第50話『謎の美少女』
50話到達しました。
今回は新入部員・星詩帆の初スクープ挑戦回です。
「謎の美少女」を追いかける彼女の情熱と、それを冷めた目で見守るいのり達の温度差。
そして福地顧問のフハハ〜ン乱入に、団地の日常へとつながる不思議な展開。
しほりん探偵団の第一歩を、ぜひ楽しんでください。
放課後、古典準備室――。
本棚には分厚い古典文学の資料が並び、机の上には埃をかぶった書類や万年筆、そしてどこから持ち込んだのか分からないブリキのランプまで転がっている。
探偵事務所を真似たようなその空間が、言論部の部室だった。
「各地で目撃情報のある謎の美少女がいます!」
入部したばかりの星詩帆は、目をきらきらさせながら勢いよく立ち上がった。
机をばんっと叩いて、宣言する。
「しかも似非関西弁をしゃべるって噂です!昔から姿が変わらないとも言われています!これは追いかけるしかないでしょう!言論部で最初のスクープにふさわしいです!」
彼女はプリントに書き溜めてきた“証言集”を机に広げる。
「ほら! プロ野球の解説席にいつの間にか座ってたとか、パチンコ屋で目撃されたとか、献血会場で並んでたとか!
あと、小学校の給食で子供達に混じって食べてたって話も!」
矢継ぎ早に出てくる情報に、部屋の空気がざわついた。
「……」
楓はお菓子をつまんだまま、半笑いで首をかしげる。
あずさは
「いやいや、そんなわけ……」
と笑いをこらえて視線をそらす。
そして、いのりは心の中で冷めたツッコミを入れていた。
(……それ、ビシ九郎じゃん……)
けれど口には出さない。
あずさも楓も同じ考えにたどり着いている。
だからこそ全員、表面上は
「へぇ〜」
としか返さなかった。
星詩帆は、そんな先輩たちの反応の薄さに首をかしげ、むっとした顔をした。
「どうして食いつかないんですか!? これだけの証言があるんですよ!?もしかして先輩たち、何か知ってます……?」
その時、袋菓子をむさぼっていた福地顧問が、口の端にポテチの粉をつけたまま
「フハハ〜ン!」
と笑い出した。
ちびデブ体型の副担任、どう見ても探偵役には向かない。
それでも「ヤバイ顧問」として部室に座っているだけで、場の空気はさらに胡散臭さを増していった。
「……でもさぁ、噂だけじゃ信じられないよね」
楓がジュース缶を傾けながら、肩をすくめる。
「そうそう。証言ってだいたい尾ひれがつくものだしね」
あずさも笑いながら言った。
その時だった。
「フハハ〜ン! その噂なら僕ちゃんも知ってるよ〜ん!」
横から唐突に割り込んできたのは、例の副担任・福地顧問。
袋菓子の最後の一かけらをつまみ、粉だらけの指をぺろりと舐めながらニヤリと笑った。
「えっ!? 先生まで!?」
星詩帆が食いつく。
福地は胸を張って語りだした。
「この前ね〜、地元の道の駅に行ったら、見たんだよ。“雛川区九潮団地御一行様”って看板を出した観光バスから、ひょいっと降りてきた美少女を!」
「……美少女…!…しかも九潮団地って近所じゃないですか!!」
星詩帆は身を乗り出した。
「しかもね〜、そのあと一緒に来てたおじいちゃんおばあちゃんたちと一緒に足湯につかっててさ〜。“水虫? ワイはハクビシンやからヘーキやで〜!”って、のほほんと喋ってたんだよ〜ん!」
「きゃー!似非関西弁との特徴もピッタリ当てはまります!!」
「…………」
部室の空気が固まった。
あまりに具体的な光景に、星詩帆はノートに大きく赤丸をつける。
「やっぱり実在するんだ……!これは超常現象……!!」
一方、いのりは冷めた瞳でペンを回していた。
(…それ…完全にビシ九郎のことじゃん……)
おそらく九潮団地の中で開催された高齢者イベントのバスツアーにビシ九郎も参加してきただけの話だろう。
あずさと楓も同じく、心の中で頷いていた。
けれど誰ひとり、それを口にはしなかった。
しかし星詩帆の胸は、まだ熱気でいっぱいだった。
「そういえば……いのり先輩とあずさ先輩って、九潮団地に住んでるんですよね?九潮団地で“謎の美少女”が目撃されてるんじゃないですか!?」
唐突な追及に、部室の空気がぴたりと止まる。
いのり「……さぁ……」
あずさ「……」
楓「……」
三人の反応は、やけに曖昧だった。
その沈黙が逆に、しほりんの胸に火をつける。
(やっぱり……怪しい!先輩たち、絶対何か知ってる!)
彼女がさらに食い下がろうとしたとき、いのりがパンと手を叩いた。
「……とにかく! まだ星さんも入部したばかりだしさ。こういう話は、また今度にしようよ」
楓も
「うんうん、今日はもう解散しよう!」
と合わせる。
あずさも
「そうそう、深追いはなし。解散〜」
と強制的に場をしめにかかる。
「えっ……えぇ〜!?」
星詩帆の抗議をよそに、三人はあっさり荷物をまとめはじめた。
(……強制終了……やっぱり怪しい!!)
ノートをぎゅっと抱きしめ、星詩帆は心の中で決意した。
「…九潮団地…尾行、するしかない」
足音を殺しながら、彼女は先輩たちを追って歩き出した。
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星詩帆の暮らす鎖ヶ森から団地までもそう遠くない。
星詩帆は足音を殺しながら、いのりたちを追って歩き出した。
――そして、団地の前。
星詩帆は息を潜めながら、いのり達のあとを追っていた。
団地内の物陰に隠れながらいのり達の動向を見守る。
すると、ブレーキの音とともに一台の車が滑り込んできた。
運転席には皆本慎太、助手席には大矢相談役。
後部座席から、ひとりの美少女が降り立った。
「……っ!?」
春の夕暮れに差し込む光を浴びて、まるで雑誌から抜け出したような完璧美少女。
しかしその姿は数歩歩くと、影がほどけるように揺らぎ――
あっけなくハクビシンの姿へと変わり、集会所へ続くコンクリートの通路をすいっと駆けていった。
星詩帆の目が大きく見開かれる。
「え、美少女から……ハクビシン……!?」
その横で、大矢相談役が朗らかに笑った。
「いや〜、いちご狩りうまかったのぅ。練乳かけすぎて腹いっぱいじゃ」
「温泉も最高やったなぁ」
慎太もハンドルを叩くように頷く。
そこへ楓が歩み寄り、当然のようにトランクを開けて学校のバックをしまう。
「お父さん、またみんなで出かけてきたの?引退してから本当に自由だよね」
楓は、父の迎えでそのまま車に乗り込んでいった。
――遠くから。
団地の壁に隠れて、その光景を見届ける星詩帆。
(しかも楓先輩のお父さん、あんな立派な車で迎えに来て……清楚で美人な人だと思ってたけど、やっぱりお嬢様!?
みんな当たり前みたいな顔してるけど……絶対に何かある!)
握ったノートの端が震えていた。
謎は、深まるばかりだ。
団地の角、街灯の下。
じっと先輩たちを見つめ、ノートを握りしめる星詩帆の姿を、別の視線がとらえていた。
電動アシスト付きの古びたチャリにまたがり、出前屋敷のTシャツを着て、雑に詰め込んだファストフードの入った大きなバッグを背負いながら、タバコをくわえたまま走ってきたのは、品川ロドリゲス杏だった。
彼は煙を吐き出しながら、ふとその光景に目を留めた。
(……ん? いのりと同じ制服じゃねーか。ってことは後輩か?なんであんなところからコソコソ覗いてんだ?)
よく見ると、その視線の先には――俺の嫁こといのり。
そして美人な友達のあずさと楓。
さらに、ハクビシンのビシ九郎とオッサンとジジイ。
やがてハクビシンは集会所へ消え、一同は解散する様子だった。
杏の脳裏に、昔からの記憶がよぎる。
(ビシ九郎……あいつのことは子どもの頃から知ってる。ハクビシンで、団地の外に出ると美少女になる。
ずっと見た目が変わらない謎の生き物。でも俺にとってはただの団地の風景みたいなもんで、美少女だとしても不思議と恋愛対象にすら考えたこともなかった)
だが、今――その後輩女子が、熱のこもった視線をいのりに注いでいるように見えた。
(……まさか……! 百合!?いのりのこと好きなのか、この子!?マジかよ!!)
タバコを噛みしめ、杏の心臓がどきどきとうるさく鳴る。
(やっぱり……いのりは俺の嫁だ!誰にも渡さん!!…ってか、女にもモテるってラノベかよ!)
さらに胸の中で悪態をつく。
(それにしてもどうなってんだこの団地!?いのりに楓にあずさに、ビシ九郎まで美少女揃い……そこに遠くから思いを寄せるボーイッシュ美人の後輩!?……ギャルゲーかよ、ふざけんな!!)
杏は煙を空に吐き、チャリを漕いで次のデリバリー配達へと去っていった。
一方で、団地の壁に隠れた星詩帆は、ノートに走り書きを残していた。
「……謎は、さらに深まった! これは……スクープです!」
団地の夜は、不穏なざわめきを含んだまま更けていった。
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50話を迎えることができました。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。
団地で暮らす人々の何気ない日常の中に、こうして謎や笑いが生まれていく。
それを描けることが何より嬉しいです。
しほりんはこれからも先輩たちを追いかけ、ますます騒がしいスクープを作っていくでしょう。
次回以降もどうぞよろしくお願いします。




