのはなんともまあ無様に潰された小さなのフクロウの姿だった。
「あっ。リンネさんでしたか!本当にすみません!大丈夫ですか…?」
「ちゃんと見てよ!」
この喋る鳥はエリアナの使い魔、リンネだ。いつもはエリアナと一緒にいるのだが、自由気まますぎて「少し、外に行ってくるね。」と言って、数時間行方不明になることが多い。そのため、いつのまにか帰ってきていることにも気付かず、こうした事故が起こる事が稀にあるのだ。
エリアナがリンネをどかしてベッドに横たわると暇になったリンネはエリアナに話しかけてくる。
「エリアナは今日も人助け?やっぱ最高位護衛魔法使いは格が違うね。」
エリアナがそれを聞いて嬉しそうにニヤニヤとするとリンネはそれを見て一歩、小さな足で後退りした。
「でも、最高位護衛魔法使いって本当に大変だよね。毎日の魔獣討伐と月に一回の国の結界の張り直し。流石"魔獣の国"って言われるだけ魔獣対策の強固さが比べものにならないなー。」
「でも、別にそこまで苦でもないですよ。お金も沢山貰えますし、魔獣倒すのだってストレス発散とかする時にすごく効果的ですから!」
エリアナはベッドの上で自信満々に言った。
「そうなんだ。でも、よく500年以上も同じ仕事をし続けられるよね。すごくない?」
そう。エリアナはこれでも1000年以上は生きているエルフである。エリアナが最高位護衛魔法使いになったのはたった一つの小さな理由があったからだ。それは、
「お金が欲しい...。」
ただそれだけの理由だった。
その時、すでに500年以上は生きていたエリアナだが当時はそこまで買いたいものもなかったため金については何の興味もなかった。そのため、それまでの生活は小さな集落に居座り、ただ木の実採集を行うというなんとも地味な日々を送っていた。
しかし、あるものをきっかけにエリアナの心は大きく変わってしまったのだ。
「カリカリしててふわふわしてて...これすごいです!」
そう、それはパンであった。
昔から、パンというものは世の中にはあったが、文明が発展していくに連れ、もちろん食文化というのも発展していくものである。
そして、昔の硬いパンしか食べたことがなかったエリアナは、ある時街で食べた現代のパンをきっかけに心を打ち抜かれてしまったのだ。
その街というのがこの国、リーフテイル王国だったという訳である。そしてエリアナはリーフテイル王国のパンを買うために金が稼げる仕事に就こうと考えた。
その時、エリアナは一つのチラシを見つけた。
「護衛魔法使い採用試験について。」
昔からリーフテイル王国は魔獣の出現が多い国であったため、リーフテイル王国の城に住まう上級貴族のマーシャル一族が毎年、国専属の護衛魔法使い選抜のための試験を行っていた。
そこから選ばれた数人に護衛魔法使いとして国を魔獣から護衛してもらうのだ。
そのチラシにはなんと月に金貨500枚という異常な時給が書かれていた。
そこからパンのためだけに受けた選抜試験には見事、合格。
そして更に護衛魔法使いの中で魔獣討伐成績一位を獲得し、めでたく王からの推薦を受け最高位護衛魔法使いとなったのだ。
しかし、そんなに良いことばかりではなくその役職には一つ重大な問題があった。
”城から出てはいけない。”
最高位護衛魔法使いというのはリーフテイル王国内ではかなりの高い地位を持っている。そのため、ただで城に住むことを許可されているのだ。家賃を払わずにパンに集中できる。そう思ったエリアナだったが城から出てはいけないという条件がつけられてしまっては黙っていられない。
しかし、王からもらったこの役職を自分から捨てるなんてことは王に対して無礼極まりないことだった。そのため、せめて理由を聞こうとしたが王はそれを教えてくれなかった。「お前は知らないで良い。」と。
そこからパンを自分で買えないエリアナは城の召使いたちにも土下座をしてパンのおつかいを頼んだが、彼らも当然忙しいため断られてしまった。
そこに現れたのがリンネだった。
あの時も窓から勝手に入ってきた気がする。それからいつでもフリーなリンネにパンを買ってきてもらうことになり、その流れでエリアナの使い魔になってもらったというわけだ。
そういうわけでエリアナは500年以上もの間、この役職について国を守っている。
ベッドに横たわっているとエリアナはなんだか眠たくなってきたため、そのまま寝ようと思った。
しかし、エリアナは重大な事を忘れていたのを思い出す。
「チョコレートダークファイアーブレッド!」
「何それ。」
リンネは突然出された意味不明の単語に驚きつつ、その単語について聞いてみる。
するとエリアナは満面の笑みを浮かべながらリンネの質問に答えてみせた。
「街角のパン屋の期間限定のパンですよ!でも召使いさんの情報によると今日までの期間限定だった気がします。リンネさん、急いで買ってきてください!」
それを聞いた瞬間、リンネはすごく嫌そうな顔をする。今日は森で思いっきり狩りをしていたのでもう疲れているのだ。
「夕方じゃダメなの?」
「今回のパンは結構な人気らしくて、売り切れることもありますから!」
リンネは見るからに渋い顔をしたが、500年以上も引きこもりのエリアナをあわれみ、しょうがなく買ってくることにした。
「しょうがないなあ。」そう言うとリンネは両手をパチンと叩いた。
するとリンネの体からは紫色の奇妙な煙がもくもくと出てきた。
そして数秒後、その煙の中を見てみるとそこには薄い金髪の短い髪を一つに結んだ可愛らしい少女の姿が現れた。
リンネはエリアナにお使いを頼まれるときはいつも人の姿に変身してから買いにいく。当然、フクロウが急に話し始めてパンを買っていたら大騒ぎになってしまうからという理由である。
「じゃあ行くね。チョコレート何ちゃらだったよね。」
「チョコレートダークファイアーブレッドです!曖昧にするとチョコレートダークスーパーブレッドと間違えられちゃいますから注意して下さいね。」
「紛らわしすぎでしょ…。」
こんにちは!小鳩です。初投稿、遂にしました!ぜひぜひ、読んでもらえたら嬉しいです。次回は、エリアナ氏がニートになる予定です。また、新キャラも出てくるはず!これからよろしくお願いします。