Bルート トゥルーエンド「落とし子の落とし子」
B
「…………こっそり確かめよう。本人に直接聞いてもとぼけられるかもしれないしな」
「え」
「このまま、疑惑を疑惑のままで終わらせん。俺は浮気されてあっさり相手を許せる程、お人好しじゃない」
俺は、深く息を吸った。
何かの間違えであれば、それで良い。だが、もしも、本当だったら……。
その時は、相応の報復措置を取るまでだ。稲に対しても、顔も知らないおっさんに対してもだ。
「あー、話を変えよう。……何でも、この学校の近くで、怪人物を見た奴がいるって。いわゆる半魚人で顔は魚の様で鱗が生えていて……」
麟が話を変えようと、妙な噂を語っていたが、俺の頭は稲の事で一杯で、正直全く話が頭に入らなかった。
***
「……zzz」
ベッドの上で稲がぐったりして、寝息を立てている。
場所は俺の部屋。いつも通り体を重ねた後、睡眠薬入りの飲み物を飲ませた。そしたら疲労と薬の効果で、彼女はあっさりと熟睡してしまっている。
俺は彼女の携帯を手に取ると、電源を起動させた。指紋認証式のロックがかかっていたが、無抵抗な彼女の指を使って、あっさり突破した。
「…………」
俺は、携帯のメールアプリと通話記録、通信アプリの「線」のチャットログを一つづつ、確認していく。
「……!」
そうしたら、知らない男との、それらしき会話ログがあった。男女関係はこれだけではあるか分からないが、それでも脳が壊される錯覚を抑えつつ、それを確認し、俺の携帯のカメラで撮影していく。
相手は、かつて、稲をナンパしたというお偉いさんのおっさん。稲め、興味無さそうな顔をしながら、隙を見て会っていたらしい。
「……妙だな」
だが、そうしてログを漁っていくうちに、妙な事に気づく。当初、おっさんとのやりとりは正常なものだった。
「君はスタイルが良い。エッチな下着や水着を着せたい」
「俺の愛人になれ。悪い様にはしない」
「今日もお預けかい。早くやらせてくれよ」
などなど。
だが、おっさんの口調は段々とおかしくなっていき、最近のやりとりを見ると、明らかに支離滅裂な事を呟いており、稲の先祖……邪悪な神への崇拝ともとれる事を最近はずっと呟いている。
「この世界は腐っている……今こそ、邪悪なる神々の力が必要だ」
「神様の言葉に従うことで、我々は救われる。彼女の祖となる神様に」
「外の世界には嘘と欺瞞しかない。ここだけが真実だ」
ちなみに、おっさんはそのせいか、会社をクビにされた様だった。そのせいか、ますます妄言は酷くなっていっている。
「真実は海の底にあるが、私たちだけがその鍵を持っている」
「星辰が揃う夜に、我等の神の力は最大になる」
「夢が我々の声を運び、水底の神に届く」
明らかに正気とは思えない。
「……何だよ、これ」
……見てはいけないものを見てしまった気がする。
だが、好奇心は猫をも殺す。他のデータはどうだろう。一体、この汚いおっさんの身に何があったのか、もはや浮気調査より、そちらの方が気になってしまっている自分がいた。
ドキドキしながら、アルバムアプリを起動させる。
「……!!」
携帯の画面に映し出された画像は、明らかに人体実験……というより、何かの手術を映した光景だった。被験者は中年男性。……おそらく、あのおっさんだろう。手術をしているのは、恐らく稲だ。
場所はどこかの廃病院だろうか。グロテスクな光景が広がっていた。更に遡っていくと、どこかのホテルだろうか。おっさんと稲が並んでピースサインをしている画像があった。麟の妹が見たという光景は、この画像が撮られた日に目撃されたのだろうか。
この画像が恐ろしいのは、おっさんが稲とヤリたそうに、いかにも好色そうな笑みを浮かべている脇で、奇妙なものが蠢いている事だった。おっさんは気づいてなさそうだが、それが、なんだか俺にはすぐに分かった。
稲の触手である。
そのうちの一本が、何かの薬品を含ませたであろう注射器を保持していたから。
後にある写真はベッドに倒れて、寝ているおっさんを写している事からもそれは間違いなかろう。
「都市伝説の正体はこれか…………」
そんなアルバム内の写真の最後の方。おっさんの面影のある、一匹の半魚人が写っていた。手はヒレ生えて、顔は鰯の様。首にはエラがあった。
前に麟からチラッと聞いた怪人物。それを作り出されている光景の写真がそこにはあった。
人体に太い注射器がぶちこまれ、身体をメスで切り刻まれているのは、見ているだけで痛そうだ。
ふと、少し前に稲が話していた事。人体実験をしたい。という狂気に満ちた台詞を思い出す。
彼女はそれを実行したのだ。さながら、食虫植物の様に、この哀れなおっさんを誘惑し、自らの栄養分にする為。
「…………」
何も言葉が出ない。
流石にこれは一線を越えてしまっている。
「……稲とは別れよう」
思わず、そう口に出た。流石にこんな事をする女とは添い遂げられない。
「誰と別れようって?」
「?!」
稲の声が聞こえたと同時に、俺は拘束された。身体に、何本もの触手が絡まり、圧迫された。
「あーあ。見られちゃったか」
光の灯っていない瞳をしながら、彼女が歩いてくる。
「……寝ていたんじゃないのか」
「沖君の様子が、なんとなくおかしかったから、眠ったふりをしていたんだよ。飲み物に睡眠薬混ぜたでしょ? 匂いで分かったよ。邪神の末裔を舐めないで」
「全部、お見通しって事か」
俺はもがくが、触手は俺をがっちり拘束して離さない。
「携帯に入ってる記録、見ちゃったんだね。ああ、そうだよ。私があの人を誘って実験台にした。あの人もしつこかったからさ。ストーカーになる前に処理したんだよ。深きものの血を解析して、人工的に眷属を作る薬も無事完成。今日も廃病院で元気に旧支配者に祈りを捧げてるだろうね。偉大なるクトゥルフの落し子の更に子である私も満足! 満足!」
深きものだの旧支配者だのクトゥルフだの、何を言っているかは分からなかったが、ろくでもない事を彼女がしでかしたのは間違いない。
「ああ、あのおっさんには抱かれるどころか、唇も重ねてないから安心してね」
ニコニコと笑みを浮かべながら、俺に近づいて唇を重ねてくる稲。浮気して無かったのは僥倖だが、それどころではない事態になっている。
「おっさんに同情はしないが、気の毒な事だ。身体目的で近づいた女が、こんなヤバい奴だったなんて」
「もー、ヤバい奴扱いは心外だね。私は知的好奇心を抑えられなかっただけだよ。それに、科学の発展の礎になれたんだから、感謝してくれてるよ」
そう言うと、稲の声が急に冷たいものになった。
「……それより、別れたいって、どういう事?」
ぞくりとさせるもので、俺は思わず身を竦ませる。
「いや、それは……聞き間違いじゃないか?」
明らかにヤバい雰囲気を感じ取って、咄嗟にとぼける俺。これで別れたいなんて改めて言ったら、このまま絞め殺されかねない。彼女が愛が重いタイプというのを今更思い出した。
「いやあ、聞き間違いじゃないと思うよ。私、耳良いから。…………どうして、そういう事言うかな?」
水底から響くような冷たい声で言われて、俺はいよいよ焦る。
「いや、それは……こういう事する娘とは、ちょっと一緒に歩めないかな……とか、思ったり思わなかったり」
「……沖君は、私がこのおっさんに私がどうにかされても良かったって言うの?」
「いや、そうは言ってないというか……」
「…………まあ、この辺は倫理観に悖る行為だった事自体は認めるよ。もう、あのおっさんは深きものとして生きるしか出来なくなっちゃったしね」
……お? 自分の間違いを認めた? もしかしたら、解放して貰える?
「だけど!」
少し希望を与えられたと思ったら、あっさりとそれは奪われた。威圧的な声に思わず身がすくむ。彼女の怒り声には、こちらの正気を奪う効果でもあるのか、俺はどんどん気力を奪われていく様な気がする。
「私の浮気を疑ったのは面白くないなぁ。私は沖君一筋だってのに。私、そんなに信用されてなかった? もう10年以上の付き合いになるのに、その程度の信頼しか無かった?」
「………」
「私は悲しいなぁ。沖君から信頼されてなくて」
そう言うと、稲はおもむろに手に注射器を持った。
「……待て、何だその注射器は」
「あの人を人工的に深きものにした時の薬。あのマウスに注射した薬の改良版。もうさ、こうしよう。私達しかいない場所に行くの。ルルイエの近くの海域。そこで静かに二人で暮らそう。大丈夫。私は偉大なるクトゥルフの落し子の娘。水中でも活動出来る水陸両用だから」
まずい、いよいよわけの分からない事を言い始めた。抵抗しようにも、触手に拘束された状態ではどうしようもできない。
「待ってくれ! ルルイエだかなんだか知らないが、俺は水中で息は出来ない!」
「大丈夫! この薬は、身体を深きものに作り変える力があるから。あのおっさんの犠牲で、ようやく完成したんだ。エラで問題無く呼吸は出来る様になるよ!」
いよいよ恐ろしい事を言い出す稲。待ってくれ、勘弁してくれ、俺はそんな訳の分からないものにはなりたくない!
「大丈夫、すぐに生まれ変わるから。半魚人になっても、私は変わらず愛してあげるから、ね?」
そう、彼女は蠱惑的に囁いて、俺の首筋に注射器を突き立てた。
これにて、本作は完結です。よろしければ、ページ下から評価していただけると嬉しいです。作者が喜びます。
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解説
読了、お疲れさまでした。以下、簡単な解説です。
本作は、拙作「血の繋がらない同い年の義姉と、親戚のお姉ちゃん(のじゃロリ)と、前世における(自称)俺の嫁が全員俺を狙っている様です。しかも全員ヤンデレ気味とか勘弁してくれよ……」の主人公の両親の若い頃のお話です。クトゥルフ要素をねじ込みました。
正史ルートはAルートの方で、BルートはIFルートとなっております。犠牲になった主人公君はいなかったんや……。
吉弔谷 沖
・主人公。大学二年生。幼馴染兼恋人が色んな意味でやべー奴だった可哀想なやつ。
・ヒロインの奇行と触手を幼少の頃から見ていたので、実はスタート時点でSAN値0。恋人を自分の眷属にしたろ! な発想が出てくるのもそのせい。
・正史ルートでは幸せになりました。IFルートでは、ディープワンに改造された挙句、ルルイエに拉致されたけど、メリーバッドではあるけどこれはこれで開き直って楽しむ事にしたと思うのでご安心を(?)
・好きなモビルスー〇は試作2号機。
和邇口 稲
・ヒロインにして黒幕。大学二年生。
・美少女ではあるものの、人体改造をしたがる狂人で、興奮すると背中から触手が生える。この触手は格納可能で、普段はしまってある。また、これらの触手はサブアームや拘束にも使える。
・作中で自分で言っている通り、正体はクトゥルフの落とし子と人間の混血児。
・裏設定として、元々和邇口家は、代々クトゥルフを信仰しており、彼の復活の為に各地で暗躍する落とし子達の為、生贄の用意を始めとした各種の支援を行っていた家である。そんな中、稲の母がある日訪れたクトゥルヒの一体(この時彼は人間に化けていた)と意気投合。お互いを((おもしれー男(女)……))と認識した結果、ロマンティクス(隠語)の末、2人程子供が出来た。姉の方が稲である。良いですよね、異種婚姻譚(白目)。彼女自身も水中で活動できる。
・彼女自身もクトゥルフを信仰しており、人類が水中進出すれば、ルルイエに眠るクトゥルフの信仰も深まるんじゃね? とかアホな事を考えて研究をしていた。怖いよね、頭の良いアホな人。その為に人間をディープ・ワンに変える薬を作っていた。人体実験したいなぁ、と思っていた所、良い感じに汚いおっさんがナンパしてきたので、有効活用した(そして、その過程を目撃された)というのが今回の真相。
・こんなのだが、沖の事は本気で愛していて、浮気を疑われたのは本気で心外だった模様。
・好きなモビルスー〇はグーン。
おっさん
・某大企業の偉い人。
・これまでにも、アーティスト志望の女性を支援と引き換えに食い散らかして来た汚いおっさん。
・今回、よりにもよって深淵に自ら突っ込んでいったのが運の尽き。稲の手によって、ディープ・ワンに改造され、今日もどこかでクトゥルフへの祈りを捧げている。