第86話:普通だったらピー音が入るわたくしの体重を寛大に公開ですわよ
スイ、ローズ、それに新しく屋敷にやって来た医師、クロムがアリアについて真剣に話し合っている横で、戦力外メイド長のシオンと何も知らないアリアは身体測定に挑もうとしていた。
ワンピースを脱ぎ下着姿になったアリアは、異世界に行っても元の世界とほぼ同じ身長測定の機器を見上げていった。
(小学生に戻った気分だな)
小学校の授業が身体測定でなくなった嬉しい日の事をしみじみと思い返す。
中学校や高校もそんな日があったかもしれないが、アリアの一番思い出に残っていたのはまだまだ純粋に毎日が楽しかった小学生の頃だけであった。
郷愁に微笑んだアリアは身長測定器に靴を脱いで乗ると、その土台のひやりとした感触を素足の足裏に感じた。ぶるっとその冷たさが背筋を駆け抜けた後に、背中を目盛りの付いた柱に合わせた。
そして、少しでも背が高くなるように顎を引いて、頭にコツンと当たる感じを覚えながら、測定結果を待った。
看護師のシアンが目盛りの確認を行っている中、前の男の時の身長を思い出し、今のこの自身の身長はどれくらいなのかと、期待に思いを馳せていく。
(女子の平均身長は知らないが、12歳なんだからせめて150cmは欲しいかな)
いやどうせならもっと背が高い方が良いな、と果たしのない夢を内心で浮かべながら、緊張と期待の籠った気持ちでシアンの声をその耳で聞いた。
「えっと、アリアちゃんの身長は」
(さぁ、150cmは超えろ!)
「124cmだね」
(・・・・・)
望んだ身長よりも遥かに小さい自身の身長にショックを受ける。
けれども、すぐにもしかしたら聞き間違えてしまったのかもしれないと、顔は正面を向いたまま、測定結果を真摯に尋ねる。
「ごめんなさい、聞き逃してしまいました。あの・・・シアンさん、もう一度、教えて下さいますか?」
未来とは信じるからこそ変えられるのだ。そう自身に言い聞かせて、もう一度アリアの渇望、150cm超えの答えを女神様に必死に願った。
「大丈夫よアリアちゃん、気にしないで。えっとじゃあもう一回言うね。アリアちゃんの身長は」
(・・・)
アリアは聴覚に全神経を集中させて無言で再びの測定結果の発表を待つ。
「124cmだよ」
白衣の天使様の沙汰は、無情な現実をアリアに知らしめるものであった。
アリアは言葉を失い、足元を見つめる。
気のせいか、先程よりも何故か地面が近づいた気がした。
小さな素足を呆然と数秒間見据えた後にゆっくりと顔を上げると、アリアはショックを隠せない表情のまま、今度は不安を口にした。
「・・・あの、わたくしの身長124cmなのですが、これって年齢的にどうなのでしょうか?」
アリアの考える124cmは小学校低学年の身長。でも自身の年齢は12歳。これは小学校高学年から中学校1年生の年齢である。
この不安に更に自分のちんちくりんの体格も合わさっていき、もしかして自分は発達系に何か異常があるのではないかと、切迫した不安が存在を強めていく。
もしこの仮定がシアンによって肯定された場合、ゲームでの学園生活最後の破滅エンドよりも早めに、病気として死ぬバッドエンドが待っている。
血の気が引いていき、真っ青に顔が染まっていった。
自分はなんでこんなにも弱くなってしまったんだろうと思いながらも、死、という無の概念に恐怖が湧きおこり、身体が小刻み震え、涙が頬を伝い落ちていく。
何度も何度もすぐに怖くなり、涙を流し年相応の幼い少女と化してしまった、アリアはグッと拳を握り締め、耐えようとする。けれども、一度零れ落ちた涙は止まらない。
流れ落ちる涙の量は増え続けていく。
(死にたくない。このまま、シオン達と別れたくない)
先程までの身長の測定にワクワクしていた頃のアリアの姿はもうない。
暗く、暗く、悲しみに、深く閉ざされたアリアは、悲観する自分の運命に押しつぶされようとしていた。
しかし、突如、1人分の冷たくなった体温にもう1人分の、この温もりを良く知る体温が全身を包み込んだ。
「お嬢様、大丈夫。大丈夫ですよ」
温かく優しさが詰まった、シオンの声がアリアの心に届いた。
「でも・・・」
詰まる声をなんとか押し出すが、先を述べることはできなかった。
背中を何度も優しく摩り、「大丈夫ですよ」と幾度も声を掛けてくれるシオン。
そこに看護師シアンも加わる。
「心配はいらないよ、アリアちゃん。だってまだ12歳なんだからね。女の子なんてあっという間に大きくなっちゃうんだから。だからね、心配ないんだよ、アリアちゃん」
シアンがはっきりとした声で不安を否定する。
そして、看護師のシアンが柔らかく丁寧にアリアの頭を撫でていく。
シオンとシアン、2人に何度も慰められる内に、アリアの気持ちが落ち着きを取り戻していく。
そうして、ほとんど落ち着きを取り戻したアリアは、2人の言葉を信頼して、最後に本当の意味で不安から解放されるために、縋るような表情で2人を見上げ、訊ねた。
「信じて良いのですか?」
間を置かず、2人が応える。
「問題ありません、お嬢様!」
「うん、お姉さん、うそなんてついてないよ」
きっぱりと断言する2人の言葉を受けたアリアは、一度顔を下げ、自身の足元を見た後、顔を上げた。
そして、屈託のない笑みを湛えると、最後に見た少し高さの増した自身の足元の光景を思い浮かべながら、心の中できっぱりとした口調で不安と決別した。
(ドンドン育って最後には、皆が羨む絶世の美女になってやるからな!)
折角アリアになったんだから中途半端な成長なんて御免だと、最後まで諦め悪く足掻いてやるとアリアは不敵に笑った。
確固とした目標を胸に抱いたアリアは辺りを見渡す。すると、いつの間にか傍に来ていて、心配そうに見つめていた、スイとローズ、それと女医さんのクロムに気付いた。
アリアはあははと、つい取り繕う様に笑った後、しなくてもいい心配をさせてしまったと、3人に謝罪をした。
「心配をかけてごめんなさい」
アリアがそう3人に謝ると、すぐにスイ達は、その様な言葉はいりませんよ、ただお嬢様が笑顔でいらっしゃるだけで十分です、との言葉を返してくれた。
そして、スイがおもむろにハンカチを取り出し、先にアリアの涙を拭おうとしていたシオンを華麗に押し退けて、優しく薄っすら残る涙の痕を拭っていった。アリアの涙を拭うスイの表情は、娘に接する母親の如く愛情に満ちており、口元が柔らかに弧を描いていた。
その一方で、押し退けられたシオンは床に崩れ落ちたまま、よよよ、とローズの足元に纏わりついていた。それをローズが実に鬱陶しそうに振るい落とそうとしていたのだった。
そんなメイド長など一切気に掛けず涙を拭い終わったスイは、アリアが何を気にして不安になってしまったのかをその場の状況で瞬時に理解すると、母親の慈しみ溢れる微笑みで静かに語り掛けた。
「スイは元気に、おてんばにご成長して下されば十分です。本当にただ、ただ、明るく活発に走り回り、手を焼くぐらいの女の子に成長されて下されば十分です。それに、背は自ずと伸びて参りますので、今は気に病む必要はありませんよ、アリアお嬢様」
ニコッと微笑みかけて、最後に安心を伝える為にアリアの頭を撫でた後、静かにアリアの傍を離れていった。
アリアは皆に慰められた言葉をもう一度、一言、一言をしっかりと噛みしめてから、嬉しそうに微笑んだ。
胸が温かさに満ちたまま、残す測定の体重計に一欠片の憂いなく挑んでいくのであった。
体重計に乗った瞬間、計りの針が動き23.9kgの目盛でピタリと止まった。
前の男の時の約3分の1の体重に軽いな、と思いつつ、自身の腹部を軽く摘まんでみた。
だらしなく下っ腹に肉が付いていた男の時は違い、シュンと締まるというよりもすとんと落ちた寸胴体型に、これが若さかとおじさん体型との違いに密かに苦笑した。
そんなアリアが若さに嬉しくなる一方、神妙な表情でお腹をつまむアリアのその仕草を間近で見ていたその場の全員は忽ち慌て出した。
「アリアちゃん、まだ体型を気にする必要はないと、お姉さんは思うな!」
「ふくよかな女性の方が持てるんだぜ!」
「先生としては今のアリアちゃんが一番可愛いかな!」
「まだ早いと思います、アリアお嬢様!」
「そうですよ!スイの言う通り!まだ全然!シオンよりも痩せてますから!これ以上痩せてしまわれたら、麗しのお嬢様から、麗しの干物になってしまいます!!」
シオンの七輪で焼いたら美味しそうなたとえには思わずつっこみを入れたくなったが、ぐっと堪えて、皆が慌てふためく様子に思わず小さく噴き出した。
そして、穏やかな気持ちで誤解の訂正を丁寧に口にしていった。
「わたくしは別に体型など全く気にしていませんよ。ただ、なんとなく、お腹周りのお肉が少なくなったなと摘まんだだけです。皆が慌てた様なダイエットに挑む気は毛頭ありませんので、安心して下さい、ふふ」
そう誤解を解く弁を述べた後に、アリアは柔和に微笑んだ。けれども、シオン達は女医さんを除いて、その言葉で何とも言えない複雑な表情を浮かべ視線を落とした。
しばし、シオン達の間で沈黙が流れる。けれども、すぐにシオンが明るい声の調子で声を発した。
「今夜からは、もっと栄養のある物を沢山食べましょう。ダニエルにもっと出せと脅し・・・、丁寧に伝えておきます!」
沈黙に支配された空気を無理やりに払うようにそう宣言すると、突如空気が変わったシオン達の様子に首を傾げているアリアに微笑みを浮かべて、脱いでいたワンピースを着せていった。
そして、アリアを両手で抱き上げて、シオンが明るく語り掛けた。
「シオンはいつまで、お嬢様をこうして持ち上げることが出来ますかね」
屈託を窺わせない雰囲気のシオンは朗らかに微笑むと、アリアを大切に抱き上げたまま、スイに時間を尋ねた。
そして、もう間もなくお昼になる時間と分かると、今度は看護師のシアンと今日初めて屋敷にやって来た女性医師のクロムに、午前の診察はこれで終わりですよねと尋ね、肯定の返事をもらった後、足取り軽やかに食堂へと向かって行った。
アリアはシオン達の唐突な様子の変化に一瞬面食らったが、すぐに自分なりの考察を脳裏で呟いた。
(もしかして、ダイエットって言葉は禁句だったのか)
前の男の時の記憶から、会社の女性社員がダイエットどうこうの雑誌を目を皿のようにして読みふけっていたことを思い出し、今の自分の配慮足らずの話で、思いがけずシオン達を刺激してしまったのではと考えたのだ。なので、今度からはデリケートな話題として、ダイエット云々の話をするときは、気を付けようと心に銘記したのであった。
アリアは自分の不用意な発言に反省すると同時に、あの沈黙が満ちた場面を咄嗟に誤魔化してくれたシオンに、やっぱりそこはメイド長として皆を纏めているだけはあるなと、尊敬を抱いたのだった。
シオンに両手で抱かれゆらゆら揺れる己の身体を一度眺めた後、アリアは自分を抱えるシオンとその隣をニコニコ歩くローズ、そして、一番後ろから全体を見渡す様にして瀟洒な姿勢で歩くスイを眺めた。
そして、自分はシオン達を含めお屋敷の全員とアリアの為にこのお屋敷に通ってくれる皆の為に、前の時には出来なかった恥をかかせることがない人間にでっかく育ってやるぞと、決意した。
(さ、先ずは昼食を食って、午後に備えるかな)
腹が減っては戦が出来ぬ、何よりも空腹では始めるものも始められないと、アリアは失敗した分だけたらふく食べるぞと意気込み強く、今日も温かく美味しい昼食に向かっていった。




