第78話:アリアのお楽しみなんてゲームの設定にないぞ!
アリア謎部屋連行までの1時間と数十分前に戻る。
朝食が済み部屋へと戻ったアリアは、いつも通りにこの後の予定を訊こうとして何の気なしにシオンに声を掛けた。
「この後はいつも通りに座学の時間になるのかしら」
座学ならば、アン先生が来るまでの間に、復習をしておこうと決めていた。
(何度も赤点を取るのは不味いし、一生懸命教えてくれるアン先生にも申し訳ないからな。それに、流石にこの世界での言葉が分からないと、生きていくのに苦労する。しっかりと励まなくちゃな!)
そうさっと脳裏で考えを巡らせ気合を入れてシオンの答えを待っていた。けれども、シオンが口にした言葉はアリアの想像とは違う言葉であった。
「今日はお楽しみの日ですよ!楽しみにしていてくださいね、お嬢様!」
完璧なスマイルを浮かべて、はきはきと滑らかに答えていった。
そしてそう答えると、アリアの返事も待たずに一礼して、ローズと一緒に逃げるようにも見える挙動で出て行ったのである。
それに残されたアリアは、ポカンと呆気にとられた様子で閉じゆくドアを見つめることしか出来なかった。
パタン、とドアが閉まる音が聞こえると同時に我に返ったアリアは、異様に様子がおかしいシオンに怪訝の念を抱いた。
「どうしたんだ、シオン?」
我慢できずに口をついてそう零すと、シオンの様子をもう一度脳裏に思い浮かべてみる。
「なんか俺から逃げるように出て行ったな。今日の予定らしいお楽しみについて訊く前に逃げて行ったな。うん?なんだ?何か聞き返すと都合の悪い事なのか?」
シオンの行動を訝しがるアリアは無意識の内に考えている内容を口にしていた。
「あんなに逃げるようなシオン、ここに来てから始めて見たぞ。何だ、この後俺に何が待っているんだ?」
そう無自覚に呟きつつ、自分に伝えられないような内容について思案していった。
そして考え続けること数分、おかしなシオンについて考えていたはずが、自身のこの後のこと、そこから思考が他の事へと及んでいった。
「な、なんだ?お楽しみってなんだ?」
いつの間にか、変なシオンとこの後の予定よりもお楽しみという強烈すぎる謎ワードへとアリアの思考が導かれていた。
疑問を声に出した後アリアは、閉じられたドアへと視線を吸い寄せられていた。
ドアを、その先に出て行ったシオンを想像しつつ、答えなき疑念を今度は先程よりも声大きく零す。
「お楽しみってなんだ!?」
そう零したアリアは、必死にない頭を働かせていく。
「この後に待ち構えているお楽しみってなんだ。俺に伝えられないお楽しみってなんなんだ。シオンは知ってるのに俺は知らない。俺は知らなくてもアリアならあの話だけで理解できるのか?じゃあアリアのお楽しみってなんだよ!?」
ない頭を働かせてしまったためか、思考が変な方向に流れ始めてしまっていた。
「アリアのお楽しみってなんだ!?こんなのゲームに出てこないぞ!?どうすんだよ!!俺は知らないぞ!!」
呟けば呟くほどドツボにはまり、どんどんと不安が胸に去来し、大きな存在へと成長していく。
「ど、ど、ど、どうすんだよ!!シオンが知ってて、俺が知らないんじゃ、不味いだろう、おいっ!?確実に疑われるぞ、本物かって!!やばやばやば、しらねぇよ!アリアのお楽しみなんて!なんだよ、お楽しみって。あれか、見下して、ニヒルな笑みでも浮かべて、罵ったり、足で踏んづけたりでもすんのか!?これがお嬢様の嗜みですってか!!あり得そうだな!!」
困窮の極みへと迷走してきたアリアは、何を血迷ったか呟いた内容を嬉々として想像していった。
「あらシオン。ふふ、どうしたのかしら、そのようにもの欲しそうに見上げて」
「どうか至らぬシオンにお嬢様の躾を頂けませんか!」
「ふふ、躾?何を言っているのかしら?わたくしのこれは、寵愛と教えたはずですよ?もう忘れてしまったのかしら、シオンは」
はぁ、とこれ見よがしにため息を吐く。
それから、シオンの顔を蔑んだ目で見据えると、加虐的な笑みを湛えて声を掛ける。
「タスキ以下の駄犬になってしまったのかしら、シオン。ふふ」
「は、はい。そうです。シオンはお嬢様の下僕。出来の悪いメイドでございます。その、卑しき私奴にお嬢様からのご寵愛を施し下さい。どうか、駄犬以下の豚奴に!!」
深く深く首を垂れると、おでこを地に擦り付け、懸命に請う。
アリアはその様に得も言われぬ快感を背筋のゾクゾクと一緒に覚えると、腰かけた椅子より垂らす白く美しい素足で、いつの間にか陶然と自分を見上げていたシオンの顎を軽く持ち上げた。
願いが主に届いたと輝く瞳で仰ぐシオンに、サディスティックな笑みで楽しむかのように声を掛けた。
「いいわ、シオン。あなたの願いを聞き届けて上げるわ。ほら早く、敬うべきわたくしにみっともなく、地に頭を着けてごらんなさい」
ぞんざいに放たれた言葉を受けたシオンは、恍惚とした視線で目の前で悠然と足を組むアリアを見上げた。
しかし、言葉を受け止めただけで、魅惑漂うアリアの姿に目を囚われているシオンには、その意味を理解するだけの理性は残されていなかった。
その心酔し自分に見惚れるシオンが滑稽に映ったアリアは、先程述べた命令はどうでもいいとばかりに、組んでいた脚を見せ付けるようにゆっくりと解いていった。
そして、ぷらっと垂らした素足を病的に見つめてくるシオンの目の前で揺らした。
「あ、あ、あ・・・・・」
切なげにシオンが零す熱い息をBGMにし、素足をプラプラと揺らして疑似餌で釣りを楽しむ様に、アリアは名状しがたい愉悦を楽しんでいった。
「って、これじゃ違うゲームになっちまうだろ!!」
そう強く声を発した後、微妙にその情景に興奮を覚えている、アリア。
空想のシオンに自身を重ね、もしもの転生先がドSお嬢の執事であったならばと、身近にいる近しい立場のタスキと自身の関係に気付かずに、ただ大きくため息を吐いた。
それにより一気に気分が冷めたアリアは、シオンの残した言葉“お楽しみ”について考えることを止めると、その場の雰囲気で恰も知っているかのように振舞えばいいかと、適当な結論をつけた。
そうして、ようやく落ち着くと、バフっとベッドの上にだらしなく寝転がった。
ゴロゴロ何度も転がり、自身のマイベストポジションを獲得しようとする。
暫しゴロゴロと転がりようやくしっくりくる感じを得ると、勉強がないなら今日は1日英気を養うぞ、とサボりの為の理由付けを整えて目を瞑った。
そして、少し寝ようかなと考えた時、ふと違和感、いや実は朝のランニングの際にも微かに感じていた違和感をのんびりくつろぎの態勢に入ってから明確に感じた。
アリアは今まで気付かなかった違和感に首を傾げていくのであった。




