とりあえず冬の陣は終わりましたが…。
大筒攻撃により豊臣側もこれ以上は戦は難しいと講和になりました。でも、このまま終わりません。
~京・徳川屋敷にて~
「そうか…豊臣から講和を」
「はっ、大御所様が用意してくれた大筒により正面の城門はほぼ原形を留めておりませぬ。その上、たまたま天守付近に飛んでいった弾が淀殿の近くに当たり、直撃した侍女の身体が木っ端微塵になったとか…それでさすがの淀殿も戦の継続とはいかなかったようです」
どうも、結城秀康です。家康さんが倒れた為に俺が代わりに大坂での指揮を執ったのですが、忠輝君の大筒攻撃によって淀殿の心が折れたらしく一旦講和となりました。そのまま容赦なく叩き潰せば良いという意見も多かったのですが、まだまだ豊臣恩顧の人達への配慮はいるだろうとの事でとりあえず秀頼さんを助命する方向で行ってみようと講和に応じました。そして後始末で一ヶ月程経った後、その報告の為に京の屋敷で療養中の家康さんの所を訪れているというわけです。ちなみに家康さんは開戦から三日後に意識は取り戻しましたが、未だ寝たきりの状態が続いております。
「しかし、よく城門など狙えたな…儂もそれを考えなんだわけではなかったが、大筒を正確に目標に撃ち込むのは困難を極める故、備前島からは本丸付近を狙うつもりでおったのだが」
家康さんはそう疑問を感じているような表情で聞いてくる。まあ、そうだよな。この時代の大筒の構造と技術では城門のみを正確になんてほぼ無理だし。
「それについては、忠輝に命じて一部の砲を別の方に移して違う角度で撃たせました。鉄砲でいう所の殺し間のような形でございましょうか。まあ、全てをうまく破壊出来たわけではなかったですが、城の防御力に関しては堀を除けば大きく削がれたものと」
「ほぅ…お前、そのような事何処で知ったのだ?」
「以前大坂城にいた時に南蛮商人から太閤殿下に送られたとかいう書にそのような事が…まあ、さすがに南蛮の言葉など僅かにしか分からぬので自分なりに咀嚼しただけですが」
「大坂にそのような本があったのか…」
「今もあるかは分かりませんが」
…まあ、そんなの嘘だけどね。まさか忠輝君の提案を聞いて前世の知識で十字砲火にしようと思いついたなんて言えないし。
「まあ、それはもうよい。それで?講和の条件は?」
「向こうは徳川幕府を認めるからそれで手打ちに…などとおかしな事を言いますので、こちらからの条件を飲むのならば豊臣の存続を認めると伝えました」
「して…その条件は?」
「1、豊臣の所領は大和一国にする事。その際、大坂城の金銀は半分のみ持ち出す事を許可する。2、淀殿は江戸へ入る事。3、大坂城にいる浪人達は召し放つ事。それを大坂城の堀を埋め立て終わったら即刻実行する事でございます」
「堀を…とな?」
「はい、正確には外堀を徳川が内堀を豊臣が埋め立てるという事で話がまとまりました」
俺のその言葉を聞いた家康さんはじっと考え込む。そして…。
「秀康、お前はそれで本当に戦が終わると思っているのか?」
そう真顔で聞いてくるので、
「まさか、そんなわけないでしょう。それとも大御所様は豊臣と手打ちになる事がお望みでしたか?」
俺はそうあっけらかんと答えると、苦笑していたのであった。
「とりあえず外堀の方はほぼ埋め立て済です。内堀の方は何やら向こうがごにょごにょ言って進んでおらぬので、忠輝に内堀を埋めるのを手伝うよう命じた所にございます」
俺のその言葉を聞いて家康さんは何度も頷いていた。
「しかし…秀康と忠輝か。まさかその二人に徳川を託す事になろうとはな」
「…何を仰るのです?大御所様が無事に回復すれば私と忠輝は身を引く所存、これは忠輝とも話して決めた事にございます」
「自分の身体の事は自分が良く分かっている…この歳まで健康を損なう事なく生きてきたつもりでもあるしな。仮に病が癒えたとしても、おそらく儂はもう戦場に立つ事は出来ぬ。それどころか政すらまともに出来ぬやもしれぬ」
「何を弱気な事を…皆、大御所様の復帰を待っておりますぞ」
「いや、もはや老人の出る幕ではないのだ。乱世の総仕上げと思いここまで老体に鞭打ってやってきたが…それは次の世代に託す方が良いと今は思っている。とはいえ、家直達は未だ若く経験も浅い…その間は秀康、そなたと忠輝に託す」
「大御所様…」
「…思えばそなたからは長い事『父上』と呼ばれておらぬな。儂が子扱いしてこなんだのもあるが、お前は何処かそこに対して距離を置いている節があった。忠輝もじゃ…儂はあやつに対しても冷たく扱った。
本来ならばお前と忠輝こそが『徳川』を名乗るべきであるはずなのに、儂はお前を結城のままにし忠輝を松平のままにしてきた…それでもお前と忠輝は腐る事なく従ってきてくれた。今更仲良くなどとは出来ぬが、改めてお前と忠輝にこれからの徳川を託す。家直を盛り立てて徳川の世を盤石の物にしてくれ」
「父上…本当にそれでよろしいのですか?」
「ああ、それで構わない…儂の出番はどうやらここまでのようじゃ」
家康さんはそれから二ヶ月後に不帰の客となった。その前に忠輝君とも会ってちゃんと話が出来たのは良かったと思っているが。しかし、これからの徳川をねぇ…家直君や忠輝君には悪いが、戦が終わったら二人に仕事を押し付ける段取りを早める事にしよう。
~半年後、大坂にて~
「豊臣は講和を反故にし、再び戦の備えを始めた!やはりこのままこの存在を放置すれば日ノ本より戦を無くす事などもう百年あろうとも成し難し!よって此度で必ずや豊臣を殲滅し亡き大御所様の願いでもあった乱世への終止符を打つ!各人粉骨砕身せよ!!」
冬の陣の講和から半年、再び始まる事になった戦(夏の陣)にて、集まった諸将の前でそう檄を飛ばしたのは家直君であった。やはり一度だけとはいえ戦を経験し、家康さんの死を乗り越えたのは大きかったのか、この半年で家直君はすっかり頼もしく成長したのであった。まあ、俺と忠輝君で結構厳しく教育した部分もあるけどね。さらに言えば、この半年で家直君は忠輝君ともすっかり打ち解け、何かと相談するようになっていた。やはり年齢が近いのが良かったようだ。今ではもう叔父甥というより兄弟のような感覚で接しているように見える…うむうむ、良い傾向だ。これでこのまま家直君の補佐を忠輝君に押し付けても誰も異議を挟まないだろうし、俺は大手を振って左団扇生活への準備に入れるという事だ。その為にもまずは目の前の戦を無事に乗り切る事が重要だ。そして、これこそが俺の最後の仕事になるのだろうしな。
「それでは結城殿、我らはこれより決められた位置へ陣を移します」
「ああ、これでようやく戦も終わりとなるはず。家直様も最後まで油断せぬようにな。忠輝、家直様を頼むぞ」
「お任せを。兄上こそ油断なされぬよう。おそらく豊臣は勝利の為に…」
「分かっている。俺の首を取りに討って出てくるだろう。しっかり備えるさ」
俺がそう言うと家直君と忠輝君は軍を率いて出て行った。まあ、言われるまでもなく夏の陣においては大坂城を丸裸にされた豊臣方は徳川家康の首を狙って突撃を仕掛け、油断して旗本が家康の周りから離れていた隙をついてあと一歩の所まで迫ったのだが…ここでは俺がそのポジションって事になるのだろうが、分かっているなら備えをしておけば良いだけの事だ。というわけで、俺の陣の所には結城家の軍勢五千・水野勝成さんの軍勢千二百とその与力の軍勢約八百・そして徳川本軍より弟の頼宣君・頼房君を名目上の将とする軍勢約一万三千が布陣している(ちなみに家直君の本陣には、本軍二万の他に忠輝君の率いる約四千と義直君の率いる約三千が固めている)。
「いよいよですな、秀康様」
「ああ、乱世に終止符を打つ乾坤一擲の大戦よ。最後までゆめゆめ油断するでないぞ…康直、富正、信繁!」
『応っ!』