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妻や娘と別居するようになってからは、会社の帰りに弁当を買って帰ったり、
スーパーで刺身やお惣菜を買ったりと平日自炊することはあまりない。
土日は簡単なモノで自炊してはいるが。
時間も食材も限られた中での、焼き魚と豚肉と茄子を焼くという簡単な
ものだったが、自分のために誰かが……世話を焼いてくれるというのは、
有難いものだなぁ~と実感した。
孤独感に囚われた寂しいばかりの日々に、いきなり思いもかけず
パッと明るく暖かい光に照らされたような気分である。
妻の記憶が戻ればあっという間に失くしてしまう危うい至福のひと時で、
期間限定になるかもしれないことが少し哀しい。
それでも、この時間が無かったほうが良かったとは思えない。
薄氷を踏む思いではあるが、だからこそ、心から堪能しようと
俊は強く思うのだった。
何もかもが急な展開で、うっかり布団が揃ってないことに気付かず
俊は焦ったが今が夏でよかった、そう思うのだった。
普段はダブルベッドを使っているのだが真夏はここのところ毎年和室の
畳の部屋を使っていて、実は昨夜も和室に薄い敷布団を敷いて寝ていたのだ。
今夜のところはそこへ奈々子を寝かせバスタオルを掛けてやった。
そして自分たち夫婦はダブルベッドを使うことにした。
自分と娘の布団がないことに桃がいつ気が付くとも限らない。
何と説明すればいいのか。
明日姑か舅に連絡をして相談しないと、などと、俊の脳内はせわしなく、
あれやこれやと考えなければならないことに囚われ続けた。
今のところ突っ込みが桃からはない。
おそらく記憶が抜け落ちたそのことで手一杯だからだろう。