第49話『しほりん探偵団』
放課後の言論部に、新しい空気が流れ込みます。
お菓子の山と黒電話、そして元気いっぱいの声。
部室が一気に賑やかになる瞬間を、ぜひ楽しんでください。
放課後の言論部。
窓から差し込む夕陽に、机の上がやたらときらめいていた。
その理由は——山積みにされた巨大なお菓子袋である。
スナック、チョコ、ポップコーン、ケーキの詰め合わせまで。
「いのりん!あずりん!かえりん!今日は、かえりんの歓迎会だよ〜ん!」
声を張り上げているのは、顧問・福地。
チビデブ体型に100キロオーバーの巨体、汗で額が光り、顎の下にはタプタプの肉。
和服の帯が苦しげに締められ、黒電話をカタカタ鳴らしながら満面の笑みを浮かべていた。
入部届を提出した楓は正式に言論部の部員となったばかり。
その圧に若干引きながらも、机に腰を下ろしていた。
「……歓迎会って、こんなに大量のお菓子でやるんだ」
苦笑しながら、チョコの山を見つめる。
「僕ちゃん、明日から週明けまで来ないからね〜!だから今日は奮発してコヌトコでお菓子を仕入れてきたのだよ〜ん!」
「……先生、これほんとに自腹なんですか」
楓が恐る恐る訊くと、福地は胸を張って答える。
顎の肉がぶるんと揺れた。
「もちろんだよーん!僕ちゃん、飯テロ動画用に生活費削ってるからねーん!」
「生活費……削ってまで……?」
楓は小声でつぶやき、顔を引きつらせた。
「これで副担任なんだよね……」
いのりが小さくため息をつく。
そこに、ポテチを一枚つまんでいたあずさが淡々と口を挟む。
「先生、糖分で血糖値爆上がりして倒れても知らないからね」
「フハハ〜ン!大丈夫大丈夫!僕ちゃん、温泉でリセットしてるから〜ん!」
「……温泉で血糖値はリセットできないでしょ」
あずさがすかさずツッコミ。
いのりが吹き出し、楓は
「自由人すぎる……」
と頭を抱えた。
ワイワイとお菓子をつまんでいたその時、
「コンコン」
と部室の扉が叩かれた。
「はーい、どうぞ〜ん!」
福地が黒電話を片手に声を張り上げる。
ガラリと扉が開くと、廊下から勢いよく顔を突き出したのは——
ぱっと見からして元気そのもの、ショートカットで瞳がきらきらした一年生の女子だった。
「こんにちはーっ!ここ、言論部ですよね!? 見学させてもらっていいですか!」
彼女はズンズンと部室に足を踏み入れる。
そして黒電話を見つけた瞬間、目を輝かせた。
「わあ!黒電話!? こういう古風な備品、めっちゃミステリー感ありますね!ここ、絶対何か起こりますよ!」
さらに棚の古い資料や、壁際に立てかけられた古典の教材に釘付け。
「この紙の匂い……時代を超えてきた証拠! これはもう事件の香り!」
「……」
いのりと楓はぽかんと口を開けて見守る。
あずさはチップスをつまみながら、淡々と突っ込む。
「紙の匂いで事件の香りって……それ、図書室の本でも同じじゃない?」
「えっ、違いますよ先輩!これは“秘められた資料の香り”です!」
一年生は妙に力説する。
「言い切ったな……」
あずさが小さく笑い、いのりと楓は肩を揺らす。
黒電話に駆け寄って、両手で受話器を持ち上げる一年生。
目を輝かせてぐるっと見渡せば、古い木机も、黄ばんだ古典資料も、壁に貼られた新聞の切り抜きも、ぜんぶが宝物みたいに見える。
「なんか……昔の探偵ドラマみたい!ここで事件起きて、黒電話が鳴って、『至急来てください!』って!」
福地はタプタプ顎を揺らして笑う。
「フハハ〜ン、そういう妄想、大歓迎だよ〜ん!」
「部室、ずっと気になってたんです!いつも誰もいないんですけど…。一回だけ、和服着た変なおじさんがご飯食べながら時事ネタしゃべってて!絶対妖怪か黒幕だと思ってました!」
視線が一斉に福地へ。
黒電話をカタカタ鳴らしながら、福地がニヤリ。
「やあ〜それ僕ちゃんだよーん!雛川シーサイド學院の古典教師!非常勤バイトの福地でーす!」
「えええーーっ!?先生だったんですか!?」
一年生は飛び上がるように叫んだ。
「僕ちゃん、普段は山奥の温泉生活で忙しいから、学校は週3日か4日しか来ないよーん!授業?ちゃんとやってるよーん!でも遊びと温泉も大事だからねーん!」
「…山奥っていうか自宅じゃん…堂々と言うことじゃないでしょ」
いのりが呆れる。
楓は
「しかもリゾート開発に失敗した新幹線駅近くのゴーストマンションで入る温泉だよね……」
と絶句。
あずさはストローでジュースを吸いながら、ひとこと。
「非常勤って……温泉に通うのも“勤”に含まれるんだろうか」
「きゃー!温泉って、それは“旅情ミステリー”の伏線ですよ!」
一年生がぱっと顔を輝かせて身を乗り出す。
「二時間サスペンス!山奥の温泉旅館で巻き起こる不穏な影!次々に発見される犠牲者と不可能犯罪!その土地に伝わる忌まわしき伝説とは!?きゃー!わくわくします!先生!部員をミステリー遠征に連れて行ってください!」
「あー……“ミステリー遠征”って、新しい造語生まれたな……」
あずさは苦笑してジュースのストローをくわえ直した。
一年生の女の子は、ぴょこんと立ち上がると、胸を張って声を張った。
「……あ、申し遅れました! 私、星詩帆って言います!」
一呼吸置いてから、勢いよく続ける。
「上から読んでも下から読んでも〜!ほししほでーす!」
部室が一瞬シン……と静まり返り、次の瞬間ドッと笑い声が広がった。
「な、名前まで回文自己紹介って……」
いのりが思わず吹き出す。
楓も肩を震わせながら
「声でかっ……!」
と呟いた。
黒電話を抱えていた福地は、ガバッと立ち上がる。
顎タプタプをぶるんと揺らしながら、声を張り上げた。
「ブラボー!最高! 君は今日から“しほりん”だよーん!」
「えっ!?しほりん!? かわいい!それ気に入りました!」
詩帆は即答。
「……即答で受け入れるんだ」
いのりがぽかん。
「適応力すごすぎ……」
楓が小声で苦笑する。
「しほりん、ノリいいね!」
あずさがニヤリと笑ってチョコ菓子を差し出した。
「わぁ、ありがとうございます!あ、でも糖分は大事にしないと!」
と言いつつ、あっさり受け取って口に放り込む。
「言ってるそばから食べてるー!」
いのりが即ツッコミを入れ、また笑いが広がった。
「実は私、最初は文芸部に行ったんです!ミステリー小説が好きな仲間いるかなって。」
詩帆が身振り手振りで続ける。
「でも先輩たちはBLの推しメンで盛り上がってて、図書室の隅っこでひっそり活動…。…それはそれで楽しそうですけど、私にはちょっと違うなーって!」
「ふむふむ」
楓が真顔で頷く。
「私がやりたいのは、“事件”とか“謎解き”なんです!みんなの困りごと、謎を解き明かし、校内新聞でドーン!っと、スクープ報道!」
「いや、そんなに校内で事件は起きないから……」
いのりが冷静に突っ込む。
「おお〜!新聞部代わりの言論部にぴったりじゃないか〜ん!」
福地が黒電話を振り回しながら大喜びする。
「やめて!それ受話器飛ぶから!」
あずさが慌てて制止するが、部室はすっかり明るい空気に包まれていた。
「いや〜しほりん、君は逸材だよーん!」
福地がご満悦で黒電話をガチャガチャ揺らす。
「ほんとキャラ濃いなぁ……」
いのりが苦笑しながらも楽しそうに見守る。
「でもね、こういう賑やかな雰囲気、私好きです!」
詩帆は目を輝かせて部屋をぐるりと見回した。
棚の上に並んだ古い資料や、壁際に立てかけられた古典の教科書。
黒電話や錆びた湯呑みさえも、彼女には宝物のように見えた。
「なんかここ、探偵事務所の秘密基地っぽくないですか!?」
詩帆の言葉に部室がまたざわつく。
「たしかに、黒電話とか証拠品みたいだし」
楓がくすっと笑う。
「じゃああれだ!私たちが怪盗団で、しほりんは新人探偵!」
あずさがノリノリでチョコ菓子を放り投げる。
「え、私が探偵なんですか!?やりますやります!」
詩帆はキャッチに失敗して、ぽろっと床に落とす。
「食べ物粗末にしないのー!」
いのりが机を軽く叩いてツッコミを入れる。
わいわいと笑い声が絶えない部室。
特にやることが決まっているわけでもない。
それでも、それぞれが好きなことをやりながら過ごす時間は、不思議な居心地の良さを持っていた。
「うん……私、この部活に来てよかったです!」
詩帆は心からそう呟いた。
福地がうんうんと頷き、タプタプの顎を揺らす。
「よーし!これからは“しほりん探偵団”結成だよ〜ん!」
「きゃー!しほりん探偵団!いいんですか!?」
「探偵団て……ふふ、なんか私たち、ゆかいな仲間たちみたいだね」
あずさが肩をすくめながら笑うと、部室がまた大きな笑いに包まれた。
こうして“しほりん”こと星詩帆は、言論部に正式加入した。
また、一年生の入部により、いのりたちの卒業後に待ち受ける廃部ピンチも、ひとまず回避されたのだった。
しほりん初登場回、楽しんでいただけたでしょうか?
明るく元気で突拍子もない彼女のノリが、いのり・楓・あずさのトリオにどう絡んでいくのか、書いていてもワクワクしました。
黒電話や古典資料が宝物に見えるセンス、そして「しほりん探偵団」という強烈なネーミングセンス……彼女がいるだけで部室が一気に賑やかになりますね。
これからも、言論部のにぎやかな日常を描いていきますので、どうぞお楽しみに!