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第16話『恋をしちゃいけない空気』

学校では教えてくれないことがある。

たとえば、「恋をする」という行為が、いつから、どんなふうに“許されるもの”なのか。


風張いのりとあずさ。

回覧板を整理するただの放課後に、ふたりは小さな問いを投げかける。


「恋をしちゃいけない空気」の正体とは?


それを一緒に考えてくれる“味方”がいるなら、きっと大丈夫。


この話は、制度でも教師でもなく、

“想い”を信じたふたりと一匹の、ささやかな共闘の記録です。


春休みが明けて間もない新学期のある日、私たちのクラスはおちつかない空気に包まれていた。


「この春休み中、他クラスの男子生徒が問題を起こしました。」


朝のホームルームで、いきなり重い話が担任の口から発せられる。


「端的に言うと、その生徒は大学生の成人女性と交際をしていたようです。」


静かな空気の中で担任が続ける。


「しかしその関係性が問題視され、自宅謹慎となりました。」


クラスがざわつく。


「同意があったとしても、現在の法律上ではお咎めなしにはすまされません。」


たんたんと語る担任の抽象的な説明は、なんだかこわい。

これは愛の警告ではなく、許されない制度として見せしめをされているみたいだった。


放課後、あずさがぽつりと口を開いた。


「謹慎になった生徒のウワサ、知ってる?私も他のクラスの子から聞いたんだけど。C組の男子だって。」


いのりは自治会長の仕事でそれどころじゃなかったから、全然知らなかった。


「なんかバイト先で知り合って、普通に付き合ってたんだって。」


「バイトで?」


「それを、ホテルの出口でPTAっぽい人に見られたらしいよ。それで、問題になっちゃったとか。」


「え、それって普通に恋人だっただけじゃん…」


「うん。ラブラブの純愛だったらしいよ。……でも、別れさせられたって。」


あずさの声が、少し沈んでいた。


「本人たちは“純愛”だったって言ってる。でも、法律があるから……って。」


私はただ聞いていることしかできなかった。


「これさ、逆だったらどうなのかな。男の人が20歳の社会人で、女の子が高校生だったら。結局、男が悪者になるんでしょ。」


「今回のケースだと男の子が“守られる側”になっちゃったわけ?」


「そういうことになるね。」


「でも、好きだったのに別れさせられるって……それって、正しいの?」


そこまで言って、私はふと考えてしまった。


「じゃあさ、うちらって……いつ恋をすればいいのかな?」


そう言った私に対して、あずさの目は真剣だった。


「私たち未成年には、恋をしちゃいけない空気があるんだよね。」


春の日が暮れる頃、みんなの家からの光が灯り始めた時間。

私たちは集会所で回覧板の整理をしていた。

あずさも一緒に手伝ってくれた。


その横でビシ九郎が、差し入れでもらったメザメルトをグビグビ飲んでいる。


「恋するのって、悪なの?」


あずさが今日の話の7割を、そして残りを私が補足しながら、ビシ九郎に伝えた。


「悪いっていうか、生殖を諦めたら生物はそれで終わりや。」


ビシ九郎はぼそぼそと言った。


「恋せんと、人類は滅びる。ただ、それだけの話や。」


すごく粗雑なワンフレーズだったけど、それはごまかしじゃなかった。


「ワイは、春を迎える前に死んだんや。恋もせんと、毒餌食って死んだんや。」


「え!ビシ九郎って死んでるの!?毒餌!?」


「せやで。ずっと昔な、ハクビシンのときや。人間が仕掛けた毒餌食って死んだんや。地縛霊?っていうんかな。ネットの世界で言えば異世界転生っていうんかもわからん。気づいたら新文明で目覚めた。でも触れることはできるで。」


「ホントだ…。信じられない。」


と、いのりとあずさはビシ九郎の耳と尻尾をそれぞれ触る。


「ハクビシンの時から学校に忍び込んで、給食の残飯とか探し回って、教室とかいろいろ見てきた。そういう人間がいっぱいおったで。こわいから、評判悪くなりたくないから。教師もセクハラと言われたら怖いから、そんなのばっかやったな。」


黙って、私は聞いていた。


「よく人間は生きる意味を探して旅したりするやつおるやろ。自分探しの旅とか言うて。あれマジでアホやで。生き物の定めは子孫を残すことや。生命体として、それ以上の目的なんてあらへん。それを見失ったら終わりや。それでかつての人類は少子化に苦しみ、滅びたんや。」


私も、あずさも、何も言えなくなった。


「少なくとも、ワイは死ぬ前に発情期迎えてピチピチのメスになるはずやった。」


「でも、毒餌や!って気づいた瞬間に死んだらしいわ。人間で言えば女子中学生くらいやで。そらもう、未練しかない。せやから、まだそのときの思いだけで、生きとるんや。」


女子中学生で人生──いや、ハクビシン生が終わってしまったことを考えると、声も出ない。


「人間ってのは不思議やで。本来なら発情期になるメスが学校で机並べて恋をせんように教育されとるんやろ。子供産むんは大学へ行って、さらに社会に出て10年後くらい想定してるとか。生き物としてアカンとしか思われへん。」


そう言って、ビシ九郎はメザメルトのラベルをじっと見つめた。


「恋したい。でも恋愛をしたら怒られる。

 異性と交わったら将来潰れるかもしれん、って思うような世界で、

 本気で恋するやつはおらへん。」


「そうかも。学校でも、異性と遊ぶより勉強と部活頑張りなさいって言われてる。」


「せやから、恋を教えられずに育った人間は、社会に出ても恋の仕方がわからん。

 告白のタイミングも、想いの伝え方も、全部アプリ頼り。

 見た目と条件でフィルタかけて、AIに答えを出してもろて。

 それで“好き”を育めると思っとる。」


「私、大人になれば自動的に恋人ができると思ってた…。」


「それは嘘や。学生時代とか早いうちに恋人を作ることがとにかく大事なんやで。魅力的な異性ほど早い段階で誰かにとられる。好きな相手は今日手に入れないと明日には誰かにとられるかもしれん。だから年齢を重ねるほど余り者しかおらんくなる。そんで自分がモテないことを認められないまま結婚相談所であーでもない、こーでもないって見つかりもしない相手を求めて相談員を困らせるんや。」


「私のお姉ちゃんは、4歳年上の社会人と同棲してるよ。大学1年生のとき4年生だった先輩に告白されて付き合い始めたんだって。お姉ちゃんも卒業したら、その人と結婚するって。」


「つまりあずすけのねーちゃんが魅力的やったんやろ。そうやって有能な大学生が早い段階で魅力的な相手を奪ってくんや。ワイら野生動物の世界でも当然やで。魅力的な相手はすぐに気持ちを伝えな子孫が残せん。やから、好きな相手に気持ちすら伝えられん個体は滅びる。

そんなんで家族なんて作れるわけないやろ。

 ほんまは“好き”って、自分で言わなあかん。

 自分で選んで、自分で伝えるんや。あずすけのねーちゃんみたいに魅力的な異性に選んでもらえるヤツはええやろ。でも選んでもらえないヤツほど、なおさら気持ちを伝えることが大事や。」


いのりは、小さく息をのんだ。


「でも、そんなこと、学校では教えてくれなかった。」


「教えへんようになってしもたんや。

 自分とこの生徒が問題起こすのが怖いんやろ。誰も出世のために責任とりたくないんやで。」


「あ、あずすけ…?…じゃあ……どうすればよかったの?」


突然のニックネームに驚きつつ、あずさがつぶやく。


「せやから、ワイは言いたいんや。

 恋をしたいやつは、せなアカン。

 好きって思ったら、ちゃんと好きって言え。

 それができんくなったら、その文明は終わりや。」


ビシ九郎の目は、まっすぐだった。


「好きやって言える勇気を持っとる人間が、未来を変えるんや。処分されようと、ちゃんと気持ちを伝えて付き合ってた2人は立派やで。ワイは思う。お互いに好きならさっさと子供作ったらええんや。ワイらの世界では、それが普通やで。」


メザメルトの空きボトルを置いて、ビシ九郎は立ち上がる。


「ワイは死んだ身やけど、こうやって今を見とる。

 お前らがどうするか、それだけが楽しみや。」


春の夜風が、静かに吹き抜ける。


いのりは、まだ言葉にできない何かを、胸の奥に感じていた。


ビシ九郎の言葉が、ずっと心の奥で響いていた。


学校のルールや法律の壁なんて無視した女子大生と生徒のカップル。

いや、知らなかっただけなのかもしれない。

好き同士だったのに引き裂かれて、それでもきっと、またいつか結ばれると良いと思った。

さっさと子孫残して、しっかりと未来を生きてほしい。

そんなビシ九郎の言葉に、何も反論できなかった。

私は、先生の指導が正しくて、生徒が悪だったのか。

そう思い込まされることに、初めて疑問を抱いた。


“考える力”──それは、きっと今、芽生え始めたばかりだ。






最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


未成年と成人の恋愛は、今の社会では複雑な立場に置かれています。

たとえお互いが「好き」だったとしても、

それは時に“問題”として処理され、片方だけが守られる仕組みに飲み込まれる。


けれど、それが本当に「正しさ」なのか。


今回のエピソードでは、いのりとあずさが、そんな“空気”に小さな違和感を持ち始めました。

そして、誰よりも“生き物の本能”に正直なビシ九郎が、そこに一石を投じてくれます。


恋をすること。好きだと伝えること。

それは、未来を変える力を持っています。


この物語が、読んでくださったあなたにとって、

“共に考える仲間”のような存在になれたなら嬉しいです。


また次回、お会いしましょう。

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