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第64話『なんか、もういいかなって思いまして』

今回は言論部の放課後エピソードです。

普段は元気いっぱいのしほりんが「なんか、もういいかな」と急に熱を失う姿から始まります。

けれど部室は相変わらず先生の暴走と女子たちのツッコミで賑やか。

笑いの中にも小さな違和感を忍ばせてみました。

──静かな部室


ゴールデンウィークを目前に控えた放課後。

古典準備室を間借りした言論部の部室は、夕暮れの橙色に染まっていた。

机の上には、星詩帆が数日前に夢中で書き殴ったメモが散乱している。


「謎の美少女」


「似非関西弁」


「追跡調査」


──その荒々しい筆跡からは、あの日の熱気が伝わってきた。


だが本人は、頬杖をついてぼんやりと鉛筆を指で回している。

普段は元気印の1年生。先輩相手でもぐいぐい話しかけるのに、この日は声も表情も精彩を欠いていた。


「しほりん、あの調査の続きはどう? この前すごく頑張ってたけど」


いのりが穏やかに問いかける。


「えっと……なんか、もういいかなって思いまして」


詩帆は敬語を崩さず、曖昧な笑みを浮かべた。


「えぇ!? この前あんなに燃えてたのに!」


あずさが目を丸くする。


「す、すみません。熱しやすく冷めやすい性格なんです、わたし」


詩帆は肩をすくめ、机の端のチョコパイを指でつついた。


――ほんの数日前、確かに見たはずだった。


夕暮れの団地、車から降り立つ美少女。

ふわりと宙を舞い、着地した瞬間にハクビシンへと姿を変えた光景。

その衝撃で震える手を必死に押さえ、ノートに書き殴ったあの夜。


(……そうなんです。確かに見たはずなんです。あのときは心臓が飛び出すくらい興奮して、絶対にスクープにすると決めたのに……)


けれど、どうしても熱意が湧いてこない。


(……なぜでしょう。まるで熱が奪われたみたいに)


詩帆自身も気づかぬ違和感に胸がざらついていた。

その沈んだ表情を見た瞬間、いのりの胸にもチクリとした疑念が走る。


(……どうして? ほんとは気になってるはずなのに)


ガラリ、と古典準備室の戸が開いた。


「やぁやぁ、ご苦労、ご苦労!」


和服姿のチビデブ福地先生が、スーパーの袋をぶら下げて入ってきた。

中にはポテチやチョコ菓子、炭酸飲料のペットボトルがぎっしり。


「GOTUBEの収録後にねぇ、ちょいと買い出ししてきたのよん! お菓子とジュース!」


机にどさっと置いて、中身を次々とばらまく。


「勤務中にそんなのいいんですか?」と楓が呆れる。


「僕ちゃん非常勤のバイトだからね! そんなにカチカチにやらなくてもいいのよん!」


得意げに胸を張る顧問。

言うが早いか、炭酸飲料のペットボトルをぐいと持ち上げ、ラッパ飲み。


「ぷはぁーっ!……ゴホッ、ガハッ!ガハッ!」


気管に入り、眼鏡を曇らせ、顔を真っ赤にして涙目になりながらもゴキュゴキュ飲み込む。


「先生、飲み方豪快すぎですよ」


楓が突っ込むと、部室にくすくす笑いが広がった。


「ふぅ~! これぞ青春!」


満足げに息をついた先生は、その勢いのまま得意げに口を開いた。


「それとねぇ、ゴールデンウィークは新幹線混むからね。明日から帰省ラッシュ始まるでしょ。早い人は仕事上がりの今夜から動くんだって」


「私、ニュースで見ました!」


と詩帆が反応する。


「僕ちゃん、そんな時に通勤なんてしたくないのよ」


「先生、そもそも通勤らしい通勤してないでしょ」


楓がすかさず突っ込む。


「だから今日も終わったらすぐ帰るよん。僕ちゃんの住んでるところは観光地でもあるからさ! ゴールデンウィークは人がめっちゃ来るの! 道の駅も飲食店も温泉も、ピンポイントで観光地価格に値上げするのよね!」


「観光地!? 温泉!? 事件の匂いがします!!」


詩帆が机をばんと叩いて身を乗り出す。


「私も行きたーいです先輩!温泉取材しましょうよ!絶対に記事になります!!」


急に沸き上がる熱気に、あずさと楓が目を丸くする。


「ちょ、ちょっと待って……さっきまで“もういいです”って言ってたのに?」


「切り替え早すぎでしょ、しほりん」


詩帆はにっこり笑いながらお菓子を手に取る。


「やっぱり現場ですよ、現場! 足で稼ぐ取材こそ言論部の真骨頂です!」


「旅情ミステリー! 特急の怪! ワクワクします!」


熱を帯びた声に、部室は笑いで包まれる。


「でも先生、それただの愚痴じゃないですか!」


あずさがタイミングよく突っ込むと、先生は両手を広げてどや顔を作った。


「なので僕ちゃんは…ゴールデンウィークは引きこもりまーす!」


「ああ~、らしいわ先生」


「想像つくなぁ」


合唱のように返す女子部員たち。

部室はすっかり笑い声で満たされた。


---


笑い声と甘い匂いに包まれる中、詩帆は夢中でスナック菓子を頬張っていた。

けれど、ふと手を止めて小さな声で漏らした。


「こんなペースで食べたら太っちゃいますよね……」


その声音は、先ほどまでの元気な勢いとは別人のように沈んでいた。


「先生の体型がいい反面教師だね」


楓がポテチをつまみ、あずさも


「ちょっとは気をつけないとね」


と笑う。


「まあまあ、続きは連休明けで考えればいいですし」


詩帆は小さく笑い、数日前のメモを鞄に押し込んでチャックを閉じた。


(……本当は気になっているのに。どうして私は、あんなにあっさり諦められるんだろう)


詩帆の胸に小さな疑問が残る。

その横顔を見ていたいのりは、はっきりと感じていた。


(やっぱり変だ。詩帆が何かに押さえつけられてるみたい。……でももしそれが本当なら)


窓の外。

校舎から少し離れた先、夕暮れの九潮団地の屋根の上。

ハクビシンのシルエットが尻尾を揺らし、愉快そうにこちらを見下ろしていた。


いのりの胸に、確信めいた直感が浮かぶ。


(ビシ九郎には、人の熱を奪う何かがある)


こうして言論部は、不思議な余韻と甘い匂いを残したまま、ゴールデンウィークに突入していった。

笑いとお菓子の匂いに包まれた部室の風景。

しかしその裏で、しほりんの胸には消えないざらつきが残っていました。

そしていのりの直感がとらえた「ビシ九郎の秘密」。

軽やかな日常と不思議な影が交錯しながら、物語はゴールデンウィーク編へと進んでいきます。

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