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銀の月が見える夜  作者: 八十浦カイリ
33/41

第三十話 最悪の展開

嫌な気配は、徐々に増していった。

気のせいだったかと思われていたそれは、最早そうだと言い張るのが無理があるほどに、勢いを増していく。

「……っ、こんな時に……!」

「お姉ちゃん、どうしたの?」

「何でもない。双葉ちゃんは気にしないで」

焦りからか、つい語気が強くなる。身体中には嫌な汗が浮かび、前に進む脚もだんだんと遅くなっていく。

「お姉ちゃん…さっき……すごく怖い顔、してた」

「……そう、かな」

自分の顔は自分じゃ見えない。双葉からそう言われても、雪穂には何の実感が湧かなかった。


「雪穂ちゃん、なんかえらい焦ってるみたいだけど、何かあったん?」

「一華さんはまだ気づいてないんです?」

「え?」

その時だった。

一華の背後から、彼女と同じくらいの身長の女性が不意に、現れたのだ。

「一華さん!!!」

そう叫んだと同時に、雪穂の視界から一華の姿が、消えた。

それが彼女が『殴り飛ばされた』のだと気づいたのは、数秒した後のことだった。


「ひっ……怖い……怖いよぉ……」

「大丈夫。大丈夫だから」

雪穂は怯える双葉を庇うようにして立つ。しかし彼女自身の顔にも焦りの色が浮かんでいたからか、双葉がそれに安心することはなく、むしろよりひどく怯え始める。

「ひひっ……うひひひひひひひひひ……!!」

雪穂は改めて対峙する女の方を見る。

黒く長い髪を振り乱しながら、長い前髪から覗くギラギラとした瞳と、ほぼ限界まで裂けたような口。

一体もとはどんな顔をしていたのかすらもわからないような酷い形相だった。


雪穂は何とか頭を回し始める。

どうすれば……どうすれば双葉を守れるのか。

風子の時は、いきなり石をぶつけられて怪我をさせてしまった。その後悔が、彼女の心に明確な焦りというものを生み出す。

「双葉ちゃん、そこで待ってて」

儀式具が導くまま、女の方へと駆けだす。ほぼ待機状態で何もしていない今がチャンスだと、彼女はそのまま飛び出していった。

「…アアアァーーーーーーー!!!!!!!!」

耳が痛くなるような金切り声に、思わず動きが止められる。その隙を、女は見逃さなかった。


身体が不意に宙に浮く。この宙に浮くような感覚も、何度か味わっていることに、雪穂は一つの飽きのようなものを覚え始めていた。

だが、受け身が取れるわけもなくそのまま地面に叩きつけられる。

「痛ったぁ……これ骨何本かいったでしょ……」

「雪穂ちゃん大丈夫!?」

先ほど吹き飛ばされていた一華が駆け寄ってくる。あれだけ派手に飛ばされたようだが、どうやらそこまでの怪我ではなかったらしい。

「これが大丈夫に見えます…?というか、一華さんこそ大丈夫なんですか?えらい派手に吹き飛んでたみたいだけど」

「ぶっちゃけそんなに!全身超痛い。でも今はあれと戦うより、双葉ちゃん連れて逃げよう!人も多いし、大騒ぎんなりそうだし!」


「……待っ、って……」

痛む身体を何とか起こして、周りの方を見る。

「双葉ちゃん、どこ……?」

双葉の姿が見当たらない。待っていてくれと待機させたはずの双葉の姿が、見当たらない。

「えっ……何それヤバいじゃん!?早く双葉ちゃん探さないと!」

「うん。そう遠くには行ってないはず。だから……」

「いや雪穂ちゃんもそれじゃ全身痛いでしょ!?とりあえずアタシが探してくるから、雪穂ちゃんは安全な場所探して待機しといて!」

「…あたしに、戦うなって言うんですか」


「そうとは言ってないけど、これじゃ身体も痛いだろうし何より周りには人が」

「ここで戦わなきゃ、誰が戦うってんですか!!」

「え……?」

震える声で、雪穂は一華に向けて食ってかかる。

「今ここで放っておいて、怪我人や…最悪死人まで出るかもしれない。そんな状況で、悠長に逃げるとか、あたしには出来ないです!」

「雪穂ちゃん」

一華はそれでも、表情を一切崩さなかった。

いつもの能天気な顔とは違う、明らかに真剣な表情だ。


「今は双葉ちゃんのことを優先すべきだよ。今ならそんな遠くには行ってないだろうし。何より……双葉ちゃん、君と離れたくないって言ってたでしょ」

「でも。それでもあたしはあいつを放っては……」

「雪穂ちゃん、めちゃくちゃ焦ってるっしょ。今そんなんで戦っても、絶対勝てないよ」

「焦ってなんかないって…!」

「一回頭冷やしてから。それでも間に合う。まずは、双葉ちゃんと合流しようか」

雪穂は悟る。

今は、一華に何を言っても、これでは動かないだろう、と。


納得が出来ないもやもやとした気持ちを抱えながらも、痛む身体を引きずって雪穂は一華に連れられる中モールの中を歩く。

多くの人が先ほどの戦闘でざわざわとしていたが、すぐにその喧噪も収まり、モールの中は普段通りになる。

一体、双葉はどこに行ったのだろう。

それよりも、それよりもだ。何故一華は悪魔を倒すことよりも、双葉を探すことなんかを優先したのだろうか。

まさか、あの女に負けるのが怖いのか?それとも、戦うのが嫌なのか?考えても答えが出ない。


ただ、戦うのを邪魔されたという嫌な気分が、雪穂の中で渦巻いていく。

一華の考えが、まるでわからない。理解が出来ないという感情は、やがて敵意のようなものに変わっていく。

「…一華さん」

「何かな」

「何でさっき、双葉ちゃんのこと優先したりなんかしたんですか。あのまま放っておいたら、絶対けが人も出るだろうし」

「悪魔憑きはね、所構わず暴れたりはしないんだよ。なんかその中でも理性みたいなのが、残ってたりするみたいでね。あの女の人、相当ヤバいことになってたけど、それでもすぐに襲ってきたりはしなかったでしょ?」


「一華さんはすぐに襲われたじゃないですか」

「あれはね、アタシにもわからん。ただなぁ…実はあの人の顔、ちょっと見覚えあるんだよなぁ」

「…そういうことはもうちょい早く言ってくださいよ!?」

「あっははごめんごめん。でもそういうことだから、安心してくれていいよ」

「……っ」

いったん、雪穂は引き下がることにした。きっと、何を反論しても変わらないだろうから。


自分より悪魔祓いとしての経験も、人生経験も勝るだろう一華に、雪穂は何も言うことが出来なかった。

それがどうしても、どうしても悔しくなった。悔しくて、涙が出そうになる。

「……やっぱ、あたしってまだ子供なのかな」

そう、小さく呟く。

「子供だからって別に悪い事じゃないよ。さっきは言い過ぎちゃってごめんね」

「あたしが生意気言ったのに、えらい冷静ですよね」

「あっはは、まあイオリン相手に散々苦労させられたから。言っとくけどイオリンのめんどくささは雪穂ちゃんの非じゃないからね~」

一体何を悩んでいたのか。すっかり、そのことも忘れそうになったその時。


道の陰に、双葉の姿が見えた。

「あっ…双葉ちゃん……大丈夫だっ、……た……?」

突如、視界が暗くなる。

そして、再び目を開けた時、雪穂は己の状況を理解する。


「ねえ、どうして離れたりなんかしたの……?」

双葉が馬乗りになり、自分の首を絞めていることを。

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