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銀の月が見える夜  作者: 八十浦カイリ
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第十話 儀式具

「君だけの儀式具だよ」

「はい?」

雪穂は思わず聞き返した。そもそも自分はまだ新人だ、そこまで面倒を見てもらう必要はあるのだろうか。

それに突発的な事故のようなもので遭遇した昨日の澤田の件を除けば、まだ仕事にすら出たことがないのだ。

「儀式具がなければ悪魔は祓えないだろう?」

「まあ、それはそうですけど……」

伊織が来てくれなければ、そもそも雪穂は澤田に憑いた悪魔を祓うことは出来なかったのだ。

あの時もそれなりに戦えていたとはいえ、伊織の助けがなければかなり厳しかったはずだ。


「君、もしかして自分に何故そこまでしてくれるのか怪しい、とか考えてない?」

「はっ……いや、そんなことない、ですけど……」

図星を突かれ、反射的に恐る恐る否定で返す雪穂。そんな様子を見てか、黒崎はからかうように笑う。

「わかりやすい方ですね。そういうところも弥一郎そっくりだ」

「そんなに似てますかねぇ」

どこか探るようなその視線に、雪穂は少し嫌な感触のようなものを覚えた。

その不快感の正体が何なのかは、今の雪穂が気づくことはなかった。


「専用の儀式具を作るのは安全性に配慮して、でもありますよ?それに君は悪魔が今も憑いている状態だ。

悪魔同士は引き合う。君が昨日クラスメイトの元に悪魔が憑いていて暴れていたという話も、そういったことが引き起こしているのでしょう」

有無を言わさぬ圧。雪穂はそれを目の前の男から感じていた。顔立ちは穏やかそうに見えていても、その裏では本当に何を考えているかわからない。

それがなかなかに恐ろしい。

「……わかりましたよ。それで、その儀式具ってどんなのなんです?」

だが、この男の言うことは正しいのだろう。納得がいかないながらも、雪穂はいったんは従うことにした。


「なかなか、雪穂は物怖じしないんだな」

様子を見ていた尊が、小さな声でそんなことを呟く。

「ははっ、最初はちょっと怖いもんな。何考えてるかわかんないっていうか、心の奥を覗かれてるみたいというか」

「だよね~。アタシああいうタイプの子、ちょっと好みかも」

「おうそうか……物怖じしないっていうのは一種の才能だよ。そういうのは大事だ」

ひそひそとされていた噂話は、雪穂にも丸聞こえだったが、彼女自身はほとんど気にも留めていなかった。

元々気の強い部類である彼女だ。そういった部類の噂話をされることも、少し疎まれることも、もう慣れていた。


「こちらですよ」

黒崎が手渡してきたのは、刀身が曲がったナイフのようなものだった。

「ナイフ…ですよね?」

「それ以外の何に見えるというのです?」

別にそれ以外の何にも見えないですけど、と言おうとして、雪穂はそれを呑み込む。はっきりと言ってしまったら、この男のペースに呑まれるような気がしたから。

「ってことはやっぱナイフなんですね。こんなの持ち歩いてたらなんか言われません?」

「勿論ある程度の偽装が出来るようなケースはお渡ししますが…そのあたりはどうとでもなるでしょう」

「(持ち物検査とかあったらどうするんだこの野郎)」

通っている学校にそういった類のものはないが、本当に大丈夫なのか?という不安は拭い去れない雪穂だった。


「今日の用事はこのくらいです。また新しい仕事でもあればあなたに手伝ってもらうことはありますが……今のところは特に悪魔の出現情報はないですね」

「そういえば一つ気になったんですけど、悪魔ってそんな頻繁に出るんですか?」

「そこまで頻繁には出ないですよ。実際のところ私たちも暇な日の方が多いですよ。ところで……そんなに気になるということは、やはりやる気になりました?」

「まあ。ちょっとはですけど。あたしこの間戦ってて思ったんですよ。それに、あたしの親友だって巻き込まれちゃったんで。このまましり込みしちゃってたら、どうにもならないじゃないですか」

現実に風子が巻き込まれている。出来る限り彼女を巻き込まないように、というのが雪穂の本音だったが、現実にはそれも難しいのだろう。


「現実はね、きゃー助けてーって言ったら助けてくれる人なんて滅多に出てこないんで。そのくらいはわかってます」

「ふむ……」

黒崎は少し考え込むような仕草を見せた後。

「大した覚悟です。やはりあなたを見出したのは正解だったかもしれませんね」

「えらく気にかけているようですね」

「うわっ!?」

雪穂はいつの間にか、尊が近くに立っていたことに気づき、大声を上げてしまう。

「どうした?」

「無音で近づくのやめてってば……」

思えば、最初に出会った時から尊の動きには音がなかった。

彼の癖のようなものなのだろうか。急に大きな声を出してしまったことも含め、雪穂の心臓の音は早鐘のように高鳴っていた。


「ははっ、慣れねーだろそれ。俺も最初は慣れなかったもんな」

伊織が無邪気に笑う。

「敵に近づかれないために音を消すのは基本だと思うが。それが日常生活でもつい出てしまっているんだろう」

「(いや日常生活で音消して歩いたらそれ逆に迷惑……)」

真顔で言う尊に、雪穂は困惑する。こういうのを天然と言うのだろうか。

「ミコちゃんあれだよね、それ『クセになってんだ 音殺して動くの』ってやつ」

「一華~~、それは誰にも伝わんないからやめろ~?」

「ごめーん。つい」

雪穂も何を言っているのか全く理解出来ていなかったが、二人の間でだけ通じるものがあるのだろうと、そっと胸にしまった。


「ユキぴょんもあんまり漫画とか読まない系~?」

「ユキ、えっ……あ、あの。念のために確認しておくんですけど、ユキぴょんってあたしのことで合ってますよね?」

聞きなれない言葉の響きに、反射的に聞き返してしまう。

「他にいないじゃーん」

「あ、はい。あんま読まない、デスネ……」

どうしても「ユキぴょん」なる呼ばれ方がなんだかムズ痒く、会話がワンテンポ遅れてしまう。雪穂にとってはそんなかわい子ぶった呼び方なんて、自分には無縁だと思っていたのだ。


「緊張しちゃって可愛いね~~ますます気に入ったわ~」

「あんまりちょっかいかけるなよー。多分、その呼び方は向こうさん、あんまり気に入ってなさそうだから」

「なんでぇ!?可愛いじゃん」

「確かに可愛いかもしれないけどイメージじゃないんですよイメージじゃ。高校生でユキぴょんはキツいわ」

別に高校生だろうとなんだろうと、むしろ中学生でもキツいと思うが、そこまでは言わなかった。雪穂はとにかく、このむず痒い呼び方が慣れなかったのだ。


「…ユキぴょーん」

「伊織コラァ!!!!!!」

「おーこわ。ちょっと呼んだだけなのに」

「ぐぬぬ………」


この後、雪穂の顔の赤みが引くことは、ずっと無かったのだそうだ。

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