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第76話『なんか偉そうだったね』

ゴールデンウィークが終わって、学校も少しずつ試験モードになってきました。

放課後の部室にも、勉強の話題がちらほら出てきます。

今回は楓が中心のお話です。

彼女の努力や考え方の中にある、芯の強さや優しさを描いてみました。

勉強のシーンが多いですが、部室の空気や友達との関係が温かく伝われば嬉しいです。



ゴールデンウィークが終わって数日。

放課後の言論部の部室には、すでに中間試験の範囲プリントが並び、空気がどこか重たくなっていた。


「あ〜もう無理! 古典とか全然覚えられない!」


あずさが机に突っ伏し、助けを求めるように顧問の福地先生へ視線を送る。


「先生、なんとかして〜!」


福地は椅子に深くもたれ、面倒くさそうに手をひらひら。


「僕ちゃん? 今受験したら古典ボロボロよ〜ん。最低限なら教えられるけど……正直、“マナビー”の方が親切で〜す」


「ちょっ、先生! いきなりアプリに丸投げ!?」


あずさが突っ込み、いのりと星詩帆は思わず吹き出す。


その横で、楓は黙々と問題集にペンを走らせていた。

真剣に問題を解く横顔に、いのりが思わず呟く。


「……楓って、やっぱりすごいなぁ」


「あ、数Ⅱやってる……!」


あずさが楓のノートを覗き込み、ぎょっとした声をあげる。


「えっ!? わたしたち数Ⅰでヒーヒーなのに!」


楓はペンを止めて少し笑った。


「意外かもだけど、数Ⅰに比べて数Ⅱはそんなに難しくないんだよ。むしろ数Aのベクトルのほうがずっと大変。数Ⅱの積分なんて、ルールを押さえればスッと解けるから」


「いやいやいや! 高2になったばっかりで、なんでそんな余裕!?」


あずさといのりは同時に声を上げる。


楓は肩をすくめて、さらりと続けた。


「先取り学習。中学からどんどん進めて……もう数Ⅲまでは一通りやってるの」


「す、数Ⅲ!?」


いのりの目がまん丸になり、あずさは声が出ない。

星詩帆まで


「……住む世界ちがいますね〜」


とつぶやく。

楓は笑って補足した。


「あと、医学部を狙うなら生物より物理を選んだほうがいいんだよ」


「えっ? 生物のほうが“医者っぽい”じゃん!」


あずさが目を丸くする。


「だって私たち、文系コースでやってるのは生物基礎だし。暗記するだけで済むから簡単そうに見えるよ?」


楓は首を横に振った。


「……そこが落とし穴なの。生物って出題者が本気出せばいくらでも難しくできる。実際、ある大学の医学部で生物選択の受験生が難問で大量に落ちて、合格者のほとんどが物理選択者だったこともあるの」


「そ、そんなことあるの!?」


いのりが思わず声を上げる。

楓はペンを回しながら、少し熱を込めた声で言った。


「きっと大学が本当に欲しいのは数学的な思考力を持った子なんだろうね。物理は条件を整理して、力を方向ごとに分解して、公式に当てはめて計算すれば答えが出る。波の干渉だってそう。位相や波長を整理して公式に入れれば解ける。計算力さえあれば安定して点が取れるんだよ」


「……なるほど……」


いのりは感心したように息を漏らし、

あずさは机をバンバン叩いて


「戦略家すぎ!強い!」


と嘆いた。

楓は小さく笑って、淡々と結論を口にした。


「暗記ばかりで出題次第の生物より、物理を武器にする方が合格に直結する。私はそう判断したんだ」


「そうなんだ…」


「でも、やっぱり一番ラッキーなのは内部進学で受験をパスできることだよ」


楓はさらりと口にした。


「ただ、それだって推薦をもらえなきゃ意味がないから……日々コツコツやるしかないんだ」


「意識高い…」


いのりが思わず呟き、あずさは机に額を押しつけて呻く。


「はぁ〜……アタシはその“コツコツ”が一番無理……!」


「楓先輩もやっぱり塾に行ったり、いろんな参考書買ってるんですか?」


星詩帆が聞く。

楓は小さく笑って続けた。


「私、塾なんて通ってないよ。塾や家庭教師に頼るより、学校の問題集を繰り返して定着させるのが一番効率的だと思う。学校で配っている参考書だって元受験生の先生が厳選して本当に受験に役立つものを選んでいるから。先生だって塾なんて行かなくて良いって言ってるでしょ?」


「確かに…」


「それに、分からないことは学校の先生に聞きまくる。せっかく身近にタダで教えてくれる存在がいるんだから。先生だって質問されて悪い気はしないし、質問すれば“やる気がある子”って思われて、内申点だって上がるし」


「計算高っ!」


あずさがすかさずツッコミを入れ、星詩帆が


「でも賢いです〜!」


と笑った。


楓は少しだけ姿勢を正し、照れ隠しのように言葉を足した。


「それに……先取り学習をしてきたから、私はもう高校課程は一通り終わってるの。だから今の授業は“新しいことを学ぶ”というより、授業でしっかり復習してる感じなんだ」


「復習でトップって……」


いのりがぽつりとつぶやき、

あずさは


「ちょっと次元ちがうんですけど〜!」


と両手を上げて大げさに嘆く。

すると楓はスマホを軽く掲げた。


「アプリも活用してるよ。“マナビー”。さっき福地先生が“親切だよ〜ん”って言ってたやつ」


福地の眼鏡がきらりと光る。


「わからないところをピンポイントで動画で学べるから、塾よりずっと効率的。安いしね」


「ほんとに楓、隙がない……!」


いのりは感心し、あずさは


「でも、どこでそんな勉強時間取ってんのよ!?」


と頭を抱える。

楓は少し照れたように笑い、肩を竦めた。


「私、夜はそんなに無理して勉強しない。日が昇る前に早起きして集中するんだよ。結局、毎日少しずつでも続けるのが一番の近道だから」


「うわ~すご!あたし、早起きとか耐えられないわ」


あずさはもう諦めムード。


「…きっと…それも才能なんだと思う。努力を続けられるのって、誰にでもできることじゃないから」


いのりがぽつりと口にする。

楓は驚いたように目を瞬き、それから恥ずかしそうに


「……ありがと。なんか偉そうだったね」


舌をちょこんと出して


「てへっ」


と笑う。


「楓先輩かわいい〜!」


星詩帆が嬉しそうに叫ぶ。


あずさは


「楓、ずるいよ〜!」


と頬を膨らませ、いのりは静かに微笑んだ。


その積み重ねを当たり前のように続けられる精神力は、父・皆本慎太譲りだった。

特進コースの毎日行われるガチモードな小テストにも慌てない冷静さ。

楓の学年トップは偶然なんかじゃなかった。

楓はペンを置き、窓の外に目をやる。


「……前にいた学校は、ごきげんようって挨拶するような、お嬢様学校だったの。許嫁がいる子までいて、価値観も全然合わなかった。だから心から笑える友達なんて一人もいなかった」


いのりとあずさは顔を見合わせ、星詩帆も真剣に聞き入る。


「でも……わたしには獣医になりたいって夢があったから。友達がいない分、勉強ばかりしてた。学校の進度もまぁまぁ早かったけど、自分で先取り学習を続けて……気づいたら高校課程を一通り終えてた。」


楓は少し照れくさそうに笑い、続けた。


「でも、この学校に転校してきて初めて分かったの。いのりとあずさっていう親友ができて、しほりんっていう明るい後輩もできて……今までにない経験ができてる。だから勉強も大事だけど、友達との時間も同じくらい大切にしたい。

獣医になるなら、人として大事なものを忘れたくないから」


「楓……」


いのりは胸が熱くなる。


あずさは


「ほんとずるいよ楓!涙出ちゃう!」


と拗ねながらも笑い、星詩帆は


「先輩、尊敬します〜!」


と目を輝かせた。


しばし沈黙が流れたところで、福地先生がふいに口を開いた。


「……かえりん、立派だねぇ。僕ちゃんなんかFランク大学だったから、受験勉強も適当。大学生の頃は遊んでばっかで、未来のことなんて全然考えてなかったよ〜ん」


ふざけた調子の声に笑いがこぼれる。だが、その目は少し真剣だった。


「でもね、かえりん。夢を持って努力できるのは素晴らしいことだよ。それに……友達と過ごす時間を大切にしようって思えるのも、すごく大事なことだからね」


「先生……」


いのりが小さく笑うと、あずさと星詩帆もつられて笑った。

夕陽に染まる部室には、試験前の緊張を少しだけ和らげる温かさが広がっていた。




楓は完璧に見えるけれど、その裏にはたくさんの努力や少しの孤独がありました。

だからこそ、いのりやあずさ、星詩帆と出会って笑い合えるようになったことが、彼女にとって何よりの救いだったのだと思います。

勉強も大切ですが、人とのつながりや信頼も同じくらい大事ですよね。

このお話を通して、そんな温かさを少しでも感じていただけたら嬉しいです。

試験前の空気の中で、またそれぞれの成長を描いていきたいと思います。

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