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第95話:セッちゃん、今夜お姉ちゃんと少しお話をしましょうね

 心の中で盛大に嘆き羨んで全てを出し切ったアリアは、次の機会があれば絶対にエアーズロック級の分厚いステーキを満腹を超えて食べてやると、意気込み新たに顔を上げる。

 けれども上げた直後、僅かでも食べられた、ローズからのお裾分けのステーキの味が未だ舌の上に残り、それを未練がましく舌の上で転がす。どうにも吹っ切れの悪いアリアであった。

 そんな女々しいアリアの横では、ジェームズが粛々と夕食の片づけを進めており、ようやく断ち切れ難き未練をアリアが断ち切った時には、綺麗なテーブルが目の前に広がっていた。

 夕食の終わりを感じさせるその景色に、アリアは何とも言えない寂しさを覚え、1つはぁと小さく息を零した。その胸に去来するのは、ステーキに浮かれていた時間が遥かに遠い昔に思える気持ちである。

 ゆっくりと椅子から立ち上がった。

 今日は残すは就寝のみ。

 再び寂寥感がふっと胸に湧き起こる。

 歩調重く自室へと帰ろうとしたアリア。だが、その途端、慌てたような声が飛んできた。


 「ヒメちゃん、ヒメちゃん、ちょっと待って!」


 焦りの為か、腰を少し浮かして前のめりに必死に呼び止める、フウ。

 アリアがその必死な声に気付き振り返ろうとした瞬間、自分を正面からセツが受け止める様に抱き着いてきた。


 「今日の夕食はまだ終わってないんだよ、ヒメ。もう一度席に戻って、ね?」


 そう諭すように正面から抱き着いたまま言うと、直ぐにぐるっとアリアの背後に回り、一回背中側からまた抱き着き、「ああ、ヒメの香りはいつも良い匂い」と浸るように呟いてうっとり目を細めてから、アリアの背中を押して席まで戻していった。

 そして、アリアを席まで戻し終えると、セツは腰を半ば浮かして不安げにこちらを見ている少女達5人に、視線を送り大丈夫だよと伝える。

 少女達はホッと安堵を浮かべ、浮かしていた腰を席へと戻していった。

 アリアがセツに促され席に再び座り、一仕事終えて自分の席にセツが戻っていった。

 ぼんやりと暫しフウに言われた夕食はまだ終わってないんだよ、との言葉の意味をアリアが考えていく。そしてそういえばと、夕食の始まる前に少女達から、夕食後も帰らないでお待ちください的な事を言われたことを唐突に思い出す。

 ハッとしたアリアが悪いことをしたなという感じで少女達に謝ろうと顔を向けた時、そこには空席が広がっていた。


 (あ、あれ?いない?)


 光景に疑問を浮かべるアリア。


 (え・・?俺まさか、愛想尽かされた・・。食べること以外、ほとんど関心がない、こんな人でなしに付き合っていられませんって・・・・・)


 ざわめく心のまま、すぐにフウとセツに顔を向ける。

 フウとセツは確かに席にいたが、不思議そうな顔でアリアを見つめ返していた。


 「どうしたの、ヒメちゃん(ヒメ)?」


 「ううん、なんでもないですよ」


 すぐに返答すると、フウとセツはいなくなっていなかったことに一先ず安心する。

 それでほんの少しだけ余裕が生まれると、アリアは視界をテーブル以外の場所にも巡らせていく。

 そうして、食堂を見渡してみて、正面のフウとセツ、背後に立つシオン、それから、隣に座っているローズを確認することができた。けれども、ダニエルとジェームズは、消えた5人の少女同様に食堂の中から姿が消えていた。

 それに不安を俄かに掻き立てられるも、焦りを瞳に浮かべる前にまた、食堂の中に甘い香りが漂い始めてきた。ケーキのスポンジの焼ける香りに似たものがアリアの鼻孔をくすぐる。

 すると、不安でざわめいていた心が甘い香りのおかげで凪いでいく。

 それにより、冷静さを取り戻したアリアは、この甘い香りからある仮説を立てていった。


 (もしかして、食後のデザートを作りに行ったのかも)


 今日の夕食には明確なデザートというものが無かったような気がする。

 そこから更に、仮説を広げていく。


 (そうか。だから、ダニエル達もいないのか)


 ダニエルがいない理由は、少女達にデザートの作り方を教えているから。ジェームズは、そんなダニエル達を見守る為に。

 そう見当を付けると、ようやく少女達とダニエル達がいなくなった理由に納得がいく気がして、いつの間にか浮いていた腰を椅子に戻すことが出来た。


 (だから、エプロン姿で最初に登場したのか。でも、別に誰であれ、俺の今のポジションに転移?転生?か、になったら、きっとあの子達を受け入れるなんて当たり前だろ。だから、そこまで気にしなくてもいいのに。でもまあ、折角お礼に一生懸命に作ってくれてるわけだし、食べないとデザートにも、思いを込めて作ってくれたあの子達にも悪いから、有難く頂くとしよう!)


 この甘い香りの下で今現在、一所懸命にデザートを作ってくれている少女達の姿を思い浮かべて、口元を柔らかく綻ばせたアリアは、目一杯味わって食べようと心に決めた。

 それから、完成は今か今かとそわそわしながら、この場にいるシオン、ローズ、フウとセツの皆で楽しく、なんてことのない話に花を咲かせていくのであった。






 厨房の方から何やら歓声が聞こえてきた気がした。

 気になりそちらに視線を向けるも、既に何の音も聞こえなかった。

 ただ、極度に沈黙しているように感じられた。


 「ヒメちゃん、どうかしたの?」


 努めて冷静なフウの声がアリアに掛けられる。


 アリアはフウの方に顔を向けると、


 「ううん、何でもありませんよ。ちょっと、向こうから何か聞こえた気がしただけなので。でも、空耳だったみたいです」


 そうフウに伝えて、明るく微笑んでみせる。


 それに、何だか、あからさまに胸を撫で下ろしている、セツの姿がフウの隣に映ったが、すぐに、何やらびくりと瞬時に身体を震わせて、ぎこちない笑みを浮かべていった。

 ややもすればといった鋭い視線をセツに贈ったフウの姿が刹那にはあったが、アリアはその姿に気付くことはなかった。

 あの一瞬聞こえた歓喜の声は本当に気のせいだったのか、そのことを考えていると、突然、食堂の明かりが一斉に消えた。

 瞬時に真っ暗になった視界にアリアが動揺する。

 けれども、それも数秒。

 厨房の入り口から、淡い光が漏れ出てくるのだった。

 そのまま、最初は頼りなかった明かりが段々と強くなり、遂にその光の正体が真っ暗闇の食堂に浮かび上がった。

 それを大事そうに5人の少女達が持ってやってくる。そして、アリアの前にそっと置かれた。

 アリアの目の前が、陽炎の様にぼんやりと揺れる光で満ちた。

 無言で何も言えず、目の前に置かれたものをずっと見続けているアリア。

 それに不安を顔に浮かべた少女達であったが、その理由を問う前に今まで真っ暗だった食堂に再び明かりが点いた。

 その瞬間、今までいなかったメイドや男性使用人達、このお屋敷で働く全ての者が灯った光の中に現れたのだった。

 アリアはゆっくりと顔を上げると細められた目を開き、食堂内を見渡していった。

 混乱の真っただ中にいるアリアは、目の前の物と今一堂に会している使用人達全員の意味を正しくは理解できずにいた。

 そんな困惑状態のアリアに、この状況を正しく把握することができる言葉が居並ぶ全員の口から同時に掛けられたのであった。


 『アリアお嬢様、お誕生日おめでとうございます!』


 厳かな空気は一切ない、明るく弾んだような雰囲気が一瞬で満ちていく。

 アリアはその声を聞き、そして、この状況にはっきりとした納得を示す。

 だが、だからこそ、この祝ってくれている皆の気持ちと、目の前にドンっと存在する大きな誕生日ケーキに素直な気持ちで喜ぶことはできなかった。なぜならば、皆が本当に心から誕生日をお祝いしているのは、今この場にいるアリアではない、この身体の本物の持ち主の前のアリアであるからだ。


 「お誕生日から幾日か遅れてしまいましたが、今年は盛大にお嬢様をお祝い出来ます!」


 「ヒメちゃん、12歳のお誕生日おめでとう!!」


 「ヒメも大人になったんだねお姉ちゃん嬉しいよ。おめでとう、ヒメ!」


 「お嬢様が12歳をお迎えできるお姿をこうしてお目にすることができ、スイは大変感慨深いものが込み上げて参ります。アリアお嬢様、お誕生日おめでとうございます」


 「お嬢、おめでとう。あたいも久しぶりにお嬢の誕生日に来ることができたぜ。来年も呼んでくれよな、お嬢。お誕生日おめでとうな!!」


 「お嬢様の晴れの日にこうしてお傍でお仕え出来ることが、爺には何物にも代えられない喜悦でございます。12歳をお迎えになられ、益々母上様に似て参りました。おめでとうございます、アリアお嬢様」


 「お嬢、誕生日おめでとう。12歳か、早いものだな・・・。そうだった、忘れてたぜ。お嬢、旦那に言われてんだ、カレシはまだ早いからな。カレシはまだまだ、この屋敷の敷居を跨がせないからな。そういうこった、んじゃ、12歳おめでとう、お嬢様」


 「お嬢様、今日を迎えられたこと誠におめでとうございます。ボクも拾ってい━━━」


 『お嬢様、お誕生日おめでとうございます』


 シオン、フウ、セツ、スイ、ローズ、ジェームズ、ダニエル、それと何かを言おうとした瞬間に押し寄せたメイド達に押し退けられたタスキ、このお屋敷でアリアを慕う使用人達一同が口々に、お祝いの言葉をアリアへと贈った。

 アリアはそれに内心で複雑な表情を浮かべた。悲しいような、疎外感のような、そして、ここに本来いるべきはずのアリアではなく、自分がいてしまう罪の意識。

 皆のお祝いの言葉が、呪詛に聞こえてしまう。


 「さぁお嬢様、一息でローソクの火を吹き消してください!」


 ニコニコ顔で、“アリア”へと掛けられるシオンの言葉。

 背中を押され火を消そうとするが、吸い込んだ息が詰まったように弱々しく漏れ出るのみ。それに目を見開き、息が止まる。

 しかし、すぐに再び挑戦するが、やはり寒々しい音を立てるだけで火は消えない。

 アリアの視界にその場に集まった皆の困惑顔が映り、焦りが募り、やればやるだけ、ひゅーと空気の漏れる音を出すだけである。


 「お嬢様?」


 心配するシオンの声が聞こえた気がした。それに続き、フウとセツ、ローズにスイ、更には、他の皆の怪訝を含んだ声も聞こえた気がした。


 「如何なさいましたか、お嬢様!?」


 再び、呆然とし何も答えないアリアに緊張を孕んだ声を出して、強くシオンが問いかけた。

 皆もシオンに続いて問おうとしたが、あまりに多くの声を掛けてしまうと余計な混乱を与えてしまうと考えて、口を噤み傍でじっと成行きを見守る姿勢を取った。

 その声、雰囲気、様子、更に心からアリアを心配している気持ちが、今のアリアに伝わってくる。

 だから、気付いた時には、騙していることに辛くなり、ここにいない本当のアリアに対しても心がズキズキと痛みを訴えてくる。

 思わず痛みに耐えかねて、胸を押さえたくなった。しかし、目の前の光景を見て、その行為を押しとどめる。

 今日は、きっと久しぶりに行われるアリアの誕生日なのだ。

 自分のつまらない罪悪感の所為で、少し前まであった楽しそうな雰囲気を霧散させてしまった。

 アリアは目をほんの一瞬瞑り、その間に心の中で呟いた。


 (皆、俺でごめん・・・。ここにいるのが俺でごめん、アリア。でも・・・だからこそ、ここにいないアリアの分まで俺がアリアを演じるし、皆の思いを精一杯受け止める。偽物なりにやってみるよ)


 折角の誕生日のお祝いに身勝手な罪悪感で水を差してしまった事へのシオン達への謝罪。アリアではなく自分が代わりに祝われることへの謝罪。それらを経た後に、気持ちを改める言葉を吐いた。騙すなら、最後までやり抜くのがこの少女へとなった自分の責任の取り方なのだからと。

 そうして、うじうじした気持ちを一新したアリアは呵責の念で歪んでいた顔を投げ捨て、真っすぐな顔を浮かべた。

 自分が悩んでいる間にいつの間にか寄り添っていたシオン達に、微笑みを浮かべると、自分の口で言葉を紡いだ。


 「すみません。少しびっくりしてしまって、気持ちと身体が空回りしてしまいました。いつ以来になるか、こうして皆で集まってくれるのが嬉しくて。ですが、もう心配はいりませんよ。やっと実感を伴って、わたくしの誕生日会を感じられるようになりました。心配をかけてしまいごめんなさい」


 ペコっと謝ろうとした瞬間、柔らかなものに頭が当たり、途中で押し止められてしまう。


 「お嬢様、今日はお誕生日会なのですよ!さ、もう一度。次こそは一息で吹き消して始めましょう!」


 この場では不要な行為を遮ったシオンの胸元から顔を上げたアリアは、「はい」とにこやかな表情でシオンを見上げた後、傍らで猛烈に悶絶し始まったちょっとは出来るお付のメイドを無視して、軽やかに口を開いた。

 

 「わたくしの誕生日をこうして“再び”催してくださりありがとうございます」


 謝罪ではなく、感謝をここにいるお屋敷の皆に伝え終えると、屈託のない晴れ晴れとした表情で感嘆の思いと共に、全てを見渡していった。勿論、隣で怪しく身悶えする、シオンも一応入れて。

 淀んだ空気は何処かへと去り、照れた様に笑みを浮かべた皆が穏やかで温かい空気を生み出してくれていた。

 アリアはそれを確認すると、美味しいケーキを作ってくれた少女達に感謝の言葉を掛けてから、登場から少々時間が過ぎてしまったケーキへと顔を向けた。

 先程は吹けなかった息を吹いて、ローソクの火を消そうと準備万端で目を向けてみるが、ケーキに刺さっていた12本のローソクは既に半分以上を燃やした後であった。

 惨めな程短いローソクが消え入りそうな炎を湛えて、小さく揺らぎ燃えている。

 また、水を差してしまった。これから始まるはずだった誕生日会に。

 決心したばかりだったが、自分のダメさ加減にほとほと嫌気が差してくる。

 口元を耐える様にきつく結んで、顔を上げると同時に、駄目にしてしまった事に対する気持ちをアリアが吐露しようした。しかし、口からネガティブな言葉が漏れるよりも先に、パッと新品のローソクに差し替えられた。

 ローソクから滴る蝋が燃えると同時に空気に溶けていく、この異世界版のローソクのおかげで、ケーキの白いクリーム地はまっさらなままであった。

 一瞬の変わり様に目を見張ったアリアは、無意識に顔を上げて周りを見回した。

 だが、差し替えてくれた誰かは見つからずに終わってしまった。ただ、皆から少し離れた所でいつものように腰で手を組んでいるジェームズが、優しい笑顔と共にそんなアリアを眺めていたのだった。




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