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この団地、女子高生に自治会長を任せるって正気なの!?  作者: shizupia


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第83話『団地のみんなに危険を知らせないと!!』

今回は、突然の大雨とひょうに見舞われた首都圏を舞台にしたお話です。

緊急下校、LINE通知、ニュース速報――。どこかで見たような現代の“混乱あるある”を団地の日常の中に描いています。

団地に住む人たちが当たり前に思っている「安心感」や「頑丈さ」が、

外の世界ではどれほどありがたいことなのかを、改めて感じられる回です。


初夏の昼前。

首都圏の広い範囲に、突然発達した真っ黒な雨雲が流れ込み、大雨洪水警報が発令された。

気象キャスターは


「局地的に氷や落雷を伴うイレギュラーな雷雨です。外出は控えてください」


と緊迫した声で伝えていた。


雛川シーサイド學院の校内にもざわめきが走る。

生徒たちはテレビを見ることはできず、スマホの速報で事態を知るしかない。


「東亰都雛川区と太田区、そして神奈河県・河崎市で強い雨雲が発生」


そんな見出しを見て、教室のあちこちで不安そうなささやきが広がった。

職員室のテレビで情報を見ていた先生たちも慌ただしくなり、やがて校内放送が流れる。


「本日の授業はここまでとします。安全のため、午前中で下校してください」


いのり、あずさ、楓は顔を見合わせ、傘を手に昇降口へと急いだ。

まだ雨は弱いが、遠くで雷鳴が響き、空気には不穏な湿り気が漂っていた。


一方、九潮学園でも緊急対応が取られていた。

保護者へ一斉メール配信が行われ、


「迎えに来られる家庭はできるだけ早くお願いします」


と通知が届く。


「迎えが難しい場合は、先生が方面ごとに付き添い、集団下校を行います」


そんなアナウンスが校内を駆け巡った。

小学一年生のけいじは昇降口で先生と一緒に外を見つめていた。

ランドセルの肩紐を握りしめ、不安げに足をそわそわさせている。

そこへ中学一年のともりが傘を手に現れた。


「弟さんと一緒に帰れる?」


と先生に声をかけられ、ともりはしっかりと頷く。

けいじの小さな手を握りしめ、


「行こう、けいじ」


と声をかける。

二人は傘を広げ、ぽつぽつと落ち始めた雨粒の中、団地へ向けて歩き出した。


同じ頃、雛川区と太田区、そして神奈河の河崎市ではすでに雷を伴う激しい雨が降り始めていた。


「氷も降る可能性があります」


とキャスターが繰り返す声は、生徒たちのスマホに届き、じわじわと胸をざわつかせていた。



---


団地に戻ったいのりは、濡れた傘を玄関に立てかけ、自分の部屋に入った。

制服をハンガーに掛けて一息ついたところで、スマホが立て続けに震えた。

画面には「自治連絡会」グループの通知が次々と流れてくる。


《団地は安全!鉄筋コンクリートで造られているから構造が頑丈だ。》


《そうそう。見た目をオシャレにしただけの基礎が薄っぺらいマンションより、よほど安心できる》


《団地は防音性も高いし、地震や津波にも強いからな。九潮は湾岸だけど、波の穏やかな場所を選んで埋め立てられている。だから災害に強いんだ》


《昔の建築基準は今よりも厳しかったからな。下手な新築マンションより、団地のほうがしっかりしているよ》


さらに、建設業界出身の自治会長からの書き込みも目に入った。


《団地事業には税金がたっぷり投入されているから、公社や大手ゼネコンがお役人さんの天下り先なんだよね(笑)》


いのりはベッドの端に腰を下ろし、スマホを胸の前でぎゅっと両手で持った。

画面を見つめながら、小さくつぶやく。


「……団地って、そんなに災害に強いんだ」


頬にかかった前髪を指先で耳にかけ直し、いのりは頷きながら画面を閉じた。

カーテンの隙間から外をのぞく。氷に打たれて傷だらけになった無断駐車の車が、薄暗い駐車場にまだ停まっている。


---


いのりが暮らす棟は九潮の中でもわずかに高台にあり、排水も良いため浸水の心配はない。

ハザードマップ的にも特に安全なエリアだった。

その頃、グンマーに住む母・きよのの両親、いのりの祖父母からも安否確認のLiNEが届く。


「大雨大丈夫?」


「無理に外へ出るなよ」


心配してくれる気持ちが胸に沁み、いのりは


「団地は安全だから大丈夫」


と返信を打った。

送信ボタンを押したあと、指先を小さく胸元でぎゅっと握りしめる。


外では氷の粒がさらに強まり、地面にはうっすらと白い層が積もっていく。

まるで季節外れの積雪のような光景だ。

駐車場の脇には、納車されたばかりであろう新車が一台。

氷の粒が容赦なくボンネットを叩き、見る間に傷だらけになっていった。


「そんなところに無断駐車するから……お気の毒やな」


集会所の窓からその様子を眺めていたビシ九郎は冷ややかに呟く。


「ワイは集会所の壁、直してもらえて助かったわ」


と、すっかり他人事の顔である。



その一方で、自治連絡会のLiNEは鳴りっぱなしだった。

防災本部長のおっちゃんが水害現場からの動画を次々と投稿しているのだ。


「九潮は安全!出るな!自宅待機!」


「外の様子を見に来ました!河川が氾濫しています!」


「今は他の自治連絡会の会長と用事があってこっちまで来ています!」


メッセージ欄は防災本部長の“魂の連投”で埋め尽くされる。

そこは九潮団地の外、駅近くを流れる支流。

茶色い濁流が橋を覆い、車が立ち往生している。


コメント欄には


「部長、そこ危ないから戻って!」


「え、なんでそんな所に…」


と心配の声が並ぶ。

しかし、防災本部長は豪快に返してきた。


「ワシは大丈夫!泳げるからな!」


いのりはスマホを見つめ、思わず顔を引きつらせる。


「……よくこういうので流されて行方不明になる人いるよね」


テレビのキャスターも


「様子を見に川に近づかないようにしてください」


と繰り返し注意している。


「この人、ほんとに大丈夫なの……?」


団地の頑丈な窓越しに氷混じりの雨を眺めながら、いのりは深いため息をついた。



---


夕方、いのりのスマホにグループLiNEの通知が入った。

送り主は楓だった。


『九潮団地の様子どう?大丈夫?』


『うん、うちは無事。ちょっと氷が積もったくらい』


といのりが返信すると、あずさも


『団地の方は落ち着いてるよ』


とすぐに続いた。

楓も天王巣アイルの自宅にさっさと帰宅していた。


『うちも大丈夫だった。意外としっかりしてる』


けれど父・慎太はプロ野球解説の仕事で九紅スタジアムに待機中。


『中止になるかどうかって話だけど、シャークスって台風でも試合する球団だから、たぶんやるよね……』


苦笑いのスタンプが一緒に送られてきて、二人も思わず笑った。


一方ニュースでは、神奈河の新築タワマンが下水の逆流で「うんこまみれ」と報じられていた。

地下駐車場は完全に水没し、エンジンまで浸水して廃車まっしぐらコース。

駅のエスカレーターやショッピングモールのエレベーターも水に浸かり、完全に停止していた。

SNSでは「豪華なのに地獄」「うんこタワマン」という言葉が飛び交い、瞬く間にトレンド入りしていた。


「…そういえば…ビシ九郎は大丈夫かな?」


ふといのりは思い出し、傘を差して集会所へ様子を見に行った。

先日、副会長が


「修理が終わったから安心だ」


と言っていたが、それでも心配だったのだ。


障子の隙間から中をのぞくと、畳の上で丸くなっていたビシ九郎が尻尾を揺らしながらこちらを見た。


「お、いのすけか。ちょうどテレビでニュースやっとるで」


「ビシ九郎は平気だったの?」


「ワイは元気やで。氷も入ってこんし、壁も直してもらえて助かったわ」


冷ややかな目で窓の外を見やりながら、呟く。


そこへあずさも傘を差して合流し、二人は靴を脱ぎ、畳に腰を下ろした。

いのり達は外の様子を眺める。

氷に打たれて傷だらけになった無断駐車の車を見て、あずさが小さくため息を漏らした。


「せめて団地の有料駐車場を借りてれば、ガレージの屋根で守られたのにね……」


いのりも苦笑しながらうなずいた。


集会所の小さなテレビの画面には、豪雨被害の速報が映し出されている。

神奈河県の新築タワマン。

地下駐車場に濁流が押し寄せ、車が何台も水没していく映像。

エントランスの共用部に逆流した汚水が流れ込み、カメラのマイクには住民の悲痛な声が次々と届いてきた。


「まさかこんなことになるなんて……」


「車に乗っていたらエンジンも止まりました…。納車されたばかりなのに、シートまで水が溢れて…子どもが怖がって泣いていました…」


「せっかく新築で引っ越してきたばかりなのに……」


「ペアローンが50年残ってます。買ったばかりの部屋が汚水で水浸し……。引っ越すに引っ越せません……」


憔悴した表情の住民たち。

高級物件の象徴のようなエントランスが、泥と汚物に覆われている。


「……ひどい」


あずさが思わずつぶやき、いのりも顔を曇らせる。


その横で、ビシ九郎がゆっくりと体を起こした。

冷ややかな目で画面をにらみつけながら、尻尾をぱたんと叩く。


「……せっかくの高級物件でも、こんな目に遭うんやな」


二人が驚いて振り返ると、ビシ九郎はさらに低い声で続けた。


「結局、どれだけ金を積んでええ物件買っても、自然の前ではひとたまりもないんやな」


集会所の中に静かな間が流れた。

いのりとあずさは黙って頷き合い、ビシ九郎の言葉に耳を傾けていた。


「ワイからすれば、衣食住があるだけで幸せや。雨風をしのげる屋根がある。それだけでありがたいもんやで。野生で生きとった頃は、雨ざらしで腹を空かせて震えながら眠る夜もようあった。それに比べたら、今は天国みたいな暮らしやな」


いのりとあずさは、思わず耳を傾けた。

ビシ九郎は、ゆっくりと尻尾を動かしながら続ける。


「けど人間は違う。他人と比べて、上ばっかり見上げるんや。勉強頑張って受験戦争に勝ち抜いて、地獄のような就活でさらに狭き門の大企業に入って出世レース。高い給料を貰うために休む間もなく働いて“勝ち組”やと名乗る。そんなパワーカップルがマウント取るために、ペアローンでタワマンを買うんや」


窓の外では、氷に傷だらけにされた無断駐車の新車が月明かりに照らされていた。


「せやけど結局、災害ひとつでタワマンがうんこまみれになって泣きをみる。皮肉なもんやで」


二人は顔を見合わせ、苦笑するしかなかった。


「ええ暮らししとる家庭の子どもは、その水準が当たり前のベースになっとる。都心の好立地にそびえ立つタワマンで厳重に守られたエントランスの先に自分の専用部屋があるのが普通、ってな。けど社会に出た時に気付くんや。その水準を手に入れるのは、普通の給料じゃ到底叶わん。ギャップに苦しむんやろな」


「……確かに。親元を離れて同じ環境に住もうとしても、きっと難しいよね」


いのりが頷き、あずさも真剣な表情になる。


「せやから生まれ育った水準を死守するには、幼少期から同級生を蹴落とし、勝ち続けてエリートになって、高収入を稼げる人材にならんとあかん。親が子供にも同じような生活をできるようにするために教育に必死になるのも無理ないわ。けどワイからしたら“気の毒やな”としか思われへん」


しばし黙ったあと、ビシ九郎はさらに付け足した。


「慎太は富裕層や。ああいう選ばれし一握りの人材は、タワマンがうんこまみれになろうとすぐに次の高級物件へ住み替えできる。せやけど……その親元で育った“かえすけ”はどうなんやろな。あの子にとっては、幼い頃からそれが当たり前の生活や。社会に出た時、その水準を自分で維持しようとして、苦しむことになるかもしれん。大金を稼げる獣医になれたら話は別やけどな」


いのりとあずさは言葉を失い、遠くの街灯を見つめた。


「ワイからすれば狭い集会所の一室でも、心が満たされていれば、それが一番の幸せやで」


雨上がりの団地は不思議なほど静かで、その言葉の重さだけが胸に残った。


---


雨が上がり、団地の最上階から差し込む夕陽を浴びながら、いのりは深呼吸をした。

ビシ九郎との会話は胸に重く響いたままだったが、不思議と気持ちは軽やかだった。


「身の丈に合った暮らしでも、心が満たされてれば幸せになれる」


ビシ九郎の言葉が思い返される。


ベランダの外を見れば、傷だらけになった車が並んでいる。

でも団地の棟はびくともしない。


いのりは少し考えてから、ふっと笑ってつぶやいた。


「……私たちは、低みの見物だね」


---


翌朝。

団地の空には青空が広がり、昨夜の嵐が嘘のように静けさを取り戻していた。

いつもと変わらず、学校へ向かういのりとあずさ。

九潮橋を渡るバスの車内から遠くの街を見下した。

川沿いの街はまだ冠水していて、タワマンや商店街の被害がニュースで流れている。

けれど九潮団地はびくともしなかった。


「団地って、世間からは何かとバカにされることもあるけどさ」


いのりがぽつりと言う。


「あたしたちは普通に幸せに暮らせてるよね」


あずさも頷いた。


「うん。悲観することなんて何もない。むしろ恵まれてるんだと思う」


二人は顔を見合わせ、小さく笑った。

自分の置かれた環境が実はかなり恵まれていること。

団地が安全な場所だったことも、幸せの大きな一部かもしれない。

災害を通して「幸せとは何か」を痛感する朝だった。


「そう言えば、今朝のニュース見た?」


あずさが朝のニュース番組の特集で流れた映像をスマホで見せてくれた。

バスの中で再生されるGOTUBE動画に、いのりは目を丸くした。


《災害時の消防隊に密着! 市民の安全を守る奮闘の一日》


画面の中では、濁流のそばでスマホを掲げるずぶ濡れの男性が消防隊員に肩をつかまれていた。


「お父さん、危ないでしょ!ここから離れてください!」


必死に制止する隊員に対し、その男性はカメラに向かって


「ワシは大丈夫!団地のみんなに危険を知らせないと!!」


と豪快に叫んでいる。


テロップには、でかでかと


《雛川区の氾濫現場で“河川の様子を見に来た男性”》と表示されていた。

スタジオのキャスターも苦笑しながら


「こうした行動が救助の妨げにもなりますね」


とコメントしていた。


画面に映る男性は、顔にモザイクがかけられているが、間違いなく防災本部長だった。


「……本部長、全国に晒されてるじゃん」


いのりが呆れた声を漏らし、あずさは堪えきれずに吹き出した。


団地の平和な朝に、もう一度笑い声が広がった。





最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回のテーマは「災害」と「幸福の価値」です。

安全な団地と、豪華だけれど脆いタワマン。

どちらが本当に“幸せな暮らし”なのか――その問いを、ビシ九郎の言葉を通して描きました。


そしてラストのオチ、「団地のみんなに危険を知らせないと!!」には、

“善意と滑稽さの紙一重”という社会風刺を込めています。

一生懸命な人ほど空回りしてしまう。けれど、その姿を笑いながらもどこか愛おしく感じてしまう。

そんな人間味のあるユーモアを描けたらと思いました。


真剣なテーマを、くすっと笑える形で包み込めたら嬉しいです。

次回もまた、団地の日常から見える「社会のリアル」をお届けします。

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