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第24話『ヒロインチョロすぎだし。』

お盆の3連休2日目、朝の更新です。

今回はいのりとあずさのバス通学での、ちょっとニヤっとするやりとり。

ヒロインのチョロかわ感が全開になっています。

そして今夜は、新キャラ・楓が初登場する回を予定しています。

いのりの世界に、またひとり個性派が加わりますのでお楽しみに。


バスの車内は、エンジン音と制服のこすれる気配に包まれていた。

早朝のぼんやりした空気の中、いのりは前を見ながらも、スカートのポケットの中に意識を集中させていた。


 


“ブブッ”と震える感触。

通知音は鳴らない。設定は、常にマナーモード。


 


(……また来た)


 


誰からだなんて、わかっている。

でも、無視できるほど、気にならなくなったわけでもない。


 


そっとスマホを取り出して、角度をつけて画面を覗く。

浮かび上がったのは、やっぱり、あの人の名前だった。


 


──「こうへいくん:これから学校?いってらっしゃい。次の日曜日楽しみにしてるよ。」


 


返事はまだしていない。

「昨日はありがとう」から始まったLiNEのやりとりは、今も続いている。

ただの礼儀のつもりだったのに、なぜか胸の奥がくすぐったくなる。

いのりは、軽く息を呑んだ。


 


「はい、今、ニヤけた」


 


鋭く突き刺さる声。

隣に座るあずさが、迷いのない目でいのりを見つめていた。


 


「に、にやけてないっ!」


 


反射的にスマホを伏せたが、もう遅い。


 


「あんたさ、“いってらっしゃい”って送られてきて、なんでそんな顔してんの。

普通そんなやりとりしないからね? 付き合ってない人とはさ」


 


「……え、なにが……?」


 


「その“こうへいくん”って誰?」


 


「……ちょっと週末に、一緒に活動しただけの人……」


 


あずさは、一拍置いて、静かに言った。


 


「……嘘。違うでしょ。それなら、そんな顔しない」


 


鋭い一言だった。

いのりは言葉を詰まらせ、視線を落とす。


 


「……他号棟の自治会長さんで……」


 


「ふーん?」


 


あずさはにやりと笑って、


「ねぇ、どんな人?」


と自然に、しかし逃げ場のない質問を投げかけた。


 


いのりは観念したように、スマホのロックを解除した。

でもそのとき、あずさの目が真っ先に食いついたのは──ロック画面だった。


 


「……ちょ、待って。今の待ち受け……なに?」


 


いのりはハッとして画面を伏せる。けれど、もう遅かった。


 


干潟イベントの広報画像。

子どもたちに囲まれ、泥だらけで笑う木澤と、その横で同じように笑っている自分。

そのツーショットが、スマホの待ち受け画面になっていた。


 


「いやいやいや! なんで待ち受けにしてんの!? やば……完全に落ちてるじゃん、いのり……」


 


「ち、ちがっ……これは……その……」


 


「なんか元気出るからとか言うつもりでしょ?」


 


いのりは顔を真っ赤にして、小さくうなずいた。


 


「……景色もきれいだったし……」


 


「景色の主役、完全に“この人”じゃん!」


 


いのりは慌てて画像フォルダを開き、SNSにアップされていた別の写真を見せた。

木澤が子どもたちに何かを教えている様子。自然体な笑顔と、ラフな服装の“ちゃんとしたチャラさ”。

そこへ一緒に映る楽しそうないのり。


 


スマホの画面には、青い文字が写っていた。


 


──「こうへい先生と学ぶ 干潟体験教室」


(東亰海洋大学 海洋資源環境部 協力)


 


それを見た瞬間、あずさの目がまた見開かれる。


 


「ちょ、これ……“こうへい先生”?

しかも東亰海洋大学って……国立じゃん!? 国立大学の人!?

なにしてんの、いのり……!」


「いや…なにもしてないけど…」


「うらやましい! どうせちょっとLiNE交換して終わりでしょ?とか思ってたのに、なにこの写真! 完全に“青春の記録”じゃん!」


 


いのりはスマホを引っ込め、顔を伏せる。


 


「そ、そんな……別に特別な意味なんてないし……」


 


「いやいや、画像保存して、待ち受けにして、しかも何回も見てるでしょ。バレバレすぎて尊いんだけど?」


 

「み、見てないもん……!」


 


完全に図星だった。


 


「いのりってば、チョロすぎる。チョロかわすぎる」


 


あずさはわざとらしくため息をついて、にやにやが止まらない。


 


「ていうかさ、いのり。…自治会入ればイケメンとLiNEできるの? いいな〜。私も自治会長になろうかな」


 


「は……?」


 


「って、ウチの自治会長って、いのりじゃん!!」


 


「……あ、うん…そうだね…」


 


「でも、私が自治会長やったら寄ってくるの、既婚のおじさんだけだよきっと。

あんな若くて爽やか系の自治会長なんて、レアすぎるってば!」


 


「……もう、やめてってば……」


 


「しかも副会長もイケメンでしょ? 私もよく知らなかったけど、普通に顔はイケてるし」


 


「……副会長は……そういうのじゃないし……」


 


「でもさ、周りから見たらイケメンに囲まれてるように見えてるよ。

いのり会長、イケメン副会長、そして国立大学の“こうへい先生”。

なにこの布陣、乙女ゲーかよ。しかも、ヒロインチョロすぎだし。」


 


「……ちがうし……!ってか、チョロいって言うな〜!」


 


小さな声で叫んだそのひと言が、前の座席の高校生に届いてしまい、くすくすと笑い声が広がった。


 


いのりは顔を伏せ、声の主たちが誰なのか、確認する勇気すらなかった。


 


***


 


バスを降りたあと、いつもの坂道を登る。

制服のスカートが風になびいて、朝の空気がほんの少しだけやわらかく感じた。


 


いのりはスマホを握ったまま、また画面をちらちら見ていた。


 


「で、どう返すの?」


 


あずさが自然に聞いてくる。


 


「……“ありがとうございました”って返すのも変かな。

なんか……自治会文書みたいだし……」


 


「じゃあ、“好きです”って送っちゃいなよ」


 


「無理無理無理無理!! ぜっっっったい無理!!!」


 


「え〜、じゃあスタンプで貝殻とか魚とかだけ送れば? 干潟っぽくしてさ。

“思い出ですね”ってニュアンス、伝わるかもよ?」


 


「意味不明すぎて逆に怖いってば!」


 


2人のやりとりは、まるで遠足の朝みたいに軽やかだった。


 


「でもさ」


あずさは少しだけ真面目な声になる。


 

「そういうのって、ちゃんと楽しんだほうがいいよ。青春って、逃したら取り返せないんだよ。

いのり、自治会長になってから、あんまり楽しんでないんじゃない?」


 


その言葉は、どこか深いところでいのりの心に刺さった。


 


──そうだ。



私は、就任して間もないけど、自治会長としての役割を優先して、

“ふつうの高校生の感情”から距離を置いてきた。


 


それでも今、誰かとやりとりすることで、

こんなにも朝の空気が、やわらかく感じるなんて。


 


空を見上げれば、まだ少し冷たい風。

だけど、雲の隙間から光が差していた。


 


いのりは歩きながら、スマホの返信画面をそっと開いた。

文面はまだ打っていない。


 


それでも、その画面を開いているだけで、なんとなく背中を押されたような気がした。


 


──今日も、悪くないかもしれない。


 


そう思えただけで、月曜の朝は少しだけ、優しかった。


 







読んでいただき、ありがとうございました。

今回はネタ寄りの掛け合いで、いのりの表情やあずさのツッコミを楽しんでもらえたら嬉しいです。

夜の更新では、新キャラ・楓が物語に初登場します。

彼女が入ることで、これまでとは少し違った空気や関係性が生まれます。

連休の夜、ぜひ覗きに来てください。

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