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第71話:自慢の魔法

 不覚を取らずに、無事清々しさに微笑んだアリアは、確かな足取りで訓練場へと向かっていった。

 そして、訓練場に到着すると、既にアリア達よりも早くに着いていた老教師のソウシ先生に挨拶を済まし、本日の授業を開始していった。

 2日ぶりという事で、まずは前回の授業の復習から始まった。


 「魔法はイメージが大切です。より強く、確固としたイメージを浮かべることこそが、魔法による現象の発現には必要不可欠な要素となります。では、前回と同じように、まずはお手本をお見せ致しましょう」


 老教師のソウシは、前回の授業と同じように地面がむき出しの訓練場の中に、渦巻く風を作り出した。よく小学校の運動会の衝撃映像で流れる大きなつむじ風といった具合の風の魔法である。

 アリアはそれを老教師の傍で安全に眺めていた。


 (やっぱり魔法は良いな!チクショー、俺もあんな風に魔法を使えるようになってやるぞ!)


 少年の様に瞳を輝かせ、いつかに思いを馳せながら、アリアはしっかりと目標を目に刻んでいった。ついでにシオンはと言えば、そんなつむじ風に煽られようが全く関係なしに、バサバサと髪とメイド服を激しくはためかしながら、うっとりとアリアを瞳に映していた。

 そうして、アリアは羨望の眼差しで魔法を、シオンは陶酔する瞳でアリアを、見つめている内に、風がゆっくりと納まっていった。

 そして、完全に凪ぐと、ソウシはアリアに振り返った。

 アリアは、ソウシが何かを口にする前に心得たとばかりに、溌溂とした表情でソウシに言葉を発した。


 「分かりました!次はわたくしの番という事ですね!」


 ウキウキと心弾ませながらそう語り、いざ魔法を使おうとした。が、そのアリアに慌てた様に2方向から声が掛けられた。


 「お嬢様!お嬢様!シオンはそのお嬢様の心意気は買いますが、今はもう少し後に取って置いてもらえると、非常に喜ばしいのですが!」


 「アリアお嬢様!!ワシもお嬢様の雄姿は見とうございます!ですが、今はまだその時ではございません!授業の最後の締めにこそ相応しいと思います!ですので、今しばらくは、その雄大な胸にお秘め下されば幸いです!」


 婉曲に、お願いだから魔法を使わないでと必死に訴えかける、2人。使えば、それすなわち、即授業終了となってしまう。

 魔力切れでぶっ倒れるアリアの姿がひしひしと脳裏に浮かんでいた。

 捲し立てられる様に2人から言葉を掛けられたアリアは、不思議そうに小首を傾げた後、素直にそれに従った。

 アリアは、ワクワク感はそのままでソウシに声を掛けた。


 「分かりました。今はまだその時ではないという事ですね。真打は最後に登場とは、世の常ですからね」


 そこで言葉を区切り、一旦の間を挟んで、仕切り直しといった風に口を開いた。


 「それではソウシ先生、本日の授業はどの様な物になるのですか」


 そう言葉を発した後、アリアは期待が籠った視線でソウシを見つめた。


 (修行編ってところか!いいね!いいね!主人公には定番だよ!やっぱり、修行して強くなる、激アツ展開だよ!待ってたよ!口寄せの術とか、螺旋何たらとかを獲得して、砂を操る人とか、闇落ちしたライバル君とかとバトルするシーン、もう夢中になって読んだからね。さっさっさっ、どんと来いってもんだ!!ナ●ト全巻読破した俺に、死角はないぜ!!)


 今か今かと逸る気持ちで、俺様最強までの道程を夢想して、ソウシからの言葉を待った。

 きっと魔力量急上昇、秘伝の奥義伝授に繋がる、特別な修行が来ると心待ちにして、アリアは輝かんばかりの瞳でソウシを見据え待った。

 と、そんなアリアの期待の満ちる視線を受けたソウシがおもむろに口を開いた。


 「アリアお嬢様、本日の授業内容ですが」


 (来た!来た!さぁ来い!)


 「ランニングとなります。ワシが考えるに何よりもまずは、基本的な体力から付けていきましょうぞ!」


 (うん?ランニング?)


 アリアは予想とは異なる言葉に、脳裏で疑問符を浮かべた。

 そして、次々に現状についての疑問を心の中で呟いていった。


 (体育の時間?部活動?あれ?俺の修行編は?)


 先程まで夢想していた最強の主人公へと至る栄光の軌跡が泡沫の如く消え失せた。

 呆然とするアリアに、ソウシが続きを語った。


 「先ずは服装の着替えからです、お嬢様。その服装では、少しばかりランニングには適しませんのでな。それでは、ここからはワシの領分ではなく、シオン女史の領分。よろしく願えますかな」


 「畏まりました、ソウシ様」


 ソウシからそう頼まれると、シオンは恭しく礼を表した。

 そして、礼から頭を上げるとシオンは、「うそだろ。奥義習得への修行は。スライムからの進化は」と、うわ言のように呟き続けているアリアを連れて、着替えのために屋敷へと向かって行った。






 (いつの間に、着替えさせられ、ブルマへと、スライム進化、夢に散りゆく。byアリア)


 変な詩を心の中で吟じながら、再び授業の場、訓練場にアリアは立った。

 気持ちは先程の落胆から未だ上がり途上である。

 アリアは、1つふぅ~と長めの息を吐くと、顔を上げ荒涼とした地面むき出しの訓練場を見渡した。


 (基礎反復が大事だろ。今の俺の現状には、基本的な体力づくりがあってるんだろう。素直な心で、目の前の先生を信頼しろ。大丈夫。きっと俺を、ミジンコ並みの魔力から、スライムから、キングとかエンペラーとかの高みに連れて行ってくれるさ)


 息を吐き、心の中で鼓舞をし終わったアリアは、引き締め直した気持ちでソウシを見上げ声を掛けた。


 「それではソウシ先生、わたくしの授業をよろしくお願いします」


 一旦中断していた授業を再開させる為に、そう言葉を発したアリアは、姿勢を正し一礼して、ソウシからの指示を待った。

 けれども、ソウシは何も言葉を発する事無く、唖然とアリアを見据えていた。

 そして、そんな状態でありながらも何とかといった体で、ほんの数瞬が過ぎた後に、アリアに声を掛けた。


 「・・・お嬢様、そのお姿は如何なされたのですか」


 瑞々しい真白の脚を太ももまで晒したブルマ姿のアリアを見据え、問いかけた。

 それにアリアは、はにかむように微笑んで、ほんの少し誇る様に口を開いた。


 「ああ、これの事ですか。これは、シオン達がわたくしの為に取り繕ってくれた、・・大切な運動着ですよ、ソウシ先生」


 恥じらいながらも一歩前に出て、衣服とそれを作ってくれたシオン達を誇るように、純真な笑みを浮かべた。

 ソウシはそんな純真無垢なアリアを目の当たりにして二の句が継げなかった。そして、ここまで心の根の清純な乙女へと成長したアリアに敬意の念を抱いた。それと同時に、自身の本当の孫娘の様にアリアを心の底から誇らしく思った。

 なぜそのような品が陰る衣装を身に着けているのかという無粋な言葉を飲み込んだソウシは、はにかみながらも自分の使用人達を誇らしげに笑顔咲くアリアに、心からの称賛を贈った。


 「とてもお似合いですぞ、アリアお嬢様」


 孫に接するおじいちゃんの如き微笑みでそう賛辞をアリアへと紡いだ。


 「ありがとうございます、先生」


 アリアは褒められて、嬉しそうに笑顔で言葉を返した。

 そして、場に穏やかな時間が流れた。

 ソウシは心和やかに授業を再開しようと口を開いた。


 「お嬢様、そろそろ授業を再開・・・」


 「あっ!ソウシ先生、わたくし少々忘れていました」


 何か大事な事を思い出したといった様相で、ソウシの話を慌てて遮った、アリア。

 そして、再び自分事の様に誇らしげに微笑むと、思い出したソウシに伝えるべき大切な事を口にしていった。


 「この褒めて下さった衣装なのですが、シオン達の他にもう1人、製作に携わってくれていた功労者を先生に紹介することを忘れていました!」


 そう前置きすると、溌溂とした声で続きを口にした。


 「仕立ててくれたのはシオン達なのですが、これを考案して頼んで下さったのはタスキなのですよ。後で、ソウシ先生に褒められたと、タスキにも感謝を伝えないといけませんね」


 全ては善意。今までのアリアが悪意を振り撒いてしまった皆に、これからは真逆の感謝を伝えていこうとする、アリアの優しい心からの気持ちであった。


 (褒められて悪い気はしないからな。折角だから、アイツにも幸せのお裾分けでもしといてやるか)


 本当に善意。一切の悪意など本当になかった。

 アリアは嬉しさに微笑みながら、そう決めるとソウシに顔を向けた。

 けれども、顔を向けた先のソウシの表情は、笑顔で固まっていた。

 見た目は孫を想う優しい笑顔。けれどもその内実はどす黒い笑みへと変貌していた。


 「再開と思ったのですが、幾ばくかの所用が今し方出来てしまいました。お嬢様、申し訳ございませんが、ワシに少し暇をお許し願えませんか」


 唐突な時間が欲しいとの願い出。けれども、アリアは嫌な表情一つ見せずに、微笑んでみせた。


 「ええ、どうぞソウシ先生」


 アリアの胸中では、きっとトイレにでも行きたくなったんだろうと考えて、そう許可を出した。


 「ありがとうございます、アリアお嬢様。では、すぐに終わらせて参ります」


 言うが早いか、洗練された所作で1つ頭を下げると、サッと踵を返して屋敷へと歩いていった。その後ろ姿も実に洗練された紳士然としたものであった。

 アリアはそんな姿に自分もあんな風に年を召してみたいものだと、憧憬の眼差しで見送った。

 そして、ソウシが見えなくなると、傍に控えていたシオンに声を掛けた。


 「余程、お急ぎの用事が出来たのでしょうね、シオン」


 「そうですね、アリアお嬢様。シオンはそのまま純真に育ったアリアお嬢様が大好きですよ」


 疑う事を知らないといった純真無垢なアリアに、シオンは心からの笑顔を浮かべた。それと同時に、これから災厄が降りかかる誰かにも、清々しい笑顔を浮かべていた。


 (シオンも、湯上りのお嬢様に、直々に褒められたいです!!)


 歪んだ愛情を抱く、いつも通りのシオンであった。






 実に清々しい晴れやかな表情で戻ってきたソウシの下、今日の授業がやっと始まった。

 本日、2回目のランニングにも拘わらず、朝の疲れもなく牛歩並みのスピードであったが、ランニングとウォーキングをこなしていく、アリア。

 おじさんの身体にはない、若い身体の回復力に、アリアは感激した。


 (若いって良いな)


 腰痛に膝の痛みが終わった後に全く来ない躍動する身体への感想を、本音を多分に含んだ言葉で語った。

 アリアは疲れを感じながらでもその時間、実に生き生きとランニングに励んでいった。






 ランニングを終えたアリアは、授業の最後に待ちに待った魔法の実技へと進んでいった。


 「アリアお嬢様、くれぐれもご無理をなさらずに。決して、全ての魔力を消費せぬように細心の注意で願いします」


 「アリアお嬢様、シオンはお嬢様の雄姿が見たいのでございます。蛮勇が見たいとは違いますからね」


 ソウシ、シオンに真剣な声を掛けられたアリアは、「分かりました」と答えた。

 そして、掛けられた言葉を脳裏で反芻し、無茶はしないようにと自身に言い聞かせてから、集中していった。

 今自分に出来る唯一の魔法を頭の中に浮かべた。


 (火の玉。火の玉。火の玉。火の玉。火の玉。・・・・・)


 ひたすらに念じていく。

 そして、イメージが確固たる形を持った瞬間、閉じていた目をカッと見開き、正面に手を翳した。


 「いでよ!!わたくしの唯一無二の魔法!!」


 周囲が幾分か薄暗さに包まれた気がした瞬間、ポンっと軽い破裂音を鳴らし、それは現れた。

 空中に漂う、薄暗く青白い炎。

 ゆらゆらと揺れる炎による陰影は、薄っすらと曖昧な輪郭を地面に映す。

 ひゅ~ドロドロと何処からか、そんな効果音が聞こえてくる気がする。

 風もいつの間にか生ぬるいモノに代わって、シオンとソウシに向かって吹いてくる。

 アリアを除き、2人は引き攣った笑みを浮かべた。

 アリアは、自身2度目の魔法に心の底から喜びを爆発させた。

 浮かべる表情は、大樹に花開く満開の桜。

 抑えがたい喜びに、勢いよくシオン達に振り向いた。


 「どうですか!!どうですか!!わたくしの魔法は!!一発で出せましたよ!!」


 弾む声にて、感想をシオン達に求める。


 「・・大層個性的な魔法ですぞ、お嬢様」


 「・・・類まれな趣と独創的な趣向による魔法だと思います、アリアお嬢様」


 見なくとも声のみでわかる程、喜びに満ちたアリアに感想を求められたシオンとソウシは、個性的というよりも特異な風情を見せ付けるアリアの魔法に、引き攣った笑みを浮かべて、なんとか感想を絞り出した。

 アリアはそんな2人の様子に気付くことなく、素直にその感想を受け入れた。


 (やっぱり、俺には才能があったんだ!来たぞ!来たぞ!世界が俺に追い付いてきぞ!ここから、一気に主人公ロードを上り詰めていくぞ!)


 有頂天に達したアリアは、心の中で喜びを溢れさせ誇らしげに、自身で生み出した火の玉もどきをシオン達に見せ付けていった。




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