第92話『好きな子に嫌われたくないなんて当たり前やろ。』
日曜の午後。
少しだけ雨の匂いが残る静かな時間の中で、
それぞれの胸の奥にある“想い”を描いたお話です。
第91話「もう認めよう」と対になる視点でありながら、
別の角度から見える心の温度を感じてもらえたら嬉しいです。
静かで、優しくて、少しだけ切ない。
そんな一日の物語です。
※このエピソードは、91話『もう認めよう』を木澤目線で書いています。
日曜の午後。
俺はひと足先にジムへ着き、運動着に着替えて軽く筋トレをしていた。
ベンチに置いたスマホを何度も確認しては、ため息をつく。
そわそわが止まらなかった。
今日は、いのりちゃんと
「住民総会が終わったらジムで会おう」
と約束をしている。
だからこの時間をずっと空けて待っていた。
けれど、正直に言えば不安もあった。
今日は、いのりちゃんの団地、117・119号棟で総会があると聞いた。
あの号棟の住民は、俺も昔からよく知っている。
同級生が何人も暮らしていたから、子どもの頃は頻繁に出入りしていた。
敷地でかくれんぼをしたり、友達の部屋に集まってテレビゲームをしたり。
まるで自分の家の庭みたいに入り浸っていた。
集会所は、俺たち小学生にとっては秘密基地のような場所だった。
ビシ九郎はその頃から堂々と集会所に暮らしていて、俺たちが持ち込んだゲーム機を囲んでは、まるで仲間の一人みたいに対戦を楽しんでいた。
冷蔵庫に保管された役員のジュースを勝手に飲んだり、会議用のお菓子をつまんだり。
集会所に出入りする大人に叱られるのも含めて全部が思い出だ。
だから知っている。
117・119号棟の住民は個性的で、時に頑固で、何かと面倒な人も少なくない。
総会ともなれば、自治会長に容赦のない批判や文句が集中砲火のように浴びせられるだろう。
俺も二年前、高二で初めて自治会長をやったときに、その洗礼を受けた。
壇上に立ち尽くし、心が折れて
「二度と自治会長なんてやるか」
と思った。
高三のときは受験を言い訳に、副会長に任せっきりで自治会長の仕事から逃げていた。
その傷は最近までずっと引きずっていたくらいだ。
だから心配だった。
いのりちゃんが壇上に立って、心が折れて寝込んでしまわないか。
嫌な思いをして、今日の約束をキャンセルしてしまうんじゃないかって。
「ごめん、今日は行けない」
と、スマホにメッセージが届くんじゃないか。
筋トレをしているフリをしながら、スマホを何度も確認してしまう。
でも彼女は現れた。
ガラス越しに雨の中を歩いてくる姿を見たとき、胸の奥が熱くなるのを感じた。
少し疲れた顔をしていたけれど、それでも確かにいつものいのりちゃんだった。
「お疲れ様、いのりちゃん。雨、大丈夫だった?」
思わず声をかける。
「うん、平気。ちょうど降ってきたみたい。雨で滉平君来てなかったらどうしようって、入り口の前でちょっとドキドキだった」
冗談めかして笑ったその顔を見た瞬間、胸の奥に突き刺さるものがあった。
(それは俺のセリフだよ。)
来てくれないんじゃないかと、ずっと不安だったのは俺の方だ。
それなのに彼女は、自分より俺のことを気にしてくれていた。
(なんて健気で、なんていい子なんだ……)
心臓が速く打ち始める。
それは、彼女が姿を見せてくれたときからもう止まらなかった。
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ジムのフロアに立つと、彼女はもう総会の緊張をどこか振り切ったように、柔らかい表情を見せていた。
けれど隣に立つだけでわかる。
胸の奥にはまだ震えが残っている。
ランニングマシンに並んで立ち、ペースを合わせて走り始める。
真剣に前を見据える顔。
ふとしたときに照れて笑う横顔。
額に浮かんだ汗をタオルで拭う仕草。
そのひとつひとつに目が吸い寄せられた。
(……だめだ。全部、目が離せない)
いのりちゃんは、ただの「部活仲間」でも「同じ団地の友達」でもない。
俺と同じく“自治会長”という矢面に立つ仲間だ。
しかも今の彼女は、俺が二年前に折れたあの場所を、まっすぐに前を見て歩いている。
その背中を見るたび、胸の奥がざわつく。
ここは九潮南小学校の旧校舎を改装したジム。
俺が子どもの頃、リコーダーでチャンバラをして先生にこっぴどく叱られた教室。
合唱コンクールの練習で、男子がふざけてまともに歌わないものだから、学級委員長の女子が大泣きして、最後には
「先生!男子がちゃんとやりません!」
って訴えて、結局全員で放課後まで歌わされた音楽室。
ヘタクソな習字の書初めがずらりと並んだ廊下。
下校時間ぎりぎりまで友達と走り回った校庭。
ゲーム機を持ち込んでビシ九郎と一緒に遊んだ集会所と同じように、あの頃の温かい思い出がそのまま残っている場所だ。
そんな思い出話をしていると、いのりちゃんが小さく笑ってうなずいてくれる。
「へえ……滉平くん、そんなことしてたんだ」
その笑顔に、懐かしさと同時に、不思議な特別感が胸を満たした。
思わず言葉が漏れた。
「そういえばビシ九郎も、あの頃から全然変わってないんだよな」
すると、いのりちゃんが一瞬、探るような目でこちらを見てきた。
「……うん。この間のベニスタでビシ九郎のことみつめていたよね。……やっぱり、かわいいって思った?」
胸がざわつく。
ああ、彼女は誤解してたんだろうな。
俺が“あの美少女姿に見とれていた”って。
「いや、違うよ」
慌てて首を振る。
「先日のベニスタで久しぶりに会ったとき、本当に驚いたんだ。……昔と全然変わってなくて。一緒に遊んでた頃から十年以上経ってるのに、彼女は俺が子どもの頃と同じ姿のままだから」
言葉を重ねながら、自分でもはっきり思い出していた。
見とれたんじゃない。
かわいいと思ったんじゃない。
ただ、変わらないことに心底びっくりした。
それだけだった。
「……そっか」
彼女は安心したように、小さく笑って頷いた。
その瞬間、また胸の奥が熱くなった。
(この子は、俺のことをちゃんと分かってくれる気がする)
俺が過ごした思い出の場所に、いま彼女が隣にいる。
俺の話を、何も言わずにそっと聞いてくれる。
懐かしさと同時に、不思議な特別感が胸を満たした。
(……この子は、俺のことを分かってくれる気がする)
いのりちゃんは、俺の強い部分だけじゃなく、弱い部分も見てくれるんじゃないか。
本当の姿、ありのままの自分を受け入れてくれているような気がして。
それがたまらなく嬉しかった。
けれど、そんな感情を悟られたら嫌われてしまうんじゃないかという怖さも、まだ胸の奥にあった。
だから俺は平気なふりをする。
強がって、偽って、隣にいる。
そうでもしなきゃ、この距離を保てない気がした。
ランニングを終えて冷水機に並んだ。
二人で紙コップを手にして、ひと口の冷たい水を飲む。
ただそれだけの瞬間なのに、息がゆるんで、胸がじんわり熱くなる。
彼女の横に立っているだけで、不思議と呼吸が楽になる。
午前中まで胸を締めつけていたものが、少しずつ解けていく。
(いのりちゃんと一緒だと……落ち着くんだ)
それがどれほど特別なことか、まだ言葉にはできなかった。
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ジムを出ると、彼女の傘がなくなっていた。
「誰かが間違えて持って行ったのかも」
彼女は少し困ったように言ったが、俺は心の奥で、不謹慎にも、その“誰か”に感謝していた。
(おかげで……相合傘になれるチャンス)
傘を差し出し、肩が触れそうな距離で歩く。
雨に煙る緑道を抜けながら、口が勝手に動いていた。
「……せっかくだし、少し歩かない? 団地の外まで」
「え?」
「敗島橋まで行こうよ。あそこからの景色、いいんだ」
自分でもわかっている。
けれど、ほんの少しでも彼女と同じ時間を過ごしたい。
そんな卑怯な提案だった。
並んで歩く緑道。
肩が触れそうな距離。
雨に煙る街路樹の下で、彼女がふと口を開いた。
「……怖かった」
震える声だった。
総会の壇上で足を震わせながら言葉を吐き出していた、あの瞬間の彼女が重なった。
俺には痛いほどわかる。
二年前、同じ壇上で俺は心を折られた。
罵声を浴びて、立ち直れなくて、結局逃げ出した。
だからこそ、彼女がどんな状態でそこに立っていたのか、想像するまでもなかった。
胸が締め付けられたのは俺も一緒。
でも俺にできたのは、
「うん」
とか
「怖かったね」
と同意することだけ。
気の利いた言葉なんて、何も浮かばなかった。
それでも彼女は弱さをさらけ出してくれた。
俺にはできなかったことを、彼女はやっている。
偽って、強がってきた俺とは違う。
弱さを俺にだけ見せてくれる彼女が、たまらなく眩しくて、きれいで、苦しくなる存在だった。
(俺にはできなかったのに……いのりちゃんは)
その想いが胸いっぱいに広がって、抑えきれなくなった。
気づけば、衝動のままに彼女を抱き寄せていた。
その瞬間、ふわりと甘くてやさしい香りが漂った。
体温と香りに包まれて、本気で思った。
(ずっと、こうしていたい)
けれど次の瞬間、冷静さが頭を刺す。
(何をしてるんだ、俺は!?)
はっとして腕をほどき、思わず口にしていた。
「……あ……ごめん」
解放された彼女が小さく瞬きをする。
だけど、もう確信してしまった気持ちはどうにもならなかった。
「ううん。いいの。ありがとう。滉平君がこうしてくれて嬉しかった」
「いのりちゃん…」
自分勝手な抱擁を『嬉しい』と受け止めてくれた彼女を心の底から守りたいと思った。
その瞬間、胸の奥がじんわり熱を帯びる。
(もう認めよう。俺はいのりちゃんが好きなんだ)
その言葉が頭の中で、何度も響く。
弱さを口にした彼女の涙が頬を伝う。
その雫をそっと指で拭いながら、心臓が跳ねる。
この涙に、俺以外の誰かが触れるなんて絶対に嫌だ。
弱さを見せてくれる彼女の涙を拭ってやれるのは、俺だけでありたい。
こんな顔を二度とさせたくない。
(もっと触れたい。ずっと一緒にいたい。)
その想いがさらに強くなり、気づけば卑怯な口実を探していた。
「……雨で滑るよ。」
彼女に差し出した手。
こんな卑怯な言い訳でもなければ、彼女の手を取る勇気すら出せない。
(大学生にもなって……好きな子の手を握るのに、こんなことを言わなきゃできないなんて)
心の中で苦笑する。
でもハッキリと『好きな子』という自覚ができた。
情けなくて、でもどうしようもなく彼女に触れたかった。
敗島橋の上。
濡れた街が雨に煙り、団地にひとつ、またひとつと明かりがともっていく。
運河の水面には街灯の光が帯となって揺れ、遠くのビル群が霞んでいた。
「この景色……好きなんだ」
思わず口にした言葉に、いのりが小さく頷く。
「うん、私も好き」
同じ想いを共有できたことに、胸の奥が熱くなる。
正面には、イルミネーションのように輝く“レインブリッジ”。
さらに遠くには、都心の象徴“天空ツリー”が夜空に浮かび上がっている。
敗島橋からの眺めは、紛れもなく絶景だった。
しかも小雨のせいで、橋の上に歩く人影はない。
車は通り過ぎていくが、この瞬間だけは俺と彼女だけの世界。
誰にも邪魔されない時間が流れている。
(……告白するなら今だろ。“ この景色よりも、きれいで輝いているいのりちゃんのことが好きだ”って、そう言えよ!俺!!)
頭ではわかっている。
わかっているのに、声は喉で凍りついたままだった。
(これ以上のタイミング、どこにある? 男らしく、今すぐ伝えるべきだろ!)
彼女が握ってくれた手の温もりに甘えて、ただ黙って握り返すことしかできない。
(くそっ...!なんで言えないんだ。……俺は弱虫だ。臆病で卑怯で、最低だ)
告白するには、今が絶好のタイミングだった。
雨も上がり、街はしっとりと静まり返っている。
彼女の横顔は、昼間の緊張が抜けて、柔らかく、どこか儚い。
そのすべてが「今だ!」と背中を押してくる。
だが、俺には立ち止まらざるを得ない理由もあった。
『教師を目指している。』
将来、子どもたちに正しい道を示す立場になるかもしれない。
そんな人間が、未成年の女子高生を好きになったと知れたら、世間はどう見るだろう。
年齢差は、たったの二歳。
法律上は五歳差までならセーフだったか?
でも、それを判断するのは他の大人達。
むしろ数か月前までは高三と高一という間柄で、何も特別な違和感はなかったかもしれない。
けれど今、大学生と女子高生という肩書きが、巨大な壁のように目の前に立ちふさがっている。
彼女の手を握る。
その身を抱き寄せる。
それだけでも、誰かに見られたら「アウト」とされるかもしれない。
社会的にも、法的にも。
ニュースに載るほどのことではなくても、周りからの視線は厳しくなる。
そしてそれは、俺ひとりの問題ではない。
いのりちゃんの未来にも影を落としかねない。
彼女の夢を壊すかもしれない。
その恐怖が、喉に絡みついて離れなかった。
加えて頭の片隅には、まだ醜い疑念も残っていた。
(こんなに魅力的ないのりちゃんに、無関心な男がいるはずがない。実は…どこかに彼氏がいるんじゃないか……)
不意に学食バイトで、あずさちゃんの言葉が頭をよぎる。
『安心して?滉平さんとの縁結びらしいよ。ちゃんといのりのこと大事にしてあげなきゃ、アタシが怒りますからね〜』
あの笑顔の奥の真剣な目。
その言葉を信じてもいいのか?
そう思いながらも、勇気が出なかった。
(……俺は、いったい何をしているんだ)
胸の奥に、熱くて苦しいものが溜まっていく。
彼女の手を離せないまま、橋の上を歩き続けた。
(……でも……俺は、風張いのりが好きだ)
それはわかっている。
だけど……
教師を目指す自分。
未成年の彼女を好きになることへの恐れ。
互いに未来を壊すかもしれない重圧。
そして何より
『拒絶されたら二度と元の関係に戻れない怖さ。』
自治会長としてこれからも顔を合わせる間柄だ。
余計な不協和音は立てるべきでもない。
すべてが心を縛りつけて、声を出す勇気を奪っていた。
でも、その胸の奥の宣言は、確かに俺の全てだった。
教師を目指す自分も、臆病な自分も、疑念に縛られる自分も全部抱えたまま。
ただ彼女の手の温もりを失いたくなくて、歩き続けていた。
---
完全に暗くなる前に、いのりちゃんを自宅の119号棟まで送り届けた。
「じゃあね」
と軽く手を振る彼女の笑顔を前に、結局何ひとつ言えなかった。
不甲斐ない自分に呆れながら、足を返そうとしたそのとき、ふと117号棟脇の集会所に目を向ける。
薄暗い団地の中で、ぽつんと明かりが灯る集会所。
なんとなく近づくと、外に設置された灰皿でハクビシンのビシ九郎がタバコをふかしていた。
団地の賭け麻雀で高齢者から巻き上げたという安っぽい銘柄を、得意げにくゆらせている。
「おう。誰かと思えば、滉平やないか。ベニスタ以来やな」
「……ビシ九郎か。何年経っても相変わらずだな」
思わず笑うと、ビシ九郎は煙を吐きながらこちらを見た。
「なんや元気ないんとちゃうか?」
その一言に、胸の奥を見透かされた気がした。
けれど黙っていると、ビシ九郎は肩をすくめて言う。
「まあええわ。せや、久しぶりに対戦でもせんか?」
集会所の中。
テレビに繋がれていたのは、俺たちが小学生のころに持ち寄って遊んだ古いゲーム機。
他にも次世代機から最新機まで、棚にはぎっしりと並んでいる。
「大きくなった子らが、部活とか受験で遊ばなくなったからってワイにくれたんや。ソフトもぎょーさんあるけど、ほぼ積みゲーやな」
そう言って笑うビシ九郎。
お菓子は山ほど置かれ、冷蔵庫にはビールまで冷えている。
懐かしい空気に包まれながら、俺は久しぶりに“爆弾少女”を起動した。
少女たちが壁を破壊ながらアイテムを拾い、爆弾を仕掛け合って生き残りを競うコミカルなゲーム。
幼いころ、仲間たちと大笑いしながら毎日のように遊んだ記憶が蘇る。
ビシ九郎と二人きりでコンピューターを相手にプレイする中、ぽつりと呟いた。
「……ほんと、ビシ九郎はずっと変わらないな。俺の方がすっかり変わっちゃったかもしれない」
「せやろか?ワイからすれば、なんも変わっとらんように見えるけどな」
「俺は卑怯になったんだよ。自分を守って、逃げて、隠れて……。このゲームだってそうだ。相手が自滅するまで動かないで、汚い作戦で勝とうとしてる」
「アホか。それだって立派な戦略やろ。何がアカンねん」
さりげなく受け止めるその言葉に、思わず笑みがこぼれる。
「ビシ九郎って、やっぱいいな。……ありがとな」
「ええんやで。自分で自分を守らなきゃ、誰も守ってくれん。逃げるのも生きるためや。ワイも野生のハクビシンやった頃、怖いと思ったら逃げんと死ぬしかなかったからな。……まあ結局、毒餌食って死んだんやけど」
「説得力ありすぎて怖いよ」
二人で笑い合ったとき、やっと心の重さが少しだけ軽くなった気がした。
少し間を置いて、俺は打ち明ける。
「なあビシ九郎。俺さ……好きな子ができたんだ。でも、どうやって気持ちを伝えたらいいのかわからなくて、何もできない自分に嫌気がさしてる。嫌われたらどうしようって考えて、ビビってるんだ。今の関係が壊れるのが怖くて。ほんと、笑えるだろ?」
「そうか?好きな子に嫌われたくないなんて当たり前やろ。でもな、気持ちは口にせんと伝わらん。人間も動物もそこは変わらんで」
「……だよな。昆虫や魚類だって求愛行動するし」
思わず、東亰海洋大学の学生らしいことを言ってしまう。
ビシ九郎は目を細めた。
「ワイから滉平に言えるのは一つだけや。好きなら伝えるしかない。モタモタしてたら、別のオスに取られるだけやで」
「はは……そうだな。俺も海洋生物研究してるからわかるよ」
「せやけど、滉平が好きな子はきっと大丈夫や。ホンマに強くて、誰より大事にしてくれるはずやで。案外、滉平から“好き”って言ってもらえるのをじっと待っとるんちゃうか?考えてるよりも簡単に落ちるチョロインかもしれんで」
「……なんか俺の好きな子が誰なのか、知ってそうな言い方だな」
自然と微笑んでいた。
爆弾女の画面に小さな炎が弾ける。
俺はそれを見ながら思う。
(口にしたら元の関係には戻れないかもしれない。だけど……いつかは思い切って、自分の爆弾を置かなきゃならないんだ)
久しぶりに子どもに戻ったような気持ちで、懐かしい集会所の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、俺はビシ九郎と笑い合っていた。
第92話は、風張いのりというヒロインを
“ただの可愛い女の子”ではなく、
“誰かを真っすぐに想える女の子”として描くことを意識しました。
そして同時に、木澤という青年を、
“未熟でも誠実な男子”として描きたかった回でもあります。
この二人の関係性は、決して恋愛の甘さだけでは成立しません。
社会的な立場、年齢、責任、そして自分の未来。
それらを全部わかったうえで、
それでも“好き”という気持ちを抱くことの重みを、
丁寧に描いていきたいと思っています。
最後に、ビシ九郎の「好きな子に嫌われたくないなんて当たり前やろ。」という言葉。
この一言に、今回のテーマのすべてを込めました。
誰もが一度は通る、あの苦しくて、愛おしい気持ちを思い出してもらえたら嬉しいです。




