プロローグ『ビシ九郎、春の夢を見る』
ワイ、ビシ九郎 (メス)。
団地で毒餌食って死んだハクビシンや。
なんか知らんけど、新文明で目ぇ覚めたわ。
この世界には、春がなんべんもくる。
ひとが入れ替わっても、木の芽がふくらんで、風がぬるくなって、
どこかで子どもが「いってきまーす!」って叫んどる。
そんなしずかな時間の中、ワイはずっとここにおる。
団地の集会所のすみっこで。
見えんけど、ちゃんとおるで。
昔はな、ただのハクビシンやったんや。
名前なんて、あるようなないような存在。
夜にこっそり出てきて、団地のすき間でおにぎりのカケラでも探しとった。
ワイらハクビシンっちゅうのはな、
人間界じゃ“害獣”って呼ばれてる。
屋根裏に住み着いたり、畑を荒らしたり、
とにかく「見つかったら終わり」な立場や。
特にこのへんじゃ、見つかったらすぐ通報。
行政が“毒餌”やら“罠”やらで駆除にくるってのが常識やった。
せやから、ワイも用心深く生きとったんや。
なるべく音立てずに、なるべく見つからんように。
それが、賢い生き方やと思っとった。
けど、ある日——
「かわいい……今日から、ビシ九郎!」
人間のメスガキがワイに名前をくれよった。
そして、その声を聞いた瞬間、ワイの中で何かが“ぴくっ”と動いたんや。
それは、腹が減ったとか、逃げなきゃとか、
そんなんとは違う、野生の本能とは別のもんやった。
(……いや、ワイ、メスやけど!?)
心の中で全力ツッコミしたけど、
あの子があんまりうれしそうに笑ってたから、なんも言えんかった。
しゃーない。
その日から、ワイは“ビシ九郎”や。
それから毎日、パンの耳とか、お菓子の欠けらとか、持ってきてくれた。
声はやわらかくて、においは春の土みたいやった。
「これ、好きかと思って……」って、名前のない草花までそっと置いてくれたこともある。
ワイはうれしくて、団地の時間が色づいて見えたんや。
でも、そういう平和ってのは、だいたい長続きせぇへん。
ある日、あの子の親に見つかった。
「なにこれ! 野生動物!? 触っちゃダメでしょ!!」
怒鳴り声にビビって、ワイは物陰に逃げた。
あの子は泣きながらワイをかばおうとしてたけど、
人間の“親の怒り”には勝てんかった。
それから姿を見せんようになったけど、
ワイは信じて待っとった。
また、あの声が聞ける気がして。
ほんで、数日後や。
団地の裏の、いつもの場所に、おにぎりが置いてあった。
「やっぱ、来てくれたんやな」って、うれしくなってな。
パクっと食べた。
においも、見た目も、いつもと同じやった。
……けどな。
毒って、ホンマに味せぇへんのや。
食うたあとも、「あれ?」って思うぐらいやった。
でも身体が冷えてきて、力が抜けて……
あぁ、これ、そういうやつかって。
遠くで、あの子の泣き声が聞こえた気がした。
「ビシ九郎……ごめんね……!」って。
目を覚ましたとき、ワイはもう“生き物”ちゃうかった。
けど、どこにも行かずに団地に残っとった。
気がついたら、集会所の片隅で春を見てた。
人間たちは世代を変えて、また暮らしはじめた。
団地もすこしずつ変わって、新しい時代がきてた。
最近は、副会長っちゅう少年が、
ワイの前にスマホをそっと置いてってくれる。
「これ、使いなよ」って。
電源つけたら、知らん世界が広がっとった。
「ひゃくちゃんねる」——
昔で言う「にちゃんねる」の進化系らしいわ。
なんや、文明も成仏せんで続いてるんやなあって思た。
今のワイは、“集会所の守り神(ネット依存)”や。
ひとが寝静まった夜に、スマホの光のなかでネットサーフィン。
ネトゲの中でギルド組んだり、スレ立てたり。
霊になっても忙しいで。
今日も「【速報】女子高生が自治会長になったらしいwww」スレが立っとる。
……うん。ワイ、それ見てたで。
あの子の名前は——いのり。
声が、まなざしが、どこか懐かしかった。
名前は違う。
でも、ワイは知ってる。
あれは、“また春が来た”ってことや。
ほんでワイは、またここで見守るんや。
今度こそ、何かが変わるんちゃうかって、
ちょっとだけ期待しながら。
【あとがき】
はじめまして、シズピアです。
『じちまか』は、団地を舞台にした“女子高生×自治会長×社会派ギャグ”という、
一見ふざけてるけど、けっこうマジな物語です。
この物語を書こうと思ったきっかけは、
品川区の「新駅構想」のニュースを目にしたことでした。
都心にあるのに“置いてけぼり感”のある団地と、
そこで行われる地味だけど大切な「自治会」という営み。
そこに青春の光を当てたらどうなるか——そんな想像から始まりました。
自治会経験者も、未経験の方も、
少しでもこの世界を面白がってくれたら嬉しいです。
連載は週1を予定しています。
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最後までお読みくださり、ありがとうございました!