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3話 酒のつまみになる話


「でさぁ、あのとき先生、めっちゃ怒っててさ。俺のランドセル投げたんだよ?本気で。あれ今だったらニュースだよな、マジで」


居酒屋でしょうちゃんは口を大きく開けて笑っていた。


卓上の七味が焼き鳥の皿の周りに溢れている。

注文した唐揚げは冷めている。

さっきから酎ハイのレモンをおかわりし続けているが、明らかに薄い。


夜の駅前にある、ごく普通の居酒屋。

金曜日でもないのに、意外と客が多かった。

しょうちゃんが「せっかくだし飲もうぜ」と言い出したので、流れで一緒に来た。まさか再会して即、飲みに行くことになるとは思っていなかった。


「しかしともくん、あんときはおとなしかったよなぁ。黙って掃除してる系男子、あと合唱の時とか泣き出すタイプの」


「いや、“男子”って言い方やめてくれない?あと泣き出したのは僕じゃなくて苗字一緒のトモミちゃんでしょ」


「はっはっは。なんかさ、思い出してきたぞ。お前、夏休みの宿題、初日に全部やってたよな?」


「……まぁ、否定はしない」


しょうちゃんは顔を真っ赤にしながら笑い続けている。そのくせ、酔ってるようには見えなかった。

真っ赤すぎて心配になってくるよ。

酒を飲んでいいのかもわからないほど太ってるし。


絶対糖尿だし、絶対痛風だろ。


アロハシャツは中途半端に色褪せておりパイナップルとヤシの木の柄が目に優しくない。


「今日寒くない?」と聞いたら、「朝は暑かったからさ」と意味のわからない理由が返ってきた。


4月の朝はまだちょっと肌寒いよ。

別に朝は暑かったとかじゃなくて、割と今日ずっと寒かったけどね。


「仕事は何してんの?」とか聞いてみるがしょうちゃんは口をもごもご動かして「まぁ、色々と」と濁した。


「さっきチャリ漕いでどこ行ってたの?」


「ん? ああ、パチンコ。隣のオヤジが引き良すぎてムカついたわ〜後から隣に座ってくるやつに限ってなんだあんな出るんだよ、電車でJKの隣に座るトナラーよりタチ悪い」


パチンコ帰りに河川敷に寄って、みたらし団子を食っていた男。全身から「自由」がにじみ出ていた。

まさにフリーダム。

人生を謳歌している。


「彼女とかいるの?」


「えっ、急に?」


「いや、なんか気になって」


「いねーよ、そんなもん。童貞じゃねぇけど……」


「素人童貞?」


「そんな言葉はねえ!はめてんだから童貞ではない!」


なぜか胸を張って言われて、返す言葉が見つからなかった。顔がもっと真っ赤になっちゃったよ。


しょうちゃんは、相変わらずだ。


昔からこんなだった気がする。

どこにでも顔を出して、どこにも属していない。

誰とでも喋るのに、何も話してない。

懐かしい、でもどこか異質。

それがしょうちゃんだった。


パチンコ好きなのも昔から賭け麻雀とかやっているせいなんだろうな。生粋のギャンブラーなのだろう。


「で?ともくんはあんな河川敷で何してたのよ」


つまみの枝豆をひとつ口に放り込みながら、しょうちゃんが聞いてきた。


「……?」


「なんか、ぼーっと座ってたじゃん。風に吹かれて“人生とは”みたいな顔して」


「そんな顔してた?」


「してたよ。哲学者みたいな顔してた。まさか転職でも考えてたんじゃ……あ、人生諦める方か?」


「違うよ」


俺はグラスを置いて、少し間をおいた。


「ミステリーのネタが出なくてさ。ちょっと水でも見ればアイディア湧くかなって思って」


しょうちゃんは一瞬、目を丸くした。


「え、お前ミステリー作家だったの?サラリーマンじゃない人だとは思ってたけど」


「なんだよその限定の仕方は。ミステリー作家だよ」


「すげぇな!有名?」


「全然。一冊だけ賞とったけど、今は鳴かず飛ばずって感じ」


「マジか〜作家ってほんとに生きてる人間なんだな。うわ、やべぇな、なんか俺……急に感動してきた……」


「やめろ、酔ってるだろ」


「いやいや、マジで。だってさ、“ともくん”が作家って。え、なんか書いてよ俺のこと。“しょうちゃん殺人事件”とかさ。実在の人物に基づいてるけど、フィクションですってやつ」


「やだよ。書く理由ないし」


「んじゃ、俺がネタ提供するわ!」


しょうちゃんは両手を広げた。


「知り合いに変なヤツいっぱいいるからさ。“人殺しそう”って顔のやつ、わんさか。歯がねえやつとか!俺もちょっと考えてみるよ、ミステリーのトリックとか」


「いやいや、いいよ……」


「いやいやいや、俺、こう見えて妄想力はあるから。高校のとき、家庭科の課題で『理想の結婚式』って作文書かされたんだよ。新婦が登場する時に新婦の親父がいたら発展するとか、誓いのキスをしろ!って言って期待度70%越えの激アツ演出とか考えたんだけどさ。“婚約指輪をはめた時、虹に光って新郎新婦の役物が落ちてくるとか言葉も意味もわからない”って」


「それは怒られて正解だよ」


しょうちゃんはまた豪快に笑った。笑って、みたらし団子の串を使って氷を混ぜていた。なぜ串なのかは聞かないことにした。甘くしてどうすんだよ。


それから少しして、終電近くになったので解散することに。


「じゃあ、またな!なんか思いついたら連絡する!」


「お前、連絡先知らないだろ」


「明日も来いよ河川敷」


どこまで本気か分からない笑顔を残して、しょうちゃんは去っていった。

自転車のベルが「ガキッ」と鳴った。鳴らしたわけではない。自然に鳴ったのだろう。たぶん。


彼の背中が夜の商店街に吸い込まれていく。


俺は、帰り道でふと思った。


本当に、しょうちゃんってこんな感じだったよな。


でも静かだった気もするんだよな。

P結婚式を考えたり賭け麻雀するやつが静かなわけないか。

記憶なんて曖昧だ。誰かと誰かを混同しているのかもしれない。


明日になれば、どうでもよくなることだろう。

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