第71話『仲良しの味』
ゴールデンウィーク、風張家は群馬の観光牧場「グンマー・ポークランド」へ出かけます。
テーマパークのようなにぎやかさと、美味しい料理に囲まれながらも、その笑顔の裏側にある畜産業の現実を垣間見ることになります。
動物たちとの触れ合い、皆本慎太さんのCM、山野知事の言葉、そして外国人実習生の告白。
華やかさと陰りが交錯する、一日限りの牧場体験のお話です。
ゴールデンウィーク。
風張家はいのり、ともり、けいじ、よしつぐ、きよの、そして祖父母の7人で観光牧場「グンマー・ポークランド」へ向かった。
駐車場はすでに満車。観光バスが何台も並び、車を降りると外国人団体が「アニメの聖地!」とはしゃぎながら記念撮影をしている。
入り口ゲートには 《グンマー・ポークランド ―お肉のユートピア―》 の巨大な看板。
ニコニコ笑顔の豚・牛・羊のキャラクターが手を振っていた。
園内に入れば、子豚を抱っこする子供たちで大賑わい。
鳴き声や笑い声が入り混じり、空気はすっかりテーマパークのようだ。
「うわっ!ぶたがいっぱいいる!ぼくもさわりたい!」
けいじが金網に顔を押しつけて大騒ぎする。
だが外国人技能実習生の飼育員に
「順番ダヨ」
と止められ、少しだけ頬をふくらませた。
それでも目を輝かせたまま、行列や展示を見回って走り回る姿は、まさにチンパン系小学生そのものだった。
グンマー・ポークランドは豚だけの施設ではない。解放されてはいないが、奥には巨大な牧場が広がっており、牛や羊の放牧も見渡せる。
羊は毛を刈り取られ、老いて役目を終えたものはジンギスカンとして園内の焼肉場に並ぶ。牛は乳製品に、豚はソーセージに。
まさに牛豚羊の総合テーマパークだった。
搾りたての牛乳やヨーグルト、ソフトクリームが並び、卸先であるメザメルト乳業のPRブースもあちこちに目立つ。
そして園内の名物といえば、パンからはみ出すほどのソーセージを挟んだ特大ホットドッグとキンキンに冷えた牛乳。
いのりはメニュー表を見た瞬間、思わずお腹が鳴った。
休日らしい高揚感に包まれながら、風張家の牧場巡りが始まった。
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ポークランドでは、取材に来ていた地元メディアのカメラが園内を回し、リポーターが明るい声で伝えていた。
「ゴールデンウィークの休日、グンマー・ポークランド園内は家族連れで大賑わいです。子豚との触れ合いコーナーには行列ができ、外国人観光客の姿も目立ちます」
そのままカメラが切り替わり、牧場主がインタビューに応じる。
「牛はいいんですよ。牛乳を出してもらったあと、肉にできる。羊も毛を刈り取って、最後はジンギスカンにできる。
でも豚は違う。出荷できるサイズに育つまで、ただ餌を食べるだけ。だから子豚のうちに“見世物”としてしっかり稼いでもらうんです」
にやりと笑った牧場主は、さらに冗談めかして続けた。
「だから子豚には、ソーセージになるまでしっかり稼いでもらわないと!観光客に抱っこさせれば『かわいい〜♡』でお金が落ちる。入場料にグッズ、お土産。そこにメザメルト乳業さんのPRと出資。ここまでやらんと、これからの畜産業は生き残れませんよ。次は水産業への投資としてトラウトの養殖も考えてます」
一瞬取材スタッフが苦笑すると、牧場主は肩をすくめて笑い飛ばした。
「ま、ここが稼ぎ時だからねぇ!ゴールデンウィークが終わったら、あとは実習生に任せて、南国のカジノでも行って羽を伸ばしますよ、はははっ!」
朗らかな笑いに観光客もつられて笑ったが、いのりは胸の奥がざわついた。
冗談に聞こえるその言葉の裏には、畜産業の現実、搾取と依存の構造が透けて見えていた。
その横でけいじは
「じゃあ、ぼくホットドッグ食べて応援する!」
とチンパン系のノリで叫び、観光客を笑わせる。
一方、少し離れた場所で視察していた山野一太郎知事は、顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。
冗談に聞こえる牧場主の言葉の裏に、畜産業が直面する現実を突きつけられ、危機感が一層募っていたのだ。
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そこへ園内モニターが点灯し、突然コマーシャルが流れ出した。
『皆本慎太! メザメルト牛乳をごくごく!』
画面に現れたのは、胸に「ポークランド」と刻まれた真っ白なユニフォーム姿の慎太だった。
そのカラーは生乳のように透き通る白。背番号は現役時代と同じ「6」。
牧場で豪快に牛乳を飲み干す姿に、観光客から思わず声が漏れる。
『皆本慎太! グンマー・ポークランドのソーセージ、うめぇ!』
今度は九紅食品の加工場。
ユニフォームの背中に「6」の文字を光らせながら、特大ソーセージをパリッと頬張る慎太。
笑顔でサムズアップする姿は、全盛期の記憶を呼び起こした。
『皆本慎太!メザメルトドリンクで健康! キマルデチャージで決めろ!』
爽やかな笑顔でメザメルトのボトル容器を掲げる慎太。背番号「6」が画面いっぱいに映し出されると、親世代は一斉に足を止めた。
園内各所で販売中!
と、最後にはしっかり宣伝が入っていた。
「皆本だ……まだCMに出てるんだな」
観光客の男性がつぶやく。
「ベニスタで見たわよ、背番号6。あの頃と変わらないわ」
観光客の女性が頷く。
よしつぐは腕を組み、真剣な眼差しで画面を見上げた。
「選手会会長として、FA期間短縮を勝ち取ったのは大きな功績だったな。本物のリーダーだったよ」
祖父は声を震わせて言う。
「労働者にとっては、転職の自由を広げる光のような改革だったからな」
祖母が柔らかく微笑んだ。
「今でも誠実さが人柄にじみ出ているわねぇ」
画面の中で背番号「6」を輝かせるレジェンドと、目の前でざわつく親世代。
皆本慎太の好感度は今でも最高潮だった。
子ども世代が
「なんかおじさん出てる〜」
と笑う中、世代を超えた温度差が鮮明に浮かび上がっていた。
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その時だった。
「これから山野一太郎知事が入ります!」
関係者の声に、園内の人だかりがざわめいた。
「えっ、ほんとに?」
「あれ山野知事じゃない?」
「GOTUBEでタレントとホルモン鍋食べてたの見た!めっちゃ面白かった」
「歌ってみたで大熱唱してたのも話題になったよな」
ネットで“面白い知事”として人気を集める人物が、現実に目の前に立っている。
地元メディアのカメラも一斉に牧場主から離れ、知事の動きを追い始めた。
白い作業着に袖を通した知事の山野は柵の前で深々と一礼し、インタビュアー取材に応じる。
「畜産業も飼料価格の高騰、労働力不足、感染症リスク……課題は多々あります。しかし、ここで踏ん張っている酪農家の皆さまを守らなければ、この地域の未来はありません!」
観光客の拍手を受けながら、知事はさらに声を張った。
「現場では農業も含め、グンマー全体が外国人労働者に頼り切っているのが現実です。低賃金と重労働で日本人労働者が集まらず、都合が悪くなれば外国人を切り捨て、ハラスメントも横行しています。こうした社会を撲滅し、誰もが安心して暮らせるグンマーをつくらねばなりません!」
会場が
「おおー!」
と盛り上がる。
知事は力強く言い切った。
「しかし、このグンマー・ポークランドは違います。牧場を“テーマパーク化”することで、多くの人に足を運んでもらい、観光と畜産を両立させています。まさにグンマーの希望です!」
その直後だった。
「チジ、ドウゾ」
子豚を抱えて現れたのは、飼育員の外国人技能実習生。
あまりにも絶妙なタイミングに、観光客のあちこちでクスクスと笑いが漏れる。
知事は慌てて子豚を受け取り、目頭を押さえた。
「……温かい。命の重みを感じます。この光景を未来へ繋がなくてはなりません!」
家族のそばで、ともりが小声でつぶやく。
「……さっき“ここは違います”って言ったばっかりなのに」
知事は空気を変えようと、実習生に声をかけた。
「君、日本語がお上手ですね」
実習生は一瞬うつむき、ぽつりと答えた。
「…ワタシ…母国ニ弟タチガイマス。学費ヲ送ラナケレバイケマセン。デモ物価ガ上ガッテイルノニ、給料ハ安イママ…。オーナー、外人コキ使ウ。トテモ厳シイデス。逆ラッタラ即クビ…。コッチノ生活モ苦シイ。……モウ、母国ヘ帰リタイデス…」
と、目に涙を浮かべる。
園内のざわめきがすっと消えた。
拍手も笑い声も止まり、モニターに映るレジェンドの笑顔だけが虚しく流れ続けている。
ともりがさらに小さな声で締めくくった。
「……結局、このポークランドも、その“課題”を抱えた現場だったんだね」
隣でいのりが、思わず声を漏らした。
「……あんた、はっきり言うね」
ともりは肩をすくめて黙り込み、再び静寂が落ちた。
たまらずMCがマイクを掲げる。
「で、では記念に、子ども代表で知事と一緒に写真撮影しましょう。希望者いますか?」
「ぼく!!!」
けいじが跳ねるように手を挙げ、スタッフに制されながらも最前列へ。
消毒を済ませると、勢いよく子豚を受け取り
「わぁ、動いてる!かわいい!」
と目を輝かせる。
知事は笑みを浮かべて声をかける。
「いい根性だ。将来はグンマーを頼むぞ!」
「うん!」と胸を張るけいじ。
その隣で、ともりが小声でつぶやいた。
「……うちは雛川区なんだけどね」
家族だけが聞き取って、思わず苦笑する。
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観光牧場は「かわいい子豚」で客を呼び込み、園内モニターでは「レジェンド慎太」の笑顔が親世代の財布を開かせる。
子ども向けには触れ合い、親向けにはノスタルジー。
園内には笑顔があふれている。
だが、その笑顔の陰にはもう一つの光景があった。
ホットドッグのソーセージは、客寄せに利用された子豚たちの“役目を終えた姿”。
焼肉コーナーでは、毛を刈られて老いた羊がジンギスカンとして鉄板に並び、搾乳を終えた牛が肉となって串で突かれる。
動物たちが余すところなく利用されたのち、観光客の笑顔と共に食べられていた。
「動物を犠牲にするな!」
園内の一角では、入園料を払ってまでビーガン団体がプラカードを掲げて抗議していた。
「かわいい豚さんを食べ物にするな!」
「搾乳反対!牛をいじめるな!」
声は響くが、観光客の多くは見て見ぬふりで通り過ぎていく。
そのすぐそばで、風張家はそれぞれ手にした料理を頬張っていた。
串焼きのジンギスカンを
「これうまい!」
とかじるともり。
新鮮な生乳をごくごく飲み干す、肋骨骨折中のよしつぐ。
いのりは肉厚なグンマー・ポークランド産の牛豚合挽き肉ハンバーガーにかぶりつき、けいじは大口でホットドッグをほおばる。
きよのと祖父母は、生乳ソフトクリームを手に幸せそうに笑っていた。
犠牲になった動物たちも、こうして「美味しく召し上がられて」いる。
その現実を、風張家は皮肉にも一番素直に受け止めていた。
「……お肉、おいしいね」
家族そろって笑顔で言葉を重ねた。
そのすぐ横で、いのりが口についたハンバーガーのソースをぺろりと舐めながら、目を輝かせて叫んだ。
「牛と豚の“仲良しの味”!最高においしいっ!」
その時、またも園内モニターが切り替わり、派手なジングルが流れ出した。
「ミーパラ!ミーパラ!グンマーのミートパラダイス〜♪」
画面いっぱいに、ニコニコ笑顔の豚・牛・羊のキャラクターがポップに踊り回る。
すぐに場面が変わり、ユニフォーム姿の皆本慎太がソーセージを掲げ、豪快にかぶりついた。
「グンマー・ポークランドのソーセージ、うめぇ!」
その背後では、メザメルトシャークスのチアガールたちがポンポンを振りながら
「ミーパラ!ミーパラ!」
とコール。
さらには山野一太郎知事までもが作業着姿で混ざり、ぎこちなく踊りながら決めポーズを取る。
「グンマーを頼むぞ!」
観光客の子供たちが歓声をあげる中、CMはサビに突入した。
「ミーパラ!ミーパラ!夢とお肉のポークランド〜♪みんなで笑顔、お肉のユートピア!」
最後はホットドッグやソフトクリームを頬張る家族連れの笑顔。
その下にテロップが光った。
グンマー・ポークランド ―お肉のユートピア―
《提供:九紅グループ/メザメルト乳業》
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夕方、観光牧場をあとにした風張家は、祖父母宅の近くにある廃業した養豚場に散歩がてら立ち寄った。
錆びついたトタン、崩れかけた柵、転がったままの餌桶。
まるでゾンビゲームの舞台のように荒れ果てている。
「ここも昔は豚の鳴き声が賑やかだったんだよ」
祖母の声が虚ろな空気に溶けていった。
いのりは柵越しに中を見つめながら、小さくつぶやいた。
「……グンマー・ポークランドの笑顔も、この廃墟も、どっちも現実なんだね」
けいじは無邪気に笑って言う。
「ここで鬼ごっこしたら絶対楽しい!」
「……あんたは本当に……」
家族全員が呆れ顔になり、少しだけ空気が和んだ。
その瞬間、どこからともなく園内モニターのCMが幻聴のように甦った。
『皆本慎太! グンマー・ポークランドのソーセージ、うめぇ!』
いのりの胸に、光と闇が交錯するテーマパークの一日が深く刻まれていた。
そして、いのりたち姉妹弟にとっても、この体験は最高の社会勉強になったのだった。
観光牧場での一日は、いのりたちにとってただ楽しいだけではなく、現実を知る大切な社会勉強にもなりました。
動物たちの命、働く人々の思い、その陰にある厳しさ。
無邪気な笑顔の奥で、少しずつ何かを感じ取り、学んでいくのだと思います。
そんな彼女たちの成長を、これからも温かく見守っていただけたら嬉しいです。