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第4話『副会長って何者なんだろね』

今回は謎多き副会長の正体に迫ります。

いのりを支える影の自治会長は何者なのか想像しながら読んでいただけると嬉しいです。

──その人は、団地に“いる”はずなのに、誰も“見たことがない”。


 


新年度用に更新した掃除当番の名簿を作り終えて、ようやく落ち着いた夜。

私は団地内にある掲示板の前で、足を止めていた。


 


「……あ、ちゃんと貼ってくれてる」


 


作った広報チラシのデータファイルをUSBウーエスビーに入れて地域センターで印刷。

そのまま広報係のママさんに頼んで、印刷したチラシをきれいに掲示してくれた。

団地の何か所にも掲示して、一定期間過ぎたらチラシを入れ替える地味な作業だけど、こうして形になるとちょっと嬉しい。


 


「……副会長に貸してもらったウスブー、間違ってなかったみたい」


 


──ウスブー。

弟のケイジは、USBのことをずっとそう呼んでいる。


 


「副会長ってウスブーなんでしょ?」


「いやそれ、端子の名前であって人じゃないから……」


 


一方で、妹のともりは、団地の役員名簿を指さしてこう言った。


 


「副会長:“尾花哲人おばなてつと”…か。……ねぇ、お姉ちゃん。副会長ってさ、絶対ネカマだよね?」


 


「は? なんでよ」


副会長は、集会所の会議室に用意したモニターで、美少女のアバターを使ってリモート参加をする。

なので、いのりもまだその姿をちゃんと見たことがなかった。

 


「いやだってさ、名前で男ってわかるじゃん?哲人って。

 それなのに、モニター越しでは“しっとり系お姉さんボイス”で、

 仮装アバターは美少女なんでしょ。……もはや仮想空間の詐欺よ、詐欺!」


 


「……仮想空間の詐欺はちょっと言いすぎじゃない?」


 


「お姉ちゃん、あれはね、“ひとり電脳仮面舞踏会”なの。顔出さない、声も加工、美少女アバターで謎のポーズ。その正体はチビデブ陰キャのおっさん。団地に一人はいる“闇の仮想演者”枠!」


 


「ちょ、そんな言い方やめなって……!偏見でしょ!」


 


「だって哲人って名前なのに、声しっとりお姉さんで、美少女アバターだよ?

 それネカマ以外になんて呼ぶの?」


 


……ちなみに私たちが想像してる“副会長像”というのは、だいたいこんな感じ。


・チビ


・ちょい太めで眼鏡かけてる


・やたら腰の低いオジサン


・集会所に来ないのは、たぶん夜勤で拘束されている介護士だから


・でも会議の資料だけは完璧に出してくる謎の几帳面さ


・ガジェットやネット系全般に詳しい。怖い。


会議に美少女アバターでリモート出席する理由を勝手に妹のともりと妄想した結果だ。 


「団地の役員ってさ、だいたい“仕事で忙しいから”って断る人多かったじゃん」


「確かに。私は学生だから暇でしょって流れで押しつけられたし……」


 


ともりは風呂上りのパジャマ姿のまま、回覧板の束を見て、ぽつりとつぶやいた。


 


「……そういう意味では、副会長って何者なんだろね」


「姿も見せないから謎すぎて逆に気になる。」


 



 


その日の夜。私はまた集会所に向かっていた。


 


「……。参考書忘れてた……」


 


夕方、弟が騒いでたからリビングでは集中できず、集会所のすみで勉強していたのをすっかり忘れていた。

私は会長だから、役員用の鍵を持っている。

夜でも短時間なら、鍵を使って入るのは許されている。


 


夜の団地は静かだった。

集会所の鉄扉をそっと開けると、室内は真っ暗。

けれど、ひとつだけ光っているものがあった。


 


──モニター。


 


ぼんやりと、スリープ状態から目覚めたように光を放っていた。

その画面に、誰かの後ろ姿が映っていた。

なんとなく、その後ろ姿から、襟足をすっきりと定期的に整えている背の高い男性のように思えた。

 


椅子に座り、キーボードを打っている。

顔までは映っていない。

けれど、どこか──既視感があった。


 


「……あれ……この映像……」


 


映像の枠の色、中央上の“副会長”という名前タグ、

そして、机の上に置かれた丸いランプと、斜めに差す照明の反射。


 


──そうだ。

団地の会議でいつも見ていた、仮装アバター越しの“背景”。

あのとき、うっすらと映っていたリアルの部屋と、同じだった。


 


「……副会長?」


 


私は思わず、声をかけた。


 


画面の人物が、ピクリと肩を揺らす。

一瞬で切り替わる画面。

そして、無加工の声で、こう返ってきた。


 


「……会長。遅くまで、お疲れさまです」


 


──その瞬間、確信した。


 


若い。

声のトーンも、空気の抜け方も、落ち着いた響きも。

アバターの演技とはまるで違う、“素の声”。


 


画面越しの彼は、一瞬だけ止まった。

たぶん“やばっ、アバター使ってない状態だ”と焦ってたと思う。

でもすぐに表情を戻して、言った。


 


「通信機器の点検中です。今夜は接続ログを確認していて……たまたまモニターが起動していました」


 


そして、静かに続けた。


 


「しかしながら、こんな時間に女子高生がひとりで集会所に来るのは、感心しませんよ。」


私は言葉が出ず、何も返せなかった。


「忘れ物を取りに来ただけでしょうけど、早めに帰ってくださいね。では!」


 


──モニターがスッと暗転する。


 


私は、何も言えないまま、その場に立ち尽くしていた。


 


(……若い……想像と、違いすぎる……)


 



 


翌朝。


めったに早起きしないともりが、ポストから持ってきた新聞を手にニヤニヤしていた。


 


「お姉ちゃん、さっき見ちゃったかも」


 


「え、なにを」


 


「尾花さんちのおばあちゃん。ポストに新聞を取りに行ったら、ウチ(119号棟)の裏道を歩いてたの」


「うん、それで?」


「で、その後ろを、なんか若くてめっちゃ背の高い人が歩いててさ。あれ、哲人じゃない?」



「え、でも顔見たの?」


 


「いや、上からでよく見えなかったけど。

 でも昨日お姉ちゃんが言ってた“画面の人”っぽかったのよ。襟足をすっきり整えた若い男の人かもしれないんでしょ?」



「しかも声もちょっと聞こえた。優しげな男の人の声で、おばあちゃんに“行ってらっしゃい”って」


 


 


役員名簿には、“副会長:尾花 哲人”と書いてある。

でも本人を見たことがある人は、ほとんどいない。


 


団地の会議には、美少女アバターで参加。

変声機とキャラ設定を使い分け、

まるで別人のような演技をしていた。


 


母から聞いた話では、もともと役員の当番が回ってきたのは祖母のほう。

でも「高齢なので無理」として、代わりに同居する孫が出ることに。

それが哲人だった。


 


彼は幼い頃から祖母や両親の役員業務を見て育ち、

「副会長って実は他役員よりラクで、権限強いポジション」と悟った。

なので副会長のポジションならと引き受けたらしい。

 


そして今、彼は──

夜も朝も団地を出入りしている人がいるのに、誰にも顔を見られないのは出入りする時間が微妙に他住人とズレているからだろう。



人の少ない時間帯に、そっと団地を出ていく哲人。

その姿を、ようやくともりが目撃したのだった。


 


そして私は──

昨夜、あのモニター越しに聞いた言葉を、思い出していた。


 


「夜は油断しないほうがいいですよ」


「私を心配してくれた?」


「早めに、お帰りを」

 


「……あれが、副会長?」


 


美少女アバターとのギャップ。

加工された声じゃない、素のままの青年の声。


 


「……まさか、ネカマじゃなかったの……?」


みなさんが想像していた副会長の姿と比べてどうでしたか?

これからだんだん副会長の正体も明らかになっていきますので、今後も読んでいただけると嬉しいです!

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