第4話
六月初旬。
「おはよう、氷室君」
「ああ、おはよう。早乙女」
いつも通り、挨拶を交わした。
しばらくすると、メッセージが届いた。
今日は何色だろうか?
それとも履いていないのだろうか?
少しワクワクしたながら携帯を開くと……。
『今日は何だと思う?』
まさかのクイズ形式だった。
思わず早乙女の方を向くと、彼女は何故か得意気な表情を浮かべていた。
意味分からん。
『何か、特別な物なのか?』
普通にパンツを履いているなら、色を教えてくれるはずだ。
そして履いていない時は、履いていないと報告してくる。
つまり、そのどれでもないということだが……。
『まあね』
『教えてくれないのか?』
『放課後、教えてあげる。考えておいて。宿題ね』
うーん、何だろうか……。
全く、想像できない。
それから早乙女のスカートの中身について、俺は一日中、考えていた。
体育の授業――今日は今年最初の水泳だったが、全く集中できなかった。
そうこうしているうちに、昼休みを迎えた。
「最近、お前、聖女様と仲良さそうだよな」
友人にそんなことを言われた。
そうだろうか?
思わず首を傾げてしまった。
確かに早乙女とはメッセージでやり取りをしているが、基本的にはスカートの中身についてだった。
お互いに会話を交わすことは少ない。
「そんなことないと思うが。どうしてそう思うんだ?」
「たまにアイコンタクトを取り合ってるじゃないか」
ふむ。
言われてみれば、確かに視線でやり取りはしている。
「まあ、隣の席だしな。挨拶くらいはする」
「それだけか? ……放課後、楽しそうに話してたって聞いたぞ」
「あー、うん、まあ、少しは盛り上がったが」
最後に早乙女と放課後に話をしたのは、パンツ履いてない事件の時だ。
あの時は確かに、そこそこ大きな声で大騒ぎをしていた。
……会話の詳細自体は聞かれていなかったのは、幸いか。
「日直、被ることが多いからな。席の都合で」
「くっそ……羨ましい。俺も聖女様とお話したい……!」
そう言って睨まれた。
……まあ、役得な立場にいることは否定できない。
「お前も話しかければいいじゃないか」
「話しかけられるわけ、ないだろ。俺なんかが……早乙女家のご令嬢だぞ」
そう言えば、あいつ、お嬢様だったな。
そして放課後。
「さあ、雨が降らないうちに、早く終わらせてしまいましょう」
早乙女はいつになく、そわそわしていた。
若干、顔が赤い気がする。
そして何故か、胸を庇っているようにも見えた。
どうしたんだ?
「早乙女。今朝の件だけど……」
「な、何の話?」
「いや、お前が出したクイズの件だけど……」
「あ、あーうん、その件ね。えっと、そ、そうね……実は、少し想定外のことが起きちゃって」
……想定外?
俺は思わず首を傾げた。
「で、できれば、忘れて欲しいかなって……」
早乙女はモジモジしながらそう言った。
「あぁ、そう? ……まあ、別に俺は全く構わないけど」
そもそも早乙女が一方的に俺にスカートの中身について、教えてくれるだけの関係だ。
俺は別に早乙女に何も提供できていない。
早乙女が嫌になったら、やめればいいだけの話だ。
「そ、そう。ありがとうね。ごめんなさい、騙すようなこと、しちゃって」
「いや、気にしない。早く仕事、終わらせよう」
あまり触れて欲しく無さそうだったので、俺は会話を早々に切り上げ、仕事を終わらせることにした。
そして校舎から出ようとすると……。
「うわ、酷い雨だな」
「……困ったわね」
大雨だった。
確かに雲行きは怪しかったが、ここまで降るとは。
「傘、忘れたのか?」
立ち竦んでしまった早乙女に尋ねると、早乙女は苦笑しながら頷いた。
「うん……そうね」
「貸そうか?」
「それは悪いわ」
「風邪、引くよりはいいだろ」
「それはこちらの台詞」
俺は早乙女に傘を押し付けようとするが、逆に押し返されてしまう。
しかし早乙女を置いて、俺だけ傘を差して変えるのもなぁ……。
「そう言えば、氷室君。帰り道の方向、同じよね」
「そうだな」
「良かったら、半分だけ、貸して」
「……いいのか?」
「それはこちらの台詞だけど、何か懸念があるの?」
「……いや、特にないけどさ」
相合傘でいいのか?
そう聞こうと思ったが、気恥ずかしかったし、何より変に意識していると思われるのも嫌だった。
「なら、決まりね」
こうして二人で傘を差して歩くことになってしまった。
「ありがとう。優しいのね、意外と」
「意外は余計だ」
互いに肩と肩が触れ合う。
時折、肘や二の腕が柔らかい胸に触れる。
そのたびに互いに距離を開け、そして雨を避けるために再び体を寄せる。
寄せては引き、引いては寄せてを繰り返す。
「……気付いた?」
「何が?」
「……いえ、別に」
早乙女はそう言って頬を背けた。
その頬は仄かに赤らんでいるように見えた。
……そんな呑気なやり取りができたのは、雨が本格的に強くなるまでのこと。
「……ごめんなさい。こんなに酷くなるとは、思ってなかったわ」
「いや、これはどのみち、傘の有無は関係ないだろう」
相合傘など意味もないと言わんばかりの土砂降りのせいで、ずぶ濡れになった俺たちは、公園の遊具の下で雨宿りをすることになった。
「あーあ、最悪……素直に迎えを呼ぶべきだったわ」
早乙女はため息をつきながら、スカートを絞った。
水に濡れた白い脚がチラりと覗く。
あまり見るべきじゃないな。
そう思った俺は視線を上に上げて……。
「あっ……」
ある一点に、釘付けになった。
俺は慌てて早乙女から顔を逸らした。
「どうしたの? あっ……」
早乙女も気付いたのか、透けて見えてしまっていた、胸を隠した。
そう、丸見えだったのだ。
下着もつけていなかったから。
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