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4話 もぐらの巣

夕方、河川敷に向かう途中、コンビニで缶コーヒーを2缶買った。

ブラックと甘いカフェオレ。

しょうちゃんは絶対に甘いやつを選ぶと思う。



昨日のしょうちゃんの顔が、頭の中で反芻された。

俺に任せろ、そう言った時の妙に誇らしげな表情。


あいつの話が面白そうという事実が少しだけ悔しい。


河川敷に着くと、やっぱりいた。

しょうちゃんだ。


子どもたちとサッカーをしている。

混ざっていた。

例のアロハに下はジャージ。

素足にサンダル。

昨日と同じ服装。

ゴールキーパーらしいが、シュートは止められていない。


小学生に混ざりサッカーをするのはいかがなものかと。


「おーい! ともくーん! 今からPK対決だぞー!」


子どもたちが「おっちゃん真面目にやって!」と叫ぶ中、しょうちゃんはひときわ元気だった。

自転車は柵に立てかけられていた。


ゲームが一段落すると、しょうちゃんが走ってきた。


「ともくん、昨日の話なんだけどさ、いいの思いついたんだよ」


「へえ、いいじゃん」


「俺やっぱネタのセンスあるわ!面白いから聞いて」


僕は一拍置いてから、答えた。


「……ああ。聞くよ」


「俺、妄想得意なんだって。昔、保健室の先生に『想像と現実の境界がないのは危険』って言われたからな!」


威張ることじゃない。

境目は大事だろ。


「ちなみにその話、どっから思いついたんだよ。」


「え? ああ……ま、子どもの頃にさ、似たような話を聞いたことあってさ。それ織り交ぜてって感じ」


軽く笑ってごまかすような口調だったが、どこか引っかかった。


俺はその夜、聞いた話を元に自宅で短編を書いた。



それは、夏の終わりだった。

宿題は終わっていない。

適当に答えを見て写せばいいやと思って放置していたが気づいたら夏休みもあと少し。


空は澄んでいて、空気は乾いていた。

肌にまとわりつくシャツ。

短パンの隙間から流れ込む風が心地よい。


蝉の鳴き声が止んで、かわりに遠くの工事のドリル音が響いていた。夕方、校舎裏のプールは夕焼けに照らされ薄く光っていた。


プールには二つ扉があった。

周囲を囲むようにして建てられたフェンスの鍵と、プール本棟の鍵だ。


まずフェンスの鍵はずいぶん前から壊れていた。


フェンスにしては珍しくシリンダータイプの扉だ。

とってはガチャガチャと簡単に動くし緩み切っていた。

夏休み前先生から勝手に入らないよう注意された。

危ないし、何かあっても誰も気づきにくい。


夏休み中の工事で直すと言われた。

が、まだ直されていなかった。

錆びついた鉄臭い緩み切ったハンドルを捻る。


次に現れたのはプールの中へ入るための扉。


南京錠で施錠されている。

番号を入力するのではなく、鍵を差し込むタイプの南京錠だ。


体育倉庫の側面に釘がひとつだけ打ち付けられておりそこに隠すように掛けられていた南京錠の鍵。先生たちが面倒がって戻していないのは知っていた。


クラブ活動でプールを使用した際、先生がそこから持ってくるのをこそっと見ていた。


あいつを誘う前、俺は先に来てそれを手に取った。

金属の感触はひどく、手のひらに錆の粉が残った。

茶色の粉を指先で転がす。

ざらざらとした感触が気持ち悪い。


プールに上がる。

水は新しく貯められているようだった。

夏休みの間、プールは開放されており、日中は生徒たちがここに集まる。

底の排水口の格子には、小さなペットボトルのキャップが引っかかっていた。小さな発泡スチロールのカニも。


シャワー棟の裏に無造作に放置されていた鉄パイプを手に取る。長さは小学生の俺の腕ほどで、端にビニールテープが巻かれていた。軽く持ち上げると、重さのバランスが極端で、先端にだけ重心があった。握って振ると「カン」と中空の音が鳴った。

片手で振るのは難しく両手で握り締める。


──最初から、使うつもりだった。


日が沈み、蛍の光が流れてからずいぶん経ち、辺りが真っ暗になった頃。


俺たちはプールサイドに並んで立った。

あいつの影が、ひどく小さく見えた。


「飛び込むの、久しぶりだな」


あいつは笑いながら言った。


俺は黙って頷いた。

そっと鉄パイプを持ち、あいつの背後に立った。

一歩、踏み出すたびに、裸足の足裏がタイルに貼りつく感触がした。

ぶつぶつとした感触。

足の裏にちくちくと刺さりむず痒い。

足の裏を掻きむしりたい衝動を抑え、鉄パイプを構えた。


振りかぶった瞬間、躊躇いはなかった。


ゴン、と鈍い音が響いた。

音のあと、頭蓋の芯がしなる感触が手元に返ってきた。

ずしりとした確かな感触。

何かが折れていく音がパイプ越しに伝わってくる。

あいつは一瞬だけ、意味がわからないというような顔をして、崩れた。

倒れた拍子に足が滑り、プールの水面へ、くるりと一回転しながら落ちていった。


水しぶきが上がり、すぐに音がなくなった。


バシャ。

ばしゃ。

ちゃぷん。


もがく音は、わずかだった。

沈んだまま、泡が三つ四つ、ふわりと浮いた。

やがてそれも止まり、水面は穏やかになった。


じわりと小さな血の水溜りがプールに浮かぶ。


俺は鉄パイプを、シャワー棟の裏に戻した。

手のひらには血と汗が混ざっていた。

プールに戻ると、あいつの身体は見えなかった。

水が濁って、輪郭すらなかった。


俺は靴を履き、フェンスを閉め、南京錠を戻した。

釘の陰に隠して。


そのまま忘れたノートを取りに行った。

途中先生とすれ違い、在室時間のアリバイは自然に残った。


翌日、「事故」が発見された。


教師たちは慌てふためき、生徒たちは沈黙した。

警察が来て、報告書が作られ、プールは封鎖された。


だが、何も起きなかった。


俺の名前が挙がることも、事情聴取を受けることもなかった。


──それが、俺の“最初”だった。



その後もいくつか話は続く。

ただの日常の話だ。

この物語の主人公は次第に殺したことを忘れて日常に戻っていく。

まるで誰も死んでいないかのように。


「──読んだとき、ちょっと震えたよ」


僕は言った。


「マジで? やっぱ俺、向いてるかなぁ、作家とか」


「そういう問題じゃなくて」


「でも、書いてくれたの嬉しいな〜。これって、言ってみれば俺とともくんの合作だよな!」


「いや、俺が全部書いたけどな」


しょうちゃんは鼻をほじりながら笑っていた。


「ところでさ、プールの描写……なんであそこまで細かいの?」


「え?」


「鍵の位置とか、鉄パイプの重さとか感触とか」


「……そんなことも言ったっけな?」


しょうちゃんはすっと顔を逸らした。


「ま、妄想ってやつだよ。すげぇでしょ?」


俺は何も言わなかった。


面白い。それは間違いない。

でも──この話、本当に“妄想”か?


気になる描写が多すぎる。異様なリアルさ。

そして何より、「俺が書きたいと思った」ことが悔しいくらい、物語として強かった。


だが、その違和感すら、創作の火種に思えてきていた。


「次も期待してるよ」


俺がそう言うと、しょうちゃんは少し照れたように笑った。


その笑顔が、どこか子供のままだったのが、不思議と不気味だった。


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