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第60話『みんなに頼っていいんだ』

自治会の活動って、どうしても「面倒くさいことの押し付け合い」になりがちですが、今回描きたかったのはその逆。

ちゃんと一人ひとりに責任を持ってもらって、役員がそれぞれの役割を果たしていくことで全体が前に進む。

そんな姿を、いのりを通して見せられたらと思いました。

健気に、まっすぐに、役員と向き合ういのりをぜひ楽しんでください。

「えっ……ゴールデンウィーク明けに、総会を必ず開かないといけないんですか!?」


思わず、いのりの声は裏返った。

集会所で役員に配布する資料の整理をしていたいのり。

その隣の机で茶をすする前会長――くるくるパーマを揺らす七十代のおばちゃん――は、当然のように笑っている。


「そりゃそうよ。うちの団地は昔からそうだったの。新しい会長と役員、それに予算案は住民の承認をもらわなきゃダメ。資料も地域センターに提出するの。私のときもそうだったわよ」


前会長から引き継ぎの助言を貰っていた午後の日。

さらりと言われたいのりは、頭が真っ白になる。


「……聞いてないです……」


「言ってなかったかしら?あらごめんごめん。でも若いから大丈夫よ〜。私の頃なんて、もっと大変だったんだから」


前会長は笑いながら手を振った。悪気はない。けれど、その無邪気な一言がいのりの胸にずしりと重くのしかかった。


(ゴールデンウィーク明けなんて、もうすぐじゃない……!どうしよう……!)


その日の夕方、慌てて役員のLiNEグループに連絡を入れる。


「急で申し訳ないんですが、今夜、集会所に集まっていただけませんか?」


夜。


団地の集会所。

蛍光灯の白い光が机を照らし、ざわざわと人の気配が満ちていた。

こんな急なのに、よく集まってくれたなと感心するいのり。

いのりは机を見回して、ほっと息をつく。予想以上にほぼ全員が来てくれていた。


そのとき。


「……副会長?」


目を疑った。

今までモニター越しにしか姿を見せなかった副会長が、ドアを開けて入ってきたのだ。

ジャケットに身を包み、端正な顔立ちをした青年。若々しい雰囲気に、場が一瞬ざわついた。


「えっ……副会長って、こんなに若かったの?」


「イケメンじゃない?」


「もっと年配のおじさんだと思ってた……」


ひそひそ声が飛び交い、集会所が少しざわめく。

いのりは思わず立ち上がり、ぱっと笑顔になった。


「副会長!ちゃんと出てこれたんですね!……関心関心!」


副会長は少し照れたように肩をすくめる。


「……会長にあんなふうに言われてしまったら、もう出てこざるを得ませんから」


いのりの胸が熱くなった。

脳裏に、あの夜の出来事がよみがえる。


――住民による集金のまとめ払いをめぐり、会計係の藤井が責任を押しつけられそうになったとき。

涙目で震えながら、それでも声を張り上げた。


『私が会長です!役員なら私に従ってください!』


あのとき、大矢相談役が


「会長の言うとおりじゃ」


と賛同してくれた。

そしてモニター越しに黙って見ていた副会長も、きっと心を動かされていたのだ。


(あの時の言葉が……この副会長をここへ連れてきたんだ)


胸の奥にじんわりと熱が広がり、いのりは小さく拳を握った。



長机の上にホワイトボード用のカレンダーを広げ、いのりはペンを手に取った。


「それでは……ゴールデンウィーク明けで、総会ができそうな日を決めたいと思います」


集まった役員たちが一斉にうなずく。

けれど最初に返ってきたのは、どこか歯切れの悪い声だった。


「住民が在宅しているほうがいいですから……平日じゃなくてもいいですよ」


「私は土曜でも日曜でも大丈夫ですけど、家のことがあるから祝日じゃなくていいです」


「みなさんが集まれない日じゃなくていいです。私は合わせますので」


(えっ……“じゃなくていいです”って、それはつまり“嫌”ってことじゃ……?これじゃ決まらないよ……!わかりにくい!)


さらに


「17日火曜日なら大丈夫です」


と言った役員に、別の人がすかさず首をかしげた。


「え、それ火曜じゃなくて水曜じゃ?」


「え、そうだっけ……?じゃあ、水曜じゃなくていいです」


日付と曜日が噛み合わず、場はますます混乱した。

防災担当のママさんも、申し訳なさそうに手を挙げる。


「その週、子どもの習い事の発表会があるかもしれなくて……だからその日じゃなくていいです」


机に突っ伏したくなるような気持ちが、いのりの胸を押しつぶす。


(このままじゃ、私が全部整理して、ひとりで決めなきゃいけなくなる……!)


ふと、頭に浮かんだのは、つぐみお姉ちゃんの言葉だった。


[――“刈上げじゃなくていいです”って言われるのが一番困るんだよ。]


はっきり“刈上げは嫌です”“こっちがいいです”って言ってくれたほうが、よっぽど助かるのに…と言っていた。


(そうだ……“じゃなくていいです”は責任逃れの言葉なんだ。ここで私が会長として、きちんと仕切らなきゃ……!)


いのりは握っていたペンをきゅっと握り直し、全員の顔を見回した。

瞳の奥に、迷いを振り払うような光が宿る。

いのりは特に何か良いアイデアが思いついたわけでもない。

でも、何とかなりそうな予感があった。


「副会長!総会の開催日程を決めるために良い案はありませんか?」


いのりは頼れる副会長に意見を求めた。


重苦しい空気が漂う集会所。

そのとき、副会長が静かに手を上げた。


「……では、こうしましょう」


低い声に、ざわめいていた役員たちの視線が一斉に集まる。

副会長は落ち着いた表情でカレンダーを指さした。


「“絶対に参加できない日”だけを出してください。参加できる日をすべて並べれば、どこまでも混乱します。

消去法で残った日から決める。それが一番確実です」


理路整然とした言葉に、役員たちは


「なるほど……」


と頷き合う。

今まで漂っていた責任逃れの空気が、少しずつ変わっていった。


そんな中、スマホを取り出した藤井が、おそるおそる画面を操作しはじめた。

彼女の指が小刻みに震えている。

やがて「ピロン」と通知音が鳴り、役員グループLiNEに一枚の画像が送られた。


それはスマホのカレンダーアプリのスクリーンショット。

赤スタンプで平日の大部分に✕印がつけられ、「不可」とだけ書き込まれていた。


『この日はどうしても無理ですって見えるようにしました。こうすれば間違いがないと思います。少しでも会長の助けになりたくて……』


送信者名には「藤井秀美」。


「……藤井さん……」


いのりは胸が熱くなるのを感じた。

かつて、まとめ払いで矢面に立たされたとき、自分が庇った藤井。

その彼女が、今度は自分を助けようとしてくれている。


「これは……すごくわかりやすいです!」


思わず声が弾んだ。


「みなさん、ぜひこの方法で送ってください!」


ぱっと空気が変わる。


「なるほど、スクショか!」


「これなら間違えないね」


「息子にやり方を聞かないと……」


役員たちのスマホから、次々にカレンダーのスクショが送られてくる。


「ここは✕」


「この日だけは無理」


と赤印が並び、今までごちゃついていた候補日がみるみる整理されていった。

いのりはその光景を見つめながら、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。


(私ひとりじゃない。藤井さんも、副会長も、広報のママさんも……みんなが助けてくれる)



送られてきたスクショを前に、いのりが


「これなら決められますね」


と安堵したそのとき。

副会長が、手元の規約冊子を静かに開いた。


「……最後に、確認しておきましょう」


場がしんと静まり返る。

副会長の声は落ち着いていたが、どこか厳しさを帯びていた。


「総会は、全世帯の三分の二以上の賛同が必要です。出席が過半数を切れば、そもそも成立しません。成立しなければ、この団地は“総会を開けない自治会”とみなされ、行政からも信用を失います。そうなれば補助金や助成の対象外になり、住民の生活に直接影響が出るでしょう」


言葉の重みがじわじわと役員たちの胸に染み込んでいく。


副会長はさらに続けた。


「だから、当日来られない住人には必ず委任状を出してもらいます。委任状を提出しない人も、総会の議題に“異論なし”とみなし、参加人数にカウントして必ず成立させましょう。そうすれば確実に総会を成立させられます。」


きっぱりとした口調に、役員たちはうなずき、引き締まった表情を見せる。

その様子を見ていた大矢相談役が、ゆっくりと口を開いた。


「……副会長の言うとおりじゃ。若いのによう頑張っとる。会長と副会長の踏ん張りに、ワシも力を貸そう」


温かい言葉に、いのりの胸がじんわり熱くなる。


「じゃあ私、お知らせチラシを作って掲示板に貼っておきますね!」


広報のママさんが手を挙げる。


「印刷と配布も任せてください。子どもたちにも配ってもらいますから!」


その明るい声に、場がふっと和む。

いのりは深呼吸して、みんなの顔を順に見渡した。

藤井秀美の真剣な眼差し、副会長の冷静なまなざし、大矢相談役の優しい笑み、広報ママさんの頼もしさ。

一人ひとりの表情が、しっかりと胸に刻まれる。


(……私はひとりじゃない)


小さくうなずき、いのりはペンを握り直した。


「では――ゴールデンウィーク明け、5月の第三週日曜日の午前10時に総会を開きます!これで住民さんに告知を出しましょう。みなさん、本当にありがとうございます。……良いGWを!」


ぱちぱちと拍手が広がり、笑顔が交わされる。


(…やっぱり…みんなに頼っていいんだ)


夜の集会所に灯る蛍光灯の下で、いのりの胸には確かな実感が残っていた。



今回のお話は、いのりが「ちゃんとやろう」と思って動いたことが実を結んでいく流れを書けたのが嬉しかったです。

役員それぞれが自分の意見や方法で力を貸してくれることで、会議がきちんと形になる。

それを仕切るのは簡単ではないけれど、いのりの真っ直ぐさが周りに伝わって、結果的にみんなが動いてくれる。

そういう積み重ねが、彼女をますます魅力的にしていくんだと思います。

これからも、いのりがどうやって自治会をまとめていくのかを楽しんでもらえたら嬉しいです。

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