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【第一部完結】この団地、女子高生に自治会長を任せるって正気なの!?  作者: shizupia


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第36話『GPS、反応したの』

久しぶりに、いのりと妹のともりが中心となるお話です。

姉と妹が顔を合わせ、ゆっくりと語り合う場面は、日常の中でありそうでなかなか描かれない大切な時間。

自治会の仕事に追われるいのりにとっても、ほんのひととき立ち止まり、妹と向き合うことは特別な意味を持っています。


小さなやりとりや、何気ない会話の中にこそ、その人らしさや関係の深さがにじむものだと思います。

そんな空気を感じていただけたら嬉しいです。

どうぞゆったりと、お付き合いください。


午後4時すぎ。

放課後のカメダ珈琲店には、制服姿の学生たちと、仕事帰りの大人が入り混じっていた。

テーブルの上では、2つのマグカップとカメダ名物のクロノワールがゆっくりと溶け始めている。


「たまには、姉妹でゆっくり過ごそうよ」


コーヒーカップを置きながら、いのりがともりに笑いかけた。

今日、いのりは妹・ともりと過ごすことをあずさと楓に伝えてある。

あずさと楓は2人で下校した。

2人ともなんだかんだで仲が良いみたい。


「うん。誘ってくれてありがと、お姉」


ともりは、真っ黒のクロノワールデニッシュに追いチョコソースがかかった特性黒ゴマ竹炭入りブラックアイスをすくいながら、ふっと笑う。


「中学校、どう? 馴染めてる?」


いのりがスプーンをくるくる回しながら尋ねる。


「小中一貫の九潮学園だしね。クラスのメンツもそこまで変わってないから、大きな変化はないよ」


「でもまあ……女子のグループ分けとか、空気はちょっとずつ変わってきた感じ」


そう言って、ともりはカップに口をつけた。

いのりは頷きながら、クロノワールの端を小さくすくった。

妹とこんな風に向き合って過ごすのも、思えば久しぶりだ。

自治会長になってからというもの、“会議”“予算”“集金”といった言葉に追われ、

ともりとゆっくり話す時間なんて、ほとんど作れていなかった。


「このあとさ、雑貨屋とか寄ってみない? ともりのペンケース壊れてたでしょ?」


「……お姉、アタシの持ち物チェックしてるの?、ちょっと怖い」


ともりは吹き出しそうになりながら、アイスをすくった。


「してないよ。前に“これもうチャック壊れてる”って言ってたから覚えてただけだし」


いのりはむくれて言い返した。


「ふふ。ありがと。じゃあ見てみようか」


ともりがやさしく微笑んだとき──


「いのりちゃ〜ん!」


明るい声が入口から響いた。

制服ではない、ラフな服装の女性が手を振っている。


「あ……つぐみさん…」


いのりが立ち上がってペコリと会釈する。

つぐみの隣には、色白でスタイル抜群、ワンピースの上から薄いロングコートを羽織った美人がいる。

スッと伸びた背筋と、どこか“美容師然”とした色気が目を引いた。


「あ、樹理さん!」


ともりがぱっと顔を明るくした。


「ともりちゃん、こんにちは♡今日はお姉ちゃんと?」


ジュリは慣れた笑顔で近づいてきた。


「はい。たまには、姉妹でクロノワール……って」


ともりがそう言いかけたところで、つぐみがあたりを見渡した。


「わ、ごめんね。混んでる……もし、よかったらなんだけど、相席させてもらってもいい?」


「もちろんです!」


いのりはすぐに笑顔で返した。


「ありがと〜! じゃ、お言葉に甘えて」


つぐみと樹理の2人が向かい側に対面して座る。

2人と入れ替わるように、ともりはいのりの隣へ移動した。

店内は本当に混んでいて、他に空席はほとんどなかった。


「今日、ちょっとだけシフト早めに終わって、甘いもの欲しくなって来ちゃった」


つぐみが頬に手を当てて笑った。


「アタシも。残業続きで時間調整して早く上がってきた。サロンで糖分使い果たしたって感じ」


樹理もにこりと笑う。笑顔なのにどこか迫力があって、いのりは少しだけ背筋を伸ばした。

あとから合流した2人はテーブル脇のタブレット端末で注文を済ませる。


「相席してくれたお礼にふたりの分はおごってあげるから!」


「え、そんな…。つぐみさん、気にしないで!」


「いいのいいの!つぐみお姉ちゃんからの気持ち!いつもお店来てくれてありがとね!」


「…ありがとうございます。」


ともりもいのりと一緒にぺこりと感謝のお辞儀をする。


「ね~つぐみ先輩?アタシもおごられていいんですか??(笑)」


「あなたは人気スタイリストだから私より稼いでるでしょ?…でもまぁ、可愛い後輩だけ割り勘にするのもダメよね。しゃーない!任せとけ!」


「さっすが!つぐみ先輩!!」


そんな微笑ましいやり取りが繰り広げられた。


「そういえば、ともりちゃん、先日の職場見学ぶりだね」


樹理がともりに向かって言うと、


「はい。とても勉強になりました。ありがとうございます。レポート提出したら学校で良くできてるって褒められましたよ!」


「嬉しいなあ。でもアタシ、喋りすぎてなかった?」


「はい、ずっと喋ってました(笑)」


ともりが素直にツッコむと、樹理は


「やっぱり〜!?」


と大きく笑った。


「そういえば、いのりちゃん…髪伸びたね? つぐみさん、もうちょっと切ってあげても良いんじゃない?」


「いや…、この間切ってもらったばかりですけど…」


と、いのりが焦る。


「そうよ〜樹理。もっと短くなんてダメダメ!いのりちゃんはこれくらいが一番可愛いんだから!」


つぐみが苦笑しながら手を振った。


「わかってるって。でもさ、あのとき一度、いのりちゃんを担当する予定だったからさ〜。未練ってやつ?」


「もう!一度美容師辞めたのは黒歴史だからおしまい!」


「ホント、つぐみお姉ちゃんが戻ってきてくれてよかったです」


いのりが自然にそう言った瞬間──


「……っ」


つぐみはテーブルの下で膝をぎゅっと握り、ほんの一瞬、白目を向いた。


「つぐみお姉ちゃん……って、ほんとに反則……」


(ヤバイ…いのりちゃん尊い…ハアハア…)


息を漏らすつぐみに、ともりが冷静に一言。


「お姉ちゃん、つぐみさん急に死にそうな顔してるけど、大丈夫?」


「ぇ…?あの、つぐみお姉ちゃん…平気?」


「くう!……うん、大丈夫…。…いのりちゃん…ほんと可愛い…ハアハア…」


(ヤバ!やっぱり、ともりちゃんより…ダントツでいのりちゃんの方が妹力あるんだよな…)


「つぐみさん、なんか息を切らして吸血鬼の島に丸太持って行きそうな目をしてるんだけど…」


ともりは、見てはいけないものを見たような気がして、見なかったことにした。

つぐみは伏せたまま、かすれるような声で答える。


「ほんと……アタシ、このまま昇天したら、美容師冥利につきます……」


「いやいや、早まらないでください」


いのりが慌てて手を振る中──

樹理のスマホが、ピロン、と音を鳴らした。


「…あ…来たかも」


彼女は低く呟き、スッと立ち上がる。


「樹理さん?」


ともりが顔を上げる。


「ごめん、ちょっとだけ外に行ってくるね。すぐ戻るから!」


樹理は自分のスマホを掲げて微笑んだ。


「GPS、反応したの」


「……は?」


「彼、今この前通ったの。時間ぴったり。今日の通学ルートは予測通り♡」


「GPSって……」


「…誰かに…つけてるんですか?」


ともりの声が、思わず素に戻る。


「うん、もちろん!彼の生活リズムはアタシが全部管理してるの♡」


樹理はにっこりと笑って、カフェのドアを開けて出ていった。


「……」


テーブルに、完全な沈黙が落ちた。


「確か、樹理さん…好きな人のために美容師になったって言ってたよね…まさか…」


店内の空気が、ふと静まった気がした。

そして、ともりの眉が、ぴくりと動いた。

店内に残された3人。

クロノワールのアイスが、無音の中で静かに溶けていく。

つぐみは静かにため息をついた。


「私はやめときなって樹理に言ったんだけどね……」


3人の視線が自然と窓の外に向いた。


「お姉…あれ」


ともりの言葉が口に出ると同時に、スロープの向こうから一人の青年が姿を現した。

細身の長身男性。

白いTシャツに黒いパンツのシンプルコーデ。

ポケットにスマホを突っ込み、静かな足取りで歩いてくる。


「……えっ……」


いのりが、椅子から少し身を乗り出す。


「この人……見たことある……でも、まさか……」


その後ろ姿をじっと見つめていたともりが、スプーンを落とした。


「え、あの後ろ姿……117号棟で尾花さんちのおばあちゃんと一緒にいた……! “ありがとう”って言われて、“またあとで”って返してた……あの男の人だ……!」


青年の背後から、ロングコートの美人女性がすっと忍び寄る。

樹理だった。

スマホをしまったまま、自然な流れで彼の腕に左手を絡ませる。

青年――尾花哲人は、振り返ることなく呟いた。


「まさか通り道で張ってるとは…。」


「ふふ、時間ぴったり♡」


そのままふたりは扉を開け、テーブルへと戻ってきた。


「ごめんね、ひとり追加で!」


樹理はにこにこしながら言い、哲人の腕を引き寄せる。

広めのテーブル席は哲人も余裕で収まった。

哲人が樹理の隣に半ば無理やり座らされると、いのりの目が見開かれる。

ともりは指を震わせて哲人を指差した。


「……う、うそ…うちの団地の…副会長なの!?初めて近くで見た!!」


ともりがびっくりして声を上げる。


「モニター越しじゃない副会長!? 生きてたの!?」


いのりも続く。


「失礼な……」


哲人が低く小さく呟いた。


「えっ、いや、そういう意味じゃなくて……」


いのりは慌てて手を振る。


「まさか樹理さんの好きな人って…?」


「うん!この人!」


「あの、初めまして…。117号棟119号棟自治会副会長の尾花哲人です。会長の妹さん?お姉さんにはいつもお世話になっております…。」

ともりは戸惑う。


「あの…初めまして。風張ともりです…。姉がお世話になっています。」


形式的な挨拶が交わされる。


「ねえ、副会長って……人前苦手だからって、美少女アバターでモニター参加してたんですよね?」


いのりが問いかける。


「え?まあ、それもあるけど……」


哲人は何かを言いかけて、ちらりと樹理を見た。


「……会長に言うのも恥ずかしい話なんですけど…本当は……樹理が……怖くて……」


「はぁ?」


ともりの目が鋭くなる。


「だって……集会所って、会議とか始めたら長時間ずっと同じ空間にいるじゃないですか…。もし樹理が突撃して来たら……もう、逃げられないんですよ。席も隣になっちゃうし…ずっと横で見られているし…」


「ひ、ひど……いや、ひどくはないけど……」


いのりが困ったように笑った。


「じゃあ、集会所に来ないのも……自宅からモニター参加なのも……」


「…そうです。自宅なら施錠できるから、樹理が入ってこられないので。」


「……なるほど。でも樹理さんって自治会の住人じゃないですよね?なら集会所から追い出せば…」


つぐみが小声で言った。


「いのりちゃん…樹理の実家って知ってる?」


「え?」


「117号棟なの。つまり哲人君の自宅と一緒。今は一人暮らしで実家を出てるけど、住民票はそのままじゃないかな」


「っていうことは、自治会会員だから樹理さんを簡単に追い出せない」


「そういうこと」


「え、副会長って…シャイだから出てこないのかと……」


いのりが顔をしかめる。


「あ!ビシ九郎にスマホ持たせてるのも……もしかして……」


「……ええ。樹理が家の近くにいないか、事前に把握しておきたくて。ビシ九郎に見張らせてるっていうか……まぁ、そうですね。すぐ連絡をもらえるように。」


「ええぇぇぇぇぇっっ!?!?」


いのりが盛大に椅子からのけぞった。


「樹理さんのことを見張るために!? ハクビシンにスマホ持たせてたの!?!?」


「いやいや、もちろんそれだけじゃないです!会長も気付いているでしょ?ビシ九郎が異常な存在ってことも!」


「え?それは最初から思ってたけど…」


いのりと哲人以外は、ビシ九郎が異常な存在と認識していないため、不思議そうな顔をしている。


「……別に、樹理の行動を全部知りたいわけじゃない。 ただ……バッタリ会うのが……心臓に悪いんです。樹理のことも…嫌いっていうわけじゃないから…準備しておきたいんですよ。」


樹理は沈黙したあと、両手で顔を覆ってから、ゆっくりと笑った。


「もぉ……哲人くんってば…… アタシのこと、そんなに怖いの? 照れちゃって、ほんっとはもう…気になってるくせに…可愛い♡」


「いや、そんな照れてるわけじゃ…気になってるとかじゃないから…」


哲人が恥ずかしそうに言葉に詰まる。


「ぇ…いや、あの…副会長って…もしかしてツンデレ…?」


ともりが、ため息をついた。


「なんていうか……もじもじ男子?」


つぐみがあきれたように言う。


「……え?」


哲人が顔を上げる。


「だって、正面から拒否できないんでしょ? 怖くて言えなくて、でも嫌いでもないって、もじもじしてるだけじゃん。」


つぐみが続けると


「でも、なんか……かわいいじゃん?アタシ、樹理さんの気持ちもわかる~」


と、ともりが理解を示す。


「え、ほんとにそう思うの?ともり」


いのりが聞く。


「うん、けっこう本気で。副会長、顔整ってるしさ。 黙ってればイケメン。もじもじしてれば守りたくなる系」


「なんか……副会長って、そんな人だったんだね…意外…」


いのりがぽつりと呟いた。


「アタシ、いつも冷静で、大人で、頼れる人って思ってたけど…。ホントは……ただの、逃げるのが上手な…いや、下手か…。ただ繊細な人だったんだね」


「……まあ、否定はしません」


哲人が苦笑しながら答えた。


「私は、やっぱり素直に言ってもらえたほうが良いな。こうへいくんみたいに、素直に可愛いとかって言ってくれると嬉しいし…」


「え!?ちょっと、いのりちゃん!?だれ、そのこうへいくんって!?アタシ知らないんだけど!!」


つぐみが取り乱す。


「あ、なんでもないの!!気にしないで、つぐみお姉ちゃん」


「はううう!!!」


ふいにお姉ちゃん呼びをされて、再度、白目で天を仰いだつぐみ。


(ハアハア…マズイ。もしかしていのりちゃんにも気になる男の子いるの?え??私の可愛い妹だもの…幸せになってほしいけど…。突然知らない男の名前が出るなんて…。え?そんなのあり?…耐えらんないだけど…落ち着け私!)


「ちなみに…」


と、 ともりが話を遮るように顔をあげた。


「樹理さんって、副会長とどのくらい前から知り合いなんですか?」


「小学校のときからよ。 2人とも118号棟で一緒に育ったの♡」


樹理が即答する。


「あれ118号棟なんてありました?」


ともりが不思議そうに聞く。


「ともりちゃんは知らなくてもしょうがないね。もともと117号棟、118号棟、119号棟ってあったのよ。でも老朽化が進んだから建て替え。先に建って古かった117号棟と118号棟が大きな集合住宅になって117号棟だけになったの。住民のほとんどが新しい117号棟へ引っ越したわ。そのまま118号棟は消滅して永久欠番!119号棟はそのままだけど、そのうち建て替えの話もあるんじゃないかな。」


樹理が丁寧に説明してくれた。


「へえ。そんな歴史があったんですね。そういえば、同じ117号棟のあずさも、昔建て替えで引っ越したとかって言ってた気がする」


「哲人くん、私の2つ年下だから。恥ずかしかったのか、小さいころから全然目を合わせてくれなくってね。でも本当はすっごく優しくて、放っておけない男の子だったの♡」


「……」


哲人は、恥ずかしそうに目をそらす。


「だからアタシ、思ったの。この子は、アタシが守ってあげなきゃって。むしろ自分以外の女には絶対に触らせたくないって、気づいたの」


「……それで、美容師目指して……?」


「うん♡ 哲人くんの髪を切れるの、アタシだけでいいって思って♡…本気で他の女には絶対に触らせないから」


急に目力が本気になる樹理。


「……努力の方向、すごすぎ……」


ともりがぼそっと言う。


「樹理ったら哲人君を徹底管理して、かっこよくするって定期的にお店に哲人君を呼んでカットしてるんだよ。樹理がスタイリストデビューするまでは、ぼさぼさ頭の無頓着な男の子だったんだけど、やっぱり元はイケメンだったんだなって私も思った。」


なんとか落ち着きを取り戻したつぐみが言うように、美容師はその人の素材を見抜く力が凄いのかもしれない。


「だからアタシ、哲人のこと、全部……受け入れてあげたいの。 髪も、生活も、GPSも、将来も…… 哲人との赤ちゃんだってほしいし……哲人君のすべてを飲み込みたいの♡」


「おい、今ここで言うなって…恥ずかしいだろ…」


「嘘じゃないよ?アタシ、哲人が望むならどんなことだってできるもん…♡」


その樹理の目を見て恥ずかしくなった哲人が真っ赤になって目を覆う。

ともりがスプーンを構えながら小声で言う。


「ねえ、副会長…実は、2人ってすでに付き合ってるの?」


「いや、全然。そういう関係じゃない」


哲人は即答する。


「いや、何言ってんの。どう見てもお似合いのバカップルじゃん…まんざらでもないって感じでしょ、副会長さぁ…なんなら結婚しちゃえば?」


ともりがあきれるように言う。


「いや、俺、夫婦生活とか専門外なんで…」


「ほんと、がんばれ……」


と、副会長の姿を見て何とも言えない気持ちになるともりだった。

春のカメダ珈琲は、今日も平和な時間を刻んでいく。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回は喫茶店という日常の場を舞台にしながら、思いがけない出会いや会話の中で、登場人物たちの新しい一面が顔をのぞかせるお話となりました。


人と人との関わりは、時に穏やかで、時に驚きをもたらします。

ひとつの場に集まった人たちの言葉や仕草が重なり合い、いつの間にか空気を変えていく。

その積み重ねが団地という共同体の物語を形づくっているのだと感じています。


これからも、それぞれの人物がどのように関わり合い、どんな風に変化していくのかを描いていければと思います。

引き続き見守っていただけたら嬉しいです。

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