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Devil's guys  作者: ぽん
第1章
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第1話 風薫る

 耳を塞ぎたくなるような、悲鳴まじりの騒々しさに目が覚めた。

 壁にもたれかかるように寝ていたので、眠りが浅かったのかもしれない。

 そうして薄く開いた瞼の隙間からは、ぼんやりと赤い光が差し込む。

 ぱっと目を開くとそこは見慣れた部屋の中で、光が熱を帯びて空気を震わせていた。

 それを炎だと頭が認識するよりも早く、反射的に体が動く。そして早く部屋を出ようと扉に手をかける。だが、何度開けようとしてもその扉はピクリともしない。

 やがて炎はそこら中を埋め尽くす。

 ひどい熱気に、身体の輪郭は失われていく。

 暑さから逃れようと、じたばたとステップを取ってみるも、そのうちに崩れて、床に沈み落ちる。

 その瞬間、頭上からひらひらと草の香りが漂った。


「お母さんの…」


 その白詰草で作られた今にも壊れそうな花かんむりは、やがて灰となり、炎に煽られて宙に舞う。


 その瞬間、部屋の窓が割られ、数人の男達が中へと入っていく。


「こっちだ!人影があった…あれ、いない…?」


「火が回ってる!早く助けないと死んじまうぞ!」


 その灰は今だと言わんばかりに窓の外へと鋭く飛び抜けると、空を舞って、肌を撫でるような柔らかい春風に乗せられる。





 やがて、それは舞い落ちる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「夢か…」


10月、東京。

巻現かんげん高校、3年A組。


 6時間目の終わりを告げるチャイムの音。


 換気のために、一斉に教室の窓が開く。

 肌をざわつかせるような硬くて冷たい10月の風が、窓から吹き抜ける。

 眠気をまとっていた眼には、心地よい刺激だ。

 脳が覚醒していくのを感じながら、ゆっくりと顔を上げる。

 目の前にはベリーのジュースが入ったペットボトルが浮かぶ。その薔薇色のジュースには、青と金のラメのような光沢がゆるく映し出されている。前の方を覗くと、金のメッシュが散りばめられた少し長めの青い髪が、滑るように宙を舞った。やがてその髪の持ち主は、ひどく整った顔をこちらに向ける。


「おはよう、デンちゃん」


 「デンちゃん」、これは俺のあだ名だ。

 本名は殿院宮彰人でんいんのみや あきと

 まるで宮家のような名前だが、血筋こそ天皇とはかすりもしていない。そんなインパクトのある名字だからか、友人からは下の名前ではなく、名字の''でん''を取って「デンちゃん」と呼ばれている。


 そんな自らに発せられたその声は、少し儚げな声質とは裏腹に明るげな喋り方で、鼓膜を軽やかに揺らす。


「寝てたわ…。わり、プリント写させてくんね?」


 思わず、その明るさに呼応するように軽くなった口を回す。


「じゃあジュース1本ね?」


「わかったわかった、後で買ってやるから」


「しゃーなしな…うい」


「まじで助かる、堤」


 彼女の名前はつつみ 琴音ことね

 学校ではかなりの有名人だ。青い髪に金のメッシュと目立つのも、顔が整っているというのもその理由のうちだろう。しかし、最たる理由としては、元芸能人ということがあげられる。8年前に''ある報道''がされるまでは、まだ小学生だった彼女の顔をテレビで見ることも少なくなかったと記憶している。

 そんな彼女のプリントを写していると、ガシャンと教室の扉が豪快に開く。


 そちらを見ると、ラグビー選手顔負けのがっしりとした体格の男の担任教師が、いつもと変わらず活気に満ちた表情をして、ずかずかと教室に入ってくる。

 そのまま教壇まで歩みを進めると、こちらを向き、圧のある声を教室中に響かせる。


「静かに。さっさとホームルーム終わらせるぞー。…はい、じゃあ一つだけ。昨夜、隣の地区で5歳の男の子が何者かに襲われそうになる事案が発生した」


 身近な場所で起きたその物騒な出来事に、教室中が少しざわつきを見せる中、前の席からは周りとは不釣り合いな「はぁ」という小さなため息が聞こえてくる。


「それに、最近夜中に徘徊している天使の目撃情報がこの町にあったようだ。危害を加えてくる可能性があるから、日中でも人通りのないところを行かないように。もちろん夜は出歩かないようにな。じゃあ解散!」


 早々にショートホームルームが終わると、ふと堤が振り向き、口を開く。


「だってよデンちゃん。いつもみたいに夜遊びしてたら食べられちゃうよ?」


「はいはい。ていうか天使が人を襲うってのは聞いても、人を喰うなんてのは聞いたこともねえよ。それに夜遊びなんて堤じゃねえんだから」


 天使。

 この世界にはそのような呼称がついた生命体が存在する。

 それらの姿は、人のようなものもあれば、小動物のようなもの、あるいはこの世のものとは思えないおぞましいものまで、さまざまである。

 だが、いずれにも共通する特徴がある。それは、人間にはない異能力を持つといったものだ。

 例えば火を吹いたり、岩を片手で持ち上げたり、新幹線より早く走ったり、その異能力というのは各々異なる。


 堤と軽口を交わしていたところ、騒がしい廊下の方から、聞き覚えのある声が飛んでくる。


「おいデンちゃん帰るぞー」


「おー、今行く!」


 俺は慌てて、机の上のペットボトルを残して、荷物を乱雑にバックに詰め込んでいく。


「じゃあな、堤」


「ああ、もういくの?」


「おう。…ん?」


 すると彼女は、俺がバックに入れるために手を伸ばしかけていた机の上のペットボトルを掴む。


「んじゃさっきの分、これでいいや」


 さっきの分、つまり先程のプリントの対価として彼女が選択した、そのジュースの入ったペットボトルを彼女は右手で掴むと、左手で蓋の方に手をやる。


「ん、ああ。いいけどそれ俺の飲みさしだからな」


 思わず呆気に取られてしまっていたものの、何が起きようとしているか理解が追いつき、遅れた反応を取り戻すように、慌てて忠告する。


「ん、んー」


 しかしそれも手遅れで、彼女はなんの躊躇いもなく飲み口を口に運びきっていた。


「ありがと」


「お、おう。んじゃもう行くな」


「じゃあね。私も早く帰んないと」


 少し目を伏せ、気怠そうにして彼女はそう言う。


「なんかの予定?」


「ちょっとね」


「忙しそうで大変だな。たまには休めよ」


「なになに。かっけえこというじゃん」


「…じゃあ、また明日な」


 やけに心配になり思わず追求してしまったが、彼女のいつも通りの軽口に安堵する。


「ん、ばいばい」


 そう言いながらペットボトルを持ち上げ、2口目をいこうとしている彼女を尻目に教室をでると、5つの見慣れた顔が目の前に並ぶ。


「おいおせーよ」


「電車、若干遅延してていつもの1本前の乗れそうなんだ。っしゃ、走るぞデンちゃん」


 その声を皮切りに、先に話が通っていたであろう俺を除く5人は一斉に走り出す。


「ちょ、待てって!」










「目の前で行っちまったな…」


 巻現高校の最寄り駅である志国駅は、校舎を出て、グラウンドを超え、校門をくぐってすぐ、学校の南側に構えている。

 この場にいるサッカー部上がりの6人であれば、教室からホームまで2分足らずで辿り着くほどの距離だ。


 しかし、電車が行ってしまったのでは、10分と少しを待たなければならない。

 というのも、志国駅がこの路線の始発なので、電車が来たとて出発まで時間がかかるのだ。


「これ、もうちょい詰めれば乗れたんじゃねーの」


「デンちゃんが俺らを放置して楽しそうにお喋りしてたからな」


「おう…悪かったって…」


「堤な。まあぶっちゃけクソほど可愛いよな…あいつ、元子役だっけ?」


「テレビはめっちゃ出てたよな。バラエティ専門ってイメージだったから、それを子役っていうのかはわかんねえけど」


「あーでもあれだっけか。父親の虐待…かなんかの報道で見なくなったよな」


「あー…」


気まずい空気が流れたことで、話題も半強制的に移り変わる。


やがてその話題も尽きると、見計らったかのように電車が来る。


「乗るぞー」


 電車に乗り込む。

 車内には少し独特な、人工的な熱気が広がっていた。

 秋とはいえ、肌寒い季節にも差し掛かってきたので、暖房でも入っているのだろう。


 そんなことを考えながら出発まで暫くある電車の席に着く。

 すると、唐突に睡魔が押し寄せてくる。


「サッカー部…やっと引退だもんな。いつも帰る頃には真っ暗だったのになあ」


「なー、帰りの電車で外が明るいの未だに違和感あるよな」


「これでもう俺らを待ち受けてるのは受験勉強だけってことだ」


「勉強なんてそんな暗い話題やめようぜ。──ほら、そういえばあれだ、学校の近所に出たっていう天使。5歳の子に襲いかかったってやつ。その子の話によると、その天使に食われそうになったらしいぞ」


 眠気で頭が回らない中、危うくなった意識の狭間で会話に耳を傾ける。


「へー、天使ってそもそも人食うのか?」


「だいぶ特殊らしいけどな。食おうとしてたって見解らしいぞ」


「どこで聞いたんだよ、そんな話」


「あー、兄貴がそっちで働いてるんだよ」


「あれ。真大、お前の兄貴って契約者…」


 ダメだ、眠気で意識がもたない。


──天使が人間を食べる。


 何か聞き覚えのあるフレーズだ。


''いつもみたいに夜遊びしてたら食べられちゃうよ?''


 堤が冗談かなんかでそんなことを言ってたっけか。


 電車の発車メロディーを背景に、ぼんやりと頭に浮かんだその言葉は、意識と共に闇の中に深く沈んでいく。

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