第67話『毎日が日曜日って最高だぞ。』
ゴールデンウィーク初日の帰省エピソードです。
団地から一歩出ると、ほんの数時間でまるで別世界に来たような感覚になる。
家族で帰省するだけで、普段とは違う温かさや笑いが生まれるのは不思議です。
のどかでほっこりした空気の中にも、田舎の現実や家族の歴史がにじむ回になっています。
ゴールデンウィーク初日。
風張家は朝早く団地を出て、レンタカーに荷物を積み込んだ。
「早く出れば渋滞も大したことないんだって」
父・よしつぐは胸を張る。
実際、東亰からグンマーへの道は思ったよりスムーズだった。
シートベルトを締めても、折れていた肋骨の痛みはもうほとんどない。
(……もう大丈夫だな。これなら次の検診で“完治”って言われるかも)
心の中で安堵するよしつぐ。
窓の外の景色はビル群から山並みに変わっていく。
「ほら見て! 山がどんどん近い!」
ともりがはしゃぎ、けいじが
「もうすぐ?おばあちゃんちもうすぐ?」
と身を乗り出す。
母・きよのは笑って
「もう少しだから座ってなさい」
と宥める。
いのりは窓の外を眺め、胸の奥がじんわり熱くなった。
(……たった数時間で別世界。家族で帰ると、やっぱり特別な旅になるんだな)
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昼前にきよのの実家へ車が到着。
瓦屋根の家、広い庭、畑の匂い。
祖母が玄関で笑顔を見せ、祖父は畑から顔を出して手を振る。
玄関先。
よしつぐは荷物を下ろし、まっすぐに頭を下げた。
「ご無沙汰しております。お義父さん、お義母さん」
祖父母は顔を見合わせて笑みを浮かべる。
「おう、よしつぐ君。なんだか体つきががっしりしたじゃないか」
「そうね。給食センターで働いてるんだって?力仕事も多いんでしょ」
「ええ、おかげさまで」
よしつぐは少し照れながらも、声に張りを込めて答える。
祖母は感慨深げに頷いた。
「きよのも安心だね。家族をちゃんと支えてくれてる」
そのやり取りを聞きながら、いのりは
(お父さん……いつもはちょっと頼りなく見えるけど、やっぱりすごいな)
と胸の奥で思った。
玄関で挨拶を終えたあと、風張家は居間に通された。
そこには最新のゲーミングPCとツインモニターが鎮座していて、
祖父がどっぷり腰を沈めて操作していた痕跡が残っていた。
「……おじいちゃん、廃人になってるじゃん」
いのりが思わずつぶやき、ともりとけいじが
「すげー!」
と目を輝かせる。
祖父はご満悦の笑みを浮かべて言った。
「毎日が日曜日って最高だぞ。母さん、昼からビール開けていいか?」
その瞬間、祖母がピシャリと睨む。
「ダメに決まってるでしょ! 孫が来てるのに!」
祖父は
「へへ……」
と頭をかき、子どもみたいにバツの悪そうな顔をした。
***
ずっと共働きで働いてきた二人。
ようやく訪れた「緩やかな時間」を、今は心から楽しんでいるのがわかった。
その横顔を見て、きよのは胸の奥がじんわりと熱くなった。
(……お父さんもお母さんも、ずっと働きづめだったんだよな。今くらい、親孝行してあげなきゃ)
ともりとけいじは虫網を持って庭を駆け回り、声を上げてはしゃいでいた。
「いのり、こっち座れ」
祖父に呼ばれ、縁側に腰を下ろすと、切り分けられた小玉スイカが並んでいた。
まだ季節は早いが、冷えた赤い果肉は甘く、瑞々しさに自然と笑みがこぼれる。
祖母も麦茶を手に座り込む。
「都会はどうだ、忙しいか?」
「まあ……いろいろあるけど、楽しくやってるよ」
いのりは少し照れながら答え、種をプッと飛ばした。
「おじいちゃん達は元気?」
と、いのり。
祖父はビールを我慢しつつ、スイカを頬張りながら大きな声で笑った。
「ワシらな、もう早期退職して悠々自適よ。退職金を上乗せもらえるうちに、さっさと辞めて大正解だったな!ローンもとっくに完済だし、毎日が日曜日だ!」
祖母もどこか誇らしげにうなずく。
「田舎は衰退する一方だもの。若いうちに抜け出せてよかったわよね」
祖父はスイカの種をプッと飛ばして続けた。
「でも、これからの田舎は無理だな!今じゃ50年ローンとかあるんだろ?50年後のグンマーなんて、消滅してるかもわからん!」
「ちょっと、お父さん!」
祖母が眉をひそめるが、祖父はゲラゲラ笑いながら肩を揺らす。
「まあでもな!知事の山野一太郎には何としても頑張ってもらわにゃいかん!ここで踏ん張れなきゃ、本当にグンマーが沈む!」
祖父がふと思い出したように笑った。
「そういえば……お前の母さんが高校生の頃だな。東亰に就職活動に行って、帰りによしつぐ君に声をかけられたんだぞ」
「えぇっ!? そんな出会い!?」
いのりはスイカを落としそうになる。
祖母がにこにこして続ける。
「そうなのよ。美容師見習いのよしつぐさんに“モデルになってくれ”って声をかけられてね。田舎娘だったきよのには、都会の美容師がめちゃくちゃカッコよく見えたのよ」
祖父は声を上げて笑う。
「よしつぐ君の方もな、“かわいい!胸も大きい!”って舞い上がってたらしいぞ」
「お、おとうさん!やめてくださいって!」
よしつぐは真っ赤になってスイカを握りしめ、俯いた。
祖母は楽しそうに話を続ける。
「それから卒業するまでずっと連絡を続けて……上京してすぐ付き合い始めて、あっという間に、きよののお腹にいのりが宿ったのよ」
祖父は少し声を落とす。
「当時は“どうするんだ、この野郎!”って泡吹いたもんだ。けど……こうして孫が3人も元気に育ってる。結果的にはありがたいことよ」
そこから話題は、ご近所の話へ。
祖父は
「だがな、近所じゃ大変な家も多いぞ。娘が“子供部屋おばさん”になって出ていかないとか、子供を産んでも育児を祖父母に全部押しつけられるとか。子供が子供を産んだようなもんで、老後も休めん」
祖母も
「それでいて立派な家を35年のフルペアローンで建てて、車を1人1台。残クレでオルフォードまで乗ってるのよ。田舎の職場だっていつまであるかわからないのにね」
と麦茶をすする。
祖父は真剣な表情で
「田舎に残った連中は“なんとかなる”で済ませて世間知らずのまま。……だが、きよのは都会に出た。だから今こうして安心して笑っていられるんだ」
きよのは胸を張りながら、少し照れたように笑う。
「私、事務仕事で数字を叩き込まれたから家計管理は得意なの。最近はフォークリフトの免許も取ったのよ!」
「おお!すごいじゃないか!」
「でも安全が第一よ。」
祖父母は目を丸くして頷いた。
いのりはスイカをかじりながら胸がざわつく。
(……都会で育った私には、田舎の現実なんて全然わからなかった。だけど、おじいちゃんたちの話は重いな)
祖父がにやりと笑って、いのりを指差す。
「だからな、いのり。結婚も出産も早いに越したことはないぞ。彼氏はいるのか?」
「へっ!? い、いないよそんなの!」
いのりは顔を真っ赤にして、スイカの種を吹き出しそうになる。
祖父は声を張る。
「おい、きよの! いのりに彼氏いるのか!?」
「あらあら、なによ急に」
きよのも真っ赤になり、祖母は
「あらまぁ」
と笑う。
よしつぐは顔を覆って
「やめてくれ……」
と呻き、家族は笑い声に包まれた。
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スイカの皮を片づけて一息ついた時。
いのりのスマホが震え、小さな通知音が鳴った。
『無事にグンマー着いた?いのりちゃんがいない団地もさみしいよ(笑)』
と、木澤からのメッセージ。
そして通知が浮かぶホーム画面は、干潟で撮った木澤とのツーショット。
その画面を祖父母とよしつぐはしっかり見てしまった。
「な、なんじゃこりゃああああ!!!」
祖父は白目を剥いて泡を吹く。
「やっぱり、いのりに男が……!!」
よしつぐも体を捻ってグルグル回った瞬間、肋骨に「グキッ!」と痛みが走る。
「おぎゃーーーっ!!! 完治があああ!!!」
祖母はニコニコしながら
「あらまぁ、いのりにも青春ねぇ~」
と微笑む。
きよのが
「ちょっと!お父さんまでなにやってんの!」
と言うと、いのりは
「や、やめてよぉーー!!」
と、真っ赤になりながら叫んだ。
虫を追いかけ遊んでいた庭から戻ってきたともりとけいじが
「なになに!?」
と駆け寄り、縁側は悲鳴と笑いでいっぱいになった。
今回は祖父母との再会を描きながら、「都会と田舎の違い」「老後の暮らし」「親世代の若い頃の出会い」といった話題が自然と出てきました。
田舎に残る選択、都会に出る選択、どちらも正解はなく、それぞれの苦労があります。
祖父母のセリフには笑いも多いですが、同時にリアルな視点があって、いのりが考え込むのも当然ですね。
次回も、風張家のゴールデンウィーク物語を紡いでいきます。