美濃に到着しました。
とりあえず秀康は真田を振り切って無事に美濃まで来ました。
どうも、結城秀康です。
真田さんの抑えを康政さん達にお願いして早や数日、俺が率いる軍勢は無事に美濃に入りました。
「秀康様、家康様は大垣に程近い赤坂に陣を張っておられるようです」
先に放っておいた忍よりそう報告を受ける。まあ、そこは史実通りだな。
「うむ、ご苦労。…誰かある!本多忠政を呼べ!」
「本多忠政、お呼びにより参上仕りました」
「ああ、すまないな忠政。少々お願いがあってな」
「…お願い、ですか?」
忠政さんはそう言って怪訝そうな顔を見せる。まあ、一応大将である俺が『命令』でなくて『お願い』なんて言ったらね。でも、俺がこの軍の大将であるのはあくまでも臨時であって、立場としては徳川に協力する一大名の一人なんだしあまり命令という形は取りたくないのが本音なんだよね。
「ああ、あくまでもお願いだ。だから嫌なら断っても良い」
「いえ、嫌などという事は…して、某は何を?」
「父上が赤坂に陣を張っているのは聞いているな?そこで、忠政には先に自分の手勢を率いて先触れとして赤坂に向かって欲しい。そして、父上に俺が独断で兵を西に向けた事と真田の抑えとして一万以上を残したので全軍で来れなくなった事の詫びを伝えて欲しいのだ。無論、俺も到着次第父上に直接詫びの言上には参じる事も含めてな。そして、先触れの任を終えた後はこちらへ戻らずに、そなたの父の忠勝の指示に従って行動せよ」
「はっ、かしこまりました」
忠政さんはそう言うとすぐに自分の手勢をまとめて先に赤坂に向かって出発する。
「秀康様、我らは?」
「此処まで来るのに少し急ぎ足であったからな。今日は此処に留まり明日の日の出と共に出立する。兵達にさよう申し伝えよ」
「ははっ」
~次の日、美濃・赤坂にて~
先触れとして進んでいた本多忠政は赤坂に到着し家康に報告をしていた。
「本多忠政、秀康様より先触れを命じられ罷りこしましてございます」
「うむ、よくぞ来た。して、秀康は?」
「既に美濃には入っておりますれば、一両日中には到着するものと」
「そうか、それは何より」
「それと…秀康様からは、独断で兵を西に向けた事と真田の抑えを残した為全軍で来れなかった事の詫びを家康様にお伝えするようにと。到着次第、ご自身からも詫びを言上されるとの事でございました。」
忠政のその言葉を聞いた家康は怪訝な表情を浮かべる。
「独断…何の事じゃ?儂は『九月九日までに美濃に来るように』と書状を出したはずじゃが…使者は来ておらんのか?」
「使者?少なくとも私は何も聞いてはおりませぬ。秀康様はあくまでも『独断』とだけ…康政様や正信様からもそのようなお話は聞いておりませぬ」
「…そうか。分かった、先触れご苦労であった。して、忠政はこの後どうするか聞いておるか?」
「はっ、先触れの任を終えた後は、父…忠勝の指示に従うようにと」
「そうか…じゃそうだぞ、忠勝。秀康の言う通り、忠政への指示はお主に任せる」
「はっ、その言葉有り難く…ならば忠政、そなたは我が隊と合流しそのまま待機、儂が本陣に詰めている間の指揮は任せる。本陣より戻り次第、次の行動の指示を伝える」
「はっ、かしこまりました」
忠政がそう言って陣から出て行った後、家康は忠勝と直政に問いかける。
「どういう事じゃ?儂は八月二十九日には使者をさし向けておる。それが何故到着しておらぬ?」
「おそらくはですが…江戸より信濃への道は雨の影響で寸断されていたものと」
「後は真田の忍の妨害も考えられます」
忠勝と直政のその言葉に家康はじっと考え込む。
「なるほど…どちらもあり得る話じゃな。しかし、そうなると秀康は本当に独断で兵をこちらに向けたという事になるのか?」
「それ故の『詫び』なのでしょう」
「となると…どう思う、忠勝、直政?」
「どう思うとは?」
「秀康の才覚の事よ。此度の事は、信濃にいながら儂が命令を変更して美濃に向かうよう指示を出していた事を見抜いていたという事になるのだろう?おそらく秀忠ではこうはいかなかったであろう」
「はっ、確かに秀康様は非凡な所がおありになられるようでございますな」
「今まではあまりそういった所はお見せになっていなかったようですが…非常の時にこそ発揮されるものなのかもしれませぬな」
「そうか…ならば徳川はそれに助けられたという事か?」
「そうでしょうな」
「おそらくは秀康様の名は大きく上がるものと」
「むぅ…それは良き事、なのであろうがのぉ」
家康はそう言って悩みの表情を見せる。それを見た直政が、
「しかしあくまでも世子は秀忠様…となれば、あえてそれを強調する為にただ秀康様を褒めるという事はせねば良いかと」
そう言うと家康の表情が少し明るい物となる。
「そうか…そうじゃの、あくまでも秀康は独断でこちらに来たのだからな」
美濃に入って二日後、俺は家康さんのいる赤坂に到着した。
「ふぅ、ようやく赤坂に到着だな」
「お疲れ様でした、秀康様」
「まだそれは早いぞ、戦はまだまだこれからぞ」
「そうでした。これは失礼を」
「さて、俺は父上の所へ行ってくる」
「結城秀康、ただいま到着いたしましてございます」
「うむ、ご苦労であった」
「それと…忠政からもお伝えしたとは思いますが、此度は父上の命無く独断で兵をこちらに向けた事、真田の追撃を防ぐ為に康政達と兵の一部を信濃に残した事、まことに申し訳なく…兵を預かった身として如何なる処罰も受ける覚悟でございますれば、将兵達にはご慈悲の程を」
俺はそう言って深々と頭を下げる。すると家康さんが、
「その前に一つ聞きたい事がある。儂は『九月九日までに美濃に来るように』と書状を出したはずじゃが…使者は来ておらんのじゃな?」
そう聞いてくる。やはり使者は出ていたか。
「はっ、少なくとも私が上田にいる間は来ておりませぬ」
「そうか…それで何故お主は兵をこちらに向けた?」
「福島殿達が岐阜城を落としたとの報はこちらにも届きました。それ故、何時までも真田に関わっておらず西に兵を向け、父上に合流するのが最上と判断いたしました次第にございます」
「そうか…分かった。結果的には儂の命通りであったとはいえ、それが伝わる前に勝手に兵を動かした事は大将としてあるまじき事。それ故、そなたの大将の任を免ずる。以後は自分の手勢の指揮のみにあたるよう…どう動くかは儂の指示を待て」
「ははっ、まことに申し訳ございませんでした」
まあ、この辺りが妥当な所だろう。重い処罰を下せばさすがに中山道軍の者達の反発も多くなりかねないからな。とりあえず俺の任務はこれで終了だ。後は適当に後ろの方で戦の成り行きを見守る事にでもなれば良いのだけれど。南宮山の抑えとかにならないかな?きっと毛利というか吉川さんは動かないだろうし。
~その頃、上田にて~
上田城を囲んでた康政はこの日になって家康が送った使者を迎えていた。
「そうか…川止めに加えて百姓に襲われ書状まで奪われ、奪い返すのに今までかかったと?」
「はっ、何ともお詫びのしようも…我が腹を掻っ捌く事でそれがなるのなら今すぐにでも」
「それはせずとも良い。それに…我らは真田の抑えに残っただけで、兵の大半と秀康様は既に美濃に入っておられるはず」
「そうなのですか?」
「ああ、まさかとは思うが秀康様はここまで予見していたという事なのか…だとすれば非凡では済まされないほどの器だが…もしそうであれば頼もしいといえば良いのか末恐ろしいといえば良いのか…」
康政はそう呟きながら西の空を眺めていたのであった。