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【第一部完結】この団地、女子高生に自治会長を任せるって正気なの!?  作者: shizupia


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第98話『“皆本慎太の采配スルーちゃんねる”でした〜!』

いのりたちが放課後に訪れたのは、とある雑居ビルの一室にある“小さなスタジオ”。

そこには、見覚えのあるあの人物が。


今回は、ちょっと異色の舞台です。

いつもの団地や区役所とは違う、まるで現代の“情報の現場”にいのりたちが足を踏み入れる回。

普段の自治会活動とは別の角度から、「発信する」ということを考える物語になっています。


どうぞ、最後までお楽しみください。

雛川区・犬井町駅近くの古い雑居ビル。

学校帰り、いのりたち3人がひっそりと訪れた。

ペンキの剥がれた無機質な扉の前に貼られた紙には、 手書きのマジックでこう書かれていた。


『撮影中 関係者以外立入禁止』


張り紙の角はすでにめくれ、ガムテープの跡が黒ずんでいる。

どう見てもお洒落な撮影スタジオとは言い難い。


「……これ、ほんとにここ?」


階段の踊り場の前で、いのりが不安そうに言うと、 楓がスマホを見せながら頷いた。


「ここで合ってるよ。“皆本慎太の采配スルーちゃんねる収録スタジオ”」


「まじで?」


あずさがドアの前で立ち止まり、


「張り紙が文化祭レベルだよ……。これ入っていいの?」


「うん、たぶん」


楓がコンコンと軽くノックした。


「どーぞー!」


中から女性の緩い声が返ってきた。

ドアを開けると、

白い壁と安っぽい照明、

無数の配線が床を這い、狭い空間に三脚が二本。

その奥で、皆本慎太が笑いながらペットボトルのお茶を飲んでいた。


「おー、来た来た。いのり、楓にあずさも。えらい華やかになったな」


「お世話になります!」


「こんにちはー!」


慎太はキャップを後ろ向きにかぶり、薄手のトレーナー姿で相変わらずの軽さ。


「まあまあ、入って入って。ケーブル踏むなよ、感電するで」


床を見下ろすと、ほんとうにむき出しのコードが雑に束ねられている。

収録スタジオというより、町内会館の集会室のようだった。


「お父さん、いつもこの状態でGOTUBE撮ってるの?」


楓が呆れたように聞く。


「せや。ここが落ち着くんやで。空き部屋に困った大家さんが家賃安くしてくれたし、防音もしっかりしとるから音もそんな拾わん。GOTUBEなんてな、綺麗すぎると伸びんのや」


「そういうもん?」


「そういうもんや」


慎太が笑ったその瞬間、奥の鏡前から若い女性の声がした。


「慎太さん、カメラもう回してまーす!」


「もう!?」


いのりが驚く。


「リハとかないんですか!?」


「ないない。リハやると空気死ぬねん」


慎太は笑いながら、ポケットから小型マイクを取り出した。


「このチャンネル、撮って出しが基本や。噛んだらそのままオチになる」


鏡の前には、カメラの動作を確認している柔らかな黒髪の若い女性が立っていた。

白いTシャツ、ナチュラルなメイクに大きなまつ毛。


彼女は仙台皐月せんだいさつき


数年前にデビューしたばかりの新人タレント。

彼女の兄は、今や球界を代表するスター選手でもある。


「はじめまして、皐月です。今日はよろしくお願いしますね、いのりちゃん」


「よ、よろしくお願いします!」


いのりは慌てて頭を下げた。

その後ろであずさがこっそり囁く。


「ねぇ楓、あの人タレントさん?めっちゃ綺麗じゃん。肌ツヤツヤ。まつ毛長っ!」


「うん、仙台皐月さん。プロ野球選手やってるお兄さんの人気で、妹の彼女が可愛いって注目されたの。……そのデビューと同時に、お父さんがGOTUBEチャンネル始めるから女の子のMCほしいって声かけたんだ」


楓が経緯を説明する。


「ちょっと、聞こえるってば!」


いのりが耳打ちすると、皐月は振り返ってニコッと笑う。


「ふふ、いいのよ。ありがとう。褒めてもらえて嬉しいです」


慎太は手を叩いて笑った。


「せやろ?俺も目ぇつけるの早かったと思うわ」


「……どういうことですか?」


いのりが首をかしげる。


「皐月がデビューしてすぐや。兄貴の人気で名前売っとる時、“今のうちに出演お願いしとこ”って直感で思ってな。新人やからギャラも安いし、野球ファンの認知もあるからタイミングもええ。こっちは撮影スタッフも編集班もいない中で予算ギリギリやからな(笑)皐月ちゃんが動画編集までしてくれて助かるで」


皐月が苦笑する。


「慎太さん、それ、堂々と言っちゃうんですね……。まぁ、私も仕事貰えてありがたいですが(笑)」


「ええやん。持ちつ持たれつや。こっちは再生数上がる、皐月はレギュラー出演で露出増える。彼女自身のGOTUBEチャンネルも盛り上がってるしWin-Winやで」


楓がぼそっと呟く。


「お父さん、やっぱり商売上手だよね……」


あずさも笑いながら頷く。


「こういうの、強かって言うんだよ」


慎太が笑い飛ばす。


「ちゃうちゃう、“現場判断”や。“采配スルー”の基本やで」


そのままカメラに向き直り、


「よっしゃー、皐月。始めるで。始球式回や。今日も“采配スルーちゃんねる”、いってみよか!」


皐月「皆本慎太の〜!」


慎太「采配スルーちゃ〜んねる〜!」


パチパチ(いのり、あずさ、楓3人の拍手音、音割れ)


皐月「はい、今日もゆる〜く始まりました!現場主義でぶっちゃけまくるトーク番組!」


慎太「照明もカメラもレンタルやけどな!買うより経費精算に有利やで」


皐月「それ言わないでください(笑)」


慎太がいのりの方へマイクを向ける。


慎太「今日のゲストはこの子や。先日の九紅スタジアムの始球式で話題をさらった“女子高生自治会長”、風張いのり!」


あずさと楓の小さな拍手が響き、いのりは緊張した笑みを浮かべた。


いのり「は、はじめまして。風張いのりです。よろしくお願いします」


---


皐月「さて、今日の“采配スルーちゃんねる”は特別編です!」


慎太「そうや、今日のテーマは“ネットでざわついたベニスタ始球式の裏側”や!」


皐月「当チャンネルでも質問がたくさん来てます!コメント欄がもう大変なんですよ。“あの女子高生って何者!?”“慎太の娘?”“スポンサー席にいたあの子たちは?”って!」


慎太(肩をすくめて笑いながら)「いや〜俺もビビったで。“自治会長系女子高生”ってワードがトレンド入りしたんやからな。しかもあのポテポテ球でやぞ」


いのり(赤面しながら)「も、もうやめてくださいよ〜!」


皐月「コメント見ます?ほらこれ!」


(画面テロップでコメント一覧)


『慎太が解説席からピースしてた左投げの女の子だれ?』


『めちゃくちゃ可愛い、フォームぎこちないのに癒やされる』


『慎太のピース見えた!関係者?』


『スポンサー席の美人女子高生トリオ、気になる!』


慎太「いやもう、いのりにピースしただけやのに、場内カメラにバッチリ抜かれたばかりか“裏口コネ出演説”出とったからな(笑)。実際は、ガトームソン葉弥が急に来れなくなって、球団が困ってたから知り合いの女の子に声掛けただけやで」


皐月「台風なのに球団が無理やり試合したから飛行機飛べなかったんですよね。慎太さんの娘説もあって、SNSで“慎太、ついに親バカ発動”って言われてましたよ」


慎太(吹き出して)「メザメルトは嵐でも強硬開催する球団や。せやけどな、正直俺も当日びっくりしたんや。いのり、左投げやったやろ?あれは知らんかったわ!」


いのり(うつむきながら)「あ、はい…私、左利きなんです。箸を持つのもノート書くのも左で、ハサミだけ右じゃないと切れないんですけど……」


皐月「それ、右利き用のハサミじゃない?」


いのり「え?ハサミって、利き腕関係あるんですか!?」


皐月「いのりちゃん、素で可愛い!」


慎太(目を丸くして)「ホンマに全部左か!いや〜そら可愛く見えるわけや!」


いのり(即ツッコミ)「なんでそうなるんですか(笑)」


慎太「いやいや、野球界では“左”ってだけでロマンあるんや。フォームが柔らかく見えるし、絶対数が少ないから左投げは貴重な存在やで。始球式だって右やったら普通の女子高生が投げただけやけど、左やと“おっ、なんかスター感あるぞ”って勝手に思ってまうやん。しかもその左からのポテポテ球や。完璧やろ、あれ」


いのり(照れながら)「どこが完璧なんですか……」


慎太「ポテポテ投球やから可愛いんや。いやほんま、あれ俺が投げるより良かったで。俺がガトームソン葉弥の代役にマウンド立っても、あんなバズり方せぇへんもん。結果オーライ、采配スルー大成功や!」


皐月「結果オーライって便利な言葉ですね(笑)」


慎太「便利やで。“全部うまくいったことにできる”魔法のワードや」


皐月(笑いながら)「でもほんとに話題になりましたもんね。“左利きでポテポテ”ってだけでバズるってすごい」


慎太「せやろ。あのあと球団公式チャンネルで投稿された始球式動画が再生数跳ねたんや。せやから俺、即決でいのりにオファーしたんやで。“この流れ、使わん手はない!”ってな」


皐月「慎太さん、やっぱり抜け目ない(笑)」


慎太「それが現場判断や。視聴者が興味持ったら、答える。それがGOTUBEの鉄則や」


いのり(おどおどしながら)「そんな理由で私、呼ばれたんですか……」


慎太(ニヤッと笑って)「そうや。バズったから呼ばれた。でもな、ここで喋ったらまたバズる。これも先行投資やで、いのり」


皐月「あ、出た。“投資”の話(笑)」


慎太「ほな、流れ的にそろそろやろ。今日のもう一つのテーマ、“プロ野球選手の金の使い方”。ここからが本番や」


(テロップ:『テーマ②:プロ野球選手の年俸と投資のリアル』)


皐月「さて、ここからは“プロ野球選手のお金のリアル”を聞いていきましょう!」


いのり「あの……私、慎太さんの現役時代の年俸を見て、びっくりしました」



慎太(目を丸くして)「おっ、見たんか?どこでや?」


いのり「お父さんが昔の選手名鑑を持ってて、撮影の前にちょっと見たんです。そしたら“都内の高級マンションを何部屋も買える”くらいの金額で。しかも、それを毎年ずっと貰ってたとか凄すぎます……」


皐月(思わず笑って)「それは衝撃ですよね」


慎太ニヤリ「ははは、まぁプロは夢ある世界やからな。確かに現役の時は毎年マンション何部屋も買えるくらいは稼いどった。でもな、選手名鑑の年俸は、あくまで推定やで。記者が金額言わない選手に質問攻めしながら想像で書いてるからな。俺、実際は推定より多く年俸貰っとったで」


いのり(苦笑いしながら)「え!?あの金額よりもっと稼いでたんですか!?自治会予算だったら何百年分にもなりそう」


皐月「いのりちゃん、自治会長の職業病出てますよ」


慎太(表情が変わる)「けどな……年俸は貰えば貰うほど税金が恐ろしいんや。半分くらいは翌年の税金で国に持ってかれる。特に下がる時は地獄やで。」


いのり(真剣に)「下がる……?」


慎太「せや。成績落ちたらガッツリ減俸。プロは年俸カットなんて日常茶飯事や。大減俸くらったら、翌年の税金払ってマイナスやで。“去年の分”が容赦なく襲ってくるからな。税金分残しとかんと、気づいたら残ってるのは借用書だけや」


皐月「えぇ……そんなことあるんですね……」


慎太「あるある。現役の時に有り金全部使い切って、翌年に泣いてる奴、腐るほどおったで。車も時計もブランドもんも、思い出だけ残してスッカラカン。“スターの義務”みたいに散財して、最後に残るのは税金の請求書や。金って怖いで。稼ぐ努力よりも、自己管理できるかどうかの方が難しいかもしれん」


いのり「慎太さんは……どうしてたんですか?」


慎太(少し真面目に)「俺か?俺は“散財スルー”したで。パパラッチが怖いから危険な女遊びも、大して使わん高級品も、“うまい儲け話”も全部スルー。プロ野球選手になると、金に群がるブンブンバエみたいな連中がぎょうさん寄ってくるから見る目も養わなアカン。結局、ステータスより自分の頭で考えんやつが一番損すんねん。それは野球でも一緒や」


皐月うなずきながら「出ました、“采配スルー理論”!」


いのり「慎太さんはお金も自分できっちり管理してるんですか?」


慎太「せや。若い頃から貯蓄に投資もやってきたで。高卒選手だと未成年のうちは親に管理してもらってるやつが多かったな。でも俺は大卒後に社会人を経験してからプロ入りや。おかげで金銭感も養えたわ。」


皐月「私の兄は、監督から“ファンに見られることも仕事”だから、‘もっと良い車に乗りなさい’とか、‘高級品を身につけなさい’って言われるそうですよ。うちの実家は裕福じゃなかったから、兄はお金たくさん使うことに慣れてないみたいですけど(笑)」


慎太(指を立てて)「大金稼いどる選手なら、それも一理あるけどな。でも監督の采配なんてスルーすればええねん。」


皐月「それって采配ですか(笑)」


いのり「なんか無理やり(笑)」


慎太「ノースリーから“待て”のサイン?そんなもんスルーや!初回から“バント”のサイン?それもスルーや!そんなもん従ってたら一生チャンスこんで!」


皐月(即ツッコミ)「でも実際にそんなことしたら、二軍行きですよ(笑)」


慎太(爆笑しながら)「そらそうや(笑)監督のサイン無視したら即ベンチ外。二度と一軍に呼んでもらえんやろな。でもな、それぐらいの覚悟で動ける奴が上に行くんや」


いのり「覚悟ですか……」


慎太(少し思い出すように)「そういえばな、昔すごい後輩おったんやで。当時、高卒一年目のド新人だったそいつが一軍にお試しで呼ばれてな。いきなり監督に“俺、使ってくださいよ!”って直訴したんや」


皐月「えぇ!?高卒一年目で?」


慎太「せやで。普通、18歳そこらの高卒ルーキーがそんなこと怖くて言えへんやろ?でもそいつは言うたんや。監督に“俺のこと使ってくださいよ”って。そんで監督が“お前、打てるんか?”って怖い顔して聞いたら、そいつ“打ちます”やと。即答やで。後でそいつに聞いたら、“打てなかったらどうしよう”とか一回も考えてなかったらしい。マジで“絶対に打つ”しか頭になかったんやと」


いのり(目を輝かせて)「凄い!かっこいい……」


慎太「そいつ、その試合にプロ初スタメンで出て、ほんまにタイムリー打ってきたんや。そっからずっとレギュラー常連選手やで。チャンスってのはな、貰うもんちゃう。自分で掴みに行くもんやって改めて俺も学んだわ。そいつ今じゃチームで一番稼いどる。トリプルスリー何回もやっとる球界のスターやで」


皐月にやりと「慎太さん……それ、誰のことだか分かっちゃいますね(笑)」


慎太(肩をすくめて笑う)「まぁ名前は出さんけどな(笑)あいつは最初から本物やった。マジでモノが違う。それこそノースリーから“待て”言われても絶対振って結果残すタイプ。ノースリーが一番甘いストライク来るって知ってるんや。でも並の選手は振らずに四球で出塁狙いするんやけど、良い投手ほどノースリーから振らなきゃ追い込まれて凡退コース。そいつは恐れず振ってチャンス掴んで、勝ち取ったんや」


いのり(感心しながら)「……超一流の選手は、そうやってチャンスを掴むんですね」


慎太「せや。投資も一緒やで。“怖い”“損したくない”って言ってる間にチャンスは消える。証券口座開くのが怖い?スルーせんと開け!銀行員のセールストーク?それはスルーや!手数料の高い証券会社?それもスルーや!」


皐月(苦笑しながら)「これ流して大丈夫ですか?」


慎太「GOTUBEなんやから問題あらへん。せやから手数料の安いネット証券一択。安く、速く、自分で動け。これが采配スルー投資術や」


皐月(手を叩きながら笑う)「また出ました、采配スルー投資術(笑)」


慎太「そや。野球も金も一緒や。監督のサイン待ってたらチャンス逃す。人の言葉ばっか聞いてたら金も逃す。“考えて振れ”や。ノースリーからでも振れ!」


いのり(笑いながら)「なんか、今日の授業……熱すぎます(笑)」


慎太「せやろ。俺が熱くならんかったら動画伸びへんからな!」


皐月「この熱量、SNS告知で“慎太、炎上覚悟の錬金術トーク”って入れましょう(笑)」


慎太「ええやんそれ。“監督の指示スルーで投資成功”とかもつけとけ!」


(あずさと楓の小さな笑いと拍手)


皐月「今日も濃かったですね。年俸から人生哲学まで、まさかここまで話すとは(笑)」


慎太「スルーして振る、考えて掴む。それだけや。結局、打席立ってバット振らんと何も始まらんのや」



---


皐月「さぁ、そろそろ締めのお時間です。今日のテーマは始球式の裏側と“采配スルー投資術”。どうでしたか、いのりちゃん」


いのり(少し照れながら)「なんか……今日、すごく勉強になりました。野球と投資って全然違う世界だと思ってたけど、“自分で考えて動く”っていうところは、どっちも同じなんですね」


慎太(満足げにうなずく)「せや。監督の采配だけで動く時代は終わりや。自分の人生は自分の采配で決めるんや」


皐月「お、カッコいいこと言いましたね!」


いのり(小さく笑いながら)「……自治会でも同じかもしれません。私たち、地域の行事とか防災費とかいろんなお金を扱ってるんですけど、いつも“去年と同じでいいか”ってなりがちで。でも今日の話を聞いて、“自分で考えて、動かないと何も変わらない”って思いました」


慎太ニヤッと「おっ、ええこと言うやん。自治会長も現場判断できな、団地守られへんで!」


いのり(ちょっと笑って)「それに……自治会長の活動費、ちょっとでも増やせたらいいなって。年俸と一緒で頑張ったら増えないとやる気出ないですよね(笑)あと私も証券口座、開いてみようかなって思っちゃいました」


皐月「きたー!“ノースリーから振る”発言!」


慎太(指を差して)「よっしゃ、それや!ノースリーから振れ、いのり!怖がって“待て”してたら、稼ぐチャンス逃すで!」


いのり(両手に握りこぶしを作る)「は、はいっ!ノースリーから振ります!」


皐月(カメラに向かって)「いのりちゃんホントに可愛い!今の絶対サムネ入りですね!」


慎太(締めのトーンで)「はい!というわけで今日のゲストは女子高生自治会長の風張いのりちゃんでした〜!」


皐月「かわいすぎた!また出てね!」


いのり「はい!ありがとうございました!」


(あずさと楓の拍手)


慎太「みんな、チャンネル登録と高評価、“サイン無視”で押してくれよな!」


皐月(手を振りながら)「“皆本慎太の采配スルーちゃんねる”でした〜!またね~」


パチパチとあずさと楓の拍手が響く。


(BGM:安っぽいローカル番組風ジングル)



---


撮影から数日後。

慎太の「采配スルーちゃんねる」は、過去最高の勢いで再生数を伸ばしていた。

サムネには笑顔の慎太と、少し照れた表情のいのり。


《元プロ野球選手×女子高生自治会長!?》


の文字が踊り、コメント欄は


「まさかの始球式の女の子登場!?」


「左投げJK可愛いすぎだわ」


「采配スルー神回」


と騒然。

トレンドには


「#采配スルーちゃんねる」


「#いのりちゃん」が並び、


翌日にはネットニュースにもなった。


《可愛すぎる“左投げ女子高生”がGOTUBEに登場で100万再生突破!元プロ野球選手のYouTubeが急上昇》


いのりは学校の帰り、スマホを見ながら大きく息を鳴らした。


「……うわ、バズってる。コメントもすごい……“かわいい”“癒やし”“あの笑顔反則”……

 え、これ私のこと? ……やば」


にやけた頬がほんのり赤くなる。

その時、スマホが震えた。

LiNEのメッセージ画面には慎太の名前。


『いのり、ちょっと渡したいもんあるんやけど、時間あるか?』


『えっ、あ……はい!』


『じゃあ団地の集会所の隅っこでええか。あんまり目立つとアレやし』


『りょ、了解です!』


夜の集会所。

蛍光灯の半分だけがついていて、

段ボールの山の向こうに慎太が立っていた。


「おぉ、来たか。いのり、これGOTUBEの出演料や」


そう言って、ポケットから茶封筒を差し出す。

いのりは受け取った瞬間、ずっしりとした重みに息を呑んだ。


「えっ……出演料!?そ、そんなのもらえませんよ!学校に無断バイトになっちゃう!」


慎太は笑いながら首を振った。


「ちゃんとした出演料や。それにこれは“自治会長”としての活動やろ。始球式だって防災名目の地域PRやし、GOTUBEも仕事として受けてええやつや。再生数伸びたから自治活動大成功やで。いのりのおかげでチャンネル登録も増えて、他の動画まで流入伸びた。こっちもホクホクや。……これでも安いくらいやで」


「そ、そんな……ホントにいいんですか?」


いのりは両手で封筒を持ち上げながら、目を丸くした。

中には、十枚以上の大きなお札が並んでいる。

脳が一瞬でバグった。


「……うそ、こんなに……」


我慢しても、頬が緩む。

笑うまいと思っても、勝手に口角が上がる。

そしてもう一度中身をのぞき込む。


「……ひゃあ……♡」


慎太はその顔を見て吹き出した。


「おいおい、悪い顔になっとるで、いのり(笑)」


「す、すみませんっ!でも、ほんとに……すごくて……」


「ええやん、それで。でもな、ひとつだけ覚えとけ。あんまり金の話は他人にせん方がええ。“いくらもらった”とか、“投資してる”とか。大金稼ぐようになると、親戚が倍に増えるで。俺、現役の頃マジで知らん親戚が三十人ぐらい出てきたからな(笑)」


「そ、そんなことあるんですか!?」


「あるある。金は見せびらかすもんやない。静かに増やす。それがほんまの“采配スルー投資術”や」


いのりは小さくうなずいて、

封筒を胸に抱えながら、もう一度“……ひゃあ……♡”と笑ってしまった。


---


そのさらに数日後、今度は地域センター経由で先日参加した区政協力委員会の協力費も手渡された。

これも結構な金額でびっくりした。

手元に貯まったお札を見つめながら、いのりは思わず呟く。


「……自治会長って、意外と稼げるのかも……」


慎太の声が頭をよぎる。


『ノースリーから振れ、いのり!』


その言葉にいのりは奮い立った。


「……よし、さっそく積み立て投資、始めてみよう」


いのりはスマホで九紅証券のサイトを開いた。


「節約系インフルエンサーも九紅一択って言ってたよね……。手数料安いし、九紅ネット銀行と連携できてポイントもザクザクって……。積み立て投資で増やしてさらにファンドの買い増しとか……。それとも純金買っちゃおうかな……ふふっ」


光る画面に照らされた頬は、“金の匂いを覚えた自治会長”の顔だった。


「あ、でも未成年は親の同意が必要か……。じゃあ、お父さんに相談しよっと」


その夜、部屋の静けさの中で、いのりはもう一度こっそり封筒を開いた。

そして小さく


「……ひゃあ……♡」


と笑った。


その後、いのりは無事に初めての証券口座とネット銀行の口座を開設したのだった。





今回のエピソードは、これまでの“団地の中の物語”から一歩外に出て、風張いのりが初めて「メディア」という世界に触れる回でした。


登場する“皆本慎太の采配スルーちゃんねる”は、現実に存在するスポーツ界やYouTube文化をモチーフにしたフィクションです。映像制作の現場で働く人たちや、視聴者と発信者が入り交じる現代の情報社会の空気を、少しリアルに描いてみました。


慎太の言葉、「ノースリーから振れ、いのり!」。

この一言が、いのりの心に小さな炎を灯しました。

誰かの指示を待つだけでなく、自分で判断し、自分の采配で動くこと。

それは野球でも、人生でも、そして自治会でも同じです。

いのりの新しい挑戦が、読んでくださる皆さまの“初スイング”を思い出すきっかけになれば嬉しいです。

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