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第30話『献血も命がけやな』

今回も、いのりが不在のお話です。

じちまかの日常をひとつ、お届けできればと思います。

団地の内外で暮らす彼らは、いつもとんでもない方向に転がっていきますが、書いている私自身、気がつけば「え、そうなるの?」と驚かされることが多いです。

それでも不思議と、最後はきちんと“じちまからしい空気”にまとまるのが面白いところ。

今回もまた、彼らの騒がしくてちょっぴり可愛らしい姿を楽しんでいただければ嬉しいです。


「……おい、ビシ九郎。今日は献血行くぞ。」


朝の集会所。

ハクビシンの姿で熟睡していたビシ九郎に、皆本慎太が声をかける。


「は? なんでワイが?」


眠そうに目をこするビシ九郎。


「自治会から“地域協力ボランティア枠”で参加することになっとるんや。公社の評価ポイントにもなるらしい。いのり会長から言われたやろ?」


「いや、慎太は自治会の住人ちゃうやん……」


「団地を良くしたい気持ちに、住民かどうかは関係あらへん。俺らがいのり会長に協力せんでどうするんや」


「いやいや、ワイ害獣やで!? しかも絶賛ナマケ期やぞ? 血なんか抜いたら干からびるわ!」


「何言うてんねん。献血ルームは安心安全の九紅メディカルテクノロジーズ製やぞ?

選手の時からずっと世話になっとったけど、あそこの医療機器はガチや。マジで信用できる。」


「……なんか微妙に説得力あるのが腹立つな」


慎太は立ち上がって軽く伸びをしながら続ける。


「俺な、現役の頃、球団の親会社が九紅グループで献血推進しとってな。俺も含めた現役選手をプロモーションで起用してたんや。 定期的に協力せんと“皆本、もう献血やってないんか?”って言われるんやで。広報の信頼ってのは継続が命や。だから俺は引退しても球団と良好な関係を維持するために、こういうとこ出るようにしてんねん」


「いやいや、ワイは球団と良好どころか、団地の穴が開いた集会所で孤独なんやけど……」


「ええから来いや。こういうときにちゃんと出とくと、 九紅製薬の誰かが『あれ?あの個体、ええ血してますね』って、研究室でずっと養ってくれるかもしれへんで?」


「それもう献血やのうて生物実験のスカウトやんけ……!」


「それでええ。とにかく身を削る社会貢献が大事なんや。誠意は言葉より行動やで?」


「いやいや……そもそも、いのすけはどうしたんや? 会長が率先して献血いかへんのか?行動なんやろ?」


「それがな……いのり会長、身長が150センチもない、ちびっこやねん。しかも体重が献血ギリギリラインで、下手すりゃ中学生と変わらん体格なんやと。“基準未満の疑いあり”ってことで、運営側から献血NG出たんやて。そもそも行動したくても行動できんのや。無理やり採血しても、パックジュースくらいの量にしかならんって、娘が言っておったで。」


「はえ〜。いのすけ、あんなにバリバリ仕事しとるのに……体はミニサイズなんやな。でもちっさいJK属性って、なんかこう……尊くてええやん?」


「お前ほんま転生しても属性厨やな……」


「というか、慎太。どうやって集会所へ入ってきたんや…」


「さっき学校行く前のいのり会長に娘からお願いして開けてもろたんや。ビシが鍵持っとるから施錠はちゃんとしとけって言われとる。」


そのとき、後ろからのそのそと現れたのは、大矢相談役。


「おお、献血か? ワシも若いころはよう行っとったぞ。なんせ“協力する姿勢”が大事じゃからなぁ」


「……いや、相談役…。高齢者は原則アカンのやないか……?」


「ええじゃろ、ちょっとくらい血が減ったところでワシは死なん。ビシに心配されんでも、ワシはまだ現役じゃ」


「……いや、不安しかないわ……」


「よし! またこのメンバーで出かけるで!」



雛川駅前・献血ルーム


「はーい、初めての方も常連の方も、こちらの問診票をどうぞ~。お名前とご年齢、それから健康状態について……」


皆本は真面目に記入。

ビシ九郎は美少女姿で記入。

大矢相談役は筆圧が強すぎて、バインダーを破りかける。


「はぁ~、ホンマに不安しかないわ……」


とビシ九郎がため息をつく。


「では順番に、規格適合のための確認をしますね」


白衣の看護師がにこやかに言う。


「……規格? なんやそれ……型ちゃうんか……?」


とビシ九郎が眉をひそめる。


「今の社会では“血液型”って検査、基本的には行いませんよ。 新人類はだいたい適合してますから。“規格外”でないかだけチェックする形ですね」


「規格外!? なんか差別用語っぽく聞こえるな!?ってか、 ワイ、“ハクビシン由来”やけど大丈夫なんか!?」


「はい。生理機能に問題がなければOKです。では検査いきまーす♪」


「そんなんでええんかいな…」


問診票を出したあと、ビシ九郎は血の気が引いた顔でつぶやく。


「なぁ慎太……。聞いてええか?」


「なんや」


「ワイ、針って苦手やねん……」


「おいおい今さら何言うとんねん。獣のくせに。」


「ちゃうねん! 小学校に潜入したときや。給食狙っとったら、ちょうど予防接種の日やったんや。子どもらが泣き叫んでるのを見て……ワイ、尻尾が総毛立って逃げ出したんや……」


「はぁぁ!? それがトラウマかいな!」


「せやから乗り気じゃなかったんや。なんで今回は献血やねん…」


やがて検査の注射の順番が来る。

美少女姿に変身したビシ九郎は、椅子にちょこんと座り、両手をぎゅっと握ってプルプル震えていた。

看護師がニコッと笑って針を取り出した瞬間、


「ひっ……ぶっと!! こ、こんなん刺したら絶対死ぬやつやん!!!」


と半泣きになる。


「大丈夫ですよ~。リラックスしてくださいね」


と声をかけられても、ビシ九郎は涙目。

慎太と相談役は思わず吹き出す。


プルプルと震える腕にチクリと針が刺さり、採血は完了した。

そのまま検体を簡易検査に回される。


「ふぅ~…。思ったより平気やったな…。これで『ハクビシンの血液は適合外です』って断ってもらえれば、ワイだけマンガ喫茶待機やで」


「ビシ九郎さん、規格適合確認できました。献血可能です!」


「──ファ!? 通った!? え??ワイ、通ったん!? この身体で!?!?」


「まさかの通過…誘っておいてなんやけどびっくりやわ…」


皆本が笑いをこらえきれず崩れ落ちる。


次に大矢相談役が呼ばれる。


「年齢的には要チェックですが、健康状態良好。血中成分も理想的で、“高濃度モード”での採血が可能です!」


「おぉぉ……ワシの血、まだ若者に負けとらんのか……!」


「もちろん俺も高濃度や! 引退しても肉体はアスリートやで!」


「……献血って、肉体のステータス戦争なんか……?ワイだけ一般人枠ってどういう状況やねん……」


その後、献血開始までの待機時間。

ドリンクバーとお菓子コーナーで3人は過ごした。


「おおお……ジュース飲み放題やんけ……!菓子にアイスもある! まるでマンガ喫茶や!パソコンとゲームもあればネカフェや!!」


と、ビシ九郎が興奮していたのもつかの間。


――本番の献血。


銀色に光る注射器が差し出された瞬間、ビシ九郎の肩がビクッと震えた。


「……っ!! な、なんやこの針……!!」


検査のときよりもさらに太い。

穴の中まで透けて見える“鉄パイプ”のような針。


「これアカンやろ!! 肉体に刺してええ太さちゃう!!絶対に痛いやつやんかぁぁぁ!!!」


美少女姿のまま片腕を固定され、もう片方の腕を胸にぎゅっと抱えながら涙目で震えるビシ九郎。

その必死さは可愛らしさすらあった。


「大丈夫ですよ~、リラックスしてくださいね。失敗したら何度も刺しますからじっとして!」


看護師の優しくも圧力のかかる声に押され、慎太と相談役の応援に支えられながら、ついに針が腕に入る。


「…おぎゃああああああああ!! ……あれ?」


一瞬のチクリのあと、思ったほどの痛みは来なかった。


「……な、なんや……意外と……大丈夫やん……?」


恐る恐る腕を見つめるビシ九郎。

ゆっくりと血が流れ込んでいくチューブを眺めながら、ただ心臓だけはバクバク鳴っていた。


「ワイの肉体、ちゃんと血液が流れとるんやな…。今更やけど」


そして隣のベッドへ案内された相談役は献血ベッドの上で


「ベッドにテレビも設置されとるのぅ……これはもう天国じゃ……

なんならこのまま天国へ行ってもかまわん……ふかふかの毛布で病院のベッドと変わらんからのう……」


と、献血ベッドでご満悦の相談役。


「いや……相談役、リアルに天に召されそうなこと言わんとってや……」


ビシ九郎が、腕に巻かれたバンドを見つめながらつぶやく。


「それにしても、なんや…。血液型ない世界って、案外楽なんやな。 献血のとき“自分の型は〇型です”とか言わんでええし、合う合わんも気にせんでええ。万能な肉体に感謝や」


「それだけ新人類が、生物的に統一されとるってことじゃな……」


「それか、ワイのような規格外まで受け入れとるだけ、“規格がガバガバ”なんかもしれんけどな。 獣のウイルスとか、ほんまに平気なんかいな?」


「まぁ検査通過できてる時点で問題ないってことっしょ。……たぶん。 どうせ、輸血されるのは俺やないし、どうでもええやろ」


10分、15分と、思ったより穏やかな時間が過ぎていく。

ドリンクバーとお菓子のことを考えていたら、いつの間にか残りわずかだった。


「はい、終わりますね~」


看護師が声をかけ、針を引き抜いた瞬間、再びチクリ。


「うっ……! ……でも、もう大丈夫やな」


小さく息を吐いて、ほっと笑う美少女ビシ九郎。


慎太は吹き出しながら肩を叩く。


「ほらな? 大騒ぎするほどでもなかったやろ」


「……せやけど、ワイの寿命は確実に10年は縮んだで……」


「いや、お前…相談役より長生きしとる化けハクビシンやろ」



「ほな、慎太。これ終わったら焼肉や。失った水分と鉄分補給も必要やしな。もちろん飲み放題付きで」


「いや、お前、献血で減った水分を酒で補おうとすんな! アルコールは余計アカンで!!」


「ってか、相談役の顔……なんかトロンとして白目向いとらん? あれ大丈夫なんか??」


「アカン!高濃度なんかやるから意識飛んでるんとちゃう!? 看護師さん、ドクター何しとるん!?」


「え? 平気ですよ。ただ気持ちよくて寝てるだけじゃないですか?」


「いや…なんか呼吸もちょいちょい止まっとらんか…?」


「きっと無呼吸症候群なんですね。あれ…血圧がちょっと低い…?…ちょっと先生呼んできますね~」


「……献血も命がけやな……」


「せんせー! せんせー! あれ? また屋上にタバコいっちゃったのかな…?」


その日、自治会は「規格外」な非公式メンバーで、しっかり協力実績を稼いだのだった。

ちなみに目を覚ました相談役は、元気にビシ九郎と焼肉を平らげ、飲み放題でしっかり元を取ったという。



お読みいただき、ありがとうございました。

回を重ねるごとに思うのですが、じちまかの面々は本当に愛すべき“規格外”ばかりです。

誰ひとりまともではないのに(笑)、集まると妙に団地らしい温かさが生まれる。

その不思議なバランスが、この作品を書き続ける原動力になっている気がします。


少し笑えて、でも心が和む。

そんなお話を、これからもお届けできたらと思っています。

どうぞ次回もお付き合いくださいませ。

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