第15話『オーガニック給食』
家庭科の授業の一環として、給食センターの見学へ訪れた九潮学園7年生(中学1年生)の風張ともり。
そこには、普段は見ることのない“父・よしつぐの背中”がありました。
雛川区では、子どもたちの健康を守るため、オーガニック給食という新しい取り組みが始まっています。
日常の中にある「働くことの意味」と「食べることのありがたさ」、
そんな視点を少しだけ思い出してもらえると嬉しいです。
九潮學園の給食センター見学会は、春の恒例行事らしい。
ともりが嬉しそうにランドセルの中からプリントを出したとき、けいじもそれに便乗して
「ともりねーちゃん!お父さんのとこ行くの?!僕も見に行く!」
と、けいじが騒ぎ出した。
風張家、朝の食卓。
「今日、給食センターの見学があるんだって。家庭科の授業の一環。」
「えー!ずるい!ぼくも行きたい!行きたい!」
「今日は中1だけなんだよ。小1は、また今度あるかもね」
ともりが落ち着いて答えると、けいじは
「ぶーっ」
とふくれっ面になった。
「へえ。いいなぁ、給食センター見学か……」
いのりはパンにバターを塗りながら、ちょっとだけ羨ましそうな声を出した。
「うちの学校は学食あるけどさ。あれ、サービスエリアのフードコートみたいなもんだし。なんなら調理してるところ丸見えだから何も面白くない。冷凍のうどんを茹でてるのもバッチリ見えるよ。」
いのりが苦笑いで語る。
「もちろんお父さんいるんでしょ?お父さんが今の仕事に就いてから働いてるところ見るの初めて!」
ともりがとても楽しみにしているのが伝わる。
それを見て、父・よしつぐが、やや照れたように笑う。
「じゃ、帽子かぶって待ってるわ。マッシュルームみたいな衛生帽子、ちょっと似合わないんだけどな」
「うん、お父さんの仕事してるところ、ちゃんと見てくるね」
ともりが控えめに言うと、よしつぐは「おう」と笑った。
*
給食センターは、校舎の隣に建てられた広い施設だった。
白く光る床。ガラス越しに見える調理室。
髪を覆うネット帽と白衣姿の人々が、黙々と作業している。
ともりはクラスメイトたちと一緒に案内を受けていた。
新生活にも慣れ始めた中学一年生。制服の襟元が少しくすぐったい。
「ともりちゃんのお父さん、今日出てくるんだよね?」
「元美容師なんでしょ?なんかテレビ出てそう〜」
「ね、どの人?この中?」
引っ越してからできた友達ともすっかり仲良くやっているともりは、ガラス越しの白衣の集団を眺めながら、困ったように笑う。
「……いや、正直、私も全然わからないんだけど……」
全員マスクに白衣、帽子までかぶっていて、誰が誰だかわからない。
「というか、みんな同じに見えない?」
「うん、それな」
クラスに笑いが起きる。
そんな中で、ひとりの職員が前に出て、説明を始めた。
「こんにちは。今日は給食センターの見学へようこそ」
マスク越しで声がこもっているけど、たぶんお父さんっぽい……気がする。
「給食は“つくる”だけじゃなく、“見つけてくる”ことも仕事のうちなんです。安全で、おいしくて、旬のものを。農家さんや業者さんと、毎週やりとりしています」
たぶん、そう。お父さん……のはず。
「この“オーガニック給食”は、雛川区が区長の進言で独自に始めた新しい取り組みです。安全性を高めながら、味や楽しさも大事にしています」
ともりは、じっとその声に耳を傾けていた。
たぶん、この人……だと思う。
でも、ちゃんとわからない。
白衣着てマスクするだけで、けっこうわからないものだな……。
でもまあ、かっこつけずに、ちゃんと仕事してた。
誇らしいような、ちょっとくすぐったいような気持ちだった。
*
その日の夕方。風張家では、みんなで食卓を囲んでいた。
「今日のカレー、甘くて美味しかった〜」
と、けいじがご機嫌に話す。
「にんじん多かった?けっこう甘かったね。」
同じ給食のカレーを食べたともりも同意する。
「ふふん。にんじん、ちょっと多めだったな。旬だったし。何より甘くて味が濃いオーガニックにんじんだ!農家さん直送!父さんが見つけて契約してきたんだって!」
と、自慢が炸裂する。
いのりが、スマホをいじりながらひょこっと顔を出す。
「いいなー!私もオーガニック給食、食べたかったな〜。うちの学食、まぁまぁだけどさ……海の家で出てくるメニューって感じ(笑)」
みんなで笑う。
よしつぐは笑いながら、お茶をすすった。
「キッズカットで子供の耳切って手が動かせなくなった時、終わったと思ったけどさ。今も、子どもに関わる仕事をできてるのは……ほんと、ありがたいよ」
ともりは黙ってそれを聞いていた。
その沈黙が、なんだか心地よかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、いのりの妹・ともりを主人公に、家族の一員として“父の仕事”を見つめるお話を書きました。
マスクと白衣に包まれた後ろ姿に、言葉にできない尊敬や距離感がにじむ……
そんな“子どもらしいまなざし”を、少しでも感じていただけたら嬉しいです。
団地の暮らしは、たくさんの人の“仕事”と“想い”に支えられています。
きっと、あなたのそばにも、同じような“日常の支え手”がいるはずです。