7話 計画
「……でさ」
しょうちゃんは缶チューハイをもう一口すすり、
足を投げ出して、河川敷の夜風に吹かれながら話し始めた。
「俺、好きだったんだよ。めちゃくちゃ。あの子のこと」
俺は無言のまま、となりに腰を下ろした。
「名前は、マリア」
「偽名だろ、それ」
「いや、本当って言ってた」
「お前さ、それほんとに彼女だったのか?ただ店に通ってただけじゃないの?」
「いや、そうなんだけど──でも、好きって言ってくれたんだよ。目を見て」
しょうちゃんは胸に手を当てた。
いやいや。
え?
ガチかこいつ。
「『お兄さん、そういう優しいとこ、好きかも』って」
俺はどう答えていいか分からなかった。
河川敷の草むらでは、虫の音が少しずつ大きくなっていた。
実際にそういうタイプの奴がいるってことは知ってたけどさ。目の前にその張本人ですか。
営業を本気にするタイプのガチキモ野郎じゃねぇか。
マリアって聖母マリアか?
聖母マリアは風俗で働きませーん。
全然聖母じゃねえ。
処女懐胎じゃねぇじゃねぇか。
ばりばりヤリマンが父親わからねえだけだろ。
薬飲み忘れて妊娠しただけだろ。
「でさ」
しょうちゃんの声が一段低くなった。
「ある日、仕事終わりのマリアが、男と歩いてんの見たんだよ。俺、偶然……っつーか、帰りにあのあたり寄って、ちょっとだけ顔見に行こうと思ってさ」
「うん」
「そしたら……そいつと、手ぇ繋いで歩いてんの。コンビニ袋下げて、笑ってんの。俺の見てた“好きって言ってくれたマリア”じゃない顔でさ」
言葉が止まる。
風が少し強く吹いた。
「で、俺、思ったわけ。“あ、殺そう”って」
「……」
怖すぎ。
しょうちゃんの目はどこも見ていなかった。
黒目は大きく、焦点はどこにも合っていない。
「もう、そっからは早かった。トリック、アリバイ、証拠隠滅。全部、組み立ててった」
しょうちゃんは地面に小枝で何かを描きはじめた。
道路のような、交差点のような──簡単な地図だ。
「現場は、駅前の駐輪場。あそこの監視カメラダミーなんだよ。街灯も切れててさ。まずマリアと男が帰ってくるルートを割り出す。で、その道の途中で“事故”を作る」
「事故?」
「うん。歩道橋の階段。そこに、石を置くの。絶妙な位置に。ふたりとも飲んでて足元がふらついてるタイミングで、階段の角度で重心が崩れる。女は下に、男は横に倒れるように設計する」
「設計……?」
「男の方には、あらかじめ塀の向こう側に、鉄の棒を仕込んでおく。あいつが倒れるとちょうどこめかみに刺さるように角度調整して」
しょうちゃんは、指で“×”を描いた。
「で、女の方には──階段の上にこっそり撒いた油。倒れて首の骨が折れる、という寸法」
「そんなこと、ほんとにやれるのかよ……」
「やれるかどうかじゃなくて、“やるためにどうするか”を考えるんだよ」
しょうちゃんは静かに言った。
「証拠はすべて雨が流してくれる。天気予報を三日前からチェックして、当日、降水確率90%。完璧なアリバイも作る。現場時間、俺はネカフェにいた。防犯カメラあり。チェックインのレシートと、チャット履歴。あと、マウスのクリックログまで残ってる」
「お前、そこまで……」
「やる気になれば、誰だって人殺せるよ。バレないように、って前提を除けば、むしろ簡単なくらいだ」
しょうちゃんの声は落ち着いていた。
表情も、ふざけていたいつものそれじゃない。
あまりにも突飛で偶然が重なりまくった末に行うことが可能な犯行だ。
本当にやったのかこいつは。
「でも、結局やらなかった」
「え?」
「やらなかったの。“好きだった”から。俺は……マリアの“好き”を、信じたかったんだよ。……な、変だろ」
しょうちゃんは、ふっと笑った。
俺は何も言えなかった。
河川敷の遠くで、電車の音が響いた。
その音の下で、しょうちゃんが小さく呟いた。
「……でも、ともくん。物語としてなら、“やれた”ことにできるんだよな」