6. 書き間違いと読み間違い
※誤用から少し話が脱線しています。
「文字と言えば、『独壇場』って元々は間違いだったみたいだな」
ずっと声を抑えるようにして笑っていた相手だったが、ようやく笑いがおさまったようだ。
「へえっ?」
そうしてオレがその言葉に驚いていると、指を伸ばした相手が、目の前の電子辞書を操作する。
そのまま相手の操作する画面を眺めていると、説明が表示されたため、目に映った文字を読み上げた。
「……『独擅場』?」
辞書の説明によると、「独擅場」の「擅」を「壇」と書き間違えてできたのが、「独壇場」という言葉らしい。
「へぇ~……これは絶対、間違えるな……」
「な」
まだ笑いが残っているのか、相手の同意する声には少し笑みがにじんでいるようだった。
「間違いと言えば、よく『雰囲気』を『ふいんき』と読み間違える人がいるって聞くけど……あれ、本当なのか?」
間違いという言葉から思い出した話をする。
「んー……俺もその話、聞いたことはあるけど……」
「『ふんいき』よりも『ふいんき』の方が言いづらくない?」
「まあ、今も言いづらそうだな」
「うるせー。お前も言ってみろってんだ」
「……ふ、いんき」
「言えてない……」
ぷくく、と笑う。
「いや、言えてはいるだろ」
「たどたどしすぎる……」
さっきまでの相手の笑いがうつったかのように、抑えても笑いがこみあげて来る。
「読み間違いの有名どころで言うなら『秋波』とか……まだ笑ってんのか」
「っ……まって…………はー、笑ったー。……ん? 『しゅうは』?」
ようやく笑いを抑え込み、相手の言葉を聞き返す。うまく漢字に変換できなかった。
「……これ」
オレが笑っている間に調べていたのか、電子辞書の画面を示される。
「あー……これかー……」
見たことのある文字ではあった。あったのだが――。
「何? 変な読み間違いでもしてた?」
「っいや!? ちゃんと読み方は知ってたぞ!?」
「あやしい……」
さっき笑ったことを根に持っているのか、じっとりとした目を向けられる。
一瞬、躊躇するが、まあ、さっき変な風に笑ってしまったことだし、こちらも多少はいいかという気持ちになる。
「いやー……なんでかさー、オレ、それ、『あきかぜ』って読んでたんだよな」
「…………『かぜ』、どっから来た?」
「わからん」
「わかんねーのかよ……」
今日は随分と笑いのツボが浅いらしい。また声を抑えて笑い始めた。
「もー、いっそのこと、声出して笑え?」
「やだよ……っ……」
うつむいて肩を震わせているそいつは、目尻に涙までためて笑っている。
まあ、こんな日もある。
今回の話で言及した誤用(読み間違い):
・独壇場
・雰囲気
・秋波
補足:
・独壇場については、誤用が定着したとみなされていることが多いようです。