第7話 欺き
駅に着いた時には、既にクラリネットの姿はなかった。
家に帰ると、母さんは凄まじい顔をして待っていた。しばらく説教は続いたが、今日の出来事を思い出してしまって、何も頭には入ってこなかった。
「もういい、行きなさい」
説教が終わり、冷めた夕食をかき込む。
その食器を洗いながら、今日の出来事を振り返る。
路地裏から逃げた後。
もし連中を野放しにしたことで新たな被害者が出たらと思うと、通報しない訳にはいかなかった。
だからこそ、奴らがそう遠くに行かないうちに通報しておきたかった。
しかし、クラリネットは俺に捕まってほしくないが故、それを許さなかった。
そのため、クラリネットの目が届かないところに移動することにした。
そして、早く帰らないといけないなどと理由をつけて、足早に大通りに出た。
あそこまで遅くなってしまえば、帰る時間などどうでも良かったが、あの状況で彼女と別れるための適当な理由としてはちょうど良かった。
大通りに出ると、クラリネットが着いてくることはなかった。
というのも、天使が人間と一緒に歩いてるのを見られてしまうと、人々に契約を疑われてしまうからだ。
そうなれば元も子もない。
こうしてクラリネットの目を掻い潜り、すぐさま警察に通報を入れた。
しかし、匿名でだ。
クラリネットに対する申し訳なさもあるし、第一、捕まるのは嫌だった。
もちろん、捕まるとはいっても状況的に有罪になることはないだろう。
しかし、天使と契約した人間は普通に社会に出て生きていくことは許されない。
代わりに、『Daisy』という機関に配属されることになる。
『Daisy』とは、天使や、天使と契約した人間を逮捕するための専門機関である。
捜査等は警察の管轄だ。
警察は、天使やその契約者に対して、一般の犯罪者と同じ要領で犯人の取り押さえや逮捕を行うことはできない。万が一暴れられた際に、異能力を持たない警察には手の打ちようがないからだ。
相手が契約者ならともかく、天使は人間と同様の理性を持っている訳では無いので、素直に縄にかかるということは少ないらしい。
そのために、天使と契約した人間による国家機関『Daisy』が、異能力を持ってしてそれを制するのだ。
しかし、『Daisy』は国が認めた職業のうち最も死亡率が高く、給与も悪い。
こんな職に就くことになれば、俺はともかく、母さんはなんと思うだろう。
そう思い、通報は匿名で行うことにした。
昨夜、5歳の男の子が隣町で天使に襲われた事件。
今回の犯行現場もそう遠くないことから、この通報は関連があるとみて、『Daisy』もしっかり動いてくれていることだろう。
皿を洗い終わると、階段をのぼって2階にある自分の部屋に戻る。
「今日は流石に疲れたな…」
久しぶりに全力疾走したので、身体中が痛くて仕方がない。
このまま意識を失うかもしれないということを理解しつつも、まだ風呂にも入っていない身体で、ベッドにダイブする。
すると、柔らかな触感と共に、掛け布団の向こうからから潰れたような声がした。
「…ん?」
違和感を感じ布団を捲ると、そこには羽を生やした少女がうずくまっていた。
「いったぁ…!最低!」
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前話、一部修正しました。