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銀の月が見える夜  作者: 八十浦カイリ
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第十一話 仕事

あれからいくつか話をした後、雪穂は家に帰ることにした。

帰り道を歩いている最中に思ったのは、それなりに近いのは助かる、ということだった。

「(歩いて1時間とかかかるところ通うのも嫌だしね……)」

ただでさえ電車通学なのだ。青春の貴重な時間を、こういった移動時間に使うのはもったいない。

悪魔だとか儀式だとか色々と聞きなれないことこそあったものの、いったんそこから離れればまたも退屈な日常の繰り返しだ。

だが、雪穂はその退屈な日常を、少しだけありがたいと思うようになってきた。


正直、澤田のような者がまた学校で現れてしまうのは勘弁だった。

いくらほとんど関わりがないとはいえクラスメイトの1人だ。それに周りの話によれば、澤田は大人しくほとんど自己主張もしない生徒だったという。

そんな彼がこうして暴れ出したというのは、つまりクラスの中、学校の中ですらいくつも爆弾が転がっているということではないか。

正直、雪穂は面倒だ、と思った。

波風立てず平凡に過ごせばいいものを、わざわざトラブルを起こしに行くやつがいるからこういうことになる。

「あ~~~…なんか面倒なこと考えてんな、あたし」

嫌な思考を振り払うように、頭をぶんぶんと横に振る。


家の近くの見慣れた道まで来たところで、雪穂のスマートフォンに連絡が入る。尊からだった。

『……あの、もしもし?』

『早速で悪いが仕事だ』

『えっ、マジ?』

どうやら実戦を行う時は、雪穂が想定していたよりもはるかに早く訪れたらしい。

『教会の近く。今場所を送るから、それほど遠くないのであればすぐに来てほしい』

『ん、わかった』


そのまま電話が切れ、数秒後に地図を添付したメールが送られてくる。

大体歩けば20分…走れば10分というところだろうか。

少し迷ったので、着いた頃には15分ほどが経っていた。

「良かった、来てくれたか、別に急いできてくれと言ったつもりはなかったんだが」

「はぁ……結構全力で……走ったから……足が痛……」

運動部に属しているわけでもない女子高生である雪穂の体力は、平均的なそれとあまり変わらない。

それだけに、全速力で走るなんてことをしたら息切れするのは当たり前で……


「僕はすぐに来てくれとは言ったが、急いできてくれとは言ってない。むしろ、体力を温存してほしいので、息切れするほど全力では走らないでほしい」

「日本語って…ムズ……っ……!!」

相変わらずの言葉足らずな尊に、少し怒りを露にしつつ、雪穂は何とか呼吸を整える。

「さて…用件だが。このあたりで悪魔が出現してきている。まさか昨日に引き続きまたとは珍しいが、最近増えてきているらしいな」

どうやら、雪穂の気が休まる日というのはまだ来ないらしい。

「あの…そういうのってどうやったらわかるわけ?あたし、そういうレーダー的なやつないからわからないんですけど」

「説明してなかったか。その儀式具は悪魔の出現を感知するという意味もある。感じないか?儀式具が微かに震えているのを」


そんなの初耳なんですけど……とため息をつきながら、雪穂はカバンの奥にしまっていた儀式具を取り出す。

触ってみると、確かに尊の言う通り震えているのがわかった。

「というか、気づかなかったのか?」

「カバンの奥入れてたし……」

「そんな所に伏せているとすぐに取り出せないから、俺はオススメしないが」

確かに文房具か何かに見えるように丁寧に偽装はされているのだが、だからと言って武器の類を懐に隠しておくのは…流石に雪穂も抵抗があった。

「そんな日常生活過ごしてて悪魔に遭遇することなんて……ある…あるかもしれない…」

無言でこちらを見る尊の圧に気おされ、雪穂はついに何も言えなくなった。いかんせん顔立ちは整っているだけに、なかなか長時間直視出来るものではないのだ。


「どうした、急に黙って」

様子の変わってしまった雪穂を前に、尊が覗き込むようにしてその顔を見る。

「うるさいうるさい顔近づけんなバカ!!!」

ただでさえ見慣れない整った顔が目の前に来ているのだ、雪穂は我慢ならなくなり慌てて距離を取る。

「……何だ。よくわからないな君は」

「わかんないのはアンタだよ……とりあえず、問題の悪魔っていうのがどこにいるのか教えて…!」

顔の火照りを何とか抑えながら、本題へと引き戻そうとする。

「そうだな、おそらく……この近くの公園だな。どういった人物に憑いているのかまではわからない。今伊織と夜空も向かわせているところだから、戦い方を見て学んでほしい」

「…ん、わかった」


そのまま、尊の案内に従い公園まで向かう。

雪穂にとってはそこまで馴染みはなかったものの、用事があった時に歩いてたまに見かける程度にはよく知っている場所だった。

「改めて思ったけど、ここも結構家の近くなんだね」

「前回はかなり遠い場所だったからな。伊織が大変だったとぼやいていた」

「あー、言ってたよあいつ」


公園に着いたところで、雪穂も尊もすぐ異常を理解する。

「どうして!!どうして誰も俺のことを認めないんだよ!!」

そこでは寝間着姿の青年が、公園の遊具を蹴ってはそうして叫んでいた。

蹴られた衝撃なのかいくつか凹んだ跡のある遊具が、見ていて痛々しい。

周囲の人間は引いたのかすっかり遠目で見てはヒソヒソと何かを話していたが、それが余計に男の癇に障ったのか、時々それらを睨みつけては、「うるせぇ!見世物じゃねえんだよ!!」と追い出していた。

「……うわぁ」

今現在、平日の17時30分。この時間に外に出ているということは、つまりこの男は別に仕事帰りというわけでもなさそうということを、雪穂は察した。


「あまり黙って見ていると男を刺激するだけだ。早いところ近づくぞ」

「…あー、うん。そうだね」

尊が先導し、男の方へと近づいて行く。

「すまないがそこのお方、何が不満なんだ?良ければ教えてはくれないか」

「あぁん!?なんだそこの兄ちゃん!女子高生連れてお散歩とはいいご身分だなぁ!彼女かぁ?彼女ならぶっ殺すしかねぇなぁ!?わざわざモテない俺をあざ笑いに来たのかぁ!?」

「違うが」

まくしたてるように吠える男に対し、尊は真顔で否定する。

「何が違ぇってんだよ!!!」


「全部だ。まず僕がやっているのはお散歩ではないし、女子高生を連れているのはたまたまだ。あと彼女とは別に付き合っていない。それと君をあざ笑う意図はないので安心してほしい」

「スカしやがってお前ムカつくぜえええええええ!!!」

男の脚が、尊の方へと飛んでいくのを、雪穂は見た。

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