魔法は等価交換なのでしょうか?
誰かが見つけた地下への入り口。
地下はとても魅力的な場所だった。
最初はおぞましい呪いの入り口、すなわち地獄だと言われていた。実際、中に入っていった人たちが二度と帰ることがなかった。
この洞穴は閉ざされたままだった。
だが、あるとき。
この世の中で見たこともないほど美しい宝石の原石、金の原石、古代の魔術書、浮かぶ炎の欠片。
それらが流通したのだ。
誰もが気になり調べてみれば、どうやらこの魔窟かららしい。
モンスターを倒せば毒と腐臭。そして出てくる宝石。
誰もが働くのが馬鹿らしくなった。
これさえあれば稼げる。
そう思った人たちはさっそく乗り出した。冒険へと。
まだ地図もない。道もない。モンスターの倒し方も生態も特徴もわからない。
どこに隠れていて、いつ襲ってくるのか。
実際に半数以上は死んだ。
それは死体さえ残らない末路だった。
そこで怯むような者たちだけではない。
それでも突き進む者たちを冒険者と呼んだ。
無謀の蔑視と憧れの敬意を込めて。
わたしが冒険者になったのは勇気があるからではない。なによりも金に飢えるほどに貪欲だからでもない。
魔法試験に落ちたからだ。
魔法の成績以前の問題だった。
わたしはその日、高熱を出して試験に出られなかった。
出席すらできなかったのだ。
大事な大事な試験。
熱だろうがなんだろうが這ってまで行くつもりだったが、気づいたときには日が暮れていた。
だからこうして冒険者なんかをやっている。
冒険者が嫌いではないけれど、魔法試験に受かって、のちのちは魔法書の研究を行いたかった。
否。撤回。
わたしは冒険者が嫌いだ。
なぜなら彼らの雰囲気が嫌い。価値観を理解できない。受け入れられない。
短期で横暴、大酒狂い、食事はぐちゃぐちゃと音を立てて食べる。
(今だけ…今だけだから今だけ耐えるんだ…)
(今日も頑張ろう)
そう思い生きている毎日。
一年間。一年間だけ。次の試験にさえ受かれば、わたしは魔法書の研究ができる…!!
「ぅわ…」
腰がひけた。
今日も日銭を稼ぐために冒険へと出た。
目の前で大きなモンスターが真っ二つにされた。びちゃ…と壁に緑色の血が飛び散る。
当然、わたしにもモンスターの血はかかる。皮膚がじゅわ…と焼かれる感触がする。
モンスターの血は毒だ。
「立てる…? マリー」と手を伸ばされる。
わたしはその手を躊躇したが、断るわけにもいかず、手にとった。
この人は邪気のないさわやかな笑顔を浮かべている。
この人はアイドルだ。冒険者なんかに合わないくらいのアイドルだ。
なにせ見た目がいい。美しさの暴力というほどに顔がいい。
そして、どの男もかなわないほどに強い剣士だった。
そしてついたあだ名が地上の姫、戦場の悪魔。
悪魔は言い過ぎだろうと思っていたが、彼女の容赦のなさを目の当たりにすれば、その表現も間違ってはいないとわかる(言い過ぎかもしれないが)。
わたしたちは最強パーティーの一角とされている。
わたしが優秀なのではなく、彼らが優れているだけだが。
わたしが彼らのパーティーに入れたのは、才能を認められたからではなく、ただ彼女ティーゼと出身が同じだからだ。
「だいぶ奥まで行ったな。ちゃんと地図は書けてるか?」
「大丈夫。だけど道が狭いから早めに帰ったほうがいいかも。ほかの冒険者とすれ違うと面倒なことになりかねない」とマッピング担当は言う。
「そうだな」とリーダーは頷いた。「今月のノルマは達成したし、そろそろ引き返すか…」
出入口へと向かった先に、戦闘を歩いていたリーダーは足を止めた。
わたしたちにしか聞こえない声量で鋭く囁く。
「税関だ。冒険者に変装してる…」
抜き打ちで冒険者の日銭チェックがある。
もちろん冒険者は荒くれものの集団でもあるので、そんなの関係ないとばかりに押し倒すものもいるが、わたしたちはそうではない。あくまで地主と争うのはよくないという考えだ。
たとえ、それが不公平で不平等な妥当でない統治であったとしても。
だが。
工夫くらいはする。
魔石の一部と価値の高いものは、魔法で見た目を石に変える。ただの重い石に変えるのだ。
そしてそれを適当にダンジョン内に隠す。
リーダーがあたりに注意を払い、誰にも見られていないことを確認する。
税関は毎日、ダンジョンの入り口で待機しているわけではない。
明日、明日がダメなら明後日に回収すればいい。
リーダーは聡明だった。
リーダーの名前はルアン。ルアンはわたしと年齢が変わらない。
幼さの残る顔立ち。だがまぎれもない知性が仕草、行動には宿る。
ルアンとわたし、そして地上の姫、戦場の悪魔と名高いティーゼは同じ村の出身だ。
ティーゼはルアンに恋心を抱いている。
ルアンは理想的な男の人だと思う。だけどルアンはただの冒険者でしかない。ティーゼほどの美貌であるならば、もっといい人とも縁があるとは思うのだが…。
人間関係、とりわけ恋愛心に疎い自覚があるマリーはあえて訊かないことにしている。しかも、マリーもティーゼのことを嫌いではないが、苦手…敵わないと思っている節がある。
いろいろ、不満や不安はあるが、そんなのどうでもいいのだ。
とマリーは開き直った。
なぜならマリーは1年後には、このパーティを去っているから。
今後どのような人間関係のイザコザが発生しようが、どうでもいいことなのだ。
否、撤回。
(ヒ、治療師がつらすぎる…!)
ヒーラーが辛すぎて。
ダンジョンでの疲労が一気に押し寄せてきた。
ダンジョン後の居酒屋で酒を煽るメンバー。
だけどマリーはもともと、こういうザ・パリピな雰囲気が好きではないのと、そもそも、疲れすぎていて起きているのが面倒。疲れ果てていたのだ。
彼らの底なしの体力が理解できない。共感できない。わたしを巻き込まないでくれ。
ヒーラーは体力・気力・魔力の補給と傷の治癒だ。
しかし考えてみてほしい。
人間が睡眠を何時間もかけて回復できる体力・気力・魔力を一瞬で回復させる。
擦り傷ですら何日もかけて治す必要があるのだ。それを一瞬で治癒する。
そんなことが可能だろうか?
(可能なんだけどさぁ~~~~~)
自分の倍以上のサイズ、倍以上の筋肉のあるモンスターを粗末な鉄の剣で切り伏せる人たちが現にいるのだ。いくらバグだからといって、おかしくはないはずだ。おかしくはないはずだが…
ほんとうに魔法は等価交換なのだろうか?
そんなことをマリーは頭の片隅で思いつつ、眠気に勝てずに意識を飛ばした。