第2話 『お姉ちゃんが団地の会長やってます』
家族と団地で暮らす、ごく普通の女子高生・風張いのり。
妹のともり、弟のけいじに囲まれながら、
いつも通りの日常が続く……はずだった。
だがある日、ポストには大量の書類。
そしてなぜか、水道の蛇口!?
団地の異変は、いのりに“ある役割”を運んできてしまう。
それは——
女子高生にして「自治会長就任」の現実だった。
昼下がり。
団地の階段をのぼり、玄関のドアを開けたら——
何かが、落ちていた。
紙。
大量の紙。
玄関ポストの受取口からはみ出したまま、何枚かが玄関マットの上に散らばっている。
その中に、ひときわ異彩を放つ金属のパーツ。
「……なにこれ、蛇口……の先っちょ?」
しゃがんで引きずり出すと、
中身は、分厚い書類、板で挟まれた冊子、USBメモリ、鍵、そして手書きのメモ。
風張いのり会長 殿
おはようございます。本日より回覧板の巡回をお願いいたします。
水道鍵パーツは旧117号棟仕様。使用後は厳重保管を。
防犯灯の件は次回会議で議題予定です。副会長より。
「…………回覧板、って何?」
いや、聞いたことはあるけど。
教科書で見たような、昭和の風習……。
そしてこの金属パーツ……。
妹のともりがリビングから顔を出した。
「お姉ちゃん、それ昨日の会長ごっこの続き?」
「ごっこじゃないのがつらい……」
テーブルの上には、けいじが置きっぱなしにしたゲーム機。
彼は今日も、学童へ。
妹のともりは部屋着のまま、ソファでごろごろしながら言った。
「でもさ、回覧板ってまだあったんだね。うちらの時代じゃほぼ都市伝説じゃん」
「……それを今から私が配るの。各階に……」
*
ポストに差し込む、回覧板。
ガムテープで補修された角。書き込み欄は手書きの日付と名前の羅列。
鉛筆で「済」って書いてあったり、読めない判子が押してあったり。
「これ……ライネ(※)で回せば一瞬なのに……」
※LiNE。いまの時代の連絡網。
でも高齢者には「通知がうるさい」「誰が送ったのか分からない」と不評。
グループ機能が理解されておらず、“勝手に誰かが入ってくる謎の箱”扱いされている。
エレベーターのない団地。
119号棟の階段を上り下りしながら、私は一人で紙を配る。
2階の踊り場で、買い物帰りのおばあちゃんに会った。
「あら風張さんちのお姉ちゃん。会長さんになったんだってねぇ」
「えっと、うん。まあ、なんというか……」
「えらいえらい。若い子が動くのはいいことよ」
「ありがとうございます……」
おばあちゃんは、手に持っていた買い物袋をぶら下げながら言った。
「でもさ、回覧板ってさ、どうせ誰も読まないんだから、まとめて掲示板に貼ってくれればいいのよ」
……正論すぎて何も言えなかった。
*
帰宅すると、ともりが回覧板の中身を物色していた。
「これ、なんか書いてあるよ。“防犯灯の故障、北側通路。点滅異常あり”……ってさ」
「うち北側通路じゃないし……」
「ってか、お姉ちゃんが直すの?」
「直さないよ!」
蛇口のパーツを手に取り、ともりが首をかしげた。
「これなに?」
「外の水道用だって。会長しか使っちゃダメなやつ」
「えーなんかそれ、秘密の鍵っぽくてちょっとかっこいいね」
「全然かっこよくない。水撒きの時しか使わないし」
「なんで?」
「うちの団地、小さいからさ。水道の本管は117号棟の大きい方にあって、うちはそこから分けてもらってるんだって。だから会長がちゃんと管理しないと、勝手に使われて出しっぱなしとかされたら、水道代めっちゃ高くなったりして色々めんどいの」
「なにそのシステム、めんどくさ……」
「ほんとそれ……」
そこにけいじが帰ってきた。
「いのりねーちゃん、学童で自己紹介したよ!“お姉ちゃんが団地の会長やってます”って言ったら先生びっくりしてた」
「…ちょっ、やめて!?」
私の高校生活、なんかもう、静かに終わった気がする。
ともりがニヤニヤしながら言った。
「でも、なんか……似合ってるよ?その“団地のなんでも係”みたいなポジション」
「喜んでいいのそれ……」
私は回覧板の束をそっと、テーブルに置いた。
その重みが、ちょっとだけ、手に残った気がした。
「……明日も続くんだよね、これ」
ともりがぽつりと呟いた。
「うん。“今日だけ”って、昨日ママが言ってたやつね」
ほんと、それ。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
一挙3話、いかがでしたでしょうか?
ついに「女子高生 × 自治会」という、前代未聞の物語が動き出しました。
まだまだ“団地の闇”も“老害トラブル”も、
本格的にはこれからです。
いのりの奮闘と、ビシ九郎の毒舌も加速していきますので、
ぜひ今後の展開も見守っていただけたら嬉しいです。
次回からは毎週投稿を予定しています。
感想やブクマ、応援の言葉がとても励みになります。
それでは、次回もどうぞよろしくお願いします!