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7. 現実の方がずれたパターンと、少しの脱線

 ※誤用から少し話が脱線しています。

「なあなあ、知ってるか? 『入籍』って『結婚する』って意味で使うのは微妙に違うんだって!」


 またある日の放課後。どこかに行っていたそいつが教室に戻って来たかと思えば、突然そんなことを言い出した。


「へー」


 適当に返事をしつつ、読んでいた文庫本に栞を挟んで閉じる。


 そうしている間に、相手は前の席の椅子を引き、こちらを向いて座っていた。


「さて、なぜでしょう」


「知るか」


「えー。ノリわるーい」


 ふざけて、ぶーぶー言い始めたそいつを放って再び文庫本に戻ろうと視線を落としたところで、焦った声で止められる。


「ちょ、ちょっと待てって。結構面白い話なんだよ、これが」


「ふーん?」


 ひとまず、文庫本を開こうとした手を止めて、相手の話を促す。


「『入籍』って文字通り、『籍に入る』って書くし、結婚したら片方がもう一方の戸籍に入るってことだと思うじゃん?」


「ん、まあ、文字通りに解釈するなら、そうだよな」


「ところが! なんと! 現在の戸籍法では、結婚すると基本的に新しい戸籍が作られるから、『入籍』にはならないのだ!」


 随分と芝居がかった調子で話す姿を眺め、どこかで読んだ文章をそのまま読み上げているんだな、と生温く流す。


 そうして、俺の薄い反応にまたぶーぶー言い始めたそいつを放っておいて、携帯端末を取り出した。


 さすがに電子辞書にそういう話は載っていないだろうと考え、携帯端末で「入籍」を調べてみることにする。


「へえ。一応、本当の話なのか」


 調べて出てきた説明をいくつか読んだところによると、戦前の家制度では、夫の入っている戸籍に妻が加わる仕組みとなっていたため、文字通り「入籍」だったようだが、現在では、片方が再婚の場合など、すでに独立した戸籍がある場合は例外として、基本的に初婚同士の場合は新しく戸籍が作られるため「入籍」とは呼ばないのだそうだ。


「一応って、ひど。疑ってたのかよ……」


「日頃の行いが悪い」


「ひでぇ」


 えーん、と泣き真似をしてみせる相手に冷めた視線を送り、ふむ、と文庫本に視線を落とす。


「いや、待って、もう一つ。『入籍届』で調べてみ?」


 また読書に戻ると思ったのか、泣き真似を止めたそいつの言葉に片眉を上げ、再び携帯端末を操作する。


「んー……? 『入籍届』?」


 検索すると、婚姻届と入籍届の違いについて説明された文章があった。


「結婚することを『入籍』って言うけど、『入籍届』って全然違うのがあるんだよ」


 結婚する際に「婚姻届」を出すことは知っていたが、「入籍届」というものも別にあるらしい。


「へぇ……なかなかに紛らわしいな……」


 入籍届について説明された文章をざっと読む限り、親の離婚によって子どもの姓が変わる場合や、養子縁組の場合など、こちらは実際に戸籍に「入籍」させるときに使われるものらしい。


「な。結婚するって意味で『入籍』って使われるの見るけど、実際の制度上の『入籍』は別の手続きを意味している、って結構、ややこしい状態だよなー」


「たしかにな……」


 もともとは言葉通りのものだったのが、現実の方が変化することで意味とずれてしまう、という、そんなこともあるようだ。


「そういえば、夫婦同姓とか、選択的夫婦別姓とかの話があるよな?」


「ん? そうだな?」


 突然の話の転換に首を傾げつつ返事をする相手を確認し、言葉を続ける。


「さて、ここで問題です」


「え、何?」


 くるりと手元の文庫本を回して相手に表紙が見えるように示す。


 さっきの相手の真似をして問題形式で話してみることにしたのだが、突然の言葉に驚いたのか、相手は椅子の上で身を引いていた。


「この作者の名前は、どれが姓で、どれが名前でしょう」


「えぇ……何? 『ガブリエル・ガルシア=マルケス』?」


 淡々と言葉を続けると、相手は若干引きつつも、表紙の文字を確認して読み上げる。


「んー……普通に考えるなら、ガブリエルが名前で、マルケスが名字だろ?」


「ガルシアは?」


「えー……外国の人の名前だと……ミドルネームとか?」


「違うなぁ」


「えぇー……じゃあ……待って、この人の名前、『ガルシア=マルケス』って書かれてるの見る気がする……てことは、つまり……ガルシアが名前で、マルケスが名字、ガブリエルがミドルネーム!」


「……『ミドル』の意味とは?」


「……たしかに」


 なんとなく気になってミドルネームを電子辞書で調べると、名前と姓の間にある中間名という意味らしい。


 そんなことをしている間に、うんうんうなっていた相手は考えるのをやめたようだった。


「降参! 答え、何!?」


「自分で調べろ」


「えー」


 ぶうぶう言いつつも、自分の携帯端末を出して調べ始めた。


「んー……ガブリエルが本人の名前でー、ガルシアが父親の姓で、マルケスが母親の姓……?」


 答えのわかる文章にすぐにたどり着いたようだ。


「そ。名字が二つなんだよな」


「へー。そういうのもあるのか……」


 興味深げに画面を眺めていた相手が、ことりと首を傾げた。


「つまり、『ガルシア=マルケス』の表記は、『鈴木=佐藤』みたいな話?」


「……そうなるな」


「人名の表記として『名字=名字』ってあり?」


「……さあ?」


 自分から持ち出した話題とはいえ、なかなか不思議な帰結となってしまい、顔を見合わせて首を傾げた。


今回の話で言及した話題(誤用の話からだいぶ脱線):

・入籍

・スペイン語圏の名前


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  • 【注記】
  • ※言葉の使われ方は変わるもののため、当小説内に記載している内容について「正しい」「間違っている」などと主張するものではありません。
     執筆時点で「誤用と言われていた」「そう思う人もいる」くらいに考えてください。
    ※書いている人は、言葉について専門的に学んだわけではないため、正しい知識を得たい方はご自身で調べるなどしてください。
    ※あくまでも「小説」です。たまに脱線して誤用以外の話をすることもあります。
     誤用について学びたいという用途には適さないため、そういう目的の方は、他の方の書いた誤用についてのエッセイなどを読む方がよいかと思います。
+注意+

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