表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

恵ちゃぁぁ~~~ん(´・ω・`)

     8

 その夜、すばる360のメンバーは青木の喫茶店に集まり、盛大に祝勝会をやっていた。

 皆、優勝したかのよう。そして自分たちの力のみで勝ったような気がしていた。

「やっぱ、俺たち、がばい強かとばい」

「ワイルドセブンに勝ったんだし、で、決勝戦の相手はマイルドセブンだったろ?」

「うんうんうん」

「ワイルドよりマイルドがマイルドに決まってるしぃ」

「そうそうそう」

「だからもう、勝ったも同然!」

 みんな豪快に楽観的なことを言っていたと思いきや…、

「まぁ、恵ちゃんが決勝戦に来てくれたら…、の話やけどな」

 ネガ介が突然、変なことを言い始めた。

「え?恵ちゃん、来てくれるんだよね、決勝戦」

「そういえば恵ちゃん、今夜の祝勝会にも来てないし…」

「せやから恵ちゃん、最初に言うとったでぇ。思い出してみぃや。たしか、こんな事言うとったでぇ」


(…だから5月の終わりまでなら、投げてもいいですよ。でも、6月にはアメリカへ行くんです…)


「そんで今日は5月31日やで」

「それじゃ恵ちゃん、今夜の12時でカボチャに戻るの?」

「バカヤロウ!それは眠りの森の美女だろが!」

「へ!だぁかぁらぁ、最初に言っただろが!俺は最初から女は信用してねぇんだ!」

「でもやっぱり、恵ちゃん、投げてくれるんでしょ?」

「来ねぇから投げれる訳ねぇだろが!リモートで投げるってか?」

「でもでもだってぇ…」

「へへへ…、へーくしょん!」

 皆、勝手なことをぬかしていた。

 するとカウンターの向こうにいた青木の妻が、店の壁にある状差しから一通の手紙を取り出し、こう言った。

「実は、今日の午後、恵ちゃんが手紙を持って来てくれてね。それを私に言伝て行ったんだよ。恵ちゃん、とても寂しそうだったよ」

 彼女はそう言うと封筒を開け、読み始めた。


 青木さん、おとぼけの皆さん。突然こんな手紙を読まれて、きっと驚かれていると思います。

 ほんとうにごめんなさい。

 本当は皆さんにお逢いして、直接お別れを言わなければいけないのですが、突然予定が早まり、今日の夜には成田を発たなければいけなくなったのです。

 皆さんとお別れするのは、とてもとても辛いことです。

 だけどこれは、自分で決めたことですから…

 前にもお話しましたが、私、5月いっぱいでこの土地を離れ、アメリカのサンフランシスコへ行くのです。

 向こうで結婚します。結婚相手が向こうに住んでいるのです。

 皆さんとは一か月と少しのお付き合いでしたけど、だけど、とても楽しく野球をすることが出来ました。

 ちょっぴり変な野球でしたけどね。

 それから、皆さんが力を合わせて、ボールに立ち向かっている姿は、とても凛々しかったですよ。

 どんなこともチームワークで力を合わせれば、何でも出来るんだ!

 私は皆さんから、そんなことを教わった気がします。

 今でも皆さんひとりひとりの姿が私の目に焼き付いています。


 青木さん。あまりみんなを怒らないでくださいね。

 不手際さん。あのときは、ショートバウンド…、とても痛かったでしょう? 本当にごめんなさい。

 みぃ太郎さん。コントロール、良くなるといいですね。

 ボタさん。センターの守備、お見事でした。

 くしゃみさん。すばらしい俊足でしたよ。

 怒山さん。本当は私の事、とても心配してくれていたのですね。

 ポジ介さん。みんなを勇気づけてくれました。

 ネガ介さん。みんなに貴重な忠告をしてくれていたんですね。


 私には一生忘れられない、素晴らしい思い出になりました。

 どうもありがとうございました。

 これからも、いつまでもお元気で。

 そして、野球を楽しんでくださいね。

 それでは、この辺で。さようなら。

                      西尾崎恵


「恵ちゃん…」

「六月の花嫁たい。がばいめでたかばい。今夜はみんなでお祝いたい。それにしても恵ちゃん、ようわしらの相手ばしてくれたたい」

「せやせや。おまえのようなうすのろは、相手してもろただけでも、感謝せなあかんでぇ」

「うううう…、うすのろちゃぁ何かぁ、貴様ぁ!」

「まぁまぁまぁまぁ、いいじゃないですか」(いつのまにやら件の審判がここに…)

「でももう、彼女、投げてくれないし。もう決勝戦、不戦敗…、かなぁ」

「わしが投げるたい。恵ちゃんにも遜色のなか、わしのシンカーたい」

「へっ。あほくさぁ」

「貴様ぁ、今、なんて!」

「まぁまぁまぁまぁ、いいじゃないですか。そんなに怒りなさんな」(審判談)

「へーくしょん!」

「とにかくやな、ピッチャーおらへんかったら、マイルドセブンはおろか、相手がゴールデンバットでも負けるんとちゃうか」

「7対245で負けるのかなぁ」

「やっぱり野低人だけじゃ、勝負にならないよ。ちゃんとしたピッチャーがいなきゃ」

「へ! 女め! だから言っただろが。俺は最初から女は信用していねぇんだ。だいたい、肝心な時に、とっととドロンしやがって!」

「やっぱり俺たち、落ちこぼれなんだねぇ」

「決勝戦、放棄試合かな」

「放棄試合は7対9で負け。普通にやったら7対245で負け。どっちがいい?」

「いやいやいや、いくらなんでも、そんなに点、取られるわけねぇだろう、このばかたれ!」

「どないしまひょ。ピッチャーおらへんがな」

「せっかく決勝戦まできたとに、悔しかばい」

「他にピッチャー、いないのかい?」

「せやせや青木さん、他にええピッチャーおらへんのかい?」

「そうだそうだ。ピッチャーは…」

「ピッチャー!」「ピッチャー!」「ピッチャー!」「ピッチャー!」


 皆でそんなこと言っていたその時だ。

 奥の方の席から、ひとりの大男がのそりと立ち上がった。

 そして大男は、おとぼけたちの方を見て、にやりと笑った。

 その大男とは、野低人のテストのため、再びこの地を訪れていた、誰あろう、あの田村長二郎氏だった。

 彼は偶然、この店に立ち寄り、イカの姿揚げを肴に黒霧を飲んでいるようだった。(ああ、この店、夜間はお酒も出すらしいし)

 それはさておき、それで彼はよく通る、独特の低い声でこう言ったのだ。

「もしよかったら、その決勝戦、僕が投げましょうか?」


 青虫バケツリレー作戦 完

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ