1. 「誤用をどれだけ言えるかゲームしようぜ!」
※「誤用」についてだらだらと話す小説です。視点人物が変わることもあります。
※言葉の使われ方は変わるもののため、記載している内容について「正しい」「間違っている」などと主張するものではありません。執筆時点で「誤用と言われていた」「そう思う人もいる」くらいに考えてください。
※書いている人は、言葉について専門的に学んだわけではないため、正しい知識を得たい方はご自身で調べるなどしてください。
※あくまでも「小説」です。たまに脱線して誤用以外の話をすることもあります。誤用について学びたいという用途には適さないため、そういう目的の方は、他の方の書いた誤用についてのエッセイなどを読む方がよいかと思います。
放課後の教室。だらだらと雑談をしていたのだが、ふと口を開いたそいつが変なことを言い出した。
「なーなー。誤用をどれだけ言えるかゲームしようぜ!」
「なんだそれ」
突然言われた言葉に胡乱気な視線を返す。
他のクラスメイトはすでに部活だとかそれぞれの用事でいなくなっており、教室にはそいつと俺の二人きりだった。
「よくある誤用を言っていって、言えなくなったら負け」
「へえ。そんな言うほど誤用、知ってんのか?」
片眉を上げてそう返すと、目の前にいる相手の口角が上がる。俺の席の前の椅子に座り、後ろを振り向いて話していたのだが、俺の机の上に少し身を乗り出すようにした。
「お? やる気? じゃー、オレからな」
そんなこんなで、誤用を言っていくことになった。
* * *
「じゃー、まずは、『確信犯』!」
「ああ。お前、それ言いたかっただけだろ」
「ばれたか」
にかっと笑って、そいつは言葉を続けた。
「けどさー、『確信犯』って誤用以外で使われているところ見たことなくね?」
「まあなー。本来の意味は『政治的・思想的確信をもって行われる犯罪』だったっけ?」
「そうそう。『わざとやった』とか『わかっててやった』って意味で使うのは間違いだって、こないだ知ってさー。誰かに話したくて仕方なかったんだよな」
「そうか。じゃあ、ゲーム終わりな」
「いやいや、なんでだよ。次、そっちの番。言えないなら負けな」
別にこのまま言わずに終わりにしてもよかったのだが、にやにやとこちらを見るそいつの顔を見ていると、わざわざ負けてやるのも癪に障った。
「んー……じゃあ、『性癖』」
「え、えっちなやつ?」
「ちげーよ。それが誤用」
「ええっ。ちょっと待って。調べる」
そう言って電子辞書を取り出してポチポチと調べ始めた。授業で使うからたいてい持っているものとはいえ、こういうときにスマホではなく電子辞書で調べるところが、地味にこいつの真面目さを示している気がした。
(見た目は陽キャのアホの子なんだがな……)
そんな失礼なことを考えていると、調べ終えたらしいそいつが、しみじみとした様子で口を開く。
「本当だった……えっちな言葉じゃなかった」
「な。本来は『クセ』とだいたい同じ意味だけど、性的嗜好みたいな意味で誤用されがちなんだよなー」
「いやー……これ、オレ、間違って使ったことありそう……」
「まあ、誤用って知らなければそうなるだろ。誤用のまま使われているところも、そこそこ見る言葉だし」
「うーむ。勉強になった……」
「で? これでそっちが他の誤用言えなかったら俺の勝ち?」
「いやいや待って。言えるから、他にも知ってるから!」
慌てたように言い返してくる顔を見返す。
「ふーん?」
「くっ……えっと、他のは、だな……『両目を眇める』! どうだ!」
「……それ、誤用なのか?」
よくある誤用として聞いたことのある言葉ではなかったため、首をかしげると、得意気な顔で返された。
「ふっふーん。知らないんだー」
「はいはい。いいから説明」
「『眇める』ってのは、『片目を細くする』って意味なんだよ。だから『両目』を『眇める』ってのは言葉の定義として矛盾してるってこと」
「へー……」
そいつの手元にあった電子辞書を引き寄せてポチポチと調べる。たしかに、「眇める」の意味には、そう書いてあった。
「これは知らなかったな」
「だろー? 普通に、目を細めるのをかっこよく言った言葉かと思ったら、片目じゃないと使えない言葉だったんだよなー」
目を細めて、相手の得意気な顔をじっと見つめる。
「……これも言いたかっただけか」
「てへぺろ」
最初の「確信犯」と同じく、知ったことを誰かに話したかっただけらしい。
ふっとどちらからともなく笑い出し、しばらく、教室で二人、笑っていた。
今回の話で言及した誤用:
・確信犯
・性癖
・両目を眇める