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第67話:え!?何ですか、スイ!?

 昨日の朝とは違う大勢の皆と赤い暖簾を潜り、脱衣所に入った。

 音がある。自分とシオン以外に音がある。

 静かではない、話し声、服を脱ぐ衣擦れの音、髪を解く音、その他にも様々な音で溢れかえる、脱衣所。

 ワンピースよりも脱ぐのに慣れている半袖シャツ、それにブリーフと考えれば脱ぐのにそう苦労しない、ブルマとショーツ。それらを脱ぎ、裸になると、タオルを持ち、床を素足で歩き、大浴場へと足を踏み入れた。

 大浴場は昨日と同じ湯気に覆われて奥までの見通しがあまり良くなかった。

 アリアはその湯気の満ちる中を進み、シオンの案内する洗い場に座った。

 シオンに髪を任せ、目を瞑っている内にシャンプーが柔らかく手ぐしで済まされていく。

 最後にお湯で丹念にコンディショナーを流し終えた後、アリアは瞑っていた目を開け正面の鏡を見た。


 「シオン、今日は賑やかですね」


 鏡に映るシオンに声を掛ける。


 「そうですね、お嬢様」


 鏡の中で微笑んだシオンが優しい声でアリアに同意する。

 その声を聞いたアリアは、椅子に座りながら顔を左右に巡らせた。

 ローズ、共にランニングをした侍女達が視界に映り込む。


 「賑やかもやっぱりいいですね、シオン」


 周りを見回しながらシオンに、嬉しさに弾む声音でそう言葉を掛ける。

 再びそのような声を掛けられたシオンは、口元に優しい笑みを浮かべアリアの髪をまとめ上げながら、もう一度同じように答えていった。


 「そうですね、アリアお嬢様」


 そうして髪を上げた後、愛おしい大切な主の身体を丁寧に立てた泡で撫でるように軽く擦り洗っていくのであった。






 アリアはシオン達と湯船も寂しくなく堪能し、昨日の朝とは違う満足感で胸を一杯にして、脱衣所で着替えを済ませると、ほかほかの湯気を立たせながら、廊下へと出ていった。

 そして、浴場の前の廊下から男湯、女湯へと別れる前の廊下へと出てくると、先に汗を流し終えたタスキがアリアの視界に入った。

 律儀にもアリアを確認すると敬うように頭を下げて出迎えてくれた。

 アリアは寂しげに苦笑すると、タスキの下に足早に向かった。

 そして、未だに恭しく礼をし続けているタスキに声を掛けた。


 「もう、いいですよ、タスキ」


 アリアへの敬いの礼を今のアリアが止める。

 アリアの声を聞き、顔を上げたタスキと目を合わせた。


 「ありがとう、タスキ」


 誠実さには誠実さを以って、そう今までの人生で続けてきた心掛けを今この場でも行った。


 「いえ、お嬢様。これは僕にとって普通のことですから」


 謙遜する様に控えめに語るタスキに、少しだけ苦笑交じりの微笑みを顔に浮かべると、アリアはタスキを称えるように言葉を紡いだ。


 「いいえ、タスキ。当たり前に他人(ひと)に礼を尽くせる、これは立派な事ですよ。だから、もっと誇って下さい」


 そう声を掛けてタスキに綻んだ表情を向ける。


 「わたくしが、そのように立派なタスキを褒めてあげます」


 アリアが手を伸ばしたので、タスキが自然にそっとひざを折り頭を前に差し出した。


 「タスキ、わたくしは貴方に仕えてもらい誇らしく思いますよ。ありがとう、タスキ」


 アリアは、タスキがひざを折り下げてくれた頭を撫でようとした。が、それでも尚自分の手よりも若干高いことに内心で落ち込みつつも、つま先を立てて懸命に優しく丁寧に風呂上がりのふわりとした髪を撫でていった。

 そうして、タスキを称え終えると、顔を上げたタスキにニコリと微笑みを向けてから、シオンの傍に戻った。

 そして、朝食の席に向けて食堂に歩き出した瞬間、一度背後を振り返り快活な声で言葉を掛けた。


 「タスキ、明日も朝のランニングには付き合って下さいね。それと、決して寝坊は許しませんよ。もしも寝坊をしたならば・・・」


 少しの溜を作ると、にひっ、と茶目っ気たっぷりに小悪魔的な笑みで揶揄う。


 「わたくしがドラを打ち鳴らして、豪快な目覚めを提供してあげますからね」


 それに虚を突かれたタスキがポカンと間の抜けた顔を晒した。

 面白い具合に上手くいったとアリアが内心でガッツポーズを浮かべる。


 (ちゃんと俺を見ろよ、タスキ君)


 前のアリアではなく今のアリアとの思い出をこれから作っていこうと、そして今の自分を見てもらえるようにしようと、間抜け顔のタスキを見ながら今一度心に決めた。

 間抜け顔から元に戻ったタスキは苦笑しながら、


 「はい、アリアお嬢様!そのお手を煩わせることがないよう、早起きで参加させて頂きます!」


 とアリアに応えるように確かな返事を返した。


 それに微笑みで答えた後、アリアはタスキにもう1つ言葉を掛けた。


 「それとタスキ、明日は普通の・・・、運動に適した服装で構いませんからね」


 一瞬、この世界にジャージという言葉が存在しているか疑問を感じたアリアは、無闇に自身への疑念を抱かれないように、無難な言葉を選択した。

 アリアのその言葉にタスキがあからさまに安堵した表情を浮かべ、恭しく頭を下げて答えていった。


 「はい、畏まりました。明日はジャージで参加させて頂きます」


 タスキの答えを愛想の良い笑みで受け取ると、最後に言葉を返した。


 「ええ、明日は“ジャージ”で参加なさってくださいね、タスキ!」


 そう言葉を返した後、タスキから姿を隠すようにシオンの前にとアリアは進んだ。

 そこで、誰にも見られないように気を付けながら、フッと小さく吐き出すような笑みを浮かべ、


 (あるんかい!ジャージ!)


 タスキの言葉に心からの全力突っ込みを入れた。

 そして、先程から溜まっていた鬱憤を思いっきり心の中で叫んだ。


 (やっぱり俺も、ジャージがよかったよ~~~!)


 虚しさが内心で木霊する中、アリアはこれからもあの49着のブルマたちと仲睦まじくランニングしていく未来の姿に頭痛を覚えていくのであった。






 アリアはジャージという言葉がある事を知った。

 今も先程零した通りに喉から手が出るほどに欲しいとアリアは思っている。けれども、新たにジャージが欲しいとシオンに頼むことは出来ないとも、冷静さを取り戻したアリアは思っていた。それは、せっかくシオン達が仕立ててくれたタスキに渡した1着を除く49着のブルマを打ち捨ててしまう事に同義だと考えてのことであった。


 (これも我儘なんだろうな)


 そう内心で反省すると、傍にいるシオンを見上げて心の内で謝罪を口にした。


 (ごめんなさい、シオン)


 突然見上げられたシオンが首を傾げている姿にアリアは曖昧な笑みで返すと、


 「わたくしはブルマも好きに慣れそうです」


 そうシオンに宣言し、ジャージに対する未練をきっぱりと捨て去っていった。


 そうして、1つの決別を終えると、憑き物の落ちたさっぱりとした笑みでシオンの手を引いて、前へと歩み出した。


 「さぁ早く朝食に行きましょう」


 そう言葉を口にして食堂へと向かって行くのであった。






 食堂に進む途中でローズとシオン以外の侍女達と別れて、アリアはその道程を歩いていた。

 今日の朝食のメニューはどんなものなのかと楽しげに考えを巡らせながら歩いていると、前方にスイと昨日シオン達が保護した女性達がこちらに向かって歩いて来る姿を見つけた。

 アリアは歩みをゆっくりと落としながらスイ達に近づいていった。

 そして、スイ達を臨む格好になると、スイが徐に頭を下げた。


 「おはようございます、アリアお嬢様」


 「はい、おはようございます」


 まず互いに朝の挨拶を交わし合う。

 そして、挨拶を終えると、スイがアリアに視線を向け口を開いた。


 「アリアお嬢様、折り入ってお願いがございます」


 そう言葉を述べ、恭しく下げた頭を上げたスイが真剣な表情で、アリアに正対する。


 「アリアお嬢様」


 「は、はい!?どうかしましたか、スイ?」


 スイの真剣な雰囲気とその後ろで同じように真剣な表情でじっとアリアを見つめる女性達に、思わず呑まれたアリアが狼狽えながらもなんとか言葉を返した。


 (な、何だ?お願いって?)


 アリアがチラリとスイの顔を窺う。

 そこには、揺るぎ一つない強い意志の宿る顔があった。まさに、覚悟の決まったその表情に動揺が内心で零れる。


 (え、まさか!彼女達とこのお屋敷を去りますとかか!?)


 心で浮かんだそんな推察にアリアの顔が蒼く染まってゆく。


 (え、え、なんで?俺なんかスイの気に障る事でもしたのか?それとも、やっぱり散々虐めてきたアリアの傍に居たくなくなったってこと?え、それって、フウとセツも母親のスイと一緒に辞めていくって事なのか?え、そんなことって・・・)


 次々と最悪な展開が脳裏に浮かび上がってきた。その途端、凍えるような急激な寒さがアリアの全身を覆った。


 「あの、そのお願いって、暇を頂く事ですか?わたくしの下から、去る、という事、ですか?」


 震える声、ワンピースの裾を白くなるまで握りしめた手、恐怖により見開かれた目、更に徐々に滲んでいく視界、それら全てを以ってスイ達を見つめる。


 「わたくしの何がいけなかったんですか?何がスイの機嫌を損なわせたのですか?」


 声は震えるが逆に淀みなく流れる声が痛々しさを伴って辺りに響き渡っていく。


 「お願いスイ行かないで・・・。わたくしの悪い所を仰って頂ければなんだって直します!!だから・・・、皆でわたくしの下を去らないで下さい・・・」


 (なんで・・・。ここまで順調に来てたと思っていたのに・・・。・・・そう思っていたのは俺だけだったのか・・・・・。上手くいったと1人悦に入っていた哀れな道化だったのか。もう・・・なんで、こんなに上手くいかないんだよ。主人公じゃないってだけで、なんでこんなに恵まれないんだよ)


 思い通りにいかない現実に心の中で嘆きが零れていく。

 けれども、スイ達の気持ちも痛い程に分かってしまう。自分だって散々虐めてきた相手の傍に居たくない。またいつ豹変するか分からないのだから、一刻も早く温厚さを保っている内に、言葉が通じる内に、と思ってしまう。ましてや大切な娘達がいるのだ。人一倍逃げ出してしまいたいと親心なりに考えるだろう。

 前のアリアの過去の悪事が未だに尾を引いている。アニメやマンガみたいには行かない現実を痛感し、悔しくて唇を噛みしめる。裾を握る手にも異常な力が籠っていく。

 アリアは我儘かもしれないと思いながらも、再度縋るように懇願を口にする。


 「お願い行かないでスイ。わたくしはもう絶対にスイ達に無茶な注文はしません、お利口にします。それともし、今までの恨みを晴らしたいのなら・・・ッ!わたくしに仕返しを・・・しても構いません。だからこれからも一緒にいてはくれませんか!」


 厚顔無恥な事は分かっている。都合がよすぎることも分かっている。

 それは別に純粋に怖い。仕返しが怖い。何をされるのか考えるだけで怖い。けれども、それ以上に素っ気なく冷たい口調で、NOを突きつけられる方がもっと怖い。昨日までの優しかったスイの表情から一転して、血の通わない無表情から放たれる言葉が怖い。

 既に歪みが酷くほとんど見えない視界の中、正面にいるであろうスイの表情を、恨みに滲む表情を想像して見つめていく。


 「・・・アリアお嬢様」


 スイの呟かれた言葉がアリアに届いた。それと同時に滲む視界の中近づいてきたスイが、アリアの身体を強く抱しめた。


 「不安にさせてしまい申し訳ございません」


 スイの声がアリアの心に届く。


 「私はお嬢様を置いて何処にもいきませんよ。誕生なさったその時からずっとお傍で見守ってきたお嬢様です。既に娘同然のお嬢様を置いて何処へ行きましょうか」


 優しい声で、心の底からアリアを想う気持ちが伝わってくる。


 「本当ですか?・・・わたくしを恨んでいるのではありませんか?」


 咄嗟にそんなことを不安から口にしてしまう。


 「そのような事は一切ありません。愛おしく、守りたいと願う私のアリアお嬢様にそのような気持ちを抱けるはずがありません。ですから、この言葉を、この気持ちを、そしてこのスイを、信じて下さい、お嬢様」


 母親の様な愛情に満ちる眼差しでアリアを見つめ、凍えてしまったアリアの身体を心の底から温める様に抱擁を施した。

 スイの行為とそこから伝わる確かな温かみを心に感じることが出来たアリアは、滲みの薄れた視界でスイを見つめ、もう屈託のない微笑みを浮かべた。


 「絶対に、傍に、ずっと、居て下さいね、スイ」


 言葉を区切り区切り、しっかりと思いを伝えていく、アリア。

 そのアリアににっこりと微笑んで、母親の様な面影を覗かせて答えていった。


 「勿論ですよ、アリアお嬢様」


 ぎゅっと確かめるように胸に顔を埋めるアリアを、愛おしく包み込んでいくスイであった。




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