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第72話『夢の天狗ランド』

ゴールデンウィークの家族旅行完結編です。

向かったのは群馬のローカル遊園地「天狗ランド」。

安っぽくて古びているけれど、妙な熱気と懐かしさがある場所。

その夜、いのりが見た夢は──とんでもない方向に暴走します。

現実の郷愁と夢のカオスをつなげた回、ぜひ楽しんでください。

ゴールデンウィーク終盤。

風張家はきよのの実家、いのりたちにとって祖父母の家に泊まっていた。

この日は、二台の車に分かれて「天狗ランド」へ。

祖父母はコンパクトカー、風張家はレンタカーで。

前後になって蒟蒻畑の中を抜け、山の方へ進む。


レンタカーの後部座席では、けいじがチャイルドシートに押し込まれていた。

小1とはいえチビっこだから、まだ自力で抜け出せない。


「ぼく、天狗ランドで一番強い天狗やっつけるんだ!」


ベルトをガチャガチャ引っ張りながら、声を張り上げる。

ともりが横から冷たく言う。


「おサルさんは静かにしてな」


「僕はサルじゃない!」


「チンパンは天狗に連れて行かれるぞ〜」


そういってからかうと、けいじの顔が青ざめ、口を半開きにした。


「え……や、やだ! 僕は連れて行かれない!」


車内に笑い声が広がる。


やがて丘の上に、赤い鳥居を模したゲートが見えてきた。

その上に鎮座する天狗マスコットは、赤いペンキが剥げ落ち、欠けた鼻の先が黒ずんでいる。

衣装と白い髪はボサボサ、経年劣化でヒビの入った笑顔は不気味の一言。


駐車場に二台を並べて停めると、祖父母が降りてきた。

日傘を差した祖母が


「チケット売り場はあっちね」


と指さし、祖父も頷く。

合流した一行は、観光客で賑わうゲートへと歩き出した。

ゲート前のスピーカーからは、妙に古臭いジングルが流れている。


「♪テングーテングー やってくる〜」


音割れしているのに、どこかクセになる間抜けなメロディ。


「なんだこれ……」


いのりは笑いをこらえる。

けいじはすぐさま真似して、握ったこぶしを振りながらながら歌う。


「テングーテングー!」


よしつぐが苦笑しつつ駐車券をしまう。


「ラジオのジングルと同じだな。」


「昔からこれよ。まだ使ってるのね」


と、きよのが懐かしそうに言う。

入場口の横には色あせた案内板、観光バスから降りてきた団体客のざわめき。

屋台からは焼きそばソースの匂いと綿あめの甘さが入り混じって漂ってきた。

いのりは深呼吸しながら、小さく呟いた。


「思ったより、人が多いんだね」


そして家族と祖父母は回数券を手に、そろってゲートをくぐった。

外のざわめきが遠のき、鉄と油の匂いをまとった古い遊園地の音が耳に迫ってきた。


---


ゲートを抜けると、まず耳に飛び込んできたのはガタガタと鉄が軋む音。

園内は狭い広場を中心に、ぎゅうぎゅうにアトラクションが押し込まれている。

最新鋭の派手さは皆無、昔の遊園地をそのまま保存したような光景だ。


「わーっ、あれ乗りたい!」


けいじがチャイルドシートから解放されるや否や、飛び出す。

指さしたのは「天狗フライト」。

屋根付きの回転ブランコだが、鎖がきしみ、座席のペンキが剥げている。

動くたびにギシギシ音がして、見ているだけで不安になる。


「これ…切れないよな。…大丈夫か?」


よしつぐが呟くと、祖母はけろりと笑った。


「昔からずっとこんなよ。落ちた子はいないから平気平気」


続いて「天狗ぐるぐるコースター」。

中央の岩山から鼻の長い天狗人形が勢いよく飛び出し、ギャーギャー叫びながら何度も隠れては飛び出す。

その周りを囲うように、円盤状に傾いたコースターがぐるぐると回り続ける。

スピードは遅いが、音量だけは無駄に大きい。

けいじは両手を上げて絶叫しながら、サイコパスのように笑い続ける。


「アッハッハッハッハ! 天狗ざまあ!」


観客が思わず振り返るほどのテンションに、いのりは顔を覆いたくなった。


園の奥には「天狗メリーゴーランド」。

木馬の代わりに鼻の長い天狗の木像が並び、妙に不気味。

鼻にまたがって上下に揺れる姿は、滑稽というよりホラー寄りだ。

ともりは冷たい目で鼻馬に座るけいじをスマホで撮り、後でネタにすると決めていた。


トンネル状の建物は「天狗洞窟汽車」。

中に入ると、雷の模型がピカピカ光り、スピーカーからはドンドンと太鼓の音。

しかし天狗人形の顔はペンキが剥げ、白目がち。

暗闇に浮かぶと逆に怖く、いのりは腕を組んで身を縮めた。


そして一番人気は「天狗撃退水鉄砲」。

並んだ客が水鉄砲を構え、的になった天狗の鼻を撃ち落とす。

命中すると「ギャー!」と安っぽい音声が鳴り響く。

けいじは夢中で連射し、鼻を撃ち倒すたびに狂ったように叫ぶ。


「アッハッハッハ!ぼくが世界一の天狗ハンターだ!」


祖父が笑って頭を撫でる。

ともりも夢中になって一緒に水鉄砲を構えていた。


「チンパン、ほどほどにな」


「ぼくはチンパンじゃない!天狗キラーだ!」


園内を歩くだけで、安っぽさと不思議な熱気が入り混じる。

どのアトラクションも旧文明から時空が止まっているかのよう。

それでも観光客はスマホを向け、「逆に映える」と笑っていた。

子供向けの乗り物しかないのに、下手な絶叫マシンよりも恐怖を感じさせる。

今にも事故を起こしそうな鈍い音を立てながらも壊れそうで壊れない。



---


一通りのアトラクションを回り切って、ベンチでひと息つく。

焼きそばソースの匂いと機械のうなりの中、祖父が語り出した。


「天狗ってのはな、悪さする子どもを攫って、若い娘の肉を食べるって言い伝えがあるんだ」


祖父がぼそりと言うと、けいじがジュースを吹き出しそうになった。


「え、ぼく……連れてかれるの!?」


「熊も怖いけど、天狗も無理!」


ともりは青ざめ、いのりは思わず祖母に縋る。


「でもね…本当は事故や犯罪に巻き込まれないように、子どもを外に出さないための昔の教えなのよ」


祖母は穏やかに笑った。

祖父はゲート上の天狗マスコットを指差し、続ける。


「それと……天狗ランドは、子どもが駄菓子を買うような値段で乗れる。入園は無料。だから激安だ。昔は知る人ぞ知るニッチなテーマパークだったんだぞ」


「へぇ……そんなだったんだ」


いのりが目を丸くする。

祖母は頷き、声を低めた。


「私たちも、子育てしているときは金銭的に余裕がなかったから。よくきよのを連れて来たわよね」


「覚えてる。親の懐事情なんて知らなかったけど、私はここに来るのが楽しみだったわ」


きよのがけいじの頭をなでながら懐かしむ。


「でも近年は物価がどんどん上がって、若い世代の親が“安く遊べる場所”を求めるようになったの。そこにドンピシャで刺さって、今では全国から人が来るほどの大人気のテーマパークよ」


祖母が言うと、祖父も少しだけ苦い顔を見せた。


「かと言って激安だから大して儲かっちゃいない。だが市営で運営されてるから潰れもしない。観光客を呼んで、地域の経済効果に期待されてるんだ。話題になれば地域のアピールにもなる。それに補助金と利権も絡んで、地元業者や観光会社の票田にもなってる」


いのりはペンキの剥げた天狗を見上げた。

不気味で頼りなさそうな笑顔が、妙に誇らしげに見えてくる。


「チープでも……役に立つんだね」


けいじは胸を張り、無邪気に叫ぶ。


「じゃあ僕、いっぱい乗って天狗を倒して、みんなの仕事を守るんだ!」


祖父母とよしつぐが思わず吹き出した。


「チンパンが一番いい客だな」


ともりもニヤリと笑う。



---


午後の陽が傾き始めたころ。


「そろそろ帰ろうか」


祖父の一言で、一行はゲート前に集まった。

天狗ランドは入園無料だから、早めに切り上げても誰も気にしない。

むしろ子ども連れには、その気軽さがありがたかった。

祖母が日傘をたたみながら手を振る。


「またね、次は夏休みかしら。冬になるかもね」


祖父も笑って続ける。


「元気でな」


「うん! また来るね!」


いのり、ともり、けいじが声をそろえた。


ここで二台の車は解散。

祖父母のコンパクトカーは地元へ、風張家は上越道へと向かう。

高速に乗る前に、風張家は近くの道の駅へ立ち寄った。

閉店が夕方だから、寄るなら今のうちだ。

直売所にはグンマーの米や新鮮な野菜、そして小粒でコロコロとした梅干しが並んでいる。


「これ、おにぎりにぴったりね」


きよのが手に取ると、よしつぐも頷いた。

さらに菓子折りや駄菓子もまとめて購入。

きよのとよしつぐは職場への手土産に、いのりの言論部へのお土産も一緒に買ってくれた。


「活動費は自分のために使いなさい」


そう言われ、いのりは胸の奥がじんと熱くなる。

ともりとけいじも、地元限定のお菓子やグッズをたくさん買ってもらい、袋を抱えて上機嫌だった。


***



時計は夜の八時半。

予定より少し遅れたが、慌てるほどではない。

団地前にレンタカーを横付けし、トランクを開けて荷物を降ろす。

袋にはグンマーの米、野菜、梅干し、そして土産の菓子折りや駄菓子。

家族が多いと食べる量も多い。


「よし、じゃあ階段だ」


きよのが腕まくりをする。

エレベーターのない5階まで、袋を抱えてのぼるのはなかなか大仕事だった。


「はぁ……これいい筋トレね」


きよのが笑い、いのりとともりも息を切らしながら続く。

けいじはすっかり寝入っていて、よしつぐが抱きかかえたまま部屋へ。


「重たくなったな」


小声でつぶやきながら慎重に階段をのぼり、布団にそっと寝かせた。

荷物を運び込み終えると、よしつぐは再びキーを手に取った。


「じゃあ返してくる。22時までに戻せば大丈夫だから」


「気をつけてね」


きよのが手を振る。

よしつぐは団地を出てレンタカーを返却。

帰りは駅前のポートからシェアリング自転車にまたがり、夜風を切って走った。

街灯の下、前かごのライトが白く路面を照らす。

家に戻ると、冷蔵庫にはきよのが仕舞ったばかりのグンマーの食材。

ともりはソファに転がっておみやげ袋を眺め、いのりはベランダに出て東亰の夜空を仰いだ。

頭に浮かぶのは、ペンキの剥げかけた天狗マスコットの笑顔。


「安っぽくても……町を支えてるんだ」


そう小さく呟き、胸の奥に余韻を残した。


---


その夜。

いのりは恐ろしい夢を見ていた。


雑木林を必死に駆けるが、背後から巨大な影が迫る。

それはグンマーの天狗山から追いかけて来た真っ赤な顔の天狗だった。

いのりが振り返った瞬間、大きな爪に肩をつかまれ、そのまま宙に持ち上げられてしまった。


「若い娘はうまそうだ……どれ……ここが柔らかそうだな」


ぷにっと胸元に爪を押し当てられ、いのりは必死に足をばたつかせる。


「いやぁぁ! まだお嫁にいけてないのに!こんなとこで死にたくない!」


その時、夜空から声が響いた。


「いのりちゃん!」


マントを翻し、木澤滉平が降り立つ。

だがその姿は、ラリーカーさながら広告ステッカーまみれのスーツ。

外国産エナジードリンク、海外タバコ銘柄、胸元には海外のいかがわしい有名アダルトサイトのロゴ。

まるで正義の味方と言うより、スポンサー企業のために戦うレーサーそのものだった。

企業ロゴで全身がギラギラと埋め尽くされ、顔を出したまま頭をすっぽりと包み込んだマスクは泣き顔にも笑顔にも見える微妙なデザイン。

パンのヒーローですら目をそらすほどのチープさだった。


「滉平君!」


いのりが必死に叫ぶ。

木澤は思い切り飛び出すと、天狗の鼻をつかみ、力任せにねじり上げる。


「ぐぎゃあああ!」


天狗の力が緩み、いのりは解放された。

だが地上に降ろされたいのりが見たのは、怪物というより奇妙な赤い顔のレスラー姿だった。

やたら襟足が長く、トップは短髪のスポーツ刈り。

分厚い胸板と太い腕に対し、腹まわりは微妙にぽっちゃり。

下半身は黒いスパッツ型のレスラー用パンツ。

巨体を揺らすたびに汗が飛び散り、まるで昔放映されていた深夜のプロレス中継に出ている選手のようだ。


「…あれ…天狗って、こんなだっけ?」


いのりの頭に困惑の声が漏れる。

すると天狗は、鼻息荒げて、どこからかパイプ椅子を取り出した。


「ドゴォン!」


そのまま木澤の背中に叩きつける。


「ぐはっ!」


ハイプ椅子がぐしゃりと歪み、地面に叩きつけられた

よろめきながらも立ち上がる木澤。

今度はお返しとばかりに木澤がプロレスラーのような天狗の巨体を突き飛ばすと、天狗は雑木林のツルにぶつかり、ロープのように反発して跳ね返ってきた。


「うおおおおお!」


襟足を揺らして戻ってきた天狗に、木澤は豪快なラリアットを一閃。


「ズドォォォン!」


鼻血を噴きながら天狗がドスンと倒れ込む。


そこへ、いつの間にかきれいな身なりのレフェリーが現れる。

縦縞シャツに白い手袋。

だが判定は天狗びいき。

木澤が押さえ込むと


「ワン……ツー…………」


とわざと遅い。

逆に形勢が逆転して天狗が押さえ込むと


「ワンツースリー!」


と超高速。


「う、うそだろ!?」


抑え込まれた木澤は慌てて足をビクンと持ち上げ、必死にバタバタさせる。

どうにかホールドが解かれると、その場に転がり、肩で大きく息を切らした。

だが休む間もなく、天狗がマスクごと髪をつかみ、顔を引き寄せる。


「ゴッ!」


頭突きが炸裂し、木澤は膝をついた。

いのりは目を見開き、声を失う。

ヒーローに助けられるはずの夢が、いつの間にか古典的なプロレスの泥仕合に変わっていた。


「……なんか思ってたのと違う……」


白馬の王子様に助けられるお姫様ような立場を想像していたいのりにとって、全然ロマンチックではない展開に何とも言えない残念な気持ちがこみ上げてきた。

そんな中で木澤と天狗の戦いは、もう我慢比べの域に達していた。


「うおおおお!」


「ぐおぉぉぉ!」


両者が歯を食いしばりながら、互いにビンタを叩き込む。

顔は真っ赤に腫れ、鼻血が飛び散る。

それでも止めない。

笑顔で顔面を殴打されるプロレスラー風の天狗。


我慢の限界を迎えた木澤の次なる攻撃はラリアット。

肩と首をぶつけ合い、倒れてもまた立ち上がる。

完全にヒーローと怪物の戦いではなく、昔のプロレス泥仕合だった。


気づけば雑木林のリング場外には、大量に集まった観客達がヤジを飛ばしている。

満席の雑木林で、なかなか音を上げない天狗に対して、木澤はフラフラの体で最前列の観客からパイプ椅子を奪って拾い上げた。


「ならこれで!」


渾身の力を込めて振り抜いた。


「ガシャァン!」


だが叩きつけた瞬間、座面がもげて吹っ飛び、ただの鉄フレームだけが天狗の頭をかすめる。

天狗は鼻血を垂らしながらも、歯を食いしばってニコリと笑った。

その瞬間に強烈なビンタが再びさく裂。


「バチコーン!!!!」


「ぐはぁああああああ!!!!!!」



そのまま倒れ込んだ木澤が天狗に髪の毛ごとマスクをつかまれ、強引に立たされる。


「ゴッ!」


天狗の長い襟足を揺らした豪快な頭突きが炸裂し、木澤は再び地面に崩れ落ちた。


「ワン!ツー!スリー!」


レフェリーの超高速カウント。

鐘がなる寸前で木澤は必死に足を動かすが、もう戦える力は残っていない。

それでも立ち上がると、最後の意地で天狗の背後へ回り込む。


「これで終わらせる……! ジャーマンスープレックス!!」


木澤が天狗の巨体を抱え、腰を反らせる。


その時。


なぜか天狗も「よいしょ」と言わんばかりに軽くジャンプしてくれた。


「えっ!?協力すんの!?」


いのりが思わずツッコむ。

だが次の瞬間、宙返りをするように着地した天狗に体勢を返され、木澤自身が逆にジャーマンスープレックスを食らってしまった。


「ズドーン!!!」


「ぐはぁぁぁああああああああああ!!!!!!」


木澤は背中から地面に叩きつけられ、雑木林全体が震えた。

木澤を掴んだ天狗がブリッジをするように、そのまま叩きつけた体制でホールド。


「ワン!ツー!スリー!」


「カンカンカンカン」


と、ゴングの鐘が雑木林に鳴り響き、観客は悪役レスラーの勝利に強烈な怒号のヤジが飛びまくった。

レフェリーが


「勝者…天狗!!」


と、腕をとって高らかに宣言した。

ヒーローを返り討ちにした勝利にご満悦の天狗レスラー。

その後ろで


「滉平くん!」


と駆け寄るいのり。

ボロボロの体を抱き起こしながら、必死に叫んだ。


「どうしよう……もう立てないよ……!」


その瞳から涙がこぼれ、滉平の頬にポチャリと落ちた。


――その瞬間。


ウーウーウー!!

どこからか現れた赤いパトランプが四方八方に飛び出す。

そのまま、けたたましいサイレンを鳴らし、雑木林をくるくると赤い光が照らす。

雑木林を包み込むように男女混合合唱隊の鎮魂歌レクイエムが響き渡る。

やがてサイレンの赤色灯で照らされた暗闇にビカビカと派手なレインボーのインパクトフラッシュが宙を切り裂く。

視界の端では、まるでパチンコ台のように「じちまか」の役物ロゴがガシャーンと落ちてきた気がした。


気づけば二人は、巨大クレーン車の運転席にいた。


「まだよ!滉平くん!!」


「ああ、いのりちゃん!勝負は終わってない!!」


ボロボロの木澤がクレーンのハンドルを握り、いのりがレバーを握る。


「滉平くん……!」


「いくよ!いっせーのーで!!」


二人で力を合わせ、ビル解体用の巨大な鉄球を振り抜いた。


「そんなああああああ!!!!!」


天狗レスラーの悲鳴と共に巨大な鉄球が


「ボコォォォォン!」


と、神木ごと天狗を吹き飛ばし、そのまま火山に叩き込む。


「ドボォォォン!」


直後、火山が大噴火。

真紅の光に包まれ、世界全体が燃え上がる。

さらに吹き上がる火柱が空を突き抜け、夜空を赤く塗りつぶした。


その中で――滉平はお姫さま抱っこでいのりを抱え、空へと舞い上がる。

クモの巣の絡んだ髪がレインボーに輝く月明かりに揺れ、妙にロマンチックに見えた。


「もう大丈夫だよ、いのりちゃん」


「滉平くん……」


そのまま二人の顔が近づき、唇が触れそうになる。

二人の唇が重なる瞬間を隠すように、「七條あずさ」の7図柄が一列に揃っていた。



***


「なにその唇?お姉、何を求めてたの?」


ともりの声で目が覚めたいのり。

いのりの唇は、鳥のくちばしのように尖っていた。


「え? ええ? いいところだったのに……」


「お姉、夢に見るほど天狗ランドが楽しかったんだね。全部聞こえてたよ?」


「え……どこから……?」


「『まだお嫁にいけてないのに!』…のあたり?」


「それ、ほぼ最初からじゃん……」


「めっちゃ寝言言ってたよ。しかも大きな声で『滉平くん……』って何度も」


「え、えええええええ!!!?」


一方、隣の部屋で寝言を聞いてしまったよしつぐは、布団の中で「ゆ、夢の天狗ランド…恐るべし…ぐはぁぁ!」と泡を吹いて悶絶。

けいじは一度寝たらなかなか起きない。

きよのは頬を赤らめ、


「あらあら…いのりってば…夢だともっとチョロいのね」


とにっこり微笑んでいた。

団地の夜は、最後まで笑いと騒がしさに包まれて幕を閉じた。







前半は「家族と天狗ランドの郷愁エピソード」、後半は「夢で天狗レスラーカオス」という二段構成にしました。 現実に見たものが夢の中で暴走して、昭和プロレスやパチンコ演出に化けていく……じちまからしい不条理ギャグになったと思います。 一本にまとめたことで「現実から夢への直結感」が強く出せて、自分でも気に入っています。 ちなみにこのエピソードで舞台になっているテーマパークは、前橋市の「るなぱあく」をモデルにしています。作者も幼い頃に両親に何度も連れて行ってもらいました。 けれど実は「天狗ランド」という名前のテーマパークが、はるか昔に群馬県内に本当に存在していました。 今では人々の記憶から完全に消え去ってしまいつつある場所ですが、こうして物語の中で残すことで、少しでも「天狗ランド」という言葉が後世に残っていけばいいなと思っています。 次回も団地の日常とカオスを行き来する物語を描いていきますので、お楽しみに。 どう?主の身バレになるかもだけど(笑)

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