目撃証言
「私はねぇ、赤ちゃんが欲しいんだよ」
一戦後、ベッドの中で、少し不満そうに稲が言った。
「何で外に出すかなぁ……せっかく避妊具に穴開けてたのに」
「いや、この場合の赤ちゃんって、素材にする気まんまんだろ。そんな可哀想な命を生み出せるかよ」
意地でも彼女と致す時は避妊はしっかりしている俺は、そう吐き捨てる。このサイコが妊娠なんてしたら、胎児を科学の発展の為、喜々として生贄にするのが目に見えている。
わずかに漂う、香水でも隠しきれない死臭をまとわせて、稲は俺に抱きついた。背面からは蛸を思わせる触手が生えて、俺を包み込む。一応、こいつは出し入れは自由自在らしい。もう慣れっこなあたり、もう俺の正気度も0に近いかもしれない。
「ああ、一度で良いから人体実験をしてみたい。人工的に半魚人とか生み出してみたい。科学の発展を阻害している要因の一つだと思うんだよ。倫理観って」
「おぞましい事を言うんじゃない……流石に俺自身は、実験素体にはならないからな?」
「流石に沖くんでは人体実験しないよ。私の大切な人だもん。ああ、都合よく、人体実験に使っても文句言わない人、いないかなぁ?」
そう言って彼女は、俺の額にキスを落とした。意外と言ってはなんだが、彼女は相応に独占欲が強いというのを、俺は付き合って初めて知った。ヤンデレまではいかないものの、かなり束縛が強いタイプである。ついでに、隠れてこそこそ動かれるのも嫌い、という良くも悪くも、さっぱりしたタイプでもある。
幼馴染同士では見えてこなかったお互いの良い所駄目な所を知れるのは、中々新鮮だ。彼女の場合、駄目な所の方が多いが。ここ、大学のある飛輝鐘市に引っ越してきて、同棲しているので特にそう思う。
寝転がりながら携帯を手に取る稲をぼんやりと眺める。大人しい時は兎と蛸のキメラみたいで可愛いんだがなぁ。(SAN値0)
「チッ、このおっさん、まーた連絡してきたよ」
稲は携帯を手に、そう吐き捨てる様に言った。触手はすでに引っ込んで、外見は美少女のものになっている。
「……何かあったのか?」
「いやね。この前駅前で弾き語りしてたら面倒臭いおっさんに言い寄られてさ。自分は某大企業のお偉いさんだ。自分の愛人になればコネを使って歌手デビューさせてやろうって」
「まさか、受け入れたとか言わないよな……?」
「まさか! 沖君を裏切る様な真似はしないよ。ただ、あまりにもしつこく言い寄ってくるから、捨てアカのメアドだけ教えたの。そしたらしょっちゅう連絡してくる様になってさ」
「いい歳こいたおっさんが何やってんだか……」
俺はため息を一つ。それに、稲は確かに可愛いが、それを差し引いても、性格に癖がありすぎる。あと、この背中から生える触手はもれなく初見の人間のSAN値を吹き飛ばす。
「…………」
しばらく携帯の画面を見ていた稲だが、やがてそれを、スリープモードにした。
「……シャワー、浴びてくるね」
「ああ」
稲はベッドから起き上がり、そう言って部屋を出ていった。
何故だろう。一瞬、彼女が凄く邪悪な顔をしていた様な気がした。
「気のせいか……」
稲が邪悪なのは今に始まった事ではない。大方、また悪趣味な実験でも思いついたのだろう。
***
「沖、一緒に飯食いに行こうぜ」
「ああ。良いよ。学食で良いか?」
午前の授業を終えて、俺を誘ってきたのは友人の吉弔龍麟。同じ吉弔という名を持つ事から察してくれるかもしれないが、遠縁の親戚同士でもある。大学に入るまで面識は無かったが、そうした血縁的な奇遇もあって、大学で急速に仲良くなった男だ。
まぁ、彼の家が結構良い所……なので、打算的な感情も無くは無いが……友情だって勿論ある。
俺達が在籍するのは、この飛輝鐘市にある飛輝鐘大学。学力的なランクはまぁ中の上くらい。間違ってもFランクでは無いが、東大慶大クラスのエリート校かと言われるとそうではないくらいの感覚である。
そこの学食で、野郎二人で飯を食う。俺は味噌ラーメン、麟はカレーを注文した。
「……ふーん。妹さんは無事高校で楽しくやっているのか」
「ああ。妹が高校に入れたのも、お前の指導のお陰だ。感謝するぜ」
「報酬分の仕事をしたまでさ。教え子が巣立って何よりだよ」
「うちは両親が敬虔なクリスチャンだからな。妹は真綿でくるむ様に育ててきたから、男に免疫が無い。お前に惚れないか、正直、少し心配していたよ」
「おいおい、俺は中学生に手を出すほど落ちぶれちゃいないぞ。それに、可愛い彼女もいるしな」
そう言って俺達は笑いあった。俺は、少し前まで麟のツテで彼の妹の家庭教師のバイトをしていた。元教え子の近況を聞いて俺も一安心だ。
「……その妹から聞いた話なんだが」
「何だ」
「……少し、話すのは、はばかられる内容と言うか……これは言って良いものか……」
そう言われると、余計に気になってしまう。俺は少し強い口調で問うた。
「何だよ、勿体ぶるなよ」
「お前さんの彼女さんの事なんだが……」
「稲の事?」
突然、若干イカれた彼女の事を出されて、俺は嫌な予感がした。あの幼馴染は、何をするか分かったもんじゃない。
「ああ。部活で遅くなった妹が……夜、知らないおっさんと駅前のラブホテルに入っていく、お前の彼女さんの姿を見たって」
「……は?」
思わず、素っ頓狂な声を出してしまった。
浮気……?
稲が…………?
いやいやいや、あいつは倫理観が狂っているし、触手も生えているが、その辺の貞操と言うか、義理はしっかりしている女だ。
まさか、浮気なんて。そんなありえない。
ぐるぐるとめまいがする錯覚を覚えた。まさか、そんな事が……。
「一応、暗がりだったそうだし! 妹が見間違えた可能性だってある! あくまで噂レベルとだけは言っておくぞ!」
少し慌てて、麟はフォローを入れた。だが、そんなフォローをされた所で、疑心暗鬼がかえって深まるだけだった。
俺の選択は…………。
A.本人にそれとなく確認する。
B.本人には内緒で浮気疑惑を調査する。