9. 少しの違いに気付けない
「あ、オレが気になるってわけじゃないけど、『足元をすくわれる』って誤用、気にしてる人は見たことある」
「へえ……それ、誤用なのか」
気になってしまう誤用、という話で思い出したのか、相手が口にした言葉に首を傾げる。
「お、知らない? 正しくは『足をすくわれる』なんだよ」
「へー……ああ、たしかに、足元、だと出て来ないな」
ポチポチと手元の電子辞書に入力して試してみたところ、「足元」では出て来なくて、「足をすくわれる」で正しい意味が表示された。
「な。最初見たとき、どこが違うのかわかんなかったな~」
笑って話す相手にうなずき返す。意味を考えれば「足」が正しいとわかるかもしれないが、意識していないとなかなか気付けない気がする。
「うーん。そういうのだと……『火蓋を切って落とす』とか」
「え。そっちは知らない。どこが違う?」
「正しくは『火蓋を切る』らしい」
「へ~……ちょっと貸して」
手元の電子辞書の画面を相手の方へと向けると、そのままポチポチと調べ始めた。
「ほ~……そっか、『火蓋を切る』か~……なんか『切って落とす』の方が言いやすい感あるけど」
「『戦いの火蓋が切られた』か、『戦いの火蓋が切って落とされた』か、みたいな?」
「そうそう。んー……あんまり意識して見たことなかったけど、普通は正しい方で書かれている……か?」
よく思い出せないらしく首を傾げている。そういう俺も、これまで見てきた文章でどちらが使用されていたか、思い出せないのだが。
「微妙な違い系だと『一生懸命』とか」
「へぇ。よく見る気がするけど」
相手の言葉に目を瞬かせる。
「そう。なんか『一所懸命』の方が正しいらしくって、昔は使ってたら怒られたんだけど、最近は普通に使われてるの見る気がするなー」
その言葉を聞きながら、電子辞書に文字を打ち込む。
「ああ。本当だ。『一生懸命』で辞書に載ってるけど、『一所懸命』から出た言葉ってなってるな」
「なー。辞書に載ってるなら、もう使ってもセーフかな」
「まあ、気にする人は気にするかもしれないけどな」
「だよなー」
相手はそう言いながら、机の上に腕を枕にして上半身だけごろりと寝転がると、唇を尖らせた。
その姿を見下ろしながら、思い出した誤用を口にする。
「他は……『的を得る』と『的を射る』とか」
「え。どっちがどっち?」
「『的を得る』が誤用で、『的を射る』が正しい方だな」
電子辞書に正しい方の言葉を打ち込むと意味が表示された。画面を相手に向けると、見づらいだろうに、机の上に転がったまま頭を傾けて読んでいる。
「ほ~ん。まあ、たしかに、意味的に『射る』が正しい、って納得はできるか……」
「聞き間違えることはありそうだけどな」
「……絶対、ある…………」
む、と眉を寄せてうなずいた相手は、べしゃりと身体の力を抜いて、机の上にうつぶせた。
今回の話で言及した誤用:
・足元をすくわれる
・火蓋を切って落とす
・一生懸命
・的を得る
補足:
・一生懸命については、誤用が定着したとみなされていることが多いようです。
・「的を得る」は誤用ではないという話もあるようです。
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ネタ切れなので、しばらく更新はない予定です。
誤用ネタが集まったら、またひっそりと更新するかと思います。