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Aルート グッドエンド「知らない方が良い事」

 A


「…………本人に直接確かめよう。稲は、こそこそされるのは嫌がる奴だから」


「え」


「このまま、疑惑を疑惑のままで終わらせん。俺は浮気されてあっさり相手を許せる程、お人好しじゃない」


 俺は、深く息を吸った。


 何かの間違えであれば、それで良い。だが、もしも、本当だったら……。


 その時は、相応の報復措置を取るまでだ。稲に対しても、顔も知らないおっさんに対してもだ。


「あー、話を変えよう。……何でも、この学校の近くで、怪人物を見た奴がいるって。いわゆる半魚人で顔は魚の様で鱗が生えていて……」


 麟が話を変えようと、妙な噂を語っていたが、俺の頭は稲の事で一杯で、正直全く話が頭に入らなかった。


 ***


「浮気してるんじゃないか、って?」


「……稲が、知らないおっさんとホテルに入っていくのを見たって奴が居るんだよ」


 万が一、逆上した時に備えて、第三者の目のある所の方が良いと、帰りに俺は彼女をファミレスに食事に誘った。


「……誰よ、そんな事話しているの」


 光の失われた瞳で、怒りを含ませながら言う稲。


「ちょっと知り合いのツテでね。名前は言わない約束だ」


「守秘義務は守る主義って事……」


「そーいうこと。単刀直入に聞く。白か、黒か。どちらだ?」


 俺がそう問うと、彼女は少し迷いつつ口を開いた。


「白だよ。おっさんとホテルに入ったの自体は本当。でもやましい事は何も無かった」


「ホテルに入ってやましい事が無いってのは無いだろう」


「それは……信じてとしか言えないけど。事実なんだって。ホテルであの人相手に、とある実験をしてただけで」


「実験?」


 嫌な予感がする。


「私の研究テーマは知ってるでしょう? 人類の水中進出。それのキーになる実験に、彼は協力してくれてたの」


「実験ねぇ…………」


 ここにきてそんな事を言い始める稲。かなり、苦しい言い訳である。何度も言うが、ホテルに男女で入ってなにも無かったという事は無いだろう。


「……信じてくれない?」


「…………俺だって信じてやりたいが、ねぇ?」


「そういう事なら、これを読んで。実験の記録。その日の事も詳細に記録している。なんなら動画だって撮ってる。部屋に入ってから、実験終了までの一部始終」


 そう言って、稲は一冊の大学ノートを手渡して、さらに、携帯の動画記録を再生しようとする。


「………………いや、それは止めておこう」


 何となく、本当に何となく。この目の前の記録は見ない方が良い気がする。俺の動物的な直感が告げている。


「見ないと、信じてくれないでしょ」


「見たら見たで後悔しそうな気がする。あのマウスの身体的な変化を知っていたら、ねぇ」


 数日前に彼女のマウスを使った実験を手伝った時。ある薬を鼠に注射した所、急速に細胞が変質し始めて、水中生活に対応したとてもグロテスクな外見になった事を思い出した。もしも、その薬を彼女が人間に注射していたら?


 おぞましい、冒涜的な光景を想像し、とても見る気にならない。


「じゃ、どうするの? 私だって、やってもいない事をいつまでも言われるの、嫌なんだけど」


「……こうしよう」


 俺は、そっと、彼女の手を握った。


「今回の事は聞かなかった事にする。別れる事もしない。稲の様な奴、放っておくと何をしでかすか分からないし」


「あたしゃ子供か」


「とはいえ、またこんな事が起こっても困る。毎回疑心暗鬼になるのはごめんだ」


 俺は稲の手を握る力を強くした。


「痛っ」


「そこで、だ。俺はお前の事を徹底的に洗脳・調教して、俺しか瞳に入らないようにしたいと思う」


「は? えっ?」


 おもむろにそんな事を言い出した俺を、稲は呆けた様に眺めた。理解が追い付かないらしい。まぁ、良い。これからたっぷり分からせてやる。


「もう、俺の事しか見れなく、考えられなくしてやるって言ったんだよ。いわばお前を俺の眷属にしてやるって事だ。そうと決まれば、兵は拙速を尊ぶ、だ。早速帰って、洗脳&調教だ」


「えぇ……」


 俺は、困惑する稲を引きずる様にして、会計を済ませ、店を出た。


 ***


 それから、なんやかんやあって、彼女を俺の眷属にするのに一週間かかった。徹底的な再教育(・・・)の末、俺をご主人様と呼び、必死に媚びてくるようになった姿はとても可愛らしく、嗜虐心をそそられる。


 引っ越しの準備をしている今、おもむろに尻を撫でまわしても、嫌がるどころか、何かを期待する様な瞳でこちらを見てくるのだから、いい気分である。


 あの浮気疑惑を追及した日から、早くも十数年経った。それからまぁ、色々な事があったが、ざっくり説明する。


 まず、俺と稲は無事に結ばれた。


 というのも、俺が稲が完全に堕ちきった事に調子に乗って、毎晩のように避妊具無しで致しまくった所、見事に俺の子供を孕んでしまった。幸い、その頃には稲の再教育(・・・)も済んでおり、胎児を生贄にしよう、なんて言い出さなくなっていた。


 いわゆる、学生結婚をしたわけだ。当初は資金的にも余裕は無かったが、そこは俺の友人の麟のコネで良い仕事を見つけられたので、そこは解決した。


 麟の実家である吉弔龍家は先述の通り、大きい家だが、その研究部門に研究員として雇用してもらえたのだ。


 無論、ただで、という訳では無い。彼の妹、俺がかつて家庭教師を務めていた少女が、まことに気の毒な事だが、部活で遅くなったある日、暗がりで悪漢に襲われ、こちらも望まぬ妊娠をしてしまった。


 彼女の家は敬虔なクリスチャンであったので、堕胎という選択肢も取れず、子は無事に生まれたは良いが、吉弔龍家の中で忌み子になってしまい、引取先を探していた。そこで、うちでその子を養子として引き取る代わりに、就職先を用意してもらえたのだ。


 無論、打算も無くはないが、実の母からも愛されないと考えると、その子が不憫で不憫で……。うちの子と同日に生まれたのも何かの縁だろうと、この決断に至った。


 そうして4人家族で十数年、それなりに幸せな家庭を築けてきたと思う。子供達のきょうだい関係も良好だし。俺達の子が男の子、引き取った子が女の子なので、仲が良すぎて色々と心配にもなってしまうが、それはそれ。


 今回、俺と稲には研究所の方で辞令が出て、遠くの研究所に半年から一年限定の異動となってしまった。子供達ももう高校生である。赴任先には俺達2人で行く事にして、彼らはこの飛輝鐘市に残していく事にした。転校となると、色々と面倒くさいし、どうせ1年もすれば戻ってくるし。


 という訳で、俺は引っ越しの為に荷物の整理をしている。ついでに大掃除も。こういう時じゃないと、中々できないしな。


「……おや?」


 部屋の掃除をしていると、押し入れの奥に、なにやら見覚えのある大学ノートを見つけた。


「……これは、稲の研究のノート?」


 もう、随分と懐かしい。そういえば、あの時は勇気が無くて見れなかったな。


「……」


 興味が出た俺は、何気なくノートのページをめくろうと……した所で、触手に両手を掴まれた。


「止めておいた方が良いわ」


 触手の主は勿論、稲である。


「……稲」


「読んで愉快なものでは無いわ」


 珍しく真剣な表情で、彼女は俺からノートを取り上げた。


挿絵(By みてみん)


「知らなくて良い事ってあると思うの」


「……」


 俺が何も言えないでいると、彼女はノートを自身の研究関係のものが入った段ボールの中にしまった。


 ……今にして思うと、あのおっさんはどうなったのか、そもそも、あのマウスに注入した薬の正体はなんだったのか、色々と気になる事も出てくる。


 ……が、もう10年以上昔の事だ。稲に尋ねたところで、まともな返事がかえってくるとも思えない。適当にはぐらかされてしまうのがオチだろう。


 忘れてしまおう。今更どうこう言っても仕方ないのだ。それに、今の幸せを捨ててまで、知りたいとも思えなかった。


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