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105 淡井恵子の番外編15
市川と親密になれると期待していただけに返ってきた断りの文面に
恵子は愕然とした。
新井と市川が学生時代からの友人で親友?
そんなの知らない、聞いてないよー。こんなことってある?
これって市川くんが新井くんに遠慮して私を彼に譲ったってことよね。
『二兎を追う者は一兎をも得ず』の意味が、まだこの時点では流れを読み切れず、
1mmも頭に浮かばなかった恵子は、しばらくの間……また仕事帰りに
いつ新井が誘ってくれるだろうかと待っていたのである。
けれど、2か月が過ぎクリスマス近くになっても新井から以前のようなお誘いは
なく、流石の恵子も全容が見えてきたのだった。
とっくに新井の耳には自分が市川に色気を出してデートに誘っていたことなど
入っていたことを。
『私ったら、ただの馬鹿じゃない』市川くん、なんて言ってた?
新井くんとは親友だって言ってたじゃない。
二度目の誘いはメールに書き込んでるしー。
きっとそれ、見てるよね新井くん。
そんなの市川くんにやんわり断られた時に気付かなきゃ。
あんなやこんな、気付いた瞬間、恵子はこの先歩いていく自分の行く末を
脆く感じるのだった。
自分の不運にうろたえつつも、恵子は思った。
『大丈夫、桃だって大好きだった旦那と別れてシングルマザーだよ。
それに比べたら私なんてまだマシ』
そう強がってはみるものの、新井と市川が異動でいなくなるまでは、
職場で結婚相手を見つけるのが難しくなるのは必至。
『何よ、ちょっと映画の話で盛り上がって映画を誘っただけなのに、
新井くんったら気にし過ぎなんだよ』
部屋の中で捨て台詞を吐くものの、以前自分をやさしく見つめてくれていた
新井の眼差しと、楽しく語らいながら過ごした食事の時間が、たまらなく
恋しかった。
◇ ◇ ◇ ◇
それから2年後、恵子が33才の年に、新井賢一と米本美晴が
社内恋愛を実らせて結婚した。
ふたりが付き合っていたことを全く知らなかった恵子は、悔しさのあまり
寝込んでしまった。
本当なら自分が新井の隣にいたかもしれないという気持ち、
呪縛から逃れられず苦しくて苦しくて……しようがなかった。
そのような中でいつも戻る無限ループする恵子の気持ち、
それは新井といい感じでいた頃のことだった。
あの頃に戻れたら……毎日そう思わずにはいられなかった。
そして……
時同じくしてこの頃、桃が俊の元に戻り昔のような幸せな暮らしを
取り戻していたことを恵子は……知らずにいた。