第68話:私達の出番これだけなの!?アリアママとパパより
まじまじとスイにアリアとの羨ましすぎるやり取りを見せつけられたシオンは、アリアがスイから離れた瞬間に自身の胸へと掻っ攫っていった。
ジェラシーに燃えそうになりながらもよく耐えきったシオンは、もう離さないとばかりにぎゅっと胸に抱き締めていく。
そして、可愛く見上げてくるアリアの濡れた瞳をハンカチで丁寧に拭って綺麗にすると、満足感に頷いた後、アリアに自分もと主張を述べていった。
「アリアお嬢様、シオンもずっと!ず~~~っと!!一緒にいますからね!大好きですからね、お嬢様!!」
スイに負けじと自分の意思もはっきりと伝え、ちゃっかりアピールもして、ようやくジェラシーの業火が鎮火していった。
そうして、あっという間に上機嫌まで上り詰めたシオンに後から抱き締められたまま、
「ああ、お嬢様。どうしてこんなに可愛らしいのですか。シオンはもう堪りませんよ~」
と呟かれる独り言をBGMにアリアは、スイ達に顔を向けた。
「アリアお嬢様、先程は言葉足らずにて御心を悩ませてしまいましたこと、深く反省いたします。どうか、愚かなる私奴にご容赦を願えませんか」
アリアに顔を向けられたスイはそう謝罪をし、深く頭を下げた。
「いえ、ご容赦も何もスイは全く悪くはありませんよ。悪いのは早とちりしてしまったわたくしです。お願いだから、顔を上げて下さい、スイ」
スイは本当に悪くないのに、自らが悪かったと罪を認め謝罪を始めたスイに、アリアが慌ててそう口にする。
その言葉を受け取ったスイが、ゆっくりと顔を上げ、アリアに正面から顔を向けた。
「ありがとうございます、アリアお嬢様。その寛大な心遣い、大変に恐縮でございます」
いつの間にかこんなに立派に成長していた愛娘の1人にスイは感極まり、薄っすらと感嘆の涙を浮かべながら、そう言葉を返し、愛娘に母親然とした笑みを向けて、先程伝えられなかった願い事を口にしていった。
「アリア(ちゃん)お嬢様、先程は稚拙な言葉遣いにて正しくお伝え出来ずじまいでしたが、今一度ここでお嬢様に叶えて頂きたい願いを申し上げる事、お許しください」
内心ではちゃん付け、うわべでは恭しく述べて、それをおくびにも見せないプロフェッショナルな姿勢で、アリアにそう前置きすると、背後に控える5人の女性達に顔を向け、アリアの視線を誘導した。
「アリアお嬢様、どうか彼女達に傍でお仕えする許可を頂けませんか?」
一度そこで言葉を区切り、アリアに顔を戻してから、真面目な表情で続きを語る。
「彼女達は孤児院の出身であり、明確な身内がありません。このまま外の世界に行きますと、まずまともな道はそうそうに歩けません。・・・どうか!アリアお嬢様、その寛大な御心をもちまして彼女達に許可をお与え下さい!!」
スイが高ぶる感情に乗せそう口にした直後、スイの後ろで今まで緊張の面持ちで成行きを見守っていた女性達が一斉に頭を下げた。
『お願い致します、アリアお嬢様!どうか、こちらでお仕えする許可を私達に下さい!!』
真剣な気持ちで、心の底からアリアに自分達のこれからの人生を願い出た。後には悲惨な人生が垣間見える、決して失敗は許されぬ一世一代の大きな願いであった。
長い、長い、悠久の刻の様な時間を恐怖に耐えて、唯ひたすらに首を垂れて待つ、女性達。
そんな女性達の悲愴に満ちた雰囲気とその人生を自分が預かるという事実に、思わずアリアの身体が震えた。
自分のはい、いいえの一言次第で人の人生が左右する。即ち決まる。そんな途方もないプレッシャーに微かな震えが身体中に広がっていく。
一介の社員であった前の男の時には、採用担当の人事には関われるはずもなく、前から続く人生初の採用のプレッシャーに今直面し、押しつぶされようとしていた。
(俺が決めるのか・・・っ)
生半な覚悟で決められる事ではない。けれども、アリアにはここで、いいえと言える程の非情さはなかった。
「はい、分かりました。・・・それならば、・・・・・」
後が続かない。否、言えない。ここまでの決断を偽物の自分がして良いのかと、葛藤し恐怖する。
「あ・・・」
再度口を開いたが、言葉が詰まり出て来ない。
身体を震わし、許可の一言を言おうにも躊躇いが出てしまい言えない。
卑怯者の自分に嫌気が差してくる。悔しくて自分が嫌いになってくる。
弱い自分の心に震えるアリア。
そんな時、頭上から声が掛かった。
「お嬢様、自身の気持ちの通りに一言申し上げればよろしいのですよ。肩ひじ張らずリラックスして仰ってください。大丈夫です、どんな問題も責任もこのお嬢様付のシオンが全て負います。だから、悩まずに、彼女達にアリアお嬢様の今の気持ちを伝えてあげて下さい」
シオンの言葉がスッと重圧に慄く心に沁み込んでいった。
アリアははっとし、振り仰いだシオンの顔には安心できる笑みが満ちていた。
うんと頷くと、覚悟を決め、正面に顔を向けた。
そして、もしもの時の責任もシオンだけでなく自分も被るとの覚悟を決めて、自分よりも恐怖に身体を震わせている5人のか弱き少女達に声を掛けていった。
「勿論、わたくしは大賛成ですよ、スイ。彼女達とこれから過ごせる日々はわたくしにとって掛け替えの無いものとなっていくでしょう。だからこそ反対はありませんし、彼女達をわたくし達の新たな家族として迎え入れる事に賛成します」
そうスイにはっきりと声を掛けた後、アリアは恐怖と緊張から解放され、薄っすらと瞳の滲んだ彼女達に優しく温かみの籠った声を掛けた。
「わたくしのお屋敷に居てくれることを選んで下さりありがとうございます」
ニコリと感謝の籠った笑みを彼女達に向けた。
「わたくし、皆と家族になれてとても嬉しいです。どうか、わたくしとこれからもずっと、一緒にいて下さいね」
彼女達の心にその言葉に含まれた温かさが染み入っていく。
「ありがとうございます、アリア、お嬢様。私達をここに置いて下さり、本当にありがとうございます」
感謝の気持ちを深く下げた頭と一緒にアリアへと伝えていく。
「はい、その気持ち確かに受け取りました」
そう答えて、少し浮かない表情をアリアは彼女達に向け、
「ですが、置いて下さりという点が少し気になります」
と彼女達に疑問を呈し首を傾げてみせた。
そして、アリアは何処か釈然としない様子で自分を思いっきり胸元に抱き込んでいるシオンに振り返り訊ねた。
「ねえシオン、わたくしが出来る家事はありますか。遠慮なくありのままに聞かせて下さい」
シオンに訊ね、内心で俺は炒め料理と洗濯機を回すことぐらいは余裕で出来たぜ、と自信満々に胸を張っていた。けれども、それは余りにも悲惨な家事能力で、残念なアリアであった。
そんな内心で得意気に胸を張っているアリアに、シオンの直球な言葉が本当に遠慮もなく、剛速球でど真ん中ストレートに投げ込まれた。
「全くないです。洗濯も料理も掃除も、最近知りましたが碌に乾かせない髪も、何一つ、出来ません。どうしたらここまでの素晴らしい甘々なお嬢様が出来上がるのか知りたいくらいのダメ人間ですよ。放って置いたら、確実に3日で餓死する自信があります」
本当に思いも掛けない情け容赦のない辛辣な意見をアリアはその身に痛烈に受けた。キャッチャーミットを越えて骨の髄まで響く、辛辣なストレートであった。
「・・・」
シオンに遠慮なく聞かされたアリアは、余りにも悲惨な答えにポカンと間の抜けた表情で自身を指差した。本当に、と確かめてみた。
シオンがにっこりと清々しい表情で笑ってくれた。
間違いなくポンコツ令嬢であったと知れたアリアは、再確認の意味合いでもう一度自身を指差して、シオンに限りなく澄んだ笑顔で頷かれた後、ギギギと錆び付いた首を回して、スイにも視線を向けて訊ねてみた。
スイも曇りなき眼でニッコリとしてくれた。
その上、視界の端に映る最後の砦、ローズに至っては諦観の籠った瞳で憐れむ様にアリアを見つめている始末であった。
最早疑う余地すらない前アリアの最低評価に、目元が少々潤んできた。
逆に感極まり、熱い目元を抑えて暫し天を仰ぐ。
(甘やかしすぎだろ、アリアファミリー・・・)
純粋培養も考え物だなと結論を出すと、今後の予定に生活スキルの向上を追加した。
そして、予定外の新たな決意を確と胸に深く刻み込んだアリアは、若干可哀そうな人物を見るような目で眺めている新しい家族になった女性達、もとい少女達に顔を向けた。
「・・・えっとね、わたくしはきっとまだ、本気を出していなかっただけです。なので、これからはきっと、いえ絶対に!本気を出していくと思いますよ、わたくしは!!」
やらない人、皆の定番を並べて、胡乱な視線を三方向から浴びながら、アリアは先程よりも憐みの深まった新たな家族の5人に意気込んでいくのであった。
場が前のダメ人間アリアのせいでおかしな雰囲気に包まれてしまった。
アリアは滞る空気を晴らすべく、声高に誤魔化しを口にした。
「まっ!わたくしの立派さを理解してもらえたと思います!ですので、わたくしはお屋敷の皆が居て下さり本当に感謝しています」
そう述べて、シオンとスイとローズに視線を巡らせた。
アリアの視線を受けたシオン達3人は、ため息を吐きつつも、仕方がないなと微苦笑を返した。
そして、アリアが次に視線を向けた先では、クスクスと一切の硬さが抜けた表情を浮かべる新たな5人の家族が見えた。
「だからね、このお屋敷では置いて下さりありがとうございます、と必要以上に畏まる必要なんてありませんよ。わたくしは雲上人では決してありません、普通のアリアです。それと、出来の悪い妹とでもあります」
そう一旦言葉を切ると、ニコリと微笑んで、新たな家族になる彼女達を迎えるように声を掛けた。
「出来の悪い妹をこれから目一杯甘やかしてくださいね」
そっとシオンが離した腕から抜けると、彼女達の前まで進み、1人1人歓迎の握手を交わしていった。
そうして、新しい家族となる彼女達との握手を終えると、アリアはスイに顔を向けた。
「スイ、わたくし達の新しい家族をよろしくお願いしますね」
「畏まりました、アリアお嬢様。それでは、お嬢様の許可を基にご当主様方の正式な採用許可を頂いて参ります」
「うん、よろしくね」
「はい、了解致しました」
アリアの言葉にスイが恭しく答え、一歩身を引く。
それでもう大丈夫だろうと安心したアリアは、正式採用という言葉に少々表情を強張らせた彼女達に「きっと大丈夫ですよ」と優しく励ましの言葉を掛けてから、ゆっくりとシオンとローズの下に戻っていった。
シオン達の下に戻っている最中、突然アリアの意識がほんの一瞬飛んだ。
唐突に纏う空気の変わったアリアがスイに振り返り、一言命を発した。
「スイ、彼女達にわたくしの首飾りを必ず渡しなさい」
厳かな雰囲気から発せられた抑揚のない声であった。
スイはその変化に一切の動揺なく、自ずと畏まり淡々と答えた。
「畏まりました、アリアお嬢様」
スイの返事に満足すると、そのアリアは密かに笑みを浮かべた。
そして、満足に用件を終えると、一瞬前のシオンに向かう態勢へと戻った。それと同時に、
纏っていた空気が霧散した。
一瞬記憶が飛んだアリアは、首を傾げ疲れているのかと考えてから、気の張り過ぎには注意しようと心掛けて、シオンとローズの下に戻っていった。
その後、合流したシオン達と一緒に再び朝食目指して食堂へとアリアは向かって行った。
その場に残ったスイはアリアが見えなくなるまでひたすら慇懃に礼を続け、廊下の先に消えたことを確認すると、ようやく顔を上げた。
それから、隣に控える5人の少女達に顔を向けて、優しい口調で声を掛けた。
「それでは、ご当主様と旦那様に許可を貰いに行きましょうか」
5人の少女達は、突然のアリアの変化を敏感に感じ取っていた。だが、スイが何も反応を示さないので、心の中で首を傾げるだけに留めておいた。
そして、すぐに先程のアリアの事を意識の外へと置くと、これからの事について、はっきりとした返事を返した。
『はい、スイ様。宜しくお願い致します!』
5人の嘗てチェイサー家とは違う貴族の屋敷に売られる途中だった少女達は、自らが選んだ道に力強く踏み出して行った。
スイは少女5人を引き連れて、一旦アリアから命じられた首飾りを取りに部屋へと戻った。そこで、嘗て託された首飾りを鍵の付いた机の引き出しから取り出すと、足音を忍ばせて廊下へと戻っていった。
それを渡し少女達にいつでも身に着けておくようにと伝えると、少女達が恐る恐る首に付け終わるのを待ってから、通信室へと向かった。
そこで、王都にあるチェイサー家の本邸に連絡を繋ぎ、取り急ぎご当主様方に許可を求めたい事があると伝え、呼び出しを行なった。
暫くすると、画面上に男装の麗人といった雰囲気の凛然とした女性が姿を見せた。
その身を金糸で刺繍が施された、高潔さを与える白い騎士服で覆い、金色の髪を背中まで流す女性であった。体型は、アリアとは違い女性らしさが溢れるしなやかなもので、特に胸元はシオンをも凌ぐ、圧倒的な女性の象徴が壮大な山脈を形成していた。
同性でも思わずため息が零れる程の、美と容姿を兼ね備えた絶世の美女であった。
そして、その女性の傍らには、こちらも同じ服装を身に纏った端整な顔つきの美丈夫が優しげな表情を浮かべて、半歩後ろに控える形で映っていた。体付きは細身だが、大樹の如き巨大な存在感をその身に印象付ける、男性であった。
画面に映る女性が気だるげに画面を見据えた。その瞳はこちらを鋭く観察するように細められ、少女達はその全てを見通すような視線に、思わず息を飲んで、固まった。
スイが女性の威圧に何も臆することなく、画面上に映るアリアの両親たちに挨拶の口上を述べていく。
こうして始まった、厳かな雰囲気の中でのチェイサー家現当主方との通信は、数分後、スイが唐突に通信を切ったことで一旦の終わりを見せた。
挨拶を交わし合う所から始まった通信は、その数分後、画面上での夫婦の火傷する程の仲睦まじい姿を強制的に見せ付けられる代物へと代わっていた。
ひたすらにイチャイチャ、イチャイチャと互いに甘え合う夫婦に胸焼けを起こす、少女達。
先程までいた厳粛な雰囲気を漂わせていたチェイサー家当主達の姿は既にそこにはなかった。
凛としていた女性、アリアママが、端整な顔付きの男性、アリアパパの頬をじゃれ合う様にツンと突いた瞬間、画面が暗く染まった。
電源スイッチを押したスイが真顔で少女達に振り返り、
「今日は日が悪いようなのでまた後日、連絡しましょう」
と伝え、早々に通信室から去ろうとした。
少女達もそれに従おうとした瞬間、沈黙していた画面に再び映像が映った。
画面上には、焦る様子のアリアパパとママが、必死の形相でスイに呼びかける滑稽な姿が映っていた。
その後、スイが本気の雷を落とし、画面の向こう側で必死に土下座で反省するアリアママとパパの残念な場面が暫し続くのであった。
そうして、説教を終えたスイが1つ咳払いをして、シャキッと姿勢を正したアリアママとパパにようやく用件を述べていった。
新たなにアリアの住む別邸で使用人を雇う許可を尋ね、アリアの許可はすでに取ってある旨を伝えると、一も二も無く即快諾を得られた。
それで、用が済んだのでスイが早々に通信を切り逃げようとした瞬間、そういえばとの切り出しから決して逃れられぬ時間が始まった。
無限のように感じられるアリアへの質問と会えない事への嘆き、更に愛しい娘の自慢話が揚々とアリアママとパパの口から語られていく。
途中、辟易したスイが何度か通信を切ったが、間髪を容れず通信が入り、逃げることが許されなかった。
その場にいた者達の頭の中に「アリアちゃん~~、ママ(パパ)会えなくて寂しいよ~~」が無限リピートされる程聞かされた後に、ようやく通信が切れて解放された。
スイは大きくため息を吐き、新たにアリアの傍で仕えることになった5人の新人メイド達は、もしかして道を間違えたかと、巨大な疑問符を内心で浮かべていた。
けれども、彼女達は疑問符を浮かべるものの、後悔は一向に浮かぶことはなかった。
それは、先程のアリアの姿を見たからであった。
あれほどにも心優しく、寂しがり屋な姿を見せるアリアに、自分達を救ってくれた恩も相まって、後悔という念は浮かばなかった。それどころか、あのいじらしい姿を脳裏に浮かべるだけで、母性本能がくすぐられ、庇護欲を掻き立てられ、放って置くことが出来なくなっていた。
彼女達は皆、表情を綻ばせてあのように可愛らしいお嬢様の下に、これから居られることに大きな喜びを感じていた。
そして、一旦緩んでいた気を引き締め直すと、彼女達は確かな志の宿った声で宣言し、同時に深く頭を下げた。
『スイ様、これからよろしくお願い致します。私達は一生を懸けてアリアお嬢様に仕えていくことを誓います』
その覚悟を聞かされたスイは表面上は厳しく、けれども内面では良きアリアの理解者仲間として嬉しそうに表情を綻ばせていた。
「その覚悟、確と受け取りました。では、これからはもうお客様ではなく、このお屋敷の、アリアお嬢様に身を捧げお仕えする者として接していきます。よろしいですね」
スイの最終確認に何の憂いもない、さっぱりとした気持ちで答えた。
『はい、既にこの身はアリアお嬢様の物と致しました』
「良い返事です。では、今日から厳しく教育していきますよ」
彼女達の気概に満ちた顔と声に満足したスイは笑みを浮かべると、5人を引き連れて、これから必要となるメイド服の採寸に向かって行った。
何やら物々しく出入りが激しい女性専用の採寸室へとやってきた、スイ達一行。
スイはその様子に困惑すると、入り口近くにいた者に声を掛け訊ねてみた。
「今日は何かあったかしら?」
スイの声を聞くと、その女性使用人はスイ達を一瞥しなるほどと納得すると、丁寧に、けれども溌溂とした調子で説明していった。
「ああ、皆、お嬢様とお揃いのランニングウェアを仕立てるために採寸を行なっているんですよ、スイ様」
それで事情を理解したスイは真剣な表情で頷くと、少し思考し、考え付いた事を口にしていった。
「なるほどね。では、私はいつものを使うので、娘達の分をお願いできるかしら。今日は2人とも、多分午後までぐっすりだから」
にこやかに語られたそれを聞いた女性使用人は、深く頷きニコリと笑みを浮かべた。
「畏まりました、スイ様。では、こちらに、フウちゃんとセツちゃんの体形をお書きください」
そう言われ渡された紙に、フウとセツの身長、体重、後、アリアには未だ遠き胸囲などのサイズを寸分の違いなく書き込んでいった。
この時のことを後に新人メイドの5人に訊ねられたスイは、堂々と誇る様に、母親として娘のスリーサイズを知っているのは当然だと答えたそうだ。それは、フウとセツに留まらず、アリアの全ても寸分の違いなく完璧に諳んじられる程であると誇らしく語って聞かせたらしい。その後に、このお屋敷で仕えるのならば、アリアの身長、体重、そして今はまだ乏しい胸囲だが将来的には立派に育ってくれるであろうサイズを日々目測でアップデートし、暗唱できるようにしなさいと深い訓示を授けたらしい。スイからの教えを受けた5人は神妙に頷き、勿論ですと力強く答えたそうであった。
そんなひと時が後に起こる前の現在、スイが詳細に娘達の体形を書き込んだ紙を入り口の女性使用人に渡し終えると、自分の後ろで呆気に取られている5人の新人メイド達をその場にいる全員に紹介した。
それを聞いた皆は一様に破顔し、快く彼女達を迎え入れてくれた。
その後、彼女達の新しいメイド服を仕立てるために採寸を行い、終わるとアリアとお揃いのランニングウェアが欲しいかを尋ね、全員が欲しいと即答したので、その5人分も記録係がオーダー用紙に書き込んでいった。
こうして、マダム=ヴィマを非常に困惑させるオーダーの山を築き上げる一端を担った後、スイは娘達の喜ぶ顔を思い浮かべながら、新人メイドの5人とお屋敷内の案内に向かって行くのであった。
明日の準備に侍女達が賑わいを見せている一方、アリアは森閑とした食堂で朝食を取っていた。向かいの席が空席のまま、ダニエルが作ってくれた料理を口に運ぶ作業を繰り返しているのであった。




